(問題解決には、アブダプションが必須です)
1)加谷 珪一氏のゲマインシャフト論
2023年7月12日の現代ビジネスに、加谷 珪一氏は、マイナンバーシステムの問題は、ゲマインシャフト(前近代的なムラ社会)問題であると批判しています。(以下筆者の要約)
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マイナンバー制度が暴走機関車と化している。近代日本が抱える「病」である「問題が明らかになっても立ち止まれない、手段と目的を取り違える」同じ過ちを繰り返そうとしている。
全土が焼け野原になるまで止められなかった太平洋戦争や、巨費を投入した国策半導体企業の相次ぐ失敗、600兆円の国債を保有するまで猪突猛進した日銀の異次元緩和策など、日本は何度も同じ失敗を繰り返している。なぜ日本は、過ちを犯してしまうのか。
マイナンバーカードに政治・経済的利権が絡んでいることもあり、カードの普及が最優先となっている。
日本における前近代的な意思決定の仕組みが、一連の状況に拍車をかけている。
プロジェクトをゴリ押しすることで直接的に利益を得られる人の政治力はそれほど大きいわけではなく、周囲が何となくストップがかけられない状況に近い。
日本の組織は依然として社会学で言うところのゲマインシャフト(前近代的なムラ社会)であり、「論理」ではなく「情緒」で決まるゲマインシャフトにおける意思決定が使われています。
もし、ある人が経済的理由で非合理的なマイナンバーカードを普及させたいと考えた時、周囲の人には、相手に甘くする代わりに、自分にも甘く接して欲しいという情緒的なメカニズムが働くため、周囲の人はそれを止めない。
こうしたムラ社会では、時にプロジェクトを遂行するリソースがすべて尽きてしまうまで暴走が止まらなくなる。失敗が明らかになっても、相互の甘えや情緒が優先するため、プロジェクトの失敗を明確に検証し、責任の所在を明らかにする作業は行われない。
こうした前近代的意思決定をやめない限り、マイナンバー制度は行き着く所まで行くだろうし、今後も同じ問題が繰り返し発生すると筆者は考えている。
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2)ゲマインシャフト(共同社会)とゲゼルシャフト(利益社会)
英語版のウィキペディアで説明します。
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ゲマインシャフト(共同社会)とゲゼルシャフト(利益社会) は、一般に「community and societyコミュニティと社会」と訳され、ドイツの 社会学者 テンニスが社会関係を2 つのタイプに分類するために使用したカテゴリーです。ゲゼルシャフトは現代社会と合理的な利己主義に関連しており、ゲマインシャフトに典型的な家族や地域社会の伝統的な絆を弱めます。ゲマインシャフトとゲゼルシャフトという概念は、1921 年に出版されたマックス・ウェーバーの「経済と社会」でも使用されました。
社会進化論( Social Darwinism)は、進化論をとりこんでつくられた社会理論ですが、今日の英語圏では単なるイデオロギーの一つとしてとらえられており、人種差別的な発想によって恣意的に歪められた点も多く、本来のダーウィンの考え、またはその他の科学による議論からは逸脱するとの説もあります。 社会ダーウィニズムは、第一次世界大戦後、科学的概念と称するものとして人気が低下し、ナチズムとの関連や、優生学や科学的人種差別は根拠がないという科学的コンセンサスが広まりつつあったこともあり、第二次世界大戦の終結までには大きく信用されなくなりました。
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ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は、2分法ですので、バイナリーバイアスを抱えています。
エビデンス革命の視点でみれば、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は検証可能な命題ではありませんので、検討対象外になります。
パースが、「ブリーフの固定化法」で科学の方法という場合の科学は、進化論をイメージしていました。パースの科学の方法は、形而上学と対立します。つまり、検証可能な科学をさしています。
ポパーは、進化論を検証不可能として批判しました。しかし、現在の遺伝子レベルの進化論は、検証可能です。
科学において、生物が進化するといったセントラルドグマが直接検証可能かという問題と、遺伝子レベルの進化といった個々の命題が検証可能かという問題は分けて考える必要があります。
日本アイ・ビー・エム の村澤賢一氏のように、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は現在でも有効であると主張する人もいますが、エビデンス革命の常識的な判断では、ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は検証不可能な命題に分類されます。
3)固執の方法との比較
日本の政策のブリーフが変化しない原因をゲマインシャフトに求めることも、固執の方法に求めることもできます。
この2つの方法の違いは、次の点です。
(P1)命題が検証可能か
(P2)より根源的な原因を遡及できるか
この2点の中では、「ブリーフの固定化法」が、ゲマインシャフト論より、科学的な利便性が高いです。
パースのおすすめは科学の方法です。
そう考えると、なぜ科学の方法が使われないのかという原因が問題になります。
加谷圭一氏は、独裁政権のような強権がないにも関わらず、固執の方法が使われ、科学の方法が使われない原因をゲマインシャフトと「情緒」が「論理」に優先する点に求めています。
筆者には、「情緒」が、「論理」に優先しているという現象は、「人文的文化」が「科学的文化」に優先している、つまり、1959年の「二つの文化と科学革命」の問題の変奏曲に見えます。簡単に言えば、スノーが危惧したエンジニア教育の欠如が原因であるようにみえます。
4)アブダプションの必要性
ゲマインシャフトとゲゼルシャフト論は、帰納法を用いています。
帰納法で作成された命題は、仮にそれが、検証可能な形式をしていても、演繹法で検証されるまでは、あてになりません。
アブダプションで作成された命題は、検証されるまで、あてになりませんが、帰納法でつくられた命題も、あてにならないという点では、差はありません。
これは納得されない人も多いと思いますが、エビデンス革命の基準では、自明です。
加谷 珪一氏の論理を振り返ってみます。
日本の組織はゲマインシャフト(前近代的なムラ社会)であり、「論理」ではなく「情緒」で決まる意思決定が使われる。
ここでは、原因(ゲマインシャフト、前近代的なムラ社会)が、結果(「論理」ではなく「情緒」で決まる意思決定)を生み出すという因果モデルが使われています。
これは、過去のゲマインシャフトを調べた結果(「論理」ではなく「情緒」で決まる意思決定)を帰納法で命題化しています。
アブダプションでは、結果が起こる原因を推論します。
アブダプションでは、結果(ある組織がゲマインシャフトになる)に対する原因を推定します。
そこでは、「日本の組織」とは何かが、問題になります。
日本人のDNAをさすのか、日本語を話すグループをさすのか、エマニュエル・トッド氏が得意の婚姻制度をさすか、年功型雇用を指すのか、文系と理系の独自なカリキュラムをさすのかなど、「日本の組織」の色々な構成要因が考えられます。
アブダプションで作成する命題では、原因について、with-withoutを考えて思考実験を行います。
つまり、表と裏の命題を同時に扱うコイン型命題になっています。
アブダプションによる命題作成の幅は大変広いので、検証するまでは、命題の正しさについては何もいえません。
筆者は、マイナンバーカードの問題は、「ブリーフの固定化法」が、固執の方法によっていることが原因であると考えます。
結果として固執の方法が生ずる原因は、年功型雇用と帰納法の乱用にあると考えます。
年功型雇用は、経験を積んで、過去の事例を多く知るほど、適切な判断ができるというモデルに依存しています。これは、帰納法が唯一の推論であるとうモデルになり、帰納法と同根です。
加谷 珪一氏の論理は、帰納法に制約されています。その結果、問題の解決方法が見いだせなくなっています。
パースは、1910年に、「今世紀初頭までに印刷したほぼすべての作品で、多かれ少なかれ仮説と帰納法を混同していた」と認め、これら2種類の推論の混同は、論理学者のあまりにも「狭くて形式主義的な概念」に原因があるとしています。
帰納法では、新しく発生した問題に対する解決法を推論できません。
推論にアブダプションを導入する前提条件は、検証手段が確保されていることです。
前例主義は、アブダプションを否定していますので、新しく発生した問題の解決方法を推論することができません。
補足:
これはラフスケッチなので、問題を含んでいると思いますが、メモしておきます。
人文科学は、エビデンスによる検証手続きをもちません。データサイエンスでは否定されている帰納法の単独利用に価値があると考えています。
検証手段をもたない人文科学では、アブダプションは使われないと思います。
これは次の点で問題を生じます。
(P1)十分に検証されていない命題は多数の誤りを含んでいます。
(P2)アブダプションを用いない結果、推論の範囲が、極めて狭くなり、問題解決ができなくなります。
スノー流にいえば、企業幹部が人文的文化の人で、科学的文化に基づかない経営判断をすれば、企業幹部が科学的文化に基づいて経営判断をする企業に比べて、パフォーマンスが著しく劣ります。
この仮説は、検証可能です。
ともかく、アブダプションを使わない推論には、大きな欠陥があります。
引用文献
普及に取り憑かれている…「暴走機関車」と化したマイナンバーシステムが迎える「末路」 2023/07/12 現代ビジネス 加谷 珪一
https://gendai.media/articles/-/113147?imp=0
ゲゼルシャフトとゲマインシャフト | 在りたい未来を支援するITとは? シリーズ#1
https://www.ibm.com/blogs/solutions/jp-ja/iot-futuresdesign1/