アベノミクスの総括(1)

1)石破首相の話

 

石破氏は、総裁選の候補の時に、アベノミクスの総括が、必要であるといっていましたが、首相に就任してからは、アベノミクスの総括の話はどこかにいっています。

 

10月2日に、村上総務大臣は就任の記者会見で、安倍元総理大臣の死後に「国賊」という言葉を使って批判したことについて釈明し、衆議院選挙に向けて自民党内の融和を呼び掛けました。

 

国賊という差別用語には、問題がありますが、村上氏の発言は、自民党内で、経済政策について、冷静に議論できるコミュニケーションが成立していなかったことを示しています。

 

つまり、自民党内では、経済政策に関するメンタルモデルの共有ができていなかったことになります。

 

2)幾つかの総括

 

アベノミクスの総括に関する発言は、幾つかあります。

 

基本的に、2024年9月時点で、アベノミクスが成功であったという評価をしている人はいません。

 

利害関係者は、円安など自分の利益に繋がる部分を強調しています。

 

しかし、そうした利害関係者ですら、問題がまったくないと主張する人はいません。

 

その理由は、第1に、第3の矢が、全く機能しなかったこと、膨大なデジタル赤字が生じていることを認めざるを得ないためです。

 

つまり、アベノミクスの総括は、「アベノミクスは、失敗である」、または、「アベノミクスは、失敗でない」という点に止まっていて、「アベノミクスは、成功である」と断言している人はいません。

 

インバウンドの観光、農産物の輸出は、デジタル産業に比べて、生産性が低すぎて、経済問題の解決には、なりませんが、この点は、曖昧にされています。

 

しかし、この点は非常に重要です。

 

安定経済成長期に、日本は、大きな貿易黒字を得ました。

 

これは農業と工業の労働生産性の差に原因があります。

 

日本は、自動車や家電製品を輸出して、農産物を輸入していました。

 

自動車1台の単価と農産物の単価を考えれば、農業輸出が、工業輸出に勝てることはありません。

 

2000年頃まで、日本は、世界で突出した貿易黒字を生み出していましたので、世界の農産物市場で、日本が、農産物を買い負けることはありませんでした。

 

現在の日本は、生産性が低く、貿易黒字がなくなりました。

 

更に、円安なので、世界の農産物市場で、農産物を買い負けています。

 

世界の農産物市場で、農産物を買い負けつづければ、その先には、飢餓がまっています。

 

食料自給率は、何の役にも立ちません。

 

日本の家電製品は、中国に負けてしまい、家電製品の輸出による貿易黒字は、日本から中国にシフトしています。

 

中国は、この貿易黒字を使って、世界の農産物市場で、農産物を買いますので、日本は、買い負けて輸入される農産物のグレードが急速に落ちています。

 

この先グレードを下げる余地がなくなれば、次のステップは、量が減少します。

 

唯一の国際競争力のある産業は、自動車ですが、EVに負けています。

 

自動車産業の8割は海外生産です。

 

タイでは、タイの自動車産業の下請け工場が、EVの普及によって、急速に売り上げを落としています。

 

EUの自動車メーカーは、中国製のEVとの価格競争に負けて、生産を減らしています。

 

情報が入ってこないので、詳細は不明ですが、日本の自動車産業の8割の海外生産にはタイも含まれます。すでに、日本の自動車メーカーは、中国から撤退していますが、東南アジアでも、中国のEVと競り負けていると思われます。

 

2-1)木内登英

 

木内登英氏は、次の点を指摘しています。

 

アベノミクスの問題は、構造改革(成長戦略)が「主」で、金融政策、財政政策が「従」という本来の関係が逆転した。

 

・金融緩和効果に対する過度な期待が構造改革のモメンタムを削いだ

 

・過度な金融緩和、財政出動がもたらした副作用

 

<< 引用文献

自民党総裁選ではアベノミクスの功罪の評価を 20204/08/30 NRI 木内登英

https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2024/fis/kiuchi/0830

>>

 

筆者は、構造改革を実現する条件は、モメンタムではなく、メンタルモデルの共有であると考えます。

 

構造改革を実現することが、所得を増やし、皆が豊かになる唯一の方法であるというメンタルモデルが、過半数の人に共有されなければ、痛みを伴う改革はできません。

 

ワクチンを打つことは、ワクチンを打たないで感染するよりも、良い選択であると多くの国民が納得しなければ、ワクチン接種は進みません。

 

2-2)熊野英生氏

 

熊野英生氏は、石破氏の政策を次のように予測しています。

 

石破氏の政策の機軸を表現するのならば、まともな経済政策への回帰となるだろう。石破氏が、安倍元首相と距離を置いていたことはよく知られている。アベノミクスにも懐疑的だった。だから、経済危機時には有効だったアベノミクスには弊害が大きいと考えているだろう。石破氏の政策は、アベノミクスで省みられなかったものに目を配る。具体的には、①地方経済、②弱者配慮、③防災目的の公共事業、の3つに焦点を当てると予想される。

<< 引用文献

石破茂・新総裁の経済政策の予想 2024/09/27 熊野英生 

https://www.dlri.co.jp/report/macro/378060.html

>>

 

2-3)山本謙三氏

 

山本謙三氏は、2008年から、日銀理事を務めていました。

 

山本謙三氏は、2024/9/19に「異次元緩和の罪と罰」を出版しています。

 

内容は、アベノミクスの総括です。

 

山本 謙三氏の記事は、次のサイトでも読むことができます。

 

<< 引用文献

現代ビジネス 山本 謙三 記事一覧

https://gendai.media/list/books/gendai-shinsho/9784065372241



山本謙三のコラム・オピニオン

https://www.kyinitiative.jp/column_opinion/

 

President 山本 謙三 

https://president.jp/list/author/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%20%E8%AC%99%E4%B8%89

>>

 

サイトの記事を幾つか読んで気付いた点は以下です。

 

第1に、アベノミクスの最近の10年と、アベノミクス前の10年を比較している場面があります。

 

これは、経済学の実証分析の手法です。経済学の手法としては正しいですが、統計学の手法としては、交絡因子が無視できないので間違いです。

 

アベノミクスの10年で、雇用は拡大していますが、2つの時系列データを並べても、因果関係はありません。

 

世界のチョコレートの消費量が増えた時期と、温暖化が進んだ時期は、そろっていますが、チョコレートの消費量の増加は、温暖化の原因ではありません。

 

交絡条件を無視できる簡単な方法は、計算科学をつかうことですが、計算科学を使いこなしている経済学者は、少ないです。

 

第2に、メンタルモデルの共有の概念がありません。



山本謙三氏は、次のようにいいます。

現在の日銀の主張を一貫した論理の中で理解することは、ほぼ不可能である。

<< 引用文献

「異次元緩和は机上の空論だった」それでも日銀が"失敗"を認めない本当の理由 2021/08/30 President 山本謙三

https://president.jp/articles/-/49291

>>

 

この発言は、メンタルモデルの共有ができていないことを意味しています。

 

つまり、経済学は、イデオロギーであって、科学ではないことになります。

 

山本謙三氏の分析は、他の人が扱っていない細かな点に及んでいて、発見があります。

 

しかし、政府が、科学の方法を使わなければ、ガリレオ裁判を繰り返して、先にすすめなくなります。

 

以上の表記では、特定の主張を非難しているように、読めるかもしれません。

 

しかし、メンタルモデルの共有ができていないと、コミュニケーションが成り立ちませんので、議論はすれ違いになります。

 

この議論のすれ違いは、一見すると非難のように見えるかもしれません。

 

だからといって、角がたたないように、表現を曖昧にして、メンタルモデルの共有ができていない点をボカシてしまえば、問題解決の糸口は永久に失われてしまいます。

 

今回の自民党の総裁選でも、議員は、お酒を飲んで、仲良くなってグループを形成しなければダメであると主張する評論家が多くいました。

 

適正な政策ができるAIのロボット議員が政治を担当したと仮定します。

 

ロボットは、お酒は飲みませんし、会食もしません。

 

このようなロボットは、人付き合いが悪いです。

 

筆者は、だからといって、ロボット議員に、お酒をのんだり、会食をするモジュールを追加する必要はないと考えます。

 

政治の目的が、データに基づいて、科学的に問題を解決することであれば、お酒を飲んだり、会食をする必要はありません。

 

政治家がお酒を飲んだり、会食をする目的は、グループを形成して、利権を優先するためです。こうして政治の目的が、問題解決になくなれば、問題は放置されてしまいます。