1)統計学の現状
その理由は、マルコフ連鎖モンテカルロ法( Markov chain Monte Carlo methods、通称MCMC)が開発されて、任意の確率分布の計算が可能になったためです。
それまでは、正規分布以外の確率分布の計算は困難だったので、分布を無理に正規分布に当てはめて計算していました。古い統計学(頻度主義)の教科書には、その根拠は、大数の法則にあると書かれていますが、それは、誤りです。大数の法則は間違っていませんが、少数のデータの分布に、大数の法則を当てはめた点に無理があります。現在では、少数のデータの分布に、大数の法則を当てはめる方法は、p-ハッキングと呼ばれ、論文捏造手法の1つに分類されています。
以前に、大数を法則を少数のデータの分布に無理に当てはめていた理由は、それ以外の計算ができなかったからです。
筆者には、「効率的市場仮説」は、「大数の法則」や「正規分布近似」に、似ているように思われます。経済学のマルコフ連鎖モンテカルロ法が開発されれば、「効率的市場仮説」の制約を外した経済モデルの計算が可能になると考えます。
ビッグデータの計算処理の多くは、ベイズ統計学を使っています。
現在でも、p-ハッキングが、多数使われています。
頻度主義の統計学は間違いではありませんが、頻度主義の統計学の少数のデータにあてはまることは、間違いです。
さて、このように現在の情報社会で必須のベイズ統計学(次節以下では、単に、統計学と呼ぶ)は、学習のカリキュラムに登場することは稀です。
ベイズ統計学では、マルコフ連鎖モンテカルロ法が必須になるので、コンピュータのプログラミングができないと学習ができません。これが、学習機会が少ない原因になっています。
2)不都合な真実
統計学のリテラシーがあがると、p-ハッキングが通用しなくなります。
地震の発生確率は、p-ハッキングの例です。
有権者が、統計学のリテラシーがなければ、権威の方法をつかって、p-ハッキングが出来ると考える人が出てきます。
確率は、ある母集団に対して計算され、信頼区間があります。
母集団と信頼区間が明示されていない確率は、p-ハッキングの疑いがあります。
統計学のリテラシーがあがると、p-ハッキングができなくなるので、不都合な人が出てきます。
まとめると、統計学のリテラシーをあげるための教育が普及していかないという問題があります。これは、建前(コインの表)の問題です。これには、反対する人はいません。
一方では、統計学のリテラシーがあがると、p-ハッキングができなくなるので、統計学のリテラシーをあげて欲しくないという本音(コインの裏)を持っている人が多数います。
こうした場合を、総論賛成、各論反対というパターンに整理する人がいますが、この整理は、総論(建前)と各論(本音)の矛盾の解消ができないので、不毛な整理と考えます。
コインの表とコインの裏は対になっています。
コインの表と裏は、建前と本音の議論の一部です。
ここで、敢えてコインのイメージを取り上げる理由は、コインの表と裏の関係は、p-ハッキングのように、科学的に正しい手法(コインの表)と科学的な捏造手法(コインの裏)の関係があるためです。
つまり、コインの表と裏の関係は、建前と本音の特殊な場合ですが、科学的に白黒がついている問題になります。
そして、コインの裏の政治勢力が強いと、コインの表の統計学のリテラシーは拡大せず、コインの裏の科学的な捏造手法が蔓延する世界が実現します。
3)実例
それでは、コインの表と裏の問題の実例を取り上げます。
3-1)日本の高度経済成長
加谷珪一氏は、戦後日本の経済復興と高度成長は朝鮮戦争の「偶然の産物」であったと主張しています。
加谷珪一氏の問題整理の方法は、世界の国のサンプルデータを集めて、高度成長した国と高度成長できなかった国に分け、高度成長した国にあって、高度成長できなかった国にかけていた要素(原因)を調べています。
次のようなAをアブダクションで検索しています。
with A => 高度成長できた
without A =>高度成長できない
その結果、Aは戦争特需であろうと推論しています。
<< 引用文献
戦後日本の経済復興と高度成長は「偶然の産物」だったは本当か 2022/09/02 THE GOLD ONLINE 加谷珪一
https://gentosha-go.com/articles/-/45225
>>
同様な推論を、ジム・ロジャーズ氏は、1980年代のイギリス経済の復興についておこなっています。
一般には、イギリス経済の復興は、サッチャーの改革によると考えられています。
上記のAは、サッチャーの改革であるという主張です。
1980年代には、北海油田の生産が軌道にのっています。
ジム・ロジャーズ氏は、上記のAは、北海油田であると主張しています。
イギリスでは、サッチャーの改革と北海油田が同時に起こっています。
この場合には、サッチャーの改革のような政治改革だけが起こった国と北海油田のような油田開発だけが起こった国のデータがなければ、条件Aの特定は困難になります。
この2つを原因とした統計的因果モデルを作成して、原因の感度分析をすれば、どちらの要素の影響が大きいかを推定できる可能性はあります。
つまり、統計学のモデルを作るリテラシーがあれば、先にすすめます。
さて、加谷珪一氏の推論の続きに進みます。(筆者要約)
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日本の高度成長は、日本人の優秀さと血のにじむような努力がもたらした結果であるという価値観は、広く共有されています。しかし、この価値観は限りなく願望に近いと考えてよいでしょう。なぜなら、日本に限らず、経済成長を実現した国の多くが、何らかの偶然が作用しているケースがほとんどだからです。
日本の成長は偶然だったと主張すると、どういうわけか多くの人が怒り出すのですが、成長に偶然が作用したという現実を認めることが、自国を貶めることにはつながりません。それどころか、自分たちは幸運だったという現実を冷静に受け止めることで、獲得した富の重要性を再認識することができ、むしろ戦略的な行動を促します。逆に言えば、幸運であることを自覚できないと、すべてに対して自信過剰になり、判断を誤るケースが増えてくるでしょう。
1990年代以降の日本が低迷したのは、まさに傲慢さが原因であると筆者は考えています。
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問題は、次の部分です。
「日本の高度成長は、日本人の優秀さと血のにじむような努力がもたらした結果であるという価値観は、広く共有されています。しかし、この価値観は限りなく願望に近いと考えてよいでしょう」
新聞やテレビでは、高度成長期や安定成長期の成功談の事例であふれています。
功成り名を遂げた80歳くらいの人が、過去を振り返る記事も多く見られます。
しかし、加谷珪一氏はそうした成功談は、朝鮮戦争特需という偶然の作用を無視しているので、間違いであると主張しています。
新聞やテレビでは、こうした成功談を毎週のように流していますので、視聴者の脳に、バイアスのある非科学的なニューロンを強化していることになります。
3-2)Casual Universeの問題
成功談の問題点は2段階に分かれます。
第1に、成功談の原因は、with-withoutで比較して検証される必要があります。
時系列の前後関係は、因果関係ではありません。
第2は、Casual Universeの問題です。
ある仮説の検証は、データを集めたCasual Universe内でしか有効でありません。
成功談のCasual Univseseは、朝鮮戦争のあとの特需のあった社会です。
つまり、成功談は、朝鮮戦争のあとの特需のあった社会以外では、無効です。
仮説は、Casual Universeとセットで検証ができます。
高度成長期や安定成長期とは、社会や技術の条件が大きく異なります。
これは、高度成長期や安定成長期と今世紀の世界のCasual Universeを分けて考える必要があることを意味しています。
日本の新聞やネットでは、成功した日本企業の紹介記事が多く見られます。
しかし、外国の企業の紹介記事は、少ないです。
記事のシェアが成功した企業のシェアを反映しているのであれば、記事の99%は外国企業の経営の記事になります。
フォーブスの評価額ベスト100に入っている日本企業は、トヨタ1社だけですから。
大谷選手は、アメリカに出稼ぎしています。
IT人材もアメリカに出稼ぎしています。
スポーツ選手や歌手の出稼ぎは、アメリカ周辺の途上国であるプエルトリコやキューバではよく見られます。
日本も先進国ではなくなったので、これから、出稼ぎが増えると思われます。
そうなった場合に、必要な情報は、海外の就職情報です。
アメリカの場合には、英語の情報になりますので、日本語の新聞を読むことは不要です。
日本国内の系列取引に頼っている中小企業には、人材がこなくなるはずです。
日本が先進国から脱落すれば、海外市場を相手にした出稼ぎのできない企業に未来はありません。
法度制度のミームが有効である場合には、理不尽な人権を無視した労働条件でも、労働者を集めることができます。
しかし、一端、統計学のコインの裏にある法度制度のミームが崩れてしまえば、違った世界が出現します。
こうしたコインの反転は、不連続に起こると思われます。