(RCTの影響を考えます)
ロナルド・フィッシャーは、1925年にStatistical Methods for Research Workersを、1935 年に「実験計画法」を出版します。ランダム化試験(RCT)は、この本がスタートです。
アンダース・ハルドはフィッシャーを「現代統計科学の基礎をほぼ独力で築き上げた天才」と呼びました。
リチャード・ドーキンスはフィッシャーを「ダーウィン以来最も偉大な生物学者」と呼びました。
フィッシャーは、正規分布を中心とした頻度主義者で、ベイズ統計の顕著な反対者でした。
ベイズ統計が実用化されたのは、今世紀に入ってからです。
フィッシャーが、ベイズ統計の顕著な反対者であったことは、背景を考慮して評価する必要があります。
「実験計画法」(RCT)は、長い間、作物試験の手法と思われていました。
30年前、RCTは、作物試験の手法ではなく、基本的な統計学の手法であると認識されてきました。
RCTの基本は、サンプリングバイアスの排除です。RCTが不可能な場合には、分布を考えて、サンプリングバイアスを排除して、実験をできるだけRCTに近づける必要があります。
これが、エビデンスに基づく手法です。
エビデンスに基づく手法は、EBM(Evidence-Based Medicine、科学的根拠に基づく医療)から始まって、あらゆる分野に、普及しています。
「確率的および因果的推論の算法を発展させることで、人工知能に基礎的貢献をした」として、2011年のACMチューリング賞を受賞したジューディア・パールは、RCTに替わる方法はないといいます。
パールは、RCTを近似する方法を検討しています。
Association for Computing Machinery はパールの因果性についての業績について「統計学、心理学、医学、社会科学において、因果律についての理解に革命をもたらした」と評しています。
入門解説には以下があります。
因果推論の科学 「なぜ?」の問いにどう答えるか
著者 ジューディア・パール , ダナ・マッケンジー , 松尾豊・監修解説 , 夏目大・訳 2022 文藝春秋
The Book of Why: The New Science of Cause and Effect(2018)Judea Pearl,Dana Mackenzie
WEBをみると、アメリカの心理学科の卒業生が、学生時代にならったことが、その後の科学的根拠に基づく心理学研究の結果、ほとんど間違いで取り消されているとぼやいています。
エビデンスに基づく手法は、RCTのパンドラの箱を開けてしまいました。
橘玲氏は、テクノリバタリアンは、数学が全てであるといいますが、これは、RCTのパンドラの箱が開いて、世界が変わったという背景のもとに理解する必要があります。
加谷 珪一氏は、専門家のインフレの分析について次のようにいっています。
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日本でも物価上昇が顕著なってきた当初、多くの専門家が原油価格の高騰など、一次産品の値上がりが原因であり、その影響は一時的なものにとどまると主張していた。教科書でいうところのコストプッシュ・インフレであり、大規模緩和策で想定していたインフレとは異なるという理屈である。
コストプッシュ・インフレ、ディマンドプル・インフレという言葉は、学生などが分かりやすいように教科書で用いられている分類に過ぎず、インフレというのは基本的に複合要因と考えるべきだ。
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<< 引用文献
円安で国内消費は「壊滅状態」に…日本経済をぶっ壊す「スタグフレーション」のヤバい現状 2024/05/21 現代ビジネス 加谷 珪一
https://gendai.media/articles/-/130306
>>
これは、専門家は、原因が複数ある因果モデルが理解できていないことを意味しています。
専門家は、科学的な 因果推論ができないことを示しています。
あるテレビ番組では、最近、針治療に効果があることがわかったと説明しています。
EBMを使った2重盲検試験では、針治療の効果は否定されています。
つまり、番組で、治療に効果があるという結果を出した試験は、プラシボ効果であった可能性が高いと言えます。
過去にも、被験者が4名程度の試験で、実験をして、効果を論じる番組を製作していたチャンネルもあります。
統計学の常識では、サンプルが4つで、効果がでることはやらせ試験以外ではあり得ません。
最近では、欧米の大学では、Business analyticsを教えています。
これは、パールの因果推論の科学を実務に応用する内容です。
ビジネスの問題の多くは、データサイエンスの問題に置き換え、数値解をえることが可能です。
Business analyticsは、高等学校で、数学と統計学を学習していることを前提として、講義が進みます。
Business analyticsは、日本の文系では、歯が立たない可能性が高いです。
橘玲氏は、テクノリバタリアンを、数学オタクのように描写しています。
しかし、データサイエンスの基準でみれば、加谷 珪一氏の指摘のように、ずれているのは日本の専門家であって、テクノリバタリアンは、いたって普通の数学能力のように見えます。
RCTのパンドラの箱が開いたということを理解していない教育カリキュラムは、今後、その内容の大半が間違いであったことが判明する運命にあると思われます。