公務員の倫理とコロナデータ~コロナウィルスのデータサイエンス(156)

コロナウィルスの都道府県のデータは現在もPDFで提供され、csvなどのデジタルデータでは提供されていない場合が、未だ多く見られます。この原因には、未だ、FAXが使われているという指摘もあります。また、筆者としては、既に、GitHubを使って欲しいと申し上げたところです。ここでは、どうして、デジタルデータが使われないのかという理由を、別の面から考えてみたいと思います。

菅総理大臣が誕生した時に、首相官邸の政策に反対する公務員は左遷する趣旨の発言がありました。そのあとで、学術会議問題が起こりましたので、この2つの事項には、関連があるか問われているところです。

ところで、政府のトップの指示に従わないことは問題かも知れませんが、常に指示に従えばよいとは言えないことも事実です。このことについては、グレン・カール氏が、大変優れた説明をされているので、目を通していただけるとよくわかると思います。

筆者なりにポイントをまとめると次になります。


私たちは無意識に、所属する「部族」(=政権政党や、会社組織)によって設定された枠組みの中で考える。リーダーの思想や、何度も繰り返し聞かされたことが、私たちの信念(=「真実」)を作る。事実は「真実」に勝てない。


この記事は、トランプ大統領共和党を念頭においていますので、トランプ大統領の主張する「真実」に事実が勝てないといっています。

組織のリーダーの主張する「真実」に部下がついていかなくなった場合には、トランプ政権の場合には、辞職するか、解雇する事態が発生しています。

前回は、Googleのコロナ予測モデルでしたが、過去に、Googleもリーダーと社員の軋轢が起こって、社員の辞職や、リーダーの方向転換が起こっています。Googleが場合によれば、企業の致命傷になる可能性のあるコロナウィルスの予測モデルを公開している事情には、社員との過去の軋轢と調整の歴史があります。

「真実」と「事実」の対比が問題になる場合には、当然ですが、「事実」のデータを集めて解析する必要があります。つまり、「事実」のデータの必要性を感じないということは、「真実」だけが重要であって、「事実」はどうでもよいという組織マネジメントになっていることを意味します。「真実」と「事実」を比較することは、倫理に他なりません。つまり、倫理がなくなっているのです。どうして、そうなるかは、トランプ政権と安倍政権を比べて見ればわかります。トランプ政権では、倫理の最後のよりどころは、辞職か解雇でした。トランプ政権では頻発したこの2つは安倍政権ではほとんどみられません。その理由は、年功序列にあると思います。年功序列では、辞職と解雇は非常に特別な場合を除いてはありえないのです。そして、この2つのどちらかに、該当した場合には、その後の生活に窮することは目に見えています。つまり、年功序列システムでは、「真実」だけがあって、「事実」は存在しないも同然なのです。ですから、デジタルデータに関心のある公務員は皆無になります。コロナ対策も専門家委員会や、リーダーが「真実」を提示することを待っていることが唯一の解決策になります。おそらく、PCR検査がなかなか、増えなかった原因のひとつがここにあると思われます。

しかし、グレン・カール氏も心配しているように、「真実」しかないと、民主主義は機能しません。前回の戦争の時に、選挙で選ばれたヒトラーは、ユダヤ人を排斥すべきという「真実」をつくりだします。民主主義は、このような時に、過ちに陥らないようにするシステムを持つ必要があります。

選挙で、2人の投票が3倍の効果をもつ別の人の投票を上回るということは、数式で書けば

(1+1)>3×1

になります。これは、「事実」ではありませんが、最高裁判所がお墨付きを与えた「真実」です。

このように、コロナデータがデジタルで公開されない問題の根は深いと思います。

 

https://www.newsweekjapan.jp/glenn/2020/11/post-55.php