1)帰納法
ここで、演繹法とよんでいるものの半分は、アブダプションです。
ウィキペディアの英語版には、帰納(Induction)について、次の説明があります。
「帰納的一般化
一般化 (より正確には、帰納的一般化) は、サンプルに関する前提から母集団に関する結論に進みます。このサンプルから得られた観察結果は、より広範な母集団に投影されます」
「サンプルに関する前提から母集団に関する結論に進む」とあっさり書かれていますが、この部分は、エビデンスに基づくブリーフの固定化に対応しています。
「サンプルから得られた観察結果は、より広範な母集団に投影」は、エビデンスに基づく統計学からすれば、間違いです。
この部分は、別途説明しますが、ポイントは次になります。
(1)日本のウィキペディアの「帰納」には、書かれていませんが、母集団(オブジェクト)とサンプル(インスタンス)の関係を明確にする必要があります。
(2)帰納の推論には、母集団を選択する手段は含まれません。ですから、「サンプルから得られた観察結果は、より広範な母集団に投影」することは、帰納ではありません。この点で、ウィキペディアの英語版は間違っています。帰納は、サンプルから命題を作成しますが、その命題があてはまる母集団については、何も保証しません。
(3)帰納が母集団について何も言えないことから、帰納は、命題を作成する推論であるが、母集団に対して命題を検証する推論ではありません。(補足1)
(4)帰納は命題を導く推論ですが、命題を導く推論の中で、帰納はごく一部にすぎません。命題の作成範囲がより広く、信頼性が同等のアブダプションがあるので、帰納を用いるメリットはありません。
2)アブダプション
アブダプションは、結果から原因を探索する推論です。
次の表裏がセットのコイン型命題を前提とします。
「原因があれば、結果が生じる」
「原因がなければ、結果が生じない」
帰納であつかう命題はコイン型ではないので、「原因がなければ、結果が生じない」とは言えない点に注意してください。
結果から、原因を推定して、表裏の命題が成立しそうであれば、推論が完了します。
表または、裏だけの場合には、対象を原因の候補から外して、別の因子を探索します。
原因が複数ある場合には、そのうちの1つだけをまず取りあつかう推論になります。
複数の原因が絡み合っているエコシスエムの因果モデルの場合には、単純なアブダプションでは、歯が立たなくなります。とりあえず、複雑な原因に対しては、単純なアブダプションは、限界があることを確認しておきます。
3)半導体の課題
2021年12月14日のEETimesの 湯之上隆氏の記事を例に取り上げます。(筆者要約)
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日本人と欧米人の発想と行動様式の違い
日本人と欧米人の装置開発の差には、日本人と欧米人の発想や行動様式の違いが大きく関係する。
欧米人は、理論が先にある。そして、開発初期に徹底的に議論を尽くして方針を一本化する。その上で、規格、ルール、ストーリー、ロジックをつくる。
日本人の技術者は、優れた感覚と経験を基に、直感的に手を動かして実験を行う。また、決められた枠組みの中で最適化することを非常に得意としている。しかし、規格やルールを作るのは苦手である。
このように、日本人と欧米人では、発想や行動様式がまったく異なる。それが、装置などのシェアの高低につながっている。
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これから、欧米人は、演繹またはアブダプションで推論を行い、日本人は帰納で推論を行っていることがわかります。
湯之上隆氏は、2021年6月1日に衆議院の意見陳述で、「強いものをより強くすることを第1の政策に掲げるべきである」と論じています。
これから、湯之上隆氏は、帰納で推論を行っていることがわかります。
2023年6月/23日のEETimesで、湯之上隆氏は次のように言っています。(筆者要約)
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しかし、日本の半導体企業のシェアが高い装置の市場規模は小さい。欧米の半導体企業は、市場規模の大きな装置にフォーカスし、世界シェアを独占している。そこには、マーケティングに基づいたトップダウンの戦略がある
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2023年7月29日のvideonewscomで、湯之上隆氏は、日本の凋落は市場のニーズを顧みず、市場が求めていない種類の半導体を作り続けてしまった結果だと指摘しています。
インタビューアは、湯之上氏に、日本の半導体産業を復活させる方法を聞いています。
湯之上隆氏は「日本の半導体産業を復活させるためには、何をおいてもまず人材を育てるしかない」と言っています。
しかし、湯之上隆氏も、インタビューアも、この回答に納得するのは変です。
湯之上隆氏は、「日本の半導体の凋落は市場のニーズを顧みず、市場が求めていない種類の半導体を作り続けてしまった」、「欧米の半導体企業は、マーケティングに基づいたトップダウンの戦略がある」と言います。
湯之上隆氏は、日本の半導体の凋落(結果)の原因は、経営判断の間違いにあるといっています。
アブダプションで考えれば、原因を取り除けは、結果が変わるはずです。
つまり、第1に行うべきは、「人材を育てる」ことではなく、合理的で科学的な経営ができる経営者に幹部を入れ替えることになります。
原因(合理的で科学的な経営ができない)経営者が、結果(経営判断の間違い)を生み出しています。
原因(合理的で科学的な経営ができる)経営者は、結果(正しい経営判断)を生み出すはずです。
これが、帰納で得られた「日本の半導体の凋落(結果)の原因は、経営判断の間違い」をアブダプションで展開した命題です。
「何をおいてもまず人材を育てる」ことは大切かも知れませんが、日本の半導体の凋落の原因分析とは、論理的な繋がりはありません。
同様の問題は、数多く見られます。
例えば、ある問題について、データをもとに、帰納で推論をしている専門家は数多くいます。こうした専門家に問題の解決方法を、インタビューすると、突然飛躍した提案がなされる例が多くあります。
出生率の低下についても、原因は、婚姻率の低下であり、若年層の所得の減少にあるという調査結果(帰納による推論)が出ています。
帰納による推論では、若年層の所得を増やした場合については、何もわかりません。
若年層の所得が増えたデータはありません。
「若年層の所得を増えた」状態は、観測できませんので、帰納の推論では扱えません。
アブダプションを使えば、「若年層の所得を増やせば、婚姻率が上がり、出生率があがる」という仮説命題を作ることができます。
これは、仮説ですので、検証されねばなりません。
ジョブ型雇用で、年齢に関係なく、若年層でも高い所得が得られる状態を作って、エビデンスを測定することで、仮説の検証ができます。
こえな、経済特区でも、モデル企業でも構いませんが、With-Withoutの比較対象試験を行えば仮説は検証できます。
この仮説が正しいとして演繹します。
所得のパイは1つです。高齢者が出来た仕事量に比例せずに、ポストで所得をえれば、働かないでえた所得は、どこからか搾取するしか方法はありません。
こうして、所得の低い若年層の負担率があがり、婚姻率が下がります。
帰納による推論は、検証されていなければ、ほぼ、間違っています。
さらに、推論を帰納に限定すれば、問題解決が出来なくなります。
まちがった推論の問題を乗り換えなければ、問題は解決できません。
4)日本のデジタルカメラ
帰納に推論を限定する問題のもう一つの例として、デジタルカメラを取り上げます。
4-1)国内の現状
2020年までのデジタルカメラの売り上げの推移を、MONOXによってまとめれば次になります。
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カメラ出荷額は、1959年の166億円が1981年に3,720億円となり、その後は20年近く横ばい状態でした。デジタルカメラは1999年に2,279億円となり10年後の2008年には2兆1,640億円と10倍に成長したものの、12年後の2020年には4,201億円と1980年代と同等レベルにまで縮小しています。
カメラ出荷台数は、ピーク値となった2010年の出荷台数1億2,146万台が、10年後の2020年には889万台と、毎年1,100万台以上ものペースで出荷台数が減り続けました。2020年は、フィルムカメラのピーク値の1/5で、1970年代の水準です。
ミラーレスカメラの販売単価の上昇は著しく、2020年は2012年の3倍程度まで上がっています。
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2020年以降、2022年まで、出荷台数は横ばいですが、単価が上がって、売り上げは、5000億円まで回復しています。
結局、フルサイズセンサーのミラーレスのソニーが売り上げを伸ばして、一眼レフのCANONとNIKONが、ミラーレスに追従して切り替えています。
つまり、ソニーの成功を真似する前例主義、帰納による推論が使われています。
一般に、デジカメの売り上げが、2010年のピークから減少したことだけが独り歩きしていますが、時系列は因果モデルではありません。
「ミラーレスカメラの販売単価は、2020年は2012年の3倍程度まで上がってる」訳ですから、売り上げは減少するはずです。また、単価が下がる局面では、買い替え需要が大きくなりますが、単価が上昇しえ性能の進化が少ない場合には、買い替え需要は抑制されます。
また、レンズやカメラの製造も国産、中国製、ベトナム製と変化していますので、原価は下がっているはずですが、レンズ価格の値上げの例はあっても、値下げの例は少ないです。
こうした面を手寧に分析しているレポートは見たことがありませんので、アブダプションによる因果モデルでマーケティングをしてない企業も多いと思われます。
2-2)競合海外メーカーの現状
海外の競合メーカーの多くは、韓国や中国にあります。
こうしたメーカーは、まずは、互換レンズを製作して販売します。
中国のTTArtisanは深圳にあるレンズメーカーです。
このメーカーの新製品は、驚くべきものがあります。次のような特殊なレンズも製作しています。
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アナモルフィックレンズは、映画用フォーマットである横長の映像を撮影するために開発されたレンズです。レンズ先端部に搭載された特殊レンズで、像を水平方向に圧縮し、撮影後デスクイーズする(引き伸ばす)ことで、横幅の広いワイドな映像を得ることができます。縦横比16:9で撮影した場合、デスクイーズ後約2.4:1となり、広い画角を生かした臨場感のあるシネマスコープ映像を楽しめます。
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3群3枚のシンプルなトリプレット構成と言えばMeyer-Optik Görlitzの「Trioplan」(トリオプラン)で、50年以上前に製造されたシリーズの一つ。当時は光学的な欠点とされていたものの、デジカメ世代で「シャボン玉ボケ」として定着、2015年にKickstarterで復活すると人気を博しました。銘匠光学はこのトリプレット構成を採用し、より手ごろな価格のレンズとしてTTArtisanブランドでリリースしています。
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Trioplanは、レンズが3枚で、シャボン玉のようなボケができます。
ともかく、異分野に突入する勢いはだだものではありません。
日本のカメラメーカーでここまで元気のあるメーカーはありません。
海外の競合メーカーの互換レンズは、基本、マニュアルフォーカスです。
これは、動いているものを撮影できないことを意味します。
しかし、2年前から、日本のサイドパーティのような自動焦点レンズを販売し始めています。
帰納でいえば、海外の競合メーカーの互換レンズは品質が悪いので、競争相手にならないことになります。
しかし、技術進歩の速度をみれば、海外の競合メーカーの方が、日本のメーカーより速いです。
アブダプションで、技術レベルの原因を考えて、次のモデルを作ります。
n年後の技術レベル=現在の技術レベル+技術進歩の速度xn
このモデルがただしければ、技術レベルの逆転はあり得ます。
一人当たりGDPについても、同様の式ができます。
n年後の一人当たりGDP=現在の一人当たりGDP+GDPの増加速度の速度xn
GDPの増加速度は、正確には、一人当たりGDPの増加速度です。ただし、人口変化が緩やかな場合には、この2つの値はほぼ一致します。
2-3)今後の展望
帰納で、今後の経営戦略を立てることは、レジームシフトを無視することになり、非常に危険です。
ムービーカメラについては、既に、オーストラリアのブラックマジックデザインが、大きなシェアを持っています。
ブラックマジックデザインは、カメラのハードウエアだけでなく、編集装置、編集ソフトェアも提供しています。
編集ソフトウェアは公開されていて、ユーザー登録すれば使えます。
一方、日本の動画カメラメーカーは、ソフトウエアをつくることができません。
これは、ソフトウェア中心のファブレスの半導体メーカーのAMSLが、CANONとNIKONに勝って、圧倒的なシェアを獲得したことを思い起こさせます。
ソフトウェア中心で考えれば、Apple等のスマホメーカーのカメラ制御と現像のソフトウェアも高いレベルにあります。
最近の日本のカメラメーカーは、瞳に焦点を合わせる瞳認識を売り物にしています。しかし、GoogleやMicrosoftの画像認識技術は非常に高いレベルにあります。GoogleやMicrosoftが、瞳認識を組み込んだソフウェアを開発した場合、日本のカメラメーカーは勝てない可能性があります。
Appleは、自動車に参入していませんが、自動運転や画像認識、ユーザーニーズの把握については、Appleは高いソフトウェア開発能力を持っています。このため、Appleは中途参入でも、大きな競争力を持つと考えられています。
カメラについても、ソフトウェア開発能力がある企業が参入して来た場合、日本のカメラメーカーが生き残るのは、困難で、レンズ等の部品納入企業になってしまう可能性があります。
これは、既にスマホで起こったことで、日本のメーカーは、スマホの部品を納入していますが、スマホの製造からは、ぼぼ撤退しています。
湯之上隆氏は、2021年6月1日に衆議院の意見陳述で、「強いものをより強くすることを第1の政策に掲げるべきである」と論じていました。
しかし、この方針では、日本企業は弱点であるソフトウェア開発から手を引くことになります。
湯之上隆氏は、「欧米の半導体企業は、市場規模の大きな装置にフォーカスし、世界シェアを独占している。そこには、マーケティングに基づいたトップダウンの戦略がある」とも言っています。
市場規模の大きな装置は、実はソフトウェアです。つまり、「強いものをより強くすることを第1の政策に掲げる」ことと、「市場規模の大きな装置にフォーカスし、世界シェアを独占」することは相容れません。
ソフトウェアの労働生産性は、人によって20倍以上違います。このため、ジョブ型雇用でなければ、まともなソフトウェアは開発できません。
アブダプションができないこと、帰納の幽霊にとらわれている原因は、年功型雇用にあります。そして、ソフトウェア開発能力がある企業という黒船が来た場合、日本企業は、連戦連敗になる可能性があります。
補足1:
帰納については別途論じますが、ここでは、簡単な例をあげます。
サンプル(筆者の用語では、Casual Universe)が、{4,8,12}であるとします。
これから、「偶数であれば、4で割り切れる」という命題を帰納で推論できます。
ここで、母集団が4の倍数であれば、この命題は、「サンプル{4,8,12}から得られた観察結果は、より広範な母集団(4の倍数)に投影」して問題がないことがわかります。言うまでもなく、これは演繹です。
つまり、帰納の命題は、命題を作成したサンプル(Casual Universe)に対しては正しいですが、それ以外のCasual Universeについては、何も保証しません。
帰納命題の正しさは、演繹をつかったエビデンスに基づく検証で確かめます。この過程で、命題が成立する母集団が探索されます。
この過程は、アブダプションによって作成された命題の検証と変わりません。
つまり、帰納によって作成された命題と、アブダプションによって作成された命題の間に確からしさの違いはありません。
補足の補足
「偶数であれば、4で割り切れる」という命題は、間違いではありません。過学習の例です。
帰納による仮説作成は、過学習のリスクと常に隣り合わせになっています。
引用文献
半導体製造装置と材料、日本のシェアはなぜ高い? ~「日本人特有の気質」が生み出す競争力 2021/12/14 EETimes 湯之上隆、 亀和田忠司
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2112/14/news034.html
日本の前工程装置のシェア低下が止まらない ~一筋の光明はCanonの戦略 2023/06/23 EETimes 湯之上隆
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2306/23/news073.html
日本が半導体戦争に負けた理由と同じ過ちを何度も繰り返す理由/湯之上隆氏(技術経営コンサルタント)2023/07/29 videonewscom
https://news.yahoo.co.jp/articles/fcf6bddc52e672c3a2b0f1ec787b726372f61e33
経産省が出てきた時点でアウト…日立の元技術者が「日本の半導体の凋落原因」として国会で陳述したこと 2021/05/15 PRESINDENT 湯之上隆
https://president.jp/articles/-/69408?page=1
6170億円の税金投入はまたムダになるだけ…半導体技術者が「経産省の半導体支援」に疑問を呈するワケ 2021/05/16 PRESINDENT 湯之上隆
https://president.jp/articles/-/69412?page=1
フィルム時代まで縮小したデジカメ市場の今後
http://www.monox.jp/digitalcamera-news-camera-sales-2021.html
ブラックマジックデザイン
https://www.blackmagicdesign.com/jp
銘匠光学 TTArtisan T&S 100mm f/2.8 MACRO 2X ティルト・シフトレンズ
https://www.stkb.jp/shopdetail/000000001899/
銘匠光学 TTArtisan 25mm T2 C 1.33X アナモルフィックレンズ(Super 35mm / APS-C)発売
http://stkb.co.jp/info/?p=26032
銘匠光学 TTArtisan 100mm f/2.8 M42 レンズレビューVol.1 外観・操作・MF 編
https://asobinet.com/review-ttartisan-100mm-f-2-8-m42-outside/