ヒストリアンの帰納法と科学的推論~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(ヒストリアンの方法論とデータサイエンス=デジタルシフトの方法論の間には、ヒストリアンとビジョナリスト以上の大きなパラダイムのギャップがあります)

 

1)帰納法の有効性

 

ヒストリアンは、過去の事例に問題の解決方法があるとして、前例主義をとります。

 

ともかく、ヒストリー(過去の記録)を集めて、その中から、正解を探す方法論です。

 

非科学的な前例主義では、正解にたどり着くことはありません。

 

科学的な正しさより、見かけの正統性を求める政治家や官僚が前例主義をとりたがる理由は、まだ、理解できます。

 

問題は、自然科学や社会科学の専門家の間でも、前例主義や、そのバリエーションである帰納法を無条件で使う人が多いことです。

 

サンプルは、なんでもよいのですが、読者の身近にある事例として、水産資源を取り上げます。

 

2022年は、ナマコの漁獲量が、前例がないほど縮小しています。

 

このような場合、マスコミは、専門家に、ナマコがとれなくなった理由を尋ねます。

 

専門家は、データからみると、XXが原因の可能性が考えられるが、詳しいことは、更に、調査しないとわからないと答えます。

 

このナマコの部分は、少子化外来生物等、問題になっている用語であれば、何を入れても同じ構造が成立します。

 

この発言には、データを集めて分析すれば、法則性が見つかるというヒストリアンの素朴な方法論が、共通して見られます。

 

素朴な方法論は、ラッセルの七面鳥の定理で否定されています。

 

それでは、素朴な方法論に代わる方法論はあるのでしょうか。

 

2)生物学の方法論

 

C12財団の高等学校の生物の教科書をみると、教科書の最初の部分に、科学的な方法論の説明があります。

 

2-1)基礎的な科学的推論

 

最初に、基礎的な科学的推論は、以下の手順を踏むと書かれています。

 

(1)観察をする。Make observations

(2)疑問をもつ。Ask a question

(3)背景を調べる。Research the background

(4)仮説を立てる。Form a hypothesis

(5)仮説をテストする。Test a hypothesis

(6)結論を導く。Draw a conclusion

(7)結果をCommunicate results



このうち、(3)は教科書バージョンによっては、省略されていますので、オプションと思われます。

 

ここで、注目すべき点は、科学は、仮説を中心に回ることです。

仮説が、検証されて、学説になり、学説が科学の本体であるという考え方です。

 

仮説は、ヒストリーではなく、ビジョンですから、科学は、ビジョンドリブン(vision driven)に進んでいく営みです。

 

なお、(4)仮説をテストするについては、実験をすると書かれる場合も多いですが、生態学のように、実験が困難な場合には、対応が複雑になります。可能であれば、フィールドでランダム化試験を行うことになります。

 

C12財団の高等学校の生物の教科書には、この後に、高度な科学的推論の説明があります。

 

2-2)高度な科学的推論

 

 (1)演繹的推論:演繹

 

 演繹には、一般的なステートメントから単一の事実を決定することが含まれます。 それはステートメントと同じくらい正確です。

 

 (2)帰納的推論:帰納

 

 誘導には、いくつかの事実から真実である可能性が非常に高い一般的なステートメントを決定することが含まれます。



以上から、わかることは、演繹的推論と帰納的推論は、仮説を廻って、交互に使用される推論方法であるということです。

 

帰納的推論だけを単独で、切り離してつかうヒストリアンの手法は、採用されていません。

 

なお、ここでは、科学哲学の議論には、深入りしません。

 

高等学校レベルの教育カリキュラムに、科学的方法論が含まれ、それが、基礎的なリテラシーの一部になっている点に注目しています。



3)データサイエンスの方法論

 

本書は、変わらない日本が、デジタルシフトに乗り遅れると、日本が、DX後進国になって、デスバレーを越えられなくなる可能性が高い点を問題にしています。

 

デジタルシフト後の世界で、話される共通言語は、データサイエンスのリテラシーに基づいているはずです。

 

データサイエンスは、どのような科学的方法論に基づいているのでしょうか。

 

データサイエンスの科学的な方法論は、かなり複雑で、独立した帰納と演繹は見えなくなっています。その方法論を乱暴に一言で言えば、データとモデルの間を行き来して、使えるモデルを作り上げる方法です。仮説は、モデルに置き換えられ、仮説をテストするのは、モデルの予測精度に置き換えられます。

 

CK12の生物学と同じように、ジャーナルは、標準的な方法論を提示しています。

 

2009年にマクロソフトリサーチのTonyHey 、Kristin Michele Tolle、Stewart Tansleyは、「The Fourth Paradigm」というアンソロジーを編集しました。

 

ここで、パラダイムとは、順番に、(1)経験的証拠、(2)科学理論、(3)計算科学、(4)データサイエンスになっています。

 

経験的証拠は、ヒストリアンの帰納法に対応しています。

 

つまり、計算科学のパラダイムは当然のこととして、議論はその先にいっています。

 

本書では、ヒストリアンとビジョナリストを対比しています。

 

ここでは、エラーが多くて使い物にならない前例主義(経験的証拠)を排して、ビジョン(科学的な仮説)を使わないことが、変わらない日本の根源的な原因であると主張します。

 

しかし、「The Fourth Paradigm」を見ると、デジタルシフトに対応するには、その先の第4のパラダイムまで、方法論を変える必要がありそうです。

 

これでは、デジタルシフトがままならないのも当然と思われます。



引用文献

 

The Fourth Paradigm Data-Intensive Scientific Discovery

https://www.fh-potsdam.de/fileadmin/user_upload/fb-informationswissenschaften/bilder/forschung/tagung/isi_2010/isi_programm/TonyHey_-__eScience_Potsdam__Mar2010____complete_.pdf