デジタルシフトの課題~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

1)デジタルシフトへの対応

 

第1章で取り上げてた現在の日本の解決すべき問題には、次のようなものがあります。

 

1.経済成長の停滞と賃金の伸び悩み

2.少子化と高齢化

3.男女不平等問題(賃金、役員比率)

4.科学技術振興とDX対応



変わらない日本は、これらの問題の解決が進まず変化しない日本を指す言葉です。

 

問題の根源には、ヒストリアンが跋扈して、ビジョナリストがいない点にあるというのが、本書の主張です。

 

1.から4.の問題は、複雑に絡み合っていて、エコシステムを形成しています。つまり、エコシステムズ・アプローチなしに問題の解決は不可能です。この説明は、非常に複雑になるので、とりあえず、相対的に何が重要か、優先順位をつけて検討してみます。

 

1.1に、書きましたように、本書では、「2030年には、世界の経済が、ビジョン中心のサービス経済に転換を完了(デジタル・シフトの完了)している」と考えます。

 

つまり、2030年には、日本経済は、デジタルシフトしているか、クラッシュしているかの2つの状態しかないと考えます。

 

そこで、第2章では、エコシステムに深入りしない範囲で、デジタルシフトの阻害要因について考えます。ビジョナリストの本来であれば、問題点の指摘ではなく、解決のビジョンを示すべきです。しかし、この点を体系立てて考えるには、エコシステムの概念を使わなければできません。このため、第2章でも、ビジョンの提示を行いますが、これらのビジョンは、単発的なものに止まります。

 

2)デジタルシフトへのアプローチ

 

デジタルシフトへの取り組み方法は、課題へのスタンス、アプローチ、課題解決のフレームワークなど類義語が複数あります。どの単語が適切かは、判然としませんが、エコシステムとの理論的な説明に相性が良いのは、課題解決のフレームワークだと思います。ただし、今回は、わかりやすさを優先して、アプローチを選びます。

 

デジタルシフトの大きな課題は、多くの人が、次のように考えていることです。

 

(1)努力すれば、いつでもデジタルシフトができる。

クラウドコンピューティングスマホなどのOSに新規参入して、シェアを得るには、適期があります。2022年現在、Googleは、赤字にもかかわらずクラウドコンピューティングに、参入しているのは、現在が、クラウドコンピューティングに、参入できる最後のチャンスであると考えているためです。デジタルシフトでは、製造業と異なりソフトウェアの規模の経済が働きます。システムは、バージョンアップされるに従って、規模が大きく、複雑になるので、後発企業の参入障壁は非常に高くなります。また、先行企業は、既に開発された部分のコードについては、開発コストを回収しているので、価格をゼロ設定しても使い続けることができます。

 

クラウドシステムに日本企業も参入すべきという話もあり、補助金をつける動きがあるようです。クラウドシステムのスタートは15年以上前で、Googleの参入も5年くらい前です。Googleの投入金額も膨大で、補助金で左右されるレベルではありません。

 

2022/05のある新聞には、日本企業もスマホのOSを開発すべきであるという社説が載っています。しかし、Googleは、先行開発のメリットをとるために、アンドロイドOSは、自社開発せずに、企業買収をしています。また、アンドロイドOSは、オープンであって利用料金はかからないビジネスモデルです。現在、市場には、iPhoneIOSとそれ以外のスマホ用のiOSしかありません。過去に、それ以外のスマホOSもチャレンジしたのですが、全て淘汰されています。中国のスマホメーカーは、アンドロイドOSが使えないところが出てきて、自社OSに切り替えていますが、生き残れるかは、今後の経過を見る必要があります。

 

日本のITベンダー等(注1)は、アンドロイドOSのように、広く使われていて、再利用可能なソフトウェアのソースコードをほとんどもっていません。再利用可能なソフトウェアのソースコードというのは、既に開発コストは回収済みで、価格をゼロ設定できるという意味です。つまり、デジタルシフトの先行企業のリストからはドロップアウトしています。更に、機械学習に必要なデータも圧倒的に不足しています。

 

これから、デジタルシフトビジネスに参入できるか、まだ、間に合うかは不透明です。

 

特定の条件、特定の分野であれば、勝算があるというビジョンが描ければ別ですが、流行りものに、後からついていくのであれば、90%は失敗します。

 

正攻法で、間に合うか否かは、持っているソフトウェアとデータをみれば判断できます。



(2)日本国内には、デジタルシフトに必要な人材、技術力がある。

 

七五三問題があるので、これは、間違っています。デジタルシフトに必要な人材に仕事に見合う給与を払っていませんので、優秀な人材は既に、国外に移住していると思われます。

 

(3)過去の高度成長期の成功体験は、デジタルシフトでも役にたつ。

 

デジタルシフトでは、過去の歴史を調べれば、そこに正解があるというヒストリアンの前提は成り立ちません。

 

(4)過去の方法を踏襲することで、変わらない日本は変わることができる。

 

これは、(3)に、似ていますが、ヒストリーの再編成のことを言っています。

簡単に言えば、効果のない方法を繰り返しても、問題は解決しないことを言います。

一般には、5年も同じ方法を続けて効果がなければ、課題設定やアプローチが、間違っていたのであろうと考えて、問題解決の仕切り直しをします。

米国の組織では、CEOが交代した場合には、前任者に問題点をどのように改善するかというビジョンを提示します。そこでは、課題設定やアプローチは常に、チェックをうけています。

日本では、課題はあるが、前任者の方法を踏襲するという米国では、ありえない方針が出されます。つまり、CEOは、ヒストリアンなので、歴史の再構築はしないと宣言する訳です。

過去の方法を踏襲することは、変わらない日本を続けることになるのですが、そのことは、言及されません。これで、変わらない日本が安泰になります。

 

日本を変えるには、エビデンスに基づいて、問題解決のアプローチを変える必要があります。具体的な方法は、次の事項に譲ります。

 

(5)データサイエンスに基づく、エビデンスに基づく政策管理は、必ずしも必要がない。

 

バブル崩壊の後から、日本の政治は、シャーマニズムのようになって、「マントラを唱えれば問題が解決する」アプローチが繰り返されています。Xという問題が発生すると、まず、X問題解決委員会が作られます。次に、X問題改善推進室のような比較的小さな組織が作られます。問題が解決しないと今度は、Xの名前をつけた、更に大きな組織が作られます。

このアプローチは、エビデンスに基づくフィードバックをつかった科学的な方法ではなく、効果は実証されていません。デジタル庁、こども庁はこのアプローチの例です。

 

(6)安心・安全はただであると思っている。

 

詳細は、あとで、検討しますが、安心・安全は、経済力の関数です。

これは、国レベルでも、個人レベルでも言えます。

日本が、国全体でも、一人当たりでも、GDPが急速に下がっているので、この前提は、崩れつつあります。

 

3)明治維新の頃

 

現在は、変わらない日本が蔓延しています。

 

この節の最後に、上記の前提が、決して当たり前ではないことを確認するために、同じ項目が、明治維新のころどうだったかを考えてみました。

 

1990年以降、中国が、技術と資金を海外から持ち込んで経済発展するまでは、先進国と開発途上国の間には、デスバレーがあり、先進国は益々豊かになる一方で、開発途上国は、発展から取り残される南北問題があると考えられていました。

これは、明治時代の宗主国と植民地の関係ににています。

そのデスバレーを越えられたのは、日本であり、後に続く、韓国、台湾、香港、シンガポールであると思われていた時代がありました。40年前のことです。

このときの産業転換は、軽工業から、重工業にシフトアップすることで、豊かになれると思われていました。

 

時代は変わって、これから豊かになれる国は、DXに一番乗りした国になっていると思われます。

 

DXにも、同じようになデスバレーがあると思います。先に、DX先進国になって、DXシステムを販売、運用して利益をあげる国と、DXユーザーになって、お金を払う国(DX後進国)に、世界は分かれ、いったん、DX後進国になると、デスバレーを越えて、DX先進国に追いつくことは容易ではないと思います。

 

2022/05/06のNewsweekで、青葉やまと氏は、ロシアは、通信事業を「ほぼ完全に外国企業に依存している」ため、外国企業が撤退したあと、スマホなどの通信事業を維持することが困難になっているといいます。更に、2022年にロシア以外の世界が前進してゆくのに対し、ロシアは技術凍結され、ロシアは死にゆく技術の博物館となるかもしれないといいます。これは、ロシアがDX後進国だから起こっている現実です。

 

日本も、クラウドシステムについては、DX後進国になっています。

 

筆者は、日本がDX後進国のままでよいとは思いません。しかし、クラウドシステムについては、既に、大きなデスバレーができているという現実を無視して、ビジョンを立てることができなくなっているという事実から、スタートしないと、デスバレーは越えられないと考えています。

 

(1) 植民地にならないためには、日本が先進国になるためにのこされた時間は少ない。

(2)先進国に追いつくために、抜本的な教育制度、学校制度の改革が必要である。技術は、輸入する。高度人材の外国人を入れ、有望な人材は国費で留学させる。

(3)過去の体験は、先進国になるためには、役に立たない。

(4)身分制度に変わる新しい社会体制の構築が急務である。

(5)成果主義のサイクルを短時間に回して、優秀な人材は、抜擢して、高いポストにつける。

(6)警察制度を充実させ、軍備を増強して、安心と安全を確保する。

 

注1:

日本のITベンダー等の「等」に入れることができる業界は多数あり、ほぼ同じ構造問題を抱えています。

 

引用文献

 

ロシア携帯通信網は破綻の恐れ ノキアなど撤退で「死にゆく技術の博物館」に 2022/05/06 Newsweek 青葉やまと

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/05/post-98626.php