君たちはどう生きるか(3)

6)メンタルモデル

 

カッツ氏を引用した理由は、筆者が、日本人の問題解決にむけたアプローチが、国際標準のアプローチと異なると考えているためでした。

 

この点について、もうひとつ、説明すべき事項にメンタルモデルがあります。

 

英語版のウィキペディア「Mental model」の一部を引用します。l

メンタルモデルとは、外部現実の内部表現、つまり、心の中で現実を表現する方法です。このようなモデルは、認知、推論、意思決定において重要な役割を果たすと考えられています。

 

メンタルモデルと推論

 

人間の推論に関する 1 つの見解は、それがメンタル モデルに依存するというものです。この見解では、メンタル モデルは知覚、想像力、または談話の理解から構築できます (Johnson-Laird、1983)。このようなメンタル モデルは、その構造が、それが表す状況の構造に類似している点で、建築家のモデルや物理学者の図に似ています。これは、推論の形式規則理論で使用される論理形式の構造とは異なります。この点で、メンタル モデルは、哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインが1922 年に説明した言語の絵画理論における絵画に少し似ています。フィリップ・ジョンソン・レアードとルース・MJ・バーンは、推論は論理形式ではなくメンタル モデルに依存するという仮定に基づく推論のメンタル モデル理論を開発しました (Johnson-Laird および Byrne、1991)。

 

以下では、事例を示します。

 

6-1)バカの壁

 

複数の人間の間で、メンタルモデルが共有できれば、コミュニケーションができます。

 

一方、メンタルモデルの共有ができなければ、コミュニケーションができません。

 

簡単にいえば、メンタルモデルの共有が出来なければ、「バカの壁」があると言えます。

 

その場合には、コミュニケーションが成立していませんので、議論は通じません。

 

6-2)教育の可能性

 

分数は、2つの集合の要素数を比較する意味です。この要素数が、場合の数に相当すれば、確率になります。

 

つまり、分数のメンタルモデルのない人に確率を教えることは困難です。

 

教育は、簡単なメンタルモデルの共有を前提として、メンタルモデルをバージョンアップするプロセスとみなすことができます。

 

スタート地点で、メンタルモデルの共有ができていない場合には、「バカの壁」があるので教育は成立しません。

 

履修主義は、コミュニケーションと教育の否定になります。

 

6-3)政治献金問題

 

田中角栄氏は、政治献金に対する(公共事業を含む)補助金のキャッシュバックが政治であるというメンタルモデルを確立しました。

 

カッツ氏は、次のように言っています。

政治家たちは「ゾンビ」企業を最盛期を過ぎても支え、余剰労働者の解雇を防ぐために賃金を補助しました。

 

政治家には、補助金を配布することが政治であるという補助金メンタルモデルができています。

 

補助金メンタルモデルが形成されると、補助金が減少する歳出の縮小は、政治活動のメニューにはなくなります。

 

「政治献金に対する補助金のキャッシュバックが政治である」というメンタルモデルにパーティ券問題の原因がある場合には、コミュニケーションによる解決は不可能です。異なったメンタルモデルの持ち主に登場してもらう以外に、問題解決の方法はありません。

 

田中角栄氏の政治手法(補助金メンタルモデル)のルーツは、マルクス経済学者の美濃部東京都知事にあります。

 

美濃部氏の補助金メンタルモデルのルーツは、フランツ・オマー・ファノン氏の橋の哲学にあります。

 

ファノン氏の補助金メンタルモデルのルーツは、レーニン氏の社会主義経済学にあります。

 

日本の政治家は、与野党ともに、補助金メンタルモデルで思考します。つまり、社会主義のメンタルモデルでできています。

 

ゴルバチョフ氏は、日本は世界でもっとも成功した社会主義国であると言いましたが、この言葉は、比喩ではなく、現実でした。

 

6-4)市場原理

 

経済学のメンタルモデルは、アダム・スミス氏の需要と供給の均衡(市場原理)のメンタルモデルにあります。

 

市場原理は、要請であって、常に成立しているわけではありません。

 

経済現象を微分方程式でモデル化する場合、市場原理を前提とすれは、微係数がゼロになる極大、または、極小が解になります。

 

つまり、市場原理は、要請が満たされなければ、経済モデルの解は求まりません。

 

数理経済学者にとっては、現在のところ市場原理に代わる有望な仮定は見つかっていません。

 

数理経済学者にとって、市場原理が成り立たない場合には、経済モデルの予測は外れ、経済は制御不能になります。

 

市場原理は要請にすぎませんが、経済が制御不能にならないためには、市場原理を大きく外れないように心がける必要があります。

 

今世紀に入って、数理経済学のモデルは、ノートパソコンがあれば、簡単に解くことができるようになりました。

 

もちろん、数理経済学のモデルは、微分方程式でできてますので、数学のメンタルモデルがなければ、理解できません。

 

筆者は、現在では、経済学の標準(ゼロ世代の経済学)は、数理経済学であると考えています。

 

ゲーム感覚で、一般均衡モデルを操作することができます。

 

その結果、経済成長に必要な条件は、貿易黒字(輸出の拡大)と内需の拡大であることがわかります。

 

内需は、一人あたりGDPが小さいと無視できます。

 

つまり、先進国でなくなると、経済成長は、輸出の拡大以外では不可能になります。

 

これが、先進国と発展途上国が分かれるメカニズムです。発展途上国が先進国になるためのハードルは、内需の充実にあります。

 

インバウンドは、サービス輸出で、輸出の拡大の一部になります。内需が充実していれば、日本の観光地には、日本人が多くいることになりますが、内需が縮小したので、インバウンドが増えています。

 

さて、「ゼロ世代の経済学」が実現した今世紀以前では、数理経済学のモデルを解くのは大変なので、典型的な解答をパターン化して説明する「ー1世代の経済学」の教育がスタンダードでした。数学を使わない文系の経済学です。現在でも、日本の大学の文系の経済学では、「ー1世代の経済学」を教育していますが、数理経済学のモデルが、ノートパソコンで解けるので、筆者は、「ー1世代の経済学」は、無意味な教育であると考えます。「ー1世代の経済学」は、境界条件を単純化した場合の理想解になりますので、現実にはあいません。微分法方程式のメンタルモデルなしに、経済学を理解する教育には、無理があります。

 

文系の経済学者や経済評論家のメンタルモデルは、現在でも、「ー1世代の経済学」になっています。このメンタルモデルの持ち主は、数理経済学のメンタルモデルの共有ができません。

 

数理経済学のメンタルモデルでは、複数の政策の選択肢がある場合には、選択肢ごとに、モデル計算を行ない、モデルの結果をみて、ベストな政策を選択すればよいと考えます。ところが、「ー1世代の経済学」のメンタルモデルでは、このことが理解できません。その結果、良い円安、悪い円安といった不毛な終わりのない議論が続いています。

 

「ー1世代の経済学」の前には、微分法方程式の使用を拒否した「ー2世代の経済学(経済思想)」があります。これは、イデオロギーです。美濃部氏の補助金メンタルモデルは、「ー2世代の経済学」であり、これが、現在も日本の政治家のメンタルモデルになっています。

 

市場原理は、極値なので、効率が最大化する点になります。税金を徴収して、補助金でキャッシュバックする方法は、市場原理より必ず非効率になります。補助金は経済成長を阻害します。わざわざ、経済成長の足をひっぱるべきではありません。格差問題は、下位20%の貧困層の個人に対して、所得移転で対応すべきです。

 

橘玲氏は、「日本では、リバタリアニズムは無視されるか、アメリカに特有の奇妙な信念(トランプ支持者の陰謀論)として切り捨てられている」(テクノ・リバタリアン、pp.260-261)といいます。

 

筆者のメンタルモデルには、政治思想はありません。

 

筆者の微分方程式のメンタルモデルでは、微係数がゼロになる市場原理が経済成長を最大化する数値解になります。

 

これは、補助金を最小化する政治思想に対応するので、リバタリアニズムになります。

 

リバタリアニズムの好き嫌いは別にして、経済成長を優先するのであれば、全ての政策は、リバタリアニズムを基本として、そこから検討をスタートすべきです。

 

これは、イデオロギーではなく、数学の問題です。

 

「日本では、リバタリアニズムは無視される」理由には、日本では、文系の教育の結果、数学のメンタルモデルがないので、リバタリアニズムが理解できないためと思われます。



6-5)官僚のメンタルモデル

 

官僚は、「仕事とは、予算とポストの獲得である」というメンタルモデルをもっています。このメンタルモデルに基づき、業績をあげることが出世の基準になっています。

 

このメンタルモデルでは、経済成長も、教育レベルの向上も、出世の基準の業績に含まれません。

 

官僚が、予算とポストのメンタルモデルをもっている限り、経済成長や教育レベル問題のコミュニケーションによる解決は不可能です。

 

予算とポストのメンタルモデルは、年功型雇用に結びついています。

 

つまり、このバカの壁は、日本固有の問題です。

 

6-6)ブリーフの固定化法

 

チャールズ・サンダース・パースは、ブリーフの固定化法(The Fixation of Belief、1877)の中で、ブリーフの固定化には、「固執の方法、権威の方法、形而上学、科学の方法」の4種類があると整理しました。

 

これは、ブリーフを固定化するメンタルモデルの種類を述べたと解釈できます。

 

「科学の方法」は、世界標準の方法ですが、数学のない文系の方法ではありません。日本以外では、人文科学も社会科学も、「科学の方法」を使っていますが、日本だけでは、人文科学と社会科学の大部分では、数学を使わない文系の方法が使われています。

 

固執の方法」は前例主義になります。前例主義は、何も考える必要がないので、「科学の方法」のメンタルモデルがなくとも、利用可能です。

 

政治家が、「政治献金に対する補助金のキャッシュバックが政治であるというメンタルモデル」を維持する場合には、固執の方法が使われています。

 

加谷珪一氏は、日本全体で賃上げが進まない理由を、次のように説明しています。(筆者要約)

日本全体で賃上げが進まないのは、企業が基本的にコスト削減のみで利益を維持しようとしたからである。多くの企業が、賃上げを行っても役職手当を廃止して総人件費が増えないよう調整している。総人件費が増えてしまう場合には、他の支出を削減するので、そのシワ寄せは、取引先の中小企業などに及んでいる。

 

1997年における各国企業の売上高を100とした場合、過去20年でドイツ企業は売上高を2.7倍に、米国企業は3倍に拡大させた。

 

日本企業全体の売上高は、過去20年以上にわたって1400兆円から1500兆円の間を行き来している。一方、日本企業全体の営業利益率は、コスト削減によって、過去20年以上に増加を続けている。企業は人件費総額の抑制策を続け、結果として労働者の賃金は下がる一方だった。

 

これは、日本企業の取締役会が明確に現状維持を選択したからに他ならない。持続的な賃上げを実現するには、日本企業の経営を変えるしか方法はなく、この議論を抜きにして賃上げを実現することは不可能である。

<< 引用文献

日本企業が「賃上げ」をできない「根本的な理由」…経営者たちが「仕事をサボっている」驚きの現実 2024/08/29 現代ビジネス 加谷珪一

https://gendai.media/articles/-/136289?imp=0

>>

 

加谷氏は、「日本企業の取締役会が明確に現状維持を選択した」といいます。

 

ここで、日本企業の取締役会が、「固執の方法(前例主義)」のメンタルモデルで経営戦略(ブリーフの固定化)をしてきたと考えれば、「日本企業の取締役会が明確に現状維持を選択した」ことは、必然的な結果になります。

 

前例主義を廃止して、DXを導入する場合を考えます。この場合には、前例主義の推論が成り立たなくなります。文系の教育では、「科学の方法」がありません。DXを導入すれば、ある確率で失敗します。前例のない新規のビジネスに着手すれば、成功率は10%以下でしょう。前例主義を廃止して、こうした新しいチャレンジをするためには、期待値の理解が欠かせません。統計学のメンタルモデルが必須になります。通常、期待値の根拠となる確率のデータは不十分です。これには、随時データをとって、ベイズ更新で、確率を修正する必要があります。取締役会に、ベイズ更新のメンタルモデルのある人が多いとは思えません。

 

文系の「固執の方法(前例主義)」の推論では、「現状維持の選択」しかできなかったと思われます。

 

チャールズ・パーシー・スノー氏は、1959年に、「二つの文化と科学革命」で、「人文的文化は役に立たない。科学教育(エンジニア教育)を充実させなければ、国の経済が傾く」と主張しました。

 

日本は、スノー氏の予言通りの結果になっています。

 

6-7)ゾンビの世界

 

ゾンビはSFの定番です。

 

古典的な例に、人類の99%がドラキュラになった世界というSFがあります。

 

ドラキュラは吸血鬼のDNAが、血を吸われることで拡散する事例です。

 

DNAが、ゾンビであれば、ソンビの拡散になります。

 

DNAの拡散は、基本は、親子の世代交代を通じて縦方法で行なわれます。頻度は低いですが、ウイルスにより、横方向にDNAが拡散する場合、拡散速度は、とても早いです。

 

チンパンジーは、99%がエイズウイルスの健康保有者になっています。

 

ソンビの拡散も、ゾンビウイルスの接触感染であると考えるとわかりやすいかも知れません。

 

ドーキンスは、DNA以外に、文化も伝播すると主張し、伝播する文化にミームという名前を付けました。

 

メンタルモデルも伝播します。年功型雇用組織に新採で入って、周囲が何でも、前例主義をとっている場合、前例主義を拒否することは、困難です。そうして、自らも、前例主義を使っていると前例主義のメンタルモデルが出来上がります。

 

ジョブ型雇用の場合には、固定的な前例がありませんので、前例主義のメンタルモデルは存在しません。

 

政治家の場合には、利権のミームが蔓延しています。

 

イメージを考えます。

 

年功型雇用組織には、前例主義というミームが蔓延しています。前例主義のミームに感染した人間は、見かけは普通の人間です。政治家であれば、国民のために政治をしますといいます。しかし、マスクをとるとその下には、利権(ゾンビ)の顔が隠れています。

 

このようなゾンビのミームが、日本中に蔓延している世界をイメ―ジすると現在の日本の置かれている状況が、感覚的に理解できます。

 

もちろん、利権のミームは間違いかも知れません。しかし、利権のミーム補助金)以外の政策の話をする政治家は絶滅危惧種になっています。