6月3日の時事通信は次のように報道しています。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は3日の参院厚生労働委員会で、東京五輪・パラリンピックについて「開催すれば国内の感染、医療の状況に必ず影響を起こす」と指摘した。
その上で、五輪開催に伴う感染リスクの評価や対策を、近く専門家で取りまとめる考えを示した。
尾身発言に対するマスコミのコメントが、あまりにひどいので、今回はプロフェッショナルの倫理の問題を指摘しておきます。
医師の場合、治療でミスをすれば、裁判になります。医療裁判は、立証が難しいので、医師が負ける場合は少ないですが、それにしても、プロフェッショナルは、その時点の情報で考えられる最善の治療をする倫理的な義務を負っています。
エンジニアの場合は、有名な事例は、「チャレンジャー号爆発事故」です。
チャレンジャー号爆発事故
チャレンジャー号爆発事故は、1986年1月28日、アメリカ合衆国のスペースシャトルチャレンジャー号が打ち上げから73秒後に分解し、7名の乗組員が全員死亡した事故です。
問題は、この事故は正しい対策をすれば、防ぐことができたかという点になります。ここでよく引き合いに出されるのが、エンジニアのAllan McDonald、Ebeling、Roger Boisjolyの言動です。下記に、Wikiの引用を示します。読み物としてわかりやすいのは、「WIRED 」の記事です。
このときに、エンジニアは、「ゴム製の O リングの弾性に対する低温の影響についての懸念」を述べています。倫理的に見た問題は、この行動で良しとすべきか、もっと、違った強い発言をしておけば、チャレンジャー号の発射は延期になって、事故が防げたのではないかという視点です。つまり、倫理規定では、正しいことを発言するだけではダメで、その時点で、事故を回避する可能性のある最大限の行動を起こさなかったことは、倫理的に問題があったと判断されます。
おそらく、尾身氏の考えていることは、医師の倫理のレベルの問題です。チャレンジャー号の場合には、「ゴム製の O リングの弾性に対する低温の影響についての懸念」を述べたのは、民間のエンジニアで、発射するか、延期するかの決定権は、NASAにありました。だからといって、事故を避けるために、最善を尽くしていないとみなされる場合は、技術者倫理違反とみなされます。尾身氏の場合も同じで、オリンピックの開催の決定権はありませんが、医師の倫理としては、国民の健康を維持するために、最善の努力を怠れば、倫理規定違反に問われるのです。
尾身氏の行動は、プロフェッショナルの倫理としては、当然の行動です。この行動を批判する人は、プロフェッショナルの倫理基準を理解していないことになります。尾身氏の行動が国際標準の倫理規定です。この点は、はっきりさせないと、国外からは、日本の倫理規定は、どこかの独裁国家と同じレベルに見られます。また、プロフェッショナルの倫理をクリアしないと、医師の国家試験にも受からないはずです。
イギリスでは、今までの政権のコロナ対策の是非を評価する独立委員会が予定されています。責任をとって判断するということは、こうした事後の評価委員会に耐えられる政策決定をすることです。
Go To事業の倫理評価をスキップして、オリンピックの開催に責任を持つといっても、倫理的に信頼する人がいないのはやむを得ないと思われます。
英語版
Several engineers (most notably Allan McDonald, Ebeling and Roger Boisjoly) reiterated their concerns about the effect of low temperatures on the resilience of the rubber O-rings that sealed the joints of the SRBs,
何人かのエンジニア (特に Allan McDonald、Ebeling、Roger Boisjoly) は、SRB のジョイントをシールするゴム製の O リングの弾性に対する低温の影響についての懸念を繰り返しました。
日本語版
何人かの技術者、中でも特に、以前にも同様の懸念を表明したロジャー・ボージョレー(英語版)は、SRBの接合部を密封するゴム製Oリングの弾力性が異常低温によって受ける影響について不安を表明した。
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尾身氏、五輪開催「感染状況に必ず影響」 リスク評価、専門家で提言へ 時事通信 6月3日
https://news.yahoo.co.jp/articles/c0766254a6fd154b2db4af8587a36aced2dac9e6
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Roger Boisjoly
https://en.wikipedia.org/wiki/Roger_Boisjoly
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Allan J. McDonald
https://en.wikipedia.org/wiki/Allan_J._McDonald
https://wired.jp/2020/09/27/netflixs-challenger-is-a-gripping-look-at-nasa-in-crisis/
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