帰納の呪い

帰納には、仮説作成能力はありません)

 

1)科学的な推論

 

科学的な推論の方法を整理します。

 

(S1)推論では検証可能なコイン型の因果モデルをつくります。

 

一般的な因果モデルは、「もし(原因A)があれば、(結果B)になる」とかけます。

コイン型の因果モデルは、さらに、「もし(原因A)がなければ、(結果B)にならない」を含みます。

 

(S2)因果モデルは、特定のCasual Universe(母集団)に対して設定されます。

 

Casual Universeは、要素(インスタンス)の集合として定義されます。

 

Casual Universeにオブジェクト名をつけることができます。

 

オブジェクト名から、インスタンスを作成する場合には、Casual Universe(母集団)が変化しますので、注意が必要です。



(S3)推論(因果モデル)は、ファクトによって検証されます。

 

物理学では、ファクトは実験によって収集されました。

 

しかし、実験が困難な分野の方が一般的です。

 

この場合には、サンプリングに伴うバイアスが発生します。

 

RCTは、サンプリング・バイアスを回避する方法です。RCTが出来ない場合には、近似的な手法を採用します。

 

サンプリング・バイアスとは、母集団のCasual Universeと、サンプルのCasual Universeのズレを意味します。

 

つまり、サンプルのCasual Universeに対して検証された因果モデルと、母集団のCasual Universeに対する因果モデルの不一致を意味します。

 

このように、サンプリング・バイアスは、Casual Universeの設定問題の一部です。

 

2)アブダプション

 

検証可能なコイン型の因果モデルをつくるための推論の基本は、アブダプションです。

 

これは、因果モデルを作成するための推論が、アブダプションになるためです。

 

帰納は、因果モデルを作成するための推論ではありません。

 

帰納で推論を行った場合のCasual Universeと、演繹を行う場合のCasual Universeは通常は一致しません。つまり、帰納には、検証は含まれません。

 

帰納で作成した推論が、アブダプションで作成した推論より優れている点はありません。

 

逆に、帰納で作成した推論は、アブダプションで作成した推論より、因果モデルの作成には向いていません。

 

帰納は、必ずしも、因果モデルを作成しないので、科学的な推論ではありません。

 

データを集めて帰納する方法は、(T1)因果モデルを作ることが難しい、(T2)検証ができていないことから、科学的な方法ではありません。

 

帰納の典型的な誤用法に、時系列データがあります。時系列解析や、トレンド分析は、因果モデルではありません。人口予測は、因果モデルのコフォート解析でかなり正確に行うことが可能ですが、トレンド分析は当てになりません。

 

3)車輪を発明しない

 

池上彰氏は、最近、「池上彰が大切にしている タテの想像力とヨコの想像力」という本を出版しました。

 

池上氏は、ヨコの想像力を次のような意味で使っています。

 

「データはあるんだろうな」。企画提案の際、自分の頭にインプットされているこの言葉。

今や当たり前と言えるロジックやデータに基づく意思決定。日本の会社で求められるのは「地に足のついた提案」です。

 

これから、ヨコの想像力とは帰納であることがわかります。

 

日本の会社は、科学的文化のリテラシーが欠如している(あるいはデータサイエンスが理解できない)ために、帰納による推論を検証と勘違いしています。

 

過去のデータのCasual Uiverseと将来のデータのCasual Uiverseは一致しませんので、過去のデータに基づく意思決定はナンセンスです。

 

前例主義が気にならない人は、科学的文化のリテラシーがかけています。

 

池上氏は、タテの想像力を次のような意味で使っています。

 

「タテの想像力」をビジネスとして成功させてきた企業といえば、アメリカの巨大ITプラットフォーム企業GAFAが代表例でしょう。彼らは、「タテの想像力」を駆使し、ITを活用した「たどり着きたい未来」を想像し、そのために着々と行動してきたのです。

 

これは、目的(「たどり着きたい未来」、結果)を設定して、そのための原因を準備する手法ですので、因果モデルです。

 

結果(「たどり着きたい未来」)から、原因を推測しますので、この推論は、アブダプションです。

 

池上氏は次の様にも、いっています。

 

「データに基づく意思決定がクセになり、新しいチャレンジをするようなモチベーションが薄れていく」自分に気づきます。

 

この言葉から、仮説検証が正しく理解されていないことがわかります。

 

エビデンスベース(データに基づく意思決定)のデータは、過去のデータではありません。

 

過去のデータは、サンプリング・バイアスが多くて使えません。

 

EBMでは、新薬の効果を調べます。データは、将来のデータです。

 

ここでは、薬を開発してから、治験によりエビデンスの計測をします。

 

GAFAMが、新しい製品やサービスを開発する時には、徹底したエビデンスベースの意思決定をします。これは、新製品を何段階にも分けてテストして、テスト段階で、計画的に採取したエビデンスデータをもとに因果モデルを点検して、必要であれば、修正する手続きです。

 

池上氏は、GAFAMの成功の理由を以下のようにまとまています。

 

 

「タテの想像力」を発揮するときにも、自分の中での想像力の「リミッター(制限するもの)」を、意識的に外していくことが大切です。

 

その外し方は、子どもが持っている遊び心、いたずら心を、大人になっても持ち続けることです。

 

お気づきだと思いますが、池上氏の推論は、帰納であって、アブダプションではありません。また、命題も検証可能な因果モデルではありません。

 

池上氏の命題は、以下です。



「企業のCEOが、子どもが持っている遊び心を持っていれば(原因)、企業は成長する(結果)」

 

この命題は、検証できませんので、形而上学です。

 

GAFAMの経営は、科学に基づいていて、形而上学に基づいている訳ではないと思います。

 

これは、パース以来のプラグマティズムの伝統です。

 

問題は、帰納とアブダプション、あるいは、人文的文化と科学的文化の違いで説明できます。「 タテの想像力とヨコの想像力」という車輪を発明する必要はありません。

 

4)帰納の呪い

 

ここでは、池上氏を非難している訳ではありません。

 

1959年に、スノーは、「2つの文化と科学革命」の中で、人文的文化ではなく、科学的文化が理解できなければ、経済成長しないといいました。日本では、「2つの文化と科学革命」のトンデモ解釈が蔓延して、人文的文化(形而上学)で、科学的文化の問題を解決できると、スノーとは真逆の主張がなされています。

 

「データに基づく意思決定」とは、科学的文化に基づく意思決定が、人文的文化に基づく意思決定に優るという主張です。パースの「ブリーフの固定化法」のリニューアル版です。

 

「データに基づく意思決定」は、帰納ではありません。

 

仮説を作ったら、演繹法を使って実験して、データを取って検証しましょうという主張です。

 

人文的文化の人は、帰納の呪いにかかっていて、科学的な推論ができていません。

 

このため、「データに基づく意思決定」の意味を正しく理解できません。

 

つまり、問題は、池上氏の主張にあるのではなく、「人文的文化(形而上学)で、科学的文化の問題を解決できる」いう蔓延している帰納の呪いにあると考えます。

 

問題解決は簡単です。形而上学の人文的文化を捨てて、科学的文化を採用することです。

 

利害関係者がいますが、他に科学的な選択肢はありません。



引用文献

 

池上彰が大切にしている タテの想像力とヨコの想像力 (講談社+α新書)   2023/8/23  池上彰

 

日本企業が求める「地に足のついた提案」が停滞を招いた。「たどり着きたい未来」を想像する方法とは何か 2023/09/05 池上彰

https://gendai.media/articles/-/115632