「因果推論の科学」をめぐって(17)

 

注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。

 

(17)発見と発明

 

1)物理法則の発明

 

ニュートン力学の因果モデルが出現するまでは、アリストテレスの因果モデルとプトレマイオスの因果モデルが使われていました。力学は、対象が天文の場合と地上の物体の場合で、分かれていました。

 

アリストテレスの力学では、ボールがまえに進む理由は、ボールの前の空気がボールの後方に回ってボールを押し出すと考えたり、ボールには、前に進むという性質が備わっている、ボールとは前にすすむ目的を持った物体であると考えます。

 

アリストテレスの力学は、数学の言語を使って記述されていませんので、定量的な予測はできません。

 

ニュートンの力学は、数学の言語を使って書かれています。物体の運動は、力(重力)が原因で発生した結果であるという因果モデルになっています。

 

ニュートンの法則は、物体の移動をよく説明できました。

 

しかし、ニュートンの法則が、唯一の代替性のない法則であるという論理的な根拠はありません。

 

実際に、アインシュタインは、改訂版の法則を提案しています。

 

物理法則は、客観的な法則があるという前提で考えられているため「法則を発見」するという用語が使われます。

 

しかし、全ての法則(因果推論)は主観的であると考えれば、「法則を発明」するという表現がより適切です。

 

パール先生は、因果推論モデルは、主観であるという立場ですので、「ニュートンは、力学法則を発明した」と考えることになります。

 

この発明プロセスによる説明には、アリストテレスの力学の一部も含まれます。ただし、アリストテレスの力学の基本は目的論であり、因果推論ではありませんので含まれません。

 

パールは、プラグマティズムを提案するときに、進化論をモデルにしています。

パール先生の因果モデルは、主観であるという主張は、プラグマティズムの伝統である進化論をモデルにした説明(因果推論の進化モデル)では、次のように書けます。

 

S1)プレ因果推論のステージ(アリストテレスの目的論など)

 

S2)因果推論のステージ

 

S3)メタ因果推論のステージ(強いAIなど)

 

「S2)因果推論のステージ」では、多数の因果推論モデルが作成されます。これらの因果推論モデルがデータベース化されれば、因果推論モデルを対象にした科学ができます。これは、パール先生が予測している強いAIと合流して、メテ因果推論のステージを形成すると思われます。

 

2024年時点をこの因果推論の進化モデルに当てはめてみます。

 

パール先生が、「因果推論の科学」で紹介しているアメリカはここ20年で、「S2)因果推論のステージ」に向けたシフトが始まっています。その比率は、筆者の印象では、10%から20%です。S2に受けたシフトをするためには、科学的な因果推論を受け入れる素地が必要です。

 

パール先生が、「因果推論の科学」で説明しているように、20世紀は、因果推論の科学と、因果推論を禁止する科学のせめぎあいでした。その近況は、コンピューターの活用によって、ベイズ統計が実用化したところから崩れてきています。

 

日本の場合には、科学的な因果推論を受け入れる素地がありません。法度制度のミームが生きていて、推論は、「S1)プレ因果推論のステージ」に止まっています。その実体は、帰納法による推論が多用されていることで確認できます。帰納法による推論は、サンプリングバイアスをつかえば、都合のよい論理を捏造できます。

 

日本の経済政策は破綻していますが、日本より悲惨な経済の国のデータを使って、帰納法で、日本の経済政策はマシであるという結論を捏造することが横行しています。

 

法度制度に基づく、年功型雇用は、経済破壊の元凶です。因果推論をすれば、年功型雇用以上に、経済を破壊する原因を見つけることは困難です。

 

ジョブ型雇用では、レイオフすれば、賃金が変動します。海外で、レイオフされて、生活が苦しくなった人の事例をサンプリングして、年功型雇用は良いという印象操作をします。個の推論は、「S1)プレ因果推論のステージ」の推論であり、科学的に間違った推論です。しかし、科学教育(数学に基づく因果推論の教育)がなされていないため、因果推論ができません。科学教育が回避される原因は、法度制度のミームにあります。年功型雇用は、法度制度のミームを温存するためには、必須の条件になっています。



2)日本の経済

 

加谷珪一氏は、日本経済は、マネー主導型のインフレであると言っています。(筆者要約)

 

 

意図的にインフレにする政策を世界的に実行した結果、大量の貨幣がインフレを誘発し、物価を押し上げ、マネーが行き場を求めて、実物資産に流れ込んでいます。銘柄としては、不動産や天然資源への投資額が増えています。

 

日本の消費者物価指数は、過去10年で12%上がっています。インフレ分を調整して、日経平均株価が上がっています。不動産も、インフレになった分だけ、価格が上昇しています。

 

インフレで100円のものが120円になれば、企業業績の売り上げだけは単純に1.2倍になります。円安もあり、今年3月期の決算発表の数字が大きくなります。経営の実態は良くありません。昨年より利益率が下がって儲からなくなっている企業が目立ちます。だから、賃上げができません。

 

円安も株価上昇の要因になっています。2021年夏には1ドル110円だった円は翌2022年には150円目前まで下落しました。日本円の価値が2割も下落したので、企業の時価総額は逆に日本円で2割増えて、個別企業の株価も上がっています。

 

経済の実態が良いわけではないのに日経平均が3万3000円を超えたり、不動産の高級物件の値段がさらに上がったりしている。一方で、企業では最高益が出ているのに、給料が上がらない。これはおかしいじゃないかという疑問がわくのも当然ですが、これらはすべて、「インフレだから」というひと言で説明がつきます。

 

金利が上昇するとローンの返済額が増えて、住宅ローン破産者が続出する。さらに言うと、日本政府は20年間、企業の倒産を防ぐために、金融機関に対し、企業への過剰な貸し出しを求めてきました。金利が上がるとそうした企業の中から、倒産するところが出てきます。だから、政府日銀は当分の間、金利を上げられない。

 

日本だけ金融緩和が続けば、まだまだ円安になると読む海外のヘッジファンドがさらに円を売る。1ドル150円、160円になり、さらなる円安によって輸入物価が上がっていく。そんな形でインフレが継続するシナリオがもっとも可能性が高いと思われます。

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日本人の生活はますます苦しくなる…インフレを抑制できない日銀の無策がもたらす"厳しいシナリオ"  2024/03/06 プレジデント 加谷珪一

https://president.jp/articles/-/79066

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これは、次の因果モデルになります。

 

大量の貨幣=>インフレ=>見かけの経済成長

 

この構図は、地球温暖化問題ににています。

 

大量のCO2=>平均気温の上昇

 

大量のCO2が、平均気温の上昇を引き起こすことは、熱収支モデルで理解できます。

 

個別の気象に対する影響は、よくわかっていません。

 

GCMを使っても、モデルによるバラつきがあります。

 

GCMには組み込まれていない現象もあります。

 

だから、温暖化が起きないという推論は間違いです。

 

大量の貨幣を供給すれば、インフレになります。インフレは貨幣価値の減少なので、見かけの数字は増えますが、実体は変わりません。インフレになると物価があがりますが、賃金が追いつかないので、実質賃金は低下します。

 

なお、加谷珪一氏は、現在の日本経済の原因が、マネー主導型のインフレではないと主張する人にも言及しています。

 

現在起こっているインフレの根本的な原因は何でしょうか。今回のインフレをコストプッシュインフレと言い切る専門家がたくさんいますが、政権に忖度したいのかと疑いたくなるほど、そのように捉える意図がわかりません。今回のインフレは、資源や原材料が値上がりして起こるコストプッシュインフレの要素も存在していますが、それだけが原因ではないと思います。もちろん、需要が供給を上回ることで価格上昇を招くディマンドでもプルでもありません。

 

これは、経済の専門家の中には、アリストテレスの目的論レベルの「S1)プレ因果推論のステージ」の推論をしている人が多いことを意味しています。恐らく、帰納法による推論をしていると思われます。

 

加谷珪一氏の説明は、次(インフレ・円安モデル)のように書けます。

 

インフレ(原因)=>株価(結果)<=円安(原因)

 

正常な経済であれば、株価の因果モデルは以下の業績モデルです。

 

株価(結果)<=企業の業績(原因)

 

株価が、業績モデルで変動する場合には、株価は業績に連動して上下します。

 

株価は、将来の業績を織り込むので、次の業績・業績期待モデルがより正確です。

 

企業の期待業績(原因)=>株価(結果)<=企業の業績(原因)

 

業績期待が変動すると、株価の変動も大きくなります。

 

上がりすぎた株価は、今後下がる可能性が高くなります。



加谷珪一氏は、「さらなる円安によって輸入物価が上がっていく。そんな形でインフレが継続するシナリオがもっとも可能性が高い」といいます。

 

 日銀が5月9日から6月4日に実施した「生活意識に関するアンケート調査」(第98回<2024年6月調査>)を7月12日に発表しました。内容は以下のとおり。

1年後の物価が「上がる」と予想する回答者の割合は87.5%となり、前回3月調査の83.3%から増加した。2008年6月調査以来の高水準。物価高が持続する中、物価上昇を予想する人の割合が一段と増えた。

 

1年後の物価の数値予想では平均値が11.5%上昇、中央値が10.0%上昇で、ともに3月を上回った。平均値の11.5%上昇は過去最高。

 

5年後に「上がる」との予想も、3月調査の80.6%から82.0%に増えた。22年3月調査以来の高い水準。毎年の変化率予想は平均値が8.7%上昇、中央値が5.0%上昇だった。

 

5年後の物価が上昇すると考える理由としては「最近物価が上がっているから」との回答が最も多く、80.9%に上った。

 

日銀は2%の物価安定目標の実現には家計や企業のインフレ期待の高まりが重要と位置付けており、同アンケートは家計のインフレ期待の動向を把握する指標の一つとなっている。

<< 引用文献

物価、1年後「上がる」は87.5% 08年6月以来の高水準=6月日銀調査 2024/07/12  ロイター 和田崇

https://jp.reuters.com/economy/bank-of-japan/K5WIDYFJANJDLMZN4S4OM4QZGU-2024-07-12/

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インフレが継続するシナリオの場合、株価に対する企業業績の影響は小さく、株価はあがり続けます。

 

これは、インフレが継続するという予測の言い換えです。

 

加谷珪一氏は、マネー主導型のインフレは、意図的にインフレにする政策を世界的に実行した結果であるといいます。これは世界共通の政策です。

 

一方、これに加えて、日本には、独自の事情があります。国債の大量です。

 

加谷珪一氏は、次のように説明しています。

国債を発行して財政支出を増やすと総需要曲線がシフトし、物価をさらに押し上げてしまう。これは全ての経済学の教科書に書いている基本であり、国債増発はインフレを誘発し、事実上の大増税(インフレ課税)をもたらす。インフレが進むと、国民の預金(黒字)が実質的に目減りし、その分が政府の借金(赤字)穴埋めに充当される。これは国民の預金に税金をかけ、政府の借金返済に充てたことと全く同じであり、財政の世界ではこれをインフレ課税と呼ぶ。

<< 引用文献

国債の大量発行が招く「インフレ税」とは? 損をするのは国民...教科書にある「基本」を認識すべきだ 2024/07/10 Newsweek 加谷珪一

https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2024/07/post-286.php 

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つまり、金融緩和をやめても、国債を発行する限り、インフレになると言えます。

 

国債の発行(原因)=>インフレ(結果)=>インフレ課税

 

インフレは、通貨の目減りですから、株価の上昇になります。

 

ただし、株価が下降するリスクがあります。

 

それは、日銀の持っている株式(ETF)です。

 

日銀が株式を売却すれば、株式の供給量が増えますので、株価は下がります。

 

日銀の株式売却(原因)=>株価の下降(結果)

 

インフレ政策をすれば、預貯金は、目減りしてインフレ税が発生します。

 

インフレ率が高い場合には、資源、土地、運用利率の高い資産でなければ、目減りを防げません。



賃上げは、インフレを後追いしますので、実質賃金は下がり続けます。

 

2024年の年⾦財政検証は、以下のケースで計算されています。

 

ケース(1)⾼成⻑実現ケース(物価上昇率2.0%、実質賃⾦上昇率2.0%、実質経済成⻑率1.6%、2034年度以降、⼀⼈当たり実質GDP成⻑率2.3%を想定)、ケース(2)成⻑型経済移⾏・維持ケース(2.0%、1.5%、1.1%、1.8%)、ケース(3)の過去30年投影ケース(0.8%、0.5%、-0.1%、0.7%)、ケース(4)⼀⼈当たりゼロ成⻑ケース(0.4%、0.1%、-0.75%、0.1%)です。

 

野口悠紀雄氏は、このシナリオを元に、2019年の⾦融審議会(市場ワーキンググループ)の報告書の⽼後⽣活のための貯蓄が2000万円を計算しなおしています。(筆者要約)

ケース(3)では、2019年の⾦融審議会(市場ワーキンググループ)の報告書では、⽼後生活のための貯蓄が2000万円必要だとされていたものが、3460万円必要になります。

 

ケース(4)では、国⺠年⾦の積⽴⾦が2059年度に枯渇し、それ以降は完全な賦課⽅式に移⾏するため、厚⽣年⾦の所得代替率が60年度に36.7%に低下します。2019年の⾦融審議会(市場ワーキンググループ)の報告書では、⽼後⽣活のための貯蓄が2000万円必要だとされていたものが、5000万円を越えます。

<< 引用文献

老後に必要な資金は「3500~5000万円」!?2024年年金財政検証の収支改善は本当か 2024/07/11 Diamond 野口悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/346834

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加谷珪一氏が、インフレ税で検討している物価上昇率は、3.2%です。

 

「生活意識に関するアンケート調査」の1年で10%以上は、ハイパーインフレです。5年の毎年の変化率予想は平均値が8.7%上昇、中央値が5.0%上昇でした。これから見ると3.2%は小さな値です。



年⾦財政検証は、インフレ率を4ケースで、(2.0%、2.0%、0.8%、0.4%)に設定しており、インフレ税を想定していませんので、全てのケースは、現実的ではありません。

 

加谷珪一氏は、次のように整理しています。

2023年の消費者物価上昇率は3.2%だったが、このインフレ率が10年続いた場合、物価は1.4倍になる。現在、国民は約1100兆円の現預金を保有しているが、物価が1.4倍になると、10年後における預金の実質的価値は約790兆円になってしまう。

 

一方、政府は1000兆円を超える借金を抱えているものの、物価が1.4倍になれば借金の実質的価値は300兆円近く減る。これは国民の預金に約310兆円の税金をかけたことと同義であり、これは消費税に当てはめると約13年分に相当する。

 

因果モデルで考えれば、賦課⽅式以外では、年金は実現可能です。

 

これは、生産性と賃金をあげなければ、働かないで済む老後の年金生活は、あり得ないことになります。フリーランチはありません。

 

中抜き経済で、ピンはねをしている大企業の役員や公務員は、そのようには考えられないと思いますが。

 

老後も健康であれば、働くことは、社会貢献であり、生きがいに繋がりますので、悪いことではないと思います。ただし、現在の年功型雇用は、はたらかないおじさんを作っているので、老後に社会貢献できる場がありません。高齢になって体力勝負の仕事をすることはきついです。

 

賦課⽅式では、若い時に稼げるだけ稼いで、そのお金を自らのリスクで資産運用することになります。スポーツ選手のようなライフサイクルが標準になるはずです。



加谷珪一氏は、「国民は約1100兆円の現預金を保有しているが、物価が1.4倍になると、10年後における預金の実質的価値は約790兆円になってしまう」といいます。

 

逆に、インフレにシフトして価格が変動する株式の場合には、インフレリスクはヘッジできることを意味します。

 

預貯金を崩して、株式を購入する場合、運用実績がわるく、ボラリティが大きく、なおかつ、日銀のEFT売却のリスクの高い日本株をあえて購入する理由はありません。

 

海外への資本流出を止める手段はありません。

 

3)因果推論のの正しさ

 

「因果推論の科学」は、因果モデルが正しい場合に、バイアスのない予測をする方法を提示します。

 

「因果推論の科学」は、因果推論モデルの正しさを保証するものではありません。

 

因果推論モデルの正しさは主観によります。

 

もちろん、実測値と予測値を比べて、複数の因果推論モデルから、よいよいモデルを抽出することは可能です。しかし、この方法も、次の制約があって、万能ではありません。

 

・原因のパラメータ数が多いモデルを推定結果から識別することは困難です。

 

・データにノイズが多く含まれる場合には、同じ程度の良好な複数のモデルが併存します。

 

・モデルの有効期間が短い場合には、データの取り直しができません。

 

政府の推論は、「S1)プレ因果推論のステージ」にあります。

 

アリストテレスの目的論を使って、ボールの運動を予測しても当たりません。

 

よい予測には、よい因果モデルが必要です。

 

因果推論の科学は、因果推論モデルの正しさを保証しません。

 

因果推論モデルが間違っていれば、間違った予測結果を計算します。

 

もちろん、予測結果と実際に起った値を比べて、因果推論モデルを改善することはできます。

 

これは、ある政策の結果は、政策を実施してみるまでわからないという立場とは大きく異なります。

 

因果推論モデルが間違っていることがわかれば、その段階で、政策を実施する前から、政策は失敗すると断定できます。

 

これは、因果モデルが悪ければ、政策を実施する前から、失敗は確約されている事を指します。

 

政府と日銀は、インフレになれば、経済成長すると主張しています。

 

しかし、経済成長の第1の原因は、生産性の向上です。

 

A商会とB商会の2軒のパン屋さんがあったとします。

 

第1に、A商会は、年率2%のインフレで、B商会は、インフレでないとします。

 

第2は、A商会は、新しいパン焼き器を購入して1日当たり120個のパンが焼けます。B商会は、古いパン焼き器で、1日当たり80個のパンが焼けます。

 

この2種類の条件で、インフレの方が、パン焼き器の更新よりビジネスの成長につながると考える人はいないと思います。しかし、政府の主張は、このタイプです。

 

経済成長(生産性の向上)とインフレの関係を考えれば、経済成長が原因で、インフレが結果であると考えることが自然です。

 

しかし、政府は、インフレが原因で、経済成長が結果であると主張しています。

 

パール先生の説明は以下です。「経済学者たちは、因果方程式と回帰方程式を区別できるような表記手段を持たない。そのため、たとえ方程式を解いたとしても、政策に関連する問いに答えることはできない」

 

経済学は、「インフレが原因で、経済成長が結果」という因果モデルと、「経済成長が原因で、インフレが結果」という因果モデルを区別できる表示手段をもっていません。

 

したがって、数学のレベルで、「インフレが原因で、経済成長が結果であると主張」することができないことになります。

 

インフレになっても経済成長しないと主張する経済学者や経済の専門家もいます。

 

2013年に、野口悠紀雄氏は、「物価目標は不適切、実体経済こそ大事」といっています。

実体経済について、「つまり実体経済はものすごく落ちている。設備投資が増えるという道筋が見えていない。そこが重要だ」といっています。

 

これは、上記のパン屋の例と同じ論理です。

 

<< 引用文献

インタビュー:物価目標は不適切、実体経済こそ大事=野口悠紀雄氏 2013/04/01 ロイター 野口悠紀雄

https://jp.reuters.com/article/idUSTYE93A02W/

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加谷珪一氏は、<日本経済低迷の原因について正しい分析ができない理由は、日本人の中に「経済成長は政府の経済政策によって決定される」という無意識的な前提条件が存在しているからだ>といいます。(筆者要約)

 

 

日本経済は30年の長きにわたって低迷を続けており、多くの論者がその理由について分析を行ってきました。

 

非正規労働者の増加、消費増税財政出動不足、デフレマインド、最低賃金が低すぎる、規制緩和が不十分、少子高齢化の進展など多くの要因が列挙されています。

 

これらは、日本経済低迷の一因ですが、どれも決定的な原因とは言えません。

 

30年にわたって議論を重ねても、いまだに根本原因が分からず、有益な処方箋を提示することができていないのです。

 

日本経済低迷の原因の分析ができないその理由は、私たち日本人の中に「経済成長は政府の経済政策によって決定される」という無意識的な前提条件が存在しているからです。政府が経済の行く末を決定するという無意識的な感覚が、客観的な分析を邪魔しています。

 

 社会主義国では、ある国の経済水準は政府の経済政策によって決定されます。一方、資本主義経済のオーソドックスな価値観では、民間の活動が主体であり、政府はそれを補う存在です。

 

ところが、国内の議論において日本が成長できない原因として列挙されるのは政府の経済政策に関するものばかりです。政治家もこうした声を無視できませんから、新しい政権が誕生するたびに、「これで日本経済を力強く回復させます」という主張が行われ、国民はそれに過度に期待し、そして裏切られるというサイクルを繰り返しています。

 

 諸外国にもこうした風潮は散見されますが、日本ほど顕著ではなく、昭和の時代までは、日本においても政府が経済を決めるといった主張はあまり見かけませんでした。

 

日本経済の長期低迷によって、経済成長を決定付けるのは政府であるとの認識が過度に高まったと思われます。

<< 引用文献

日本人の間違い!「政府の経済政策で経済成長する」という幻想 2022/08/26 The Gold Online 加谷珪一

https://gentosha-go.com/articles/-/45074

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パール先生の経済学者は、因果推論をできる言語を持っていないといいます。

 

加谷珪一氏は、「30年にわたって議論を重ねても、いまだに(日本経済低迷の)根本原因が分からず、有益な処方箋を提示することができていない」といいます。

 

しかし、感度分析も、交絡条件も出ていませんので、専門家と呼ばれる人の数学的能力が低すぎるので、科学的な議論が成立していないことがわかります。専門家と呼ばれる人は、帰納法で推論をしていますので、この方法では、因果モデルを作ることができません。

 

加谷氏は、「 諸外国にもこうした風潮は散見されますが、日本ほど顕著ではなく」といいますが、筆者には、日本の現状は、文系教育によって数学のできない人材を大量生産した結果に見えます。

「因果推論の科学」ができれば、パール先生がいうように、「政策に関連する問いに答えること」ができていたはずです。

 

2022年に加谷氏は、アベノミクス需給ギャップ政策)を総括して次のように書いています。

現実を見れば一目瞭然だが、日本経済はあらゆる政策を総動員したにもかかわらず、30年間ゼロ成長が続いてきた。これは日本の景気低迷が単純な需給ギャップの問題ではないことを端的に示している。

<< 引用文献

やはり「我々はみな死んでしまう」...財政政策に日本を成長させる力など最初からない 2022/09/14 Newsweek 加谷珪一

https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2022/09/post-201.php

>>

 

「現実を見れば一目瞭然」という表記は、帰納法に訴える主張です。

 

因果モデルでは、政策を実施する時点で、結果をみることなく、政策の判断ができます。

 

同じ記事に、加谷氏は、次のように書いています。

ケインズの没後、長期的な成長について分析する経済成長理論が発達したが、それによると長期的な成長の原動力となるのは、供給サイドにおける3つの要因、すなわち、労働力(人口)、資本、そしてイノベーションである。実際、経済の長期予想においては、需要サイドではなく、供給サイドのモデルが使われており、長期低迷のヒントも当該モデルの中にあると考えるべきだろう。

 

3つの要因のうち、最も影響が大きいのは、3番目のイノベーションである。イノベーションを直接、数値化することはできないが、労働生産性を代理変数として用いることができる。

これは、次の因果モデルになります。

 

経済成長(結果)<=(労働力、資本、イノベーション)(原因)

 

このような基本的な因果モデルがあるにも、かかわず、日本政府は、次の因果モデルを主張しています。

 

経済成長(結果)<=インフレ(原因)

 

ニュートン力学は、物体の力と運動の関係の因果モデルを共通化するプロセスで進みました。ニュートンの法則は、ケプラーの法則を含んでいます。

 

政策選択では、このような因果モデルの統合の努力がなされていません。

 

経済政策選択の推論は、明らかに破綻しています。

 

ある経済新聞は、2024年の春闘をもとに、「賃上げは、企業の成長に結びつくのか」という問題を提起して、平均年収と業績の関係を調べています。

 

ここには、3つの間違いがあります。

 

第1に、相関は因果ではありません。

 

第2に、過去のデータから仮説を作成する帰納法には、仮説の検証能力はありません。

この記事は、仮説の作成と仮説の検証を混同しています。

 

第3に、経済成長理論を無視しています。

 

経済成長(結果)<=(労働力、資本、イノベーション)(原因)

 

経済成長理論には、因果モデルで考えれば問題があります。

 

高度人材を雇用した場合に、その効果は、労働力とイノベーションの2つのパスを通過します。

 

機械化すれば、労働力は、不要になりますので、資本と労働力の間には、代替性があります。

 

自動車の生産ラインをコピーして、もう一つ増やすには、膨大なコストがかかりますが、ソフトウェアをコピーするコストはゼロです。クラウド上のアプリであれば、大きな初期投資は不要です。一方、生成AIであれば、強力なデータセンター(資本)が必要になります。

 

GAFAMには、成長理論がそのままではあてはまりません。

 

さて、以上の留意点を脇において、考えます。

 

春闘の賃上げは新規の労働力確保には繋がりません。

 

春闘の賃上げは、高度人材の獲得とは関係がなく、イノベーションとは関係がありません。

 

給与水準が高ければ、高度人材を獲得でき、イノベーションが容易になります。

 

このように因果推論をすれば、春闘が、イノベーションを通じて、企業成長に貢献することはないと言えます。

 

賃金が上がっても、企業業績はよくなりません。

 

現実には、実質賃金が低下しているので、これ以前の状態です。

 

おそらく、Bloombergやロイターの英語版であれば、このレベルの間違った記事が掲載されることはないと思われます。.

 

4)ミームと事前評価

 

加谷珪一氏は、太平洋戦争の敗北とアベノミクスと従来型ビジネスモデルに固執した日本の産業界には、「極めて大きなリスクがあることを承知でスタートし、効果が十分に発揮できないと分かってからも撤退の決断ができない」という共通点があるといいます。

 

<< 引用文献

大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大き

な弱点とは? 2024/05/24 Newsweek 加谷珪一

https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2024/05/post-277.php

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これは、第1にはミームの問題です。

 

脇田晴子氏は、天皇制の文化、水林章は、法度制度という表現をしていますが、ほぼ、おなじものです。

 

そして、既存企業からの政治献金で成り立っている利権システムも、産業構造が変わらない原因になっています。

 

筆者は、法度制度のミームは、年功型雇用を通じて維持されていると考えているので、ミーム解消の最短距離は、ジョブ型雇用への移行であると考えています。

 

さて、今回問題にするのは、「効果が十分に発揮できないと分かってからも撤退の決断ができない」という部分です。政策や経営方針をスタートする前に、その効果が分かっていれば、この問題は発生しません。政策や経営方針は、実際に、行なってみなければ、わからないと考える人は、帰納法の推論に洗脳されています。

 

因果推論ができれば、政策や経営方針は、事前に、評価ができます。

 

たとえば、次のモデルを考えます。

 

経済成長(結果)<=(労働力、資本、イノベーション、インフレ)(原因)

 

各原因毎に、感度分析ができれば、政策を実施する前に評価ができます。

 

感度分析の係数が、データがなければ求められない場合には、前向き研究で、データを取集します。観察データを集めて、帰納法で分析しても、感度分析ができるデータは得られません。

 

ですから、因果推論の科学ができれば、「効果が十分に発揮できないと分かってからも撤退の決断ができない」ことはありえないといえます。

 

この問題は、ミームの問題ですが、因果推論の科学の問題として解決することができます。