(アブダプションが唯一の科学的推論です)
1)2つの推論
通説に従えば、推論の方法には、帰納法と演繹法を使う推論とアブダプションの2種類があります。
その結果、帰納法と演繹法が推論の王道であるとみなしている人も多くいます。
ちっと、複雑な推論では、演繹法を実践するには、コンピュータのモデルを使う必要があります。
人文科学の研究者では、コンピュータのモデルを使える人は例外です。
その結果、帰納法だけをつかう研究者も出てきます。
しかし、帰納法は単独では機能しません。
演繹法のない単独の帰納法は、検証がなされませんので、推論は間違いだらけになります。
2)アブダプションによる推論
パースは、アブダプションが、唯一の科学的な推論であると考えました。
この見解に対しては、比較すべき、帰納法、あるいは、帰納法と演繹法のセットを定義する必要があります。
残念ながら、比較すべき、帰納法、あるいは、帰納法と演繹法のセットは多様であり検討は複雑になってしまいます。
そこで、まず、アブダプションによる推論を取り上げます。
データサイエンスの入門テキストをみれば、次のような構成になっています。
(S1)評価関数を定義する
(S2)評価関数を最大化または最少化するアルゴリズムを提案する。
(S3)アルゴリズムを実装して、評価関数の値を比較する。
因果モデルで考えれば、評価関数は結果です。
アルゴリズムは原因です。
ですから、データサイエンスの推論は、結果に影響を与える原因を探すというアブダプションの推論になっています。
3)推論の比較
3-1)帰納法による推論
一般に流布している帰納法による推論の例をあげます。
少子化問題を例あげます。
一般に流布している手順は以下の「失敗例の調査」です。
(T2)実態を調べて、法則を見つけられれば、問題解決ができると考えます。
(T4)データをもとに、出生率が減少する原因を推定します。
一般に流布しているもうひとつ手順は以下の「成功のコピー」です。
(K2)実態を調べて、法則を見つけられれば、問題解決ができると考えます。
(K3)出生率が向上した国を対象に調査をします。
(K4)データをもとに、出生率が向上する原因を推定します。
まとめれば、「失敗例」を調査して、失敗原因を取り除くか、「成功例」を調査して、成功原因を付け加えるという推論になっています。
この失敗原因または、成功原因は帰納法で得られたモノですが、演繹法による検証を得ている場合は、例外です。つまり、殆どは、間違った原因になっています。
3-2)アブダプションによる推論
この結果を生じる原因を推論します。
ここでは、仮説は、コイン型命題になります。
(表)原因Xがあれば、出生率は低下する
(裏)原因Xがなければ、出生率は低下しない
アブダプションによる推論では、原因Xについて、原因Xがある(with)、原因Xがない(without)の2つの場合を想定します。そして、2つの場合の違いによって、結果が変化すると予想される場合に、原因Xは、仮説の原因として妥当らしいと判断します。
一見すると、失敗原因を取り除くか、成功原因を付け加えるという推論に似ていますが、次の点が異なります。
(P1)仮説命題は、コイン型で表と裏がセットです。
(P2)推論は、帰納法のように過去の事例に縛られません。
(P3)作成する仮説命題は、因果モデルです。
(P4)仮説命題はエビデンスによって検証され、常に改善されます。
4)実例
日本には、国際競争力のある家電メーカーはなくなりました。
中国や台湾の家電メーカーが、競争力をつけて、安価で良質な家電製品を製造するようになった時に、高付加価値消費を製造販売しているメーカーを模倣しました。
これは、「成功のコピー」戦略です。
カメラメーカーが利益をあげられなくなったときに、フルサイズセンサーのカメラを中心に販売しているソニーをモデルにして、フルサイズセンサーカメラをビジネスモデルの中心にすえたカメラメーカーがあります。これも、「成功のコピー」戦略です。
日本製の半導体は国際競争力がなくなって、製造できなくなりました。TSMCやインテルは半導体を製造しています。TSMCやインテルの方法を真似して半導体を作れば、ビジネスができると考えて、政府は膨大な補助金(税金)を私企業に投入しています。これも、「成功のコピー」戦略です。
「成功のコピー」戦略は因果モデルではありません。
世界的企業Aが、製造ビジネスで成功しているとします。
企業B、企業C,企業D等が、「成功のコピー」戦略をつかって、世界的企業Aと同じ製品を量産したと改定します。(注1)
「成功のコピー」戦略が正しければ、数年後には、企業Aだけでなく、企業B、企業C,企業D等の製造業が枕を並べて世界的企業になっていることになります。
そのような非現実的は、現象は過去には見出されません。
マーケットのサイズが有限ですから、企業A、企業B、企業C,企業D等が競争して、同じ価格で、より性能のよい製品を製造できる企業だけが生き残ることになります。
つまり、「成功のコピー」戦略は、端から破綻しています。
ところが、地域活性化にしても、「成功のコピー」戦略をとる自治体が後をたちません。
これは、推論の間違いです。
製品やサービスを販売するのであれば、マーケットを選定して競合する企業や地域と比較して、競争優位になって、より高いユーザーエクスペリエンスを実現する因果モデルを構築する必要があります。
5)レジームシフト時代の推論
デジタル社会に対応すためには、産業構造を変える必要があります。
テレビや新聞といったメディアは、ネットメディアに置き換わるでしょう。
実際、Z世代は、テレビをほとんど見ません。
Aiが進歩してシンギュラリティがおこりそうです。
ChatGPTは、生成AIとしては大きな成功をおさめつつあります。
こうした場合、日本でも、ChatGPTを開発すればよいといのうは、「成功のコピー」戦略の帰納法による推論です。
帰納法による推論では、古いエコシステムが温存され、デジタル社会へのレジームシフトを実現できません。
日本製ChatGPTを開発するために、ITベンダーに補助金をつければよいという仮説は、「成功のコピー」戦略の帰納法による推論で検証されていません。
アブダプションで推論すれば、若年層の優秀な人材が、生成AIのチャレンジ出来るようなエコシステム(原因)を作れば、国産生成AI(結果)ができるという仮説を作ることができます。これか仮説であって、検証や、改善を必要としますが、それでも、「成功のコピー」戦略よりはマシです。
レジームシフトはエコシステムの変化を伴いますので、エコシステムの変化を前提としない帰納法では、有効な仮説をつくることが出来ません。
「生成AIのチャレンジ出来るようなエコシステム(原因)を作れば、国産生成AI(結果)ができるという」仮説が正しいとすれば、年功型賃金を廃止する、ITベンダーに補助金をつけるのではなく、失敗した時にダメージを減らすために、社会保障を充実する必要があります。現在のように、大企業に居残って、企業の社会保証を当てにするのは、ベストな所得獲得戦略であれば、だれも、リスキリングしませんし、問題は先送りされます。
問題が、再送りされる原因は、アブダプションによる推論が出来ない点にあります。
帰納法による推論は、エコシステムが変化する場合には、99%ハ間違いになります。
レジームシフト時代に使える推論は、アブダプションだけです。
6)まとめ
帰納法と演繹法をセットにした仮説検証の方法には、注意すべき点が多いですが、大枠では間違ってはいません。
しかし、アブダプションで得られる仮説の自由度を考えれば、推論を帰納法に限定して、ベストな仮説ができる確率は低いです。
アブダプションは、帰納法による推論も含んでいますので、あえて、帰納法をつかうメリットはありません。
つまり、帰納法は、単体としては、間違った推論であるだけでなく、推論の自由度が余りに狭くなるので、アブダプションが唯一の科学的な推論と言えます。
なお、仮に演繹法が使えても、検証できる命題は、表裏セットのコイン型命題でなければ、因果モデルにはむすびつきません。
注1:
お気づきと思いいますが、これは演繹による推論です。
帰納法によって選られた「成功のコピー」戦略が、演繹法で検証され否定されています。
クリティカルシンキングの一部には、帰納法によって得られた仮説を演繹法によって検証するプロセスが含まれます。
発言者が気分を悪くする批判的な発言はしない、あるいは、忖度して、批判的意見は言わない、空気を読んで同調することは、演繹法による検証を封印することなります。
これでは、間違った仮説が蔓延することになるので、科学的文化では、許容されません。
演繹を活用するクリティカルシンキングは、科学的文化です。
演繹法を伴わない、検証のない帰納法は、間違いだらけのはずです。
人文的文化では、空気を読むことが許容されるのでしょうか。
それとも、人文的文化では、検証というプロセスが回避されているのでしょうか。