1)中央銀行の機能
1-1)FRBの場合
Newsweekの報道を引用します。
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パウエル議長は「インフレ上振れリスクは後退し、雇用への下振れリスクが高まった」と指摘。「政策調整の時期が到来した。進むべき方向は明確だ。利下げの時期とペースは今後発表されるデータや変化する見通し、リスクのバランスによって決まる」と述べた。
さらにFRBの「仕事はまだ完了していない」としつつも、物価安定回復に向け「かなりの進展を遂げた」とし、「インフレが2%回帰に向け持続可能な軌道に乗っているという確信が強まった」という見解も示した。
失業率が過去1年間に1%ポイント近く上昇したことについては、主に労働供給の増加と雇用の減速によるもので、解雇の増加によるものではないと指摘した上で、FRBは「労働市場のさらなる減速を目指しておらず、歓迎もしない」と強調しました。
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<< 引用う文献
アメリカがついに利下げへ...FRBパウエル議長が「時期が来た」と9月の実施を示唆 2024/08/24 Newsweek
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2024/08/frb9-1.php
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FRMの機能は、インフレ率と失業率をみて、インフレ率が、2%になるように、金利を調整することです。
金利をあげることで、インフレ率を抑えることができることは、ほぼ確実です。
一方、金利を下げることで、インフレ率をあげることが可能であるかは、ケースバイケースで、上手くいかないこともあると推測されます。
1-2)日銀の場合
野口悠紀雄氏の記事を引用します。
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7月31日の金融政策決定会合では、政策金利の引き上げを決め、会議後の記者会見で、植田和男総裁は「物価と賃金の状況が想定通りになれば、さらに追加の利上げを行う」と述べた。参照する経済変数は「物価と賃金」だ。ここには株価は含まれていない。
ところが、利上げの翌週の8月5日には日経平均株価が大暴落、翌日には一転、急騰する過去最大の乱高下となった。
株式市場がパニックに陥る中で、内田真一日銀副総裁は7日の講演で「金融資本市場が不安定な状況で利上げをすることはない」と強調した。
株価が政策決定の新しい判断要素が入ってきたということなのか? だがそもそも株価は、日銀が政策決定で考慮すべき変数なのか?
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<< 引用文献
日銀の金融政策は株価に左右されるのか!?揺れ動く「判断要因」が不安定を増幅 2024/09/12 DIAMOND 野口悠紀雄
https://diamond.jp/articles/-/350276
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野口悠紀雄氏は、日銀が金利を決める際に、参照する経済変数は「物価と賃金」であるといいます。
参照する経済変数に「株価」が含まれるのかという疑義を提出しています。
1-3)メンタルモデルの課題
FRBが何をすべきかというメンタルモデルは強固です。
小幡績氏の主張は、引用文献を見てください。
ここでは、小幡績氏の主張を取り除いて、事実の部分を要約します。
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2024年6月12日の14時半(日本時間13日3時半)から、ジェローム・パウエルFRB(連邦準備制度理事会)議長の記者会見が行われた。
FRB議長の記者会見では、必ず有力記者から順番に質問を受ける。記者たちは自信満々に、時には攻撃的に、しかし、専門的に的確にパウエル議長を追い詰めるから、ここでの迫真の議論は大変興味深い。日本銀行の会見では認められていない「更問(さらとい)」=「follow up question」も1回まで認められており、ほとんどの記者がこれをするから、パウエル議長も言い逃れ答弁はできない。
CBS Newsのジョー・リング・ケント記者の「今の経済を心地よく思っていない人々がいることをどう思うか?」という質問に対し、パウエル議長は、「人々がどう感じるかを考えることはわれわれの仕事ではない。私が言いたいのは、データがなんと言っているかだ。そして、結局インフレはみんな困るだろう。だからとにかくインフレを制御することが大事なんだ」と言いました。
彼女の「あなたはもうすぐ利下げをする、する、と何度も言っているが、実際、いつするのか? みんな高い金利で苦しんでいるから、いつ金利が下がるのか、それを本当に知りたがっている。知って安心したいんです。お願いします」という趣旨の更問に対して、パウエル議長は「インフレが収まると自信を持てたときだ」と回答した。
アメリカは、完全にエリートが主役だ。「ワシントンコンセンサス」や「(ケインズ経済学で使われる)ハーベイロードの前提」などといわれるように、政策はエリートが決め、彼らの中でのせめぎあいで社会の意思決定がなされている。金融政策も、エコノミスト、セントラルバンカー、大学教授たちの議論でほぼ決まる。
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これは、FRBが何をすべきかについて、メンタルモデルが形成されていることになります。
小幡績氏は、この議論には、庶民の出番がどこにもないことを批判しています。
エアコンのヒートポンプの設計を議論するためには、最低限の知識があって、メンタルモデルの共有ができないと、前に進みません。
同様に、FRBの金融政策を議論するためには、メンタルモデルの共有ができない人は、参加することができません。
小幡績氏は、メンタルモデルの共有を前提としていません。
メンタルモデルの共有が出来なくとも、コミュニケーションができるという前提は、世界でも、日本の文系教育だけが保有している偏見です。
上記の引用では、感情的な単語は削除していますが、原文には、次のように、事実と価値観が混在しています。
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「金融政策も、経済学の博士号を持ったエコノミスト、セントラルバンカー、大学教授たちの議論でほぼ決まり、それを1%の強欲な、高学歴あるいは投資家として大成功した「インベスターサークル」との対峙の中で、市場に落とし込んでいく。
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小幡績氏の価値観は、次の日銀についての推定に発展しています。
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しかし、これが日本だったらどうであろうか?
翌日のメディアの報道はまったく正反対ではないだろうか。おそらくSNSは炎上し、「庶民の心を無視する『鬼植田総裁』、などと徹底的な非難となり、場合によっては、官邸筋もコメントをする可能性があり、それを踏まえて植田総裁が謝罪、あるいは釈明する事態に追いこまれる可能性すらあるのではなかろうか。
これが日本であり、アメリカと日本の決定的な違いだ。
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このような状態になれば、冷静なコミュニケーションが成立しなくなります。議論が不可能になります。
<< 引用文献
なぜ日本はアメリカとこんなにも違うのだろうか 2024/06/15 東洋経済 小幡 績
https://toyokeizai.net/articles/-/762272
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小幡績氏は、日銀について、次のようにもいっています。
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アメリカの質問は、好奇心からくるまさに「質問」なのだが、日本の質問は、質問の名を借りた「非難」なのである。
植田総裁、この前はこう言っていたのに、今日はこう言っている。矛盾じゃないのか。さっきこういった、ということは、今後は物価が上がらない限り利上げをしないんですね。庶民は円安で困っている。何とも思わないのか!という具合だ。揚げ足取りか、言質を取るか、あるいは単純な非難。だいたいがこの3つである。
こう書くと、日銀記者会見に集まっている記者は嫌な奴ばかりに聞こえるかもしれないが、そうではない。日本人全員がこういう風なのである。
つまり、問題は、日本社会、日本文化とまで言ってもいいかもしれないが、そこにある根本的な問題なのだ。
例えば、「モノ言う株主」という言葉があるが、つまり、質問を株主総会でする、経営陣に質問をする、何かを言う、という時点で、それは反対、ということなのだ。日本では議論は存在しない。口を開く、ということは文句か反対か非難、攻撃なのである。
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<< 引用文献
日本がアメリカにかなわない根本的理由とは何か 2024/09/21 東洋経済 小幡 績
https://toyokeizai.net/articles/-/829054?page=1
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小幡績氏は、<アメリカの質問は、好奇心からくるまさに「質問」なのだが、日本の質問は、質問の名を借りた「非難」なのである>といいますが、メンタルモデルの共有が出来なければ、議論はなりたたないので、「非難」になることは必然的な結果です。
1-4)日銀の政策の実現可能性
FRMば、インフレ率と失業率を見て、金利を決めます。
古典制御理論は、目的値が2つある場合の制御可能性を明らかにしていません。
つまり、インフレ率と失業率を見て、金利を決めるという政策の実現可能性は、数学では証明されていません。
目的値を増やすことは、一見するとよいアイデアに見えますが、実際には、制御不可能になる可能性が高いです。制御不可能になると、どさくさにまぎれて、利権が横行します。
ヒートポンプを壊してしまったら、エアコンは効かなくなります。
メンタルモデルの共有が出来ていれば、目的値を増やすことは、あり得ません。
日銀が金利を決める際に、参照する経済変数は「物価と賃金」であると思われます。
FRBの失業率に対して、日銀は、賃金を採用しています。これは、失業率データが使えないことを意味します。
筆者の経済学のメンタルモデルは、市場原理を前提とした微分方程式です。このモデルは、市場原理があてはまらない場合には、リアルワールドの良い近似ではなくなります。
失業率データが使えない理由は労働市場がないためです。
労働市場がない状態で、賃金を失業率の代りに使うことには、大きな無理があります。
物価(インフレ率)は金利決定の要因ではありません。ゼロ金利では、インフレ率が2%にならないのであれば、制御工学で考えれば、金利を-5%などもっと下げればよいことになります。しかし、その方法が間違っていることが直ぐにわかります。
低金利政策は、バブルのあとで、金融機関を救済するために導入されています。当初は、緊急雛と位置づけられた政策が30年続いています。
野口悠紀雄氏は、「株価が政策決定の新しい判断要素に入るのは、おかしい」といいます。
しかし、参照する経済変数は「物価と賃金が、脆弱で、日銀が何をすべきかというメンタルモデルの共有ができていません。
小幡績氏は、円安を「無視」すべきでないといいます。
<< 引用文献
日銀がこれほどまで円安を「無視」する3つの理由 「為替は管轄外」では、結局うまくいかない? 2024/05/04 東洋経済 小幡績
https://toyokeizai.net/articles/-/752241
>>
野口悠紀雄氏も、過去に、大規金融緩和の目的は、2%インフレではなく、円安であったとう発言をしています。
内田稔氏は次のように言います。
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日銀の金融政策の正常化は、円高トレンドへの転換をもたらすのだろうか。現時点で筆者は否定的である。理由は、利上げ時期が後ずれする可能性が高まっている上、日銀の金融緩和スタンスの長期化が見込まれるためだ。
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<< 引用文献
コラム:日銀の利上げは円高の呼び水か、石破政権下の金融政策を占う=内田稔氏 2024/09/30 ロイター 内田稔
https://jp.reuters.com/opinion/forex-forum/3ICOUDRYLRPFHNBKBUKFYKLSQM-2024-09-30/
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内田稔氏ではありませんが、金融政策は、為替レートを考慮すべきと主張する人も多くいます。
大槻奈那氏は、日銀法の改正について、次のように説明しています。
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1990年代頃まで、世界の中央銀行は、現在ほど「物価の安定」に注力するという「マンデート(責務)」が明確ではなかった。日銀も、1997年の改正前の旧日銀法では「国家の政策に則し通貨の調整、金融の調整および信用制度の保持育成に任ずるを持って目的とす」と記され、物価を起点とした通貨調整ではなかったのに対し、新法では、物価の安定が日銀の責務として明記され、通貨調整はその達成のための手段として位置づけられた。日銀法改正の際、為替レート、すなわち通貨の対外的な価値も目的規定に入れることが議論されたが、物価、すなわち通貨の国内での価値の安定と矛盾する可能性が指摘されたことから見送られた。
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<< 引用文献
コラム:新政権でも「円高イコール株安」続くか、日本株にも独自の構造変化=大槻奈那氏 2024/10/01 ロイター
https://jp.reuters.com/opinion/forex-forum/B3WL6KE2BJMDXIMIAICSDULTC4-2024-10-01/
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大槻奈那氏は、「為替レート、すなわち通貨の対外的な価値は、物価、すなわち通貨の国内での価値の安定と矛盾する可能性が指摘された」と指摘しています。
つまり、日銀法の改正の経緯をみれば、価値の安定(インフレを抑えること)が、為替レートに優先するというメンタルモデルの共有がなされていたことになります。
また、目的値を多数設定すると、制御不可能な矛盾が生じることも勘案されています。
物価の安定(インフレ抑制)を放棄して、為替レートに優先するというメンタルモデルは、日銀法の改正ではなかったことがわかります。
筆者が、ここで言いたいことは、どの経済学者の主張が正しいかということではありません。エアコンに、ヒートポンプがあるように、経済政策にも、メンタルモデルの共有ができていないと、コミュニケーションが成り立たないという事実です。
メンタルモデルの共有を無視して、メンタルモデルを書き換えることは、サッカーで言えば、ゴールポストを動かすような行為です。コミュニケーションは、その時点でできなくなります。
1-5)石破氏の経済政策
2024年9月27日の記者会見で、石破氏は、物価高を上回る賃上げの実現が必要とした。つまり、実質賃金を引き上げる必要があるといいました。
野口悠紀雄氏は次のように整理しています。
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問題は、いかなる手段で、実質賃金の引き上げを実現するかだ。
石破氏が提案しているのは、第1に転嫁だ。価格転嫁対策を強化するため、下請け法の改正案を次の通常国会へ提出する方針を示している。
第2は、最低賃金の引き上げだ。2020年代に最低賃金を全国平均1500円にまで引き上げる目標を掲げている。これは、岸田政権の目標であった「30年代半ば」からの前倒しだ。
そして、第3が財政支出だ。25日の会見では「個人消費が低迷をしている状況において、財政出動がなければ経済がもたない。機動的な財政出動を、最も効果的な時期に行っていく」とした。そして、3年間でデフレからの完全脱却を確かなものとするとした。
しかし、私は、以上のような考えには賛同できない。なぜなら、実質賃金の継続的な引上げは、生産性の向上によってしか実現できないからだ。
最低賃金引上げは、分配上の観点から必要とされるが、それと経済全体の実質賃金引上げとは、あまり関係がない。また、財政支出によって家計を補助し、消費支出を増やすという発想は、まったくおかしい。日本は、旧ソ連のような計画経済ではないのだ。
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<< 引用文献
「アベノミクスは間違っていた」が…石破新総理の金融・経済政策も「おかしい」と言えるワケ 2024/09/29 現代ビジネス 野口悠紀雄
https://gendai.media/articles/-/138320?imp=0
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政治家は、経済学のメンタルモデルで、経済政策を考える必要がないと思っています。
経済政策を検討するためには、経済学というメンタルモデルの共有が必要でないと考えています。
これでは、議論になりません。
日本の経済政策は、メンタルモデルの共有を無視して行なわれています。
補正予算の実態は、官僚と閣議で決まって、国会の実施的な審議を経ていません。
国会の審議も、メンタルモデルの共有を無視していますので、そこには、コミュニケーションはなく、質問の名を借りた「非難」になっているので、問題解決には繋がりません。
小幡績氏は、弱者軽視であると批判していますが、アメリカの経済政策は、経済学というメンタルモデルの共有ができている人の間で、議論されています。
日本は、弱者軽視をしないと主張して、メンタルモデルの共有を無視しますので、そこには、コミュニケーションが存在せず、全ては、利権の問題に還元されています。
その結果、経済が成長しないだけでなく、災害対策の放棄と環境破壊が止まりません。
トランプ氏は、独特の自己主張をしますが、それでも、経済政策は、経済学というメンタルモデルの共有ができている人の間で、議論して決められるというルールに変わりはありません。
経済学というメンタルモデルが、経済政策を検討する唯一のメンタルモデルではありませんが、主流になります。
因果推論のメンタルモデルで考えれば、必要原因と十分原因を考えていない政策は、経済政策にかぎらず、失敗すると言えます。
メンタルモデルの共有は、コミュニケーションの前提なので、日本以外の先進国では、前提になっています。