アブダクションとデザイン思考(26)一般教書演説

(ジョブディスクリプションの問題を年頭の演説を例に考えます)

 

1)バイデン大統領の2023年の一般教書演説

 

一般教書演説(State of the Union Address、SOTU)とは、アメリカ合衆国の大統領が連邦議会両院の議員を対象に行う演説で、国の現状 (State of the Union) についての大統領の見解を述べ、主要な政治課題を説明するものです。年頭教書ともいいます。

 

一般教書演説は、慣例として、1月最後の火曜日に演説が行われます。

 

昨年、2023年の一般教書演説の一部を引用します。

 

米国再建のために税金を使うとき、我々は、米国製品を購入し米国の雇用を支える「バイ・アメリカン」で進める。

 

連邦政府は、国の安全と治安を維持するために年間約6000億ドルを費やしている。ほぼ100年にわたって、納税者のお金が米国の雇用と企業を支えるようにするための法律が存在しており、どの政権も「やる」と言っているが、我々が違うのは実際にそれを実施している点だ。空母の甲板から高速道路のガードレールの鋼鉄に至るまで、すべて米国製品を購入する。

 

(中略)

 

インフレに対抗する1つの方法は、賃金を下げ、アメリカ人をより貧しくすることだ。しかし、私はインフレと戦うもっといい計画を持っている。

 

賃金を下げるのではなく、コストを落とすのだ。米国でより多くの自動車や半導体をつくろう。米国でもっとインフラを整備し、革新を起こそう。米国でより速く、より安く移動するモノを増やそう。米国で十分に暮らしていける仕事を増やそう。そして海外のサプライチェーンに頼ることなく、米国でつくろう。

 

経済学者はこれを「経済の生産能力を高めること」と呼ぶ。私はこれを米国のよりよき再建(ビルド・バック・ベター)と呼ぶ。

 

インフレと対峙する私の計画は、あなたの(生活)コストを下げ、債務を減らすだろう。17人のノーベル賞経済学者が、私の計画は長期的なインフレ圧力を緩和すると言っている。産業界トップのリーダーや、ほとんどの米国人が私の計画を支持している。これがその計画だ。

 

第1に、処方薬のコストを削減する。インスリンを見てほしい。米国人の10人に1人が糖尿病を患っている。バージニア州で、私はジョシュア・デービスという13歳の少年に会った。

<< 引用文献

バイデン氏「自由は常に専制に勝つ」 一般教書演説全文 2023/03/02 日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN021D70S2A300C2000000/

>>

 

このように、一般教書演説は、問題点と解決のための手順(ジョブディスクリプション)を提示しています。

 

1年経てば、一般教書演説で約束した事項のいくつが実現できたかが、チェックできます。

 

大統領の属する政党が、議会の多数派ではない場合も多いので、一般教書演説で約束した事項に対する法案がいくつ成立するかは不明ですが、ジョブディスクリプションとして実現する目標は明確になっています。

 

2)岸田文雄首相の2023年の年頭会見

 

岸田内首相は、2024年1月1日に、年頭所感を首相官邸のHPに載せています。

<< 引用文献

岸田内閣総理大臣 令和6年 年頭所感 2024/01/01 首相官邸

https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2024/0101nentou.html

>>

 

また、2024年1月4日には、岸田文雄首相は、官邸で年頭会見を開いています。

 

この会見はライブで放映されましたが、この原稿を書いている1月4日時点では、文字の起こしたものは、首相官邸のHPには出ていません。

 

ここでは、バイデン大統領の一般教書演説に合わせて、1年前の2023年のデータを引用します。

 

 こうした現実を前に、今こそ我々は新たな方向性に踏み出さなければならない。私の掲げる新しい資本主義はそのための処方箋です。新自由主義的発想から脱却し、官と民の新たな連携の下で、賃上げと投資という2つの分配を強固に進め、持続可能で格差の少ない、力強い成長の基盤をつくり上げていきます。そのためには、成長と分配の好循環の中核である賃上げを何としても実現しなければなりません。企業が収益を上げて、労働者にしっかり分配し、消費が伸び、企業の投資が伸び、更なる経済成長が生まれる。こうした経済の好循環が実現されて初めて国民生活は豊かになります。しかし、この30年間、企業収益が伸びても、期待されたほどに賃金は伸びず、想定されたトリクルダウンは起きなかった。私はこの問題に終止符を打ち、賃金が毎年伸びる構造をつくります。

 

 今年の春闘について、連合は5パーセント程度の賃上げを求めています。是非、インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたいと思います。政府としても、最低賃金の引上げ、公的セクターで働く労働者や政府調達に参加する企業の労働者の賃金について、インフレ率を超える賃上げが確保されることを目指します。

 

 そして、この賃上げを持続可能なものとするため、意欲ある個人に着目したリスキリングによる能力向上支援、職務に応じてスキルが正当に評価され、賃上げに反映される日本型の職務給の確立、GXやDX(デジタル・トランスフォーメーション)、スタートアップなどの成長分野への雇用の円滑な移動を三位一体で進め、構造的な賃上げを実現します。本年6月までに労働移動円滑化のための指針を取りまとめ、働く人の立場に立って、三位一体の労働市場改革を加速します。

 

 もちろん女性の積極登用、男女間賃金格差の是正、非正規の正規化なども経済界と共に進めていきます。また、女性の正規雇用におけるL字カーブや、女性の就労を阻害する、いわゆる103万円、130万円の壁などの是正にも取り組んでまいります。

 

 官民連携でのこうした取組を通じて、実質賃金の上昇が当たり前となる社会、そうした力強い経済の実現を目指します。賃上げはコストだという時代は大きく変わり、能力に合った賃上げこそが企業の競争力に直結する時代になっています。賃上げによる人への投資こそが日本経済の未来を切り開くエンジンとなります。

 

(中略)

 

 そして、今年のもう一つの大きな挑戦は少子化対策です。昨年の出生数は80万人を割り込みました。少子化の問題はこれ以上放置できない、待ったなしの課題です。経済の面から見ても、少子化で縮小する日本には投資できない、そうした声を払拭しなければなりません。こどもファーストの経済社会をつくり上げ、出生率を反転させなければなりません。本年4月に発足するこども家庭庁の下で、今の社会において必要とされるこども政策を体系的に取りまとめた上で、6月の骨太方針までに将来的なこども予算倍増に向けた大枠を提示していきます。

 

 しかし、こども家庭庁の発足まで議論の開始を待つことはできません。この後、小倉こども政策担当大臣に対し、こども政策の強化について取りまとめるよう指示いたします。対策の基本的な方向性は3つです。第1に、児童手当を中心に経済的支援を強化することです。第2に、学童保育や病児保育を含め、幼児教育や保育サービスの量・質両面からの強化を進めるとともに、伴走型支援、産後ケア、一時預かりなど、全ての子育て家庭を対象としたサービスの拡充を進めます。そして第3に、働き方改革の推進とそれを支える制度の充実です。女性の就労は確実に増加しました。しかし、女性の正規雇用におけるL字カーブは是正されておらず、その修正が不可欠です。その際、育児休業制度の強化も検討しなければなりません。小倉大臣の下、異次元の少子化対策に挑戦し、若い世代からようやく政府が本気になったと思っていただける構造を実現するべく、大胆に検討を進めてもらいます。

 

 以上、今年は、賃上げ、投資促進、子育て支援強化に全力で取り組みます。賃金が増え、日本企業が強くなり、子供が増える、そんな社会を次の世代に引き継いでいきます。

<< 引用文献

岸田内閣総理大臣 年頭記者会見 2023/01/04 首相官邸

https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2023/0104nentou.html

>>

 

バイデン大統領の一般教書演説と比べれば、違いは明白です。

 

年頭記者会見には、ジョブディスクリプションがほとんど書かれていません。

 

年頭記者会見は、オブジェクト・オンリーの言霊の連続になっています。

 

これは、1年後に、年頭記者会見で取り上げられた政策のうち、幾つが実現できたか、あるいは実現できなかったかをカウントしてみれば、分かります。

 

1年後を、少しだけチェックします。

 

「インフレ率を超える賃上げの実現」は実現していません。

 

以下は、期限が明示されていませんので、ジョブディスクリプションになっていませんが、1年間で評価します。

 

「職務に応じてスキルが正当に評価され、賃上げに反映される日本型の職務給の確立」は、ジョブ型雇用でしょうか。解雇規制、正規と非正規の身分制度の解消は、全く進んでいません。

 

「成長分野への雇用の円滑な移動」は、全く実現していません。

 

「構造的な賃上げを実現」は、夢のまた夢です。

 

具体的なジョブディスクリプションがないので、ジョブの実現にどこで躓いているのかすら不明です。

 

筆者は、「女性の就労を阻害する、いわゆる103万円、130万円の壁」よりも、人権問題の解消が優先すると考えますので、この目標は評価しないことにします。

 

女性の賃金が、男性の半分程度に止まっている人権無視を放置して、「103万円、130万円の壁」を議論することは論点のすり替えです。

 

「意欲ある個人に着目したリスキリングによる能力向上支援」は、政策目標が間違っています。GAFAMのように、20代で、年収2000万円を超えるようなジョブがあれば、誰もが、リスキリングします。アメリカのように、トラックの運転手の年収が、2000万円を越えれば、リスキリングで、トラックの免許を取得します。

 

つまり、因果モデルで考えれば、高い賃金のジョブが原因で、リスキリングによる学びなおしが結果になります。現状は、年功型雇用で、スキルがあっても、高い賃金を得られないので、誰もスキルアップしません。

 

ここで書かれていることは、高いスキルの人材がいれば、アメリカより各段に安く雇うことできるという願望にすぎません。

 

3)2024年の年頭の記者会見

 

2024年の年頭の記者会見の内容の一部が明らかになったので、分析します。

 

岸田総理は2024年1月4日、年頭の記者会見を開き、自民党の派閥の政治資金パーティーの問題をめぐり来週、自民党に総裁直属の機関として「政治刷新本部」を立ち上げると表明しました。

 

党執行部や若手の議員に加え、透明性の高い形で検討を進めるため外部有識者も招いたうえで再発防止策を検討する。岸田総理は今夜、出演した民放のBS番組で菅前総理、麻生副総裁という2人の総理経験者が特別顧問に就任すると表明しました。

 

政治刷新本部では、▼政治資金の透明性の拡大や▼派閥の在り方に関するルール作りなどを進めるとしています。

 

ルールについて岸田総理は「パーティー券の収支について監査を行うことや、現金支払いから原則、振り込みへ移行するなどの具体的な取り組みが考えられる」と述べました。

 

岸田総理は1月中に中間のとりまとめを行ったうえで「必要があれば関連法案を提出する」としています。



<< 引用文献

【速報】岸田総理が来週、自民党内に政治刷新本部の設置を表明 特別顧問に菅氏・麻生氏 2023/01/04 TBS News

https://news.yahoo.co.jp/articles/3f993dde63be2dedffc19bfa30faece6361e68ec

>>

 

今回も、「政治刷新本部」という言霊が先行して、インスタンスらしきものは、「▼政治資金の透明性の拡大や▼派閥の在り方に関するルール作り」だけです。

 

「▼政治資金の透明性の拡大や▼派閥の在り方に関するルール作り」は、既に現在でもありますので、インスタンスとは言えません。

 

「政治刷新本部」の発表の中身は、今後検討するということです。

 

つまり、ジョブディスクリプションはありません。

 

野口悠紀雄氏は、年金「財政検証」に関連して次のようにいっています。(筆者要約)

 

医療・介護については、歳出合理化とか歳出削減ということの中身が、実は自己負担の増加である場合が目立つようになっている。

 

診療報酬の来年度の改定で、政府は医療従事者らの人件費を引き上げる方針だ。これによって自己負担額が上がることになる。自己負担額が多くなると、医療サービスが必要なときにそのサービスを受けるためのコストが増加する。これは常識的にいえば、負担の増加ということだろう。

 

医療費の合理化とは無駄な薬の削減や、デジタル技術の導入による効率化のことだと思っていたのだが、実は自己負担の増加というのでは裏切られたような気持ちだ。

<< 引用文献

2024年は5年に1度の年金「財政検証」、実質賃金の伸び率見直しで現実性ある社会保障示せ 2023/01/04 Diamond 野口悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/336607

>>

 

つまり、医療費の合理化の実態は、自己負担の増加になっています。

 

ここでは、オブジェクトは、「医療費の合理化」、インスタンスは、「自己負担の増加」です。

 

自然科学では許容されないこうした論理が通用するのであれば、オブジェクトは、「政治刷新本部」、インスタンスは、「利権の温存のケース」になる可能性が高いと思われます。

 

過去の専門家委員会の外部有識者の殆どは利害関係者です。

 

1月4日時点では、ジョブディスクリプションはありませんので、「利権の温存」の疑惑があります。



要するに、オブジェクトの辻褄さえ合えば、インスタンスは関係がないという立場です。

 

オブジェクトは、変数名XやYと同じように、インスタンスの操作の効率をあげるための単なる記号にすぎません。オブジェクト名には、意味がありません。

 

たとえば、ODD={2,4,6,...}、EVEN={1,3,5,...}という変数名で、プログラム・コードを書くことができます。このプログラムは、正常に動きます。ただし、この場合に、ODDは偶数で、EVENが奇数になります。もちろん、これは、混乱のもとになりますので、インスタンスの中身にあった変数名(オブジェクト)を使うことが推奨されています。

 

オブジェクトの辻褄さえ合わせれば、インスタンスは関係がないという立場が通用すれば、全ての議論は、無駄になります。

 

野口悠紀雄氏は、「裏切られたような気持ち」といいますが、「オブジェクトの辻褄さえ合えば、インスタンスは関係がないという立場」は、民主主義の全ての議論を破壊します。

 

これでは、そもそも言論が成り立たないので、言論の自由はありません。

 

アメリカで、これが行なわれることはありません。オブジェクトとインスタンスの対応を無視すれば、議員は、裁判で訴えられるか、落選します。