注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。
(38)事実の質量
1)慣性モデル
ニュートン力学の質点の移動は、微分可能です。これは質点(質量)には、慣性が働くためです。
社会活動にも、慣性が働いています。
国債は、株式より安定しているという表現は、国債の質量が、株式の質量よりも大きいと考えることができます。
筆者は、最初、国産の慣性という表現を考えましたが、属性値としては、仮想的な質量を考える方がよいと考えています。
昨日も、一昨日も、昼食にカレーライスを食べた場合を例にします。
帰納法では、今日もカレーライスを食べることになりますが、この帰納法則を使う人はいません。レシピは自由に決められると考えます。昼食メニューの質量は小さいです。
カレー好きの人が、今日も、カレーを食べ始めました。
一端、昼食を食べ始めると中断することはあまりありません。
昼食を食べるという事実の質量は大きいと思われます。
カレーライスをスプーンで食べている人は、そのまま食べ終わると思われます。
一方、カレーライスを箸で食べている人は、途中でスプーンに切り替える可能性が高いです。
この場合、スプーンの質量が大きく、箸の質量は小さく見えます。
8月になって、家庭菜園では、ミニトマトの収穫シーズンです。
8月1日にミニトマトが10個収穫できました。今週中は、ミニトマトが収穫できそうです。
8月1日のミニトマトの収穫という事実の質量は大きいです。その後、ミニトマトの収穫の事実の質量は変化します。その予測には、過去のデータをつかうこともできます。しかし、庭の青い未熟なトマトの実を観察する方が予測精度は高そうです。
来年の8月のミニトマトの収穫数は、統計データで予測することは可能ですが、予測する人はいません。これは、来年も春にトマトの苗を植えるという前提が満たされなければ、意味のない予測になるからです。
つまり、植えたトマトの苗の成長に関連した事実には、質量がありますが、トマトを植えるという事実には、質量がないからです。
こう考えるとトマトの苗の成長に関する質量は、スカラーではなく、ベクトル変量かも知れません。
2)質量と自由意思
封建制度で、身分が固定化している場合には、職業選択の質量は非常に大きくなります。
資本主義で、職業選択の自由がある場合には、職業選択の質量は非常に小さくなります。
職業選択の自由の視点でみれば、質量は、自由意思に関係しています。
マクロな物理法則には、自由度がありません。これは、力学で言えば、質量が変化しないことに対応しています。
3)AIと質量
筆者は、拡張された質量を考える理由は、次の点にあります。
トレンド予測は、因果モデルではありませんが、実際には、多用されています。
トレンドモデルがあてはまる場合を質量がある場合と考えることにします。
ここで、質量は、トレンド予測の適合度指標になります。
トレンドモデルがあてはまる場合には、トランスポータビリティの問題が生じない場合になります。
あるいは因果推論できなくとも何とかなる場合です。
つまり、筆者は次のような対応を考えています。
質量の大きな場合<=>トレンドなど過去のパターンが使える<=>生成AI(弱いAI)<=>ファスト回路
質量の小さな場合<=>過去のパターンは使えないので、因果モデルを使う<=>強いAI<=>スロー回路
多くの試験問題では、生成AIが高い点数を得ることができます。
これは、因果推論ができなくても、試験問題を解くことができることを示しています。
試験で高い点数をとる秀才は、パターンマッチングの名手です。
一番単純なパターンマッチングは、前例主義です。
クラウドが出て来るまでは、前例主義で高いスコアを出すためには、記憶力が必要でした。
頭が良いとは、記憶メモリーが大きく、素早くマッチングできることです。
ところが、前例主義は、因果モデルでないことが多く、因果モデルであっても、交絡因子を無視しています。
企業や官庁でも、前例主義が多用されます。これは、パースに言わせれば、科学の方法ではなく、固執の方法です。
カーネマンは、多くの場合には、スロー回路(前例主義)で対応可能であるといいます。
カーネマンは数字を出していませんが、対数軸で考えれば、ファスト回路の使用率は、スロー回路の10倍と思われます。
対数軸で考えれば、スロー回路を使うために要する時間が、ファスト回路の10倍かかると思われます。
こう考えると、ファスト回路とスロー回路には、同じくらいの時間を割く必要があります。
このように大変効率のよいファスト回路ですが、ファスト回路が成功するためには、交絡因子に変化がないことが必要になります。
前例主義(文系の推論)には、交絡因子やトランスポ-タビリティの概念がありません。
帰納法が検証にもなっているという文系の推論には、交絡因子やトランスポ-タビリティの概念がありません。
交絡因子やトランスポ-タビリティの概念があれば、RCTや前向き研究でデータをとって、政策を決めましょうという手順になります。
文系のカリキュラムには、数学(統計学)がないので、間違った推論が訂正されることはありません。
文系の基準では、優秀な人は、メモリーが大きく、マッチングが素早くできる人になります。
上記の対応を修正します。
質量の大きな場合<=>トレンドなど過去のパターンが使える<=>生成AI(弱いAI)<=>ファスト回路<=>文系の推論
質量の小さな場合<=>過去のパターンは使えないので、因果モデルを使う<=>強いAI<=>スロー回路<=>理系の推論(科学の方法)
アメリカの教育では、文系はなく、高等数学は必修です。1990年以降、数学の中で統計学の占める割合が高くなっています。
8月2日に、官民が共同で設立した「金融経済教育推進機構」(J―FLEC、東京都中央区)が2日、本格始動しています。
政府は、数学ができなくとも、金融教育ができると考えているようです。
<< 引用文献
金融教育「オールジャパンで」 資産形成後押し、官民機構始動―岸田首相 2024/08/02 時事通信
https://www.jiji.com/jc/article?k=2024080201139&g=eco
>>
4)文系効果
前明石市長の泉房穂氏は、次のようにいっています。(筆者要約)
<
まず、「政治にはカネがかかる」というウソに、政治家も有権者もマスコミも毒されている。そのウソが、日本政治の文化になっている。その文化を改めるしかない。
日本経済団体連合会(経団運)の十倉雅和会長は毎年、自民に24億円献金していることを「何が問題か」と開き直っていたが、違法でなくとも、見返りを求めているに決まっている。利権政治そのものだから即刻、廃止すべきです。
私が2003年に国会議員に当選した直後、面識のない地元の有力者が事務所にやってきて、いきなり封筒を差し出してきたことがある。中を見たら200万円入っていた。腹が立って「舐めとんのか!」と、怒鳴って突き返した。
要するに、金を受け取らせて言いなりにさせるつもりだったと思う。当選したての野党のペーペー議員にもカネを持ってくるので、与党の議員なら、もっともらっとると思う。
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<< 引用文献
ホリエモン発言「泉房穂に1000億円を出せば政権交代」をどう思う?明石前市長“本人”がアンサー! 2024/07/28 Diamond
https://diamond.jp/articles/-/347414
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泉氏は、利権の政治を、日本政治の文であるといいます。つまり、ここには、法度制度のミームがあります。
十倉氏は、政治献金は変えなくとも良いと主張します。泉氏は、その主張は、政治倫理に反するといいます。
倫理問題は脇においても、十倉氏の「政治献金は変えなくとも良い」という発言には、前例主義(ブリーフの固定化の固執の方法)があります。簡単にいえば、政治献金をすることが、合理的な経営になるかという判断を放棄しているように見えます。日本のローカル企業であれば、政治献金は合理的かも知れませんが、世界でビジネスをするのであれば、政治献金が合理的と考えるのは、かなりいびつなメンタルモデルです。
袖の下を通さなければ、許認可がとれないという発展途上国も、昔は多くありましたが、現在では数が減っています。なぜなら、袖の下を通さなければ、許認可がとれない国は、FDIの対象には適さないからです。日本は、日本企業だけで、垂直統合していますが、日本国内には、外国企業が入ってきて、補完的な協業ができれば、経営が有利になります。例えば、タイにいけば、タイの企業だけでなく、中国やインドなどの企業も入っています。そうすると、日本よりタイの方がビジネスがしやすくなっています。日本のFDIは世界最下位で、北朝鮮以下です。
つまり、「政治献金は変えなくとも良い」という発言は、株主利益を無視していると思われます。
泉氏は、明石市長時代について、次のように述べています。(筆者要約)
<
すべての事務事業も見直し対象にしました。しかし、前年と同じことを漫然と続けるのがお役所仕事です。前年踏襲の悪弊があらゆる場面で表れます。
100年に一度のゲリラ豪雨による床上浸水に備え、市内全域の下水道管を太い管に交換する事業がありました。未着工の部分の受益者は、10軒で、20年で600億円を費やす計画でした。整備計画を見直し、ハード整備中心の対策からソフト面も組み合わせた総合対策へと変更し、計画は総額150億円規模になり、450億円を削減できました。
日本はいまだに、公共事業に多くのお金をつぎ込んでいます。
OECD諸国で比較すると、2017年の公共事業の予算シェアは、日本はGDPの7.3%で、イギリスやフランスより多く、アメリカより6割以上も多いのです。
2017年の「子ども」などへの家族支出は、スウェーデン3.4%、イギリス3.2%、フランス2.88%に比べ、日本はわずか1.56%です。
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<< 引用文献
政治家の「金がない」「人が足りない」はウソ…明石市が子ども予算を10年で2倍、人員を3倍に増やせた理由 2023/02/02 President 泉 房穂
https://president.jp/articles/-/65717?page=1
>>
筆者は、泉氏のGDPシェアを比較する方法には、賛成しません。これは、文系の前例主義の発想だからです。
理系の文化で考えれば、予算は、費用対効果の高い事業から優先して行なうことになります。
前年と同じことを漫然と続けるのは、計算間違いです。計算間違いが基本の政治が通っている理由は、数学を無視する文系の文化にあります。
日本の行政には、効率指標がありませんので、税金は無駄に使われます。
さて、今まで、質量は、対象物に付属する属性であると考えてきましたが、文系の前例主義の文化であれば、対象が何であれ、前例主義によって、質量が大きくなります。
アイデアの修正が必要になります。
これは、前例主義には、自由意思がないこと、つまり、責任という概念が存在しないことを意味します。
パール先生は、次のようにいいます。
<
私たちの道徳的行動も、この反事実思考を基礎として成り立っている。私たちは自分の過去を振り返って反省し、別の行動を取った場合の結果を想像して見ることができる。この応力が私たちの自由意思とそれに対する社会的責任の基礎をなすのだ。
>(p.26)
つまり、自由意思のない前例主義では、社会的責任は発生しないことになります。
不祥事は、永久になくなりません。
5)レジームシフト
文系の推論は、交絡因子の変化がない場合には、問題が表面化しません。
1960年から1990年の間は大量生産と工業化の時代でした。
社会経済のレジームに、変化はありませんでしたので、文系の推論が成功します。
欧米のコピーをして、安価で、品質のよい工業製品を大量生産すれば、問題は生じませんでした。年功型組織は、質量の大きな組織で、OJTにより、さらに、その傾向を強化しました。
1990年以降インターネットとクラウドコンピューティングが進み、情報社会へのレジームシフトが始まります。交絡因子が劇的に変化します。この状態で、文系の推論をすれば、計画は悉く失敗します。それは、文系の推論では、交絡因子の変化を無視しているためです。
レジームシフトが起こる場合には、因果推論をしなければだめです。
先例主義の成功率は、ほぼゼロになります。
日本の半導体のシェアは、低下し続けます。
湯之上隆氏は、2009年に、『日本「半導体」敗戦 イノベーションのジレンマ なぜ日本の基幹産業は壊滅したのか?』 を出版しています。
イノベーションのジレンマは、クレイトン・クリステンセン氏が、1997年に提唱しています。
クリステンセン氏の推論は帰納法です。
イノベーションのジレンマは、仮説としては、問題がありませんが、検証されているわけではありません。また、因果モデルではありません。
つまり、クリスチャンセン氏の推論は、文系の推論です。
半導体の販売の因果モデルを作成して、交絡条件の変化をモニタリングして、軌道修正をしていれば、「半導体」敗戦には、なりません。
「半導体」敗戦は、数学のできる経営のできる人がいなかったという仮説で、説明できます。
イノベーションのジレンマ仮説では、リアルタイムで、イノベーションにおくれているか否かはわかりません。
交絡因子のモニタリングであれば、ほぼリアルタイムで、問題が発生したことがわかります。
この場合の交絡因子の変化は、半導体のマーケットが計算機から、パソコンに切り替わったことです。
湯之上隆氏は、理系の出身ですが、統計学や因果推論のメガネで、現象を見ていません。
湯之上隆氏は、日立製作所で働いていましたので、その当時の日立製作所には、交絡因子の変化を考えることのできる人がいなかったことがわかります。
質量の一般化は、レジームシフトの難易度を指標化するアイデアです。
質量を増加させる政策は、DXを困難にします。
代替指標があれば、比較してみますが、何か、このような指標があった方が便利だと思います。
6)AI規制
政府は、繰り返し、「AI規制」を繰り返しています。
読売新聞は、次のように伝えています。
<
政府は2日午前、生成AI(人工知能)の法規制などを検討する有識者会議「AI制度研究会」の初会合を首相官邸で開いた。国際的にAI規制の動きが強まる中、岸田首相は、AIの安全性確保と競争力強化の両立を図ることなど四つの基本原則に基づき、法規制の検討を要請した。
首相は「AIの安全性確保は、AIの利活用促進や開発力強化のためにも不可欠だ」と強調。その上で、〈1〉AIの安全性確保と競争力強化の両立〈2〉技術の変化に対応できる柔軟な制度〈3〉国際的な指針に準拠〈4〉政府によるAIの適正調達と利用――の4原則に基づいて検討を加速するよう出席者に求めた。
AI規制を巡っては、欧州連合(EU)が5月にAIのリスクを分類して開発や運用を包括的に規制する「AI法」を成立させるなど、国際社会で対応が進んでいる。
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<< 引用文献
岸田首相、生成AIなど法規制検討を要請…有識者会議初会合で「安全性確保は不可欠だ」 2024/-8/02 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20240802-OYT1T50142/
>>
欧州大陸は、伝統的に、形而上学の哲学の世界です。
しかし、形而上学では、AIはできません。
欧州大陸から、先進的なAIが生まれない理由はここにあります。
パースは、ブリーフの固定化法には、科学の方法以外に、固執の方法、権威の方法、形而上学があると説明しました。
科学の方法を使って、AI規制が可能であるという理論的な根拠はありません。
パール先生は、因果推論ができる強いAIであれば、倫理問題に対応可能であるが、因果推論のない生成AIは、倫理判断は原理的にできないといいます。
つまり、生成AIに倫理判断を求めることはお門違いです。
生成AIに倫理判断を求めなければ、問題は存在しません。
政府の主張は、文系の推論であって、仮説と検証の区別が出来ていません。科学的に正しいAIの判定条件は存在しません。
恐らく、政府の意図は、権威の方法をかざして、魔女狩りをしたいということであると思います。これは、2000年代のインターネットの検索サイト規制の繰り返しです。
文系の推論では、オブジェクトとインスタンスの区別すら出来ていません。
政府の規制のオブジェクトには、インスタンスがありません。インスタンスを、後で、適当に付け加えれば、冤罪がいくらでもできますので、法律として帰納しない魔狩りがおこります。
利権を優先した権威の方法を使って魔女狩りをすれば、技術開発は、止まります。
過去のインターネットの検索サイト規制が、何故失敗したかという原因分析がなされていません。政府は、失敗を繰り返したいのです。失敗の繰り返しを心配している有識者はだれもいません。これは、科学の方法ではないからです。
科学の方法を無視すれば、技術開発は止まります。