非常事態宣言解除は既に完了している~コロナウィルスのデータサイエンス(57)

東京都の現状

菅義偉官房長官は19日午後の会見で、東京都や大阪府などの緊急事態宣言について、21日に専門家の意見を聞き、31日を前に解除する可能性があるとの見解を示した。(ニューズウィーク5月19日)」ようです。

今回はこの問題を取り上げてみます。「非常事態宣言解除」問題です。

図1は東京都の感染の現状です。まだ、修正発表前の古いデータなので、古い部分は少しずれますが、最近の部分には影響しないのでそのまま使っています。値は、7日間移動平均を最新の日にプロットしてあります。普通の移動平均は重心の日付にするのですが、これは、「過去7日間の平均の値をとる」というガイドラインに合わせたものです。データは、筆者が、発表の値を毎日入力したものです。経路不明については、その後の変更がすこしあるかもしれませんが、東京都の公開データには、この部分はのっていません。

東京都の緩和基準は、小池知事の発表時では、新規感染者数が、20人未満でしたが、政府のガイドラインでは、1週間当たり10万人あたり0.5人未満(5月14日の専門家会議)になりました。東京都の人口は1400万人ですから70人/週=10人/日未満になります。この値は、小池知事のガイドラインの半分になります。なお、小池知事のガイドラインは非常事態宣言の「緩和」であって、政府のいう非常事態宣言の「解除」でありませんので、要求水準が違うことは知っていますが、考え方の基本に大きな差はないので、ここでは、判断基準の時系列変化として比較しています。

東京都の緩和基準の分析で既に次のことを申しあげています。

  • 経路不明率が50%未満は、実態からすると制約条件にはならない。

  • 1日あたり、20人未満は、トレンドからするとすぐにでも達成できると思われる。

  • したがって、このガイドラインは、実態のトレンドに合わせて、数日後に達成可能な水準を設定した後だしじゃんけんの可能性が高い。

今回の基準では、制約条件にならない経路不明率が取り除かれ、感染者数が20人から10人に変更になりました。

このガイドラインは、全国統一になっていますが、最も非常事態宣言の解除に慎重になるべきところは東京都なので、東京都でガイドラインをま作成して、そのガイドラインで、大阪、神奈川、北海道などに齟齬が起こらないかチェックしていると思われます。ですので、この値は、東京の値と考えても良いと考えています。

どうして、20人が10人になったは、図1を見れば、分かります。20人(1.0)では、既に解除していないとまずくなります。ですから、考えられる基準は14人(0.7)か10人(0.5)になります。非常事態宣言は31日までの予定です。そうすると、14人は小さすぎるので、10人になったと推定しています。つまり、ここでも後だしじゃんけんのルールが使われたと思います。なぜなら、0.5でよくて、0.7でダメな理由を説明することは困難だからです。

このブログでは、人口当たりの感染者数が小さい場合には、SIRモデルのあてはまりが悪くなるので、実効再生産数は、行動制限解除の判断基準には適さないと申し上げてきました。ですので、10万人あたりの感染者数を使うアイデア自体は良い判断であると考えています。

ただし、実効再生産数をつかうと、どうして、0.7でだめで、0.5でよいのか説明できないという不具合は発生しません。実効再生産すでは、限界は1.0未満で、安全率を2割とって0.8とすれば、ガイドラインがぶれることはありません。感染者率0.5の中には、安全率が含まれているのかもしれませんが、その大きさを明示することはできないと思います。というのは、実効再生算数はSIRモデルに基づく、増減の割合に関する指標であるのに対して、10万人あたりの感染者数のガイドラインには、増減の速度の要素が含まれていないからです。この点では、このガイドラインは宿題を抱えています。

 

 

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 図1 東京都の感染の現状

因果モデルの世界

今世紀に入って、Rubin とPearlは別々のアプローチで統計的因果モデルを体系化しました。筆者は、これは、統計学に限定されない科学を根底から作り直す革命だと考えています。統計的因果モデルの出発点になった因果モデルはヒュームによる因果律の考察です。ヒュームは因果を2つの事象の間のリンクであると考えました。

(A原因事象)ー(B結果事象)

そして、Aが起こればBがおこる、あるいは、AならばBという因果が起きっていることを判断できる条件を考察します。そして次のような条件を提示します。

  1. AはBよりも時間軸の上で前に起こっている。

  2. AとBの時間軸上、あるいは、空間軸上の距離が近い。

1.は多くの人が納得すると思いますが、2.は、その方が観測しやすいという技術的な視点を除けは、必須の条件であることを示すことができません。また、1.2.を満足していても因果になっていない反例は沢山あげられます。ということは、1.2.だけでは、人間が何を基準に因果が成立していると判断しているかを示せていないことになります。3.が必要なのですが、ここでヒュームは降参してしまいます。現代の因果モデルは、3.を示すものです。

非常事態宣言の因果モデル

さて、本題に戻ります。以下では、1.の条件、原因が結果より先行することは必須と考えます。

そうすると、一般には、次の論理が想定されています。右が、左より後に起こります。

(原因:非常事態)-(結果:施設の閉鎖)

(原因:非常事態解除)-(結果:施設の閉鎖の解除)

ところが、非常事態宣言が解除された茨城県周辺の施設の閉鎖と解除の時系列を追跡した結果は次でした。

(原因:非常事態宣言の予定提示)-(結果:施設の閉鎖)ー(非常事態宣言)

(原因:非常事態解除の予定提示)-(結果:施設の閉鎖の解除)ー(非常事態宣言解除)

つまり、因果で考えれば、「非常事態宣言」、「非常事態宣言解除」は原因ではないのです。

「31日を前に解除する可能性がある」と19日に提示された時点で、これが原因になって、結果が既に生じているばずです。

考えてみれば、「非常事態宣言」と「非常事態宣言解除」には何ら法的な強制力も、予算措置もないので、当然と思われます。非常事態宣言に対して、東京都は、休業助成金を支払っていますが、これも、因果律で考えれば、お金が振り込まれるのは、休業のあとなので、お金は原因にはなりません。この場合、振込手形があれ、振り込まれなくとも原因になったという考えもできます。ただし、全国民に振り込まれる10万円も、パチンコをしなければ10万円さしあげますと明示されていないので、行動自粛を変化させる原因にはなっていないと思われます。おなじように、原因になってもその部分は小さいと思います。

「非常事態宣言」の公式な「解除」が社会的にはほとんど影響を与えないイベントであるにも関わらず、毎日のように、マスコミに紙面のトップを飾るのは不思議なことです。

データサイエンスでは、因果に繋がる情報を選択して解析し、関係のない情報はゴミとみなされます。「非常事態宣言」の公式な「解除」の情報はゴミなのです。

これは、筆者の推測ですが、マスコミは

原因:政治的決定ー結果:市民生活の変化

という暗黙の因果フレームをもっています。特に、政治部の記者はこの刷り込みがきつくなります。

このフレームが正しければ、政治決定ががいつ行わっるかは、市民生活に大きな影響を及ぼすので、市民は、毎日ニュースをみて、次に何が起こるかに注目しなければならないと感じます。そうすると視聴率があがるという仕組みです。

しかし、エビデンスをみれば、今回の非常事態宣言には、このフレームはあてはまりません。

非常事態宣言の因果について、4,5月の分析と同じことがおこるとすれば、会見が行われた19日ころ(西村大臣も同じようなことをいっています)に既に、非常事態宣言は解除されている(非常事態解除の予定提示があった)と判断すべきなのです。

 

緊急事態宣言、31日前に解除も 21日に専門家から意見=菅官房長官 ニューズウィーク5月19日

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/05/3121.php