徳川家康の幽霊
2020年9月9日の日経新聞に、1990年からの日本、米国、ドイツ、フランスの賃金の変化が書かれていました。1990年を基準にして、30年間で、米国は2.5倍、ドイツ、EUは2倍に増加したのに、日本だけが、1倍で変化していません。つまり、労働生産性の伸びが止まっています。
その理由は、労働生産性が上がっても所得が増えないからです。過去30年の間、労働生産性が上がったデータはありませんので、統計的なエビデンスで、解析することはできません。
因果のループで考えれば、労働生産性が上がれば、賃金上昇は可能です。そして、賃金が上昇すれば、労働生産性を上げるインセンティブが生じますので、ループが形成されます。
そうならない事例があります。企業の中で、労働生産性の高い部門と労働生産性の低い部門があるとします。労働生産性の高い部門の賃金が高く、労働生産性の低い部門の賃金が低ければ、労働生産性の低い部門は、労働生産性を上げます。これは、市場経済の基本ルールです。需要供給曲線を考えれば、市場では、コストパーフォーマンスの良い製品だけが売れますので、生産性は継続的に向上します。競争で、生産性が上がるわけです。
ところが、日本では、生産性よりも、平等性が優先されます。年功型雇用では、給与は、ポストで決まり、生産性で決まりません。生産性の高い部門の儲けは、生産性の低い部門に移転され、社内失業の人の賃金になります。つまり、社員にとっては、生産性を上げるメリットはありません。年功型雇用は、野口由紀雄氏によって、戦時体制として、創出されたことが指摘されています。しかし、平等性と生産性のバランスをとることは、経済学の難題です。ソ連も、中国も、集団農場は生産性が低すぎて失敗しています。
日本以外では、生産性よりも、平等性を優先すると生産性が極度に低下して、破綻しています。日本では、平等性を優先した結果、失われた30年になりますが、破綻した例は、一部です。
生産性よりも、平等性を優先する、しかも、生産性を極端に低下させない、サボタージュしない悪魔的なシステムを構築したのは、徳川政権です。土地は、大名が所有して、村に貸し出します。耕作権を得た村は、土地の耕作権を農民に割り当てます。土地には、痩せているところと、肥沃なところがあります。水回りの良いところと悪いところがあります。条件不利な土地を割り当てられた農民の収入は減ります。しかし、土地で得られた作物は、年貢を除けば、収益になるので、サボタージュする理由はありません。耕作権は数年でローテーションします。耕作権の割り当てをローテーションする仕組みを割地と言います。集団農場との違いは、耕作権は、個人に割り当てますが、ローテーションすることで、平等性が優先されるので、サボタージュが起きない点です。
気付かれたと思いますが、割地は、サラリーマンの人事ローテーションそのものです。適性を無視したローテーションを人事に組み込んでいるからです。割地では、耕作条件の悪い土地に割り付けられると不満が出ますので、できるだけ土地条件を均一にします。こうして、労働集約的な、労働生産性を無視したシステムができます。
このシステムは、鎖国であれば安泰です。農産物の鎖国が解かれたのは、1960年以降なので、実質、60年前までは、農業は、鎖国状態でした。(注1)
労働市場も、島国の空間的な孤立、言語障壁があって、鎖国状態でした。文法と単語の類似性は、韓国までです。文字は、中国までです。この2カ国とは、空間的にも近く、鎖国状態ではありません。しかし、2カ国を除けば、労働市場は、鎖国状態で、体制維持をして、政権の転覆を避ける徳川家康の亡霊が生きています。
これから、世界の労働市場は、英語を使って、リモートワークすることで、単一市場に集約します。そこでは、社内言語は英語で、仕事は、リモートワークできる企業だけが、優秀な人材を確保できます。雇用は、ジョブ型で、兼業も、ありになります。あるいは、個人事業主になることもあるでしょう。
つまり、日本の企業は、日本語と、年功型雇用、つまり、人事ローテーションルールを守って、鎖国を続けるか、英語とジョブ型雇用で、世界市場から人材を得るかの選択を迫られます。筆者は、鎖国政策を続ければ、アヘン戦争状態になると思いますので、生き残れる選択肢は、明白と考えます。
「人口減少と産業構造(4)」(2021/09/09)で、新浪氏の「45歳定年制導入」を取り上げました。
9月10日のJIJI、読売、毎日は、その後のSNSの反応と、10日の新浪氏の発言までを次の様に伝えています。
ーー9日の発言
(共通)
サントリーホールディングス(HD)の新浪剛史社長は9日、オンラインで開催された経済同友会の夏季セミナーで、次の様に述べた、
(読売新聞、JIJI)
「45歳定年制にして、個人は会社に頼らない仕組みが必要だ」
(毎日新聞)
「終身雇用や年功賃金制など従来型の日本の雇用モデルから脱却する必要性を主張し、45歳定年制を導入すれば、人材の成長産業への移動を促し、会社組織の新陳代謝を図れる」
ーーSNSの反応
(JIJI)
インターネット交流サイト(SNS)などで波紋が広がっていた。
(読売新聞)
SNS上などで批判が集まった。
(毎日新聞)
SNSなどでは「45歳での転職は普通の人では無理」「単にリストラではないか」といった批判が相次いだ。
ーー10日の発言
(JIJI)
前日に述べた発言の真意について、「首切りをするということでは全くない」と釈明した。新浪氏は「45歳は(人生の)節目」とした上で、「スタートアップ(への転職)とか、社会がいろいろな選択肢を提供できる仕組みが必要だ。場合によっては出戻りがあってもいい」と説明した。
(読売新聞)
新浪氏は10日の記者会見で「定年という言葉を使ったのは、ちょっとまずかったかもしれない」と釈明。その上で、「45歳は節目で、自分の人生を考えてみることは重要だ。スタートアップ企業に行こうとか、社会がいろんなオプションを提供できる仕組みを作るべきだ。『首切り』をするということでは全くない」と述べた。
(毎日新聞)
新浪氏は10日、「45歳は節目であり、自分の人生を考え直すことは重要だ。スタートアップ企業に行くなど社会がいろいろなオプションを提供できる仕組みを作るべきだ。『首を切る』ことでは全くない」と弁明した。
(共通)
ソースによって、ニュアンスが違います。発言の意図は、「終身雇用や年功賃金制など従来型の日本の雇用モデルから脱却する必要性」であって、正論です。45歳は、定年制に配慮したつもりの発言と思われますが、SNSでは、逆の意味にとられています。新浪氏の発言は、バックキャストです。
一方、SNSの炎上は、フォーキャストです。
「人口減少と産業構造(4)」(2021/09/09)で、筆者は、次の様に書きました。
新浪氏は、現在の政界に受け入れられやすい、バックキャスト(ジョブ型雇用)とファスト回路(年功型雇用)の折衷策を探しているように見えます。しかし、これは、無理筋です。なぜなら、年功型雇用は日本だけなので、国際競争を考えれば、消滅するか、残して貧しくなるかの、いずれかだからです。現在は、後者をとっています。
やはり、バックキャストは理解されなかったと思われます。
しかし、これは、危険な兆候です。
野口由紀雄氏は、年功型雇用は、戦時体制として、創出されたと指摘しています。この見方をすれば、年功型雇用は、歴史が浅く、文化にルーツがある日本型雇用では言えないので、修正は可能であると考えられます。
一方、年功型雇用に限定せず、平等性を生産性より重視する割地的な発想、フォーキャストで、現在の社会システムは変更できないと考える発想をたどれば、徳川家康に行きつきます。徳川家康は、体制を維持して、クーデタがおこらない仕組みを作り上げました。徳川政権は、歴代の幕府で、最長になります。将軍には、どちらかというと、利口でない人もいますが、それでも、将軍を続けられるシステムをつくっています。
SNSは、現状維持とフォーキャストに、洗脳されています。実際には、SNSを投稿する人は、失業時の生活保障と再学習の費用が政府によって、担保されていれば、転職する方が、所得が上がりますが、それは、フォーキャストではないので、理解できないのです。
しかし、労働市場の鎖国を続ければ、アヘン戦争状態がまっているだけです。
これは大変、恐ろしい状態です。
注1:農産物の輸入は、1960年以前にもあります。しかし、それば、食料不足の時の緊急輸入であって、貿易量は小さいです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/4307f8385ad661c3fdacd9aff3f801eb9192a304
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サントリー新浪社長「45歳定年制」発言で炎上…「ちょっとまずかった」 2021/09/10 読売新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/826c60eb0139c3e50565fdb77102f74f2212f6b9
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「首切りではない」 45歳定年制でサントリーHDの新浪社長釈明 2021/09/10 JIJI
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021091001215&g=eco
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45歳定年制導入を コロナ後の変革で サントリー新浪氏 2021/09/09/21:14 JIJI
https://news.yahoo.co.jp/articles/b35b1c18983ae0f66c7e40ddf144196541319270
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