無症状感染者は問題にならないか~コロナウィルスのデータサイエンス(55)

PCR検査の保険適用と中国の感染基準

PCR検査の費用が、今までは、無症状の場合には保険適用でなかったのが、保険適用になるようです。最近でも、PCR 検査に対して、そこまで、マイナスのインセンティブが与えられているとは知りませんでした。

中国の感染者の基準は、発症しないと陽性でも感染者にカウントしないようです。発症しない感染者は、リスクが低いというデータを持っているようにも思われます。

PCR検査の目的には次の2つが考えられます。

  1. 適切なサンプル調査によって、感染の拡大の状況を推定する。この場合、サンプルサイズが大きいにこしたことはありませんが、それよりも、バイアスがかからないように、設計されたサンプルのデータを得ることがより重要です。例えば、発熱した人のみのサンプルからは、無症状の人の推定はできません。

  2. 適切な検査によって、感染者を感染経路から取り除くことで、感染の拡大を防止する。

PCR検査が少ないというとこで、2.が問題視されますが、データサイエンスでいえば、1.が必須です。

以下の議論にかかわらず、1.は必要であることをまず。断っておきます。

以下では、2.に話を進めます。

図1は基本感染モデルです。緑の丸が無症状の感染者を、オレンジの丸が症状のある感染者を示しています。青線の矢印は感染の拡大を意味します。

PCR検査数を増やしている欧米では、感染の拡大をこのタイプのモデルで考えていると思われます。

つまり

  • 感染の拡大には、感染者であれば、症状があるか、無症状かにかかわらず、同じように感染拡大に寄与する。SIRモデルの前提です。

  • 感染者が発症するか、無症状できるかは、主に、体力(年齢、疾患の有無など)による。

というモデルです。

このモデルにしたがえば、ともかく、感染者を隔離することが基本対策になります。

ですから、欧米から、日本のPCR検査数が少ないことは問題であると、指摘されています。

基本感染モデルの問題点と改良

基本感染モデルでは、無症状の感染者を取り除かなけれは、感染拡大は止まらないことになります。SIRモデルで、実効再生産数を論ずる場合も同じ前提です。

検査による隔離が成功の有無は、発症しないためにPCR検査の対象にならずに、どのくらいの取りこぼしが起こったかで検証します。最近、スペインはニューヨークで行われた抗体検査では、実際に感染した人の数は1ケタ多いのではないかという推定になっています。10倍くらいです。日本の東京大学の小さなサンプルでも16倍という数字がでています。これらの検査の精度については、十分とは言えないようですが、実際の感染者数の5~10倍くらいの無症状感染者がいたと思われます。

つまり、PCR検査を増やしても、「症状があるか、無症状かにかかわらず、同じように感染拡大に寄与する感染者」の隔離には程遠く、多数の無症状の感染者が発生していたことになります。PCR検査を増やすことで、感染者を隔離することに成功したケースはないと思われます。

こうなりますと、日本が少ないPCR検査で、PCR検査の多い国と同じレベルか、それ以上レベルで感染拡大に成功しているのは不思議ではなく当たり前のことになります。ただし、「感染の拡大には、感染者であれば、症状があるか、無症状かにかかわらず、同じように感染拡大に寄与する。SIRモデルの前提」を認めると、これはありえないことになります。なぜなら、すこしでも、隔離が多い方が感染が抑制できるはずだからです。

これに対する1つの可能性は、図2に示すように、全ての感染を接触(拡散過程)にモデル化することには無理があるという仮説です。これは仮説ではありますが、空間的な広がりがある場合には、集中定数系モデルではなく、分布定数系モデルを使う必要があることは一般的にわかっていますので、モデル精度を上げるための妥当な条件です。感染モデルにおいて移流項が考慮されなかったのは、おそらく、人の移動のデータを得ることが不可能であったためと思われます。現在では、プライバシーの問題に配慮すれは、スマホのデータから移流項のデータは得られるのですから、これを使ったモデルにすれば精度向上が期待出来ます。

2番目の可能性は、「感染の拡大には、感染者であれば、症状があるか、無症状かにかかわらず、同じように感染拡大に寄与する」という前提が成り立たないと考えることです。

感染経路には次の4種類があります。

  1. 症状ありー>症状あり

  2. 症状ありー>無症状

  3. 無症状ー>無症状

  4. 無症状ー>症状あり

この4つの経路で、特に、感染元が症状ありか無症状かで、感染のリスクが異なるというモデルです。

症状があると咳をして飛沫が飛びやすくなります。無症状では、そのリスクは小さいと思わます。

このようなことを考えると、更に踏み込めは、「マスクの有無」も考えるべきかもしれません。

とりあえず、症状の有無の組み合わせで、経路の種類を分けたものを図3に「無症状に特異的な感染モデル」として示します。感染リスクの違いは矢印のデザインで示しています。

このモデルが正しければ、3.4.の感染リスクは低く、1.2.に対策を集中すべきことになります。

つまり、無症状の感染者は置いて、症状の出た感染者に対策を集中するのが合理的です。

そして、これは、今までの日本のコロナウィルス対策に対応します。

また、中国が、無症状者を感染者にカウントしない理由を説明できるモデルでもあります。

以上は単なる仮説にすぎません。しかし、SIRモデルは、実態を説明できないのですから、これに代わるモデルを考えること(SIRモデルの改良を含めて)は必須と思われます。

 

 

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図1 基本感染モデル

 

 

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図2 感染経路の種類

 

 

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図3 無症状に特異的な感染モデル