理系の経済学(17)日本経済成長の原因

(「1990年まで、なぜ、日本経済は成長できたのか」を考えます)

 

1)ヴォーゲル氏の分析



1979年に、エズラ・ヴォーゲル氏は、この疑問に対する解答として「ジャパン・アズ・ナンバーワン(Japan as Number One: Lessons for America)」を書きました。

 

英語版のウィキペディアでは、ジョン・W・ダワー氏による次の評価が紹介されています。

 

ジョン・W・ダワー氏による日本に関するアメリカの戦後研究の概観では、ヴォーゲル氏の研究は、近代化理論を傲慢として拒否する「西洋覇権主義と文化帝国主義」に懐疑的な見解の持ち主として、日本をアメリカの産業モデルにますます似てくる近代化国家として見ることや、日本を新たな視点から見ることのいずれかを超えた、より大きな動きの一部であるとみなしています。 

 

ダワー氏は、ジャパン・アズ・ナンバーワンは、専門家からは批判されているものの、「これまで異端であったつまり『西洋』が『東洋』から学ぶかもしれないということを単なる価値観についてではなく、 現代社会を組織する実践的な方法について」を示唆することで、本質的に大衆の議論のテーブルをひっくり返した点を評価しています。

 

ヴォーゲル氏の熱意に満ちたアプローチの基礎となっている情報の多くは現在では古くなっていますが、ヴォーゲル氏の議論は後の批評家が示唆するほど一方的なものではなく、この本は今でも読み続けられています。

 

ダワー氏の指摘の要点は以下です。

 

(P1)専門家からは批判されている問題点がある

 

(P2)近代化理論を傲慢として拒否する視点を提示した。

 

(P3)アプローチの基礎情報は現在では古く、現在の日本にはあてはまらない。

 

(P4)議論は、批評家が示唆するほど一方的なものではなく、今でも読む価値はある。

 

(P2)は、2024年現在、中国とロシアがとっている政策であり、グローバルサウスの支持を得ています。現在の日本の実態は、法度制度国家ですが、建前は、近代化理論を提唱していますので、外交面では、グローバルサウスの支持を失っています。

 

ヴォーゲル氏の分析では、日本の成功は次の要素に支えられています。

 

なお、ダワー氏が、「彼の議論は後の批評家が示唆するほど一方的なものではない」と指摘しているように、明らかに論理の飛躍や、検証不足が含まれています。

 

(S1)知識: 追求と合意

(S2)国家: 実力主義の指導と民間主導

(S3)政治: より高い利益と公平なシェア

(S4)大企業: 識別と業績

(S5)基礎教育: 質と平等

(S6)福祉: 資格のない安全

(S'7)犯罪管理: 執行と公的支援

 

これらの特性は、ジャパン・アズ・ナンバーワンが出た、1970年代までの日本の特性であって、2024年現在では、ほとんどが失われています。

 

「(S5)基礎教育: 質と平等」では、日本が、TVを使った通信講座を世界で最初に始めたことを評価しています。当時は、ハイテクを使った最先端の教育がなされていました。現在に読み替えれば、インタ―ネット授業が日常化した世界でした。

 

TVを使った通信講座は現在でも行われていますが、極度のレベルダウンがなされました。

昔の通信講座の数学の授業では、微積分の計算方法を教えていました。その後、TVを使った通信講座は社会人教育と兼用のカリキュラムになって、目標水準が、極度に低下しています。

 

ゆとり教育の時代には、教育は破壊されました。破壊したと判断する理由は、学生の学習能力の分布を無視したカリキュラムが作成されたからです。

 

そして統計学を無視した非科学的なカリキュラムが現在も進行しています。統計学(科学)のリテラシーのない人に、問題点を理解させることは不可能です。

 

(S2)にある実力主義の風潮は、教育については、高等学校の期末試験の成績優秀者の掲示を中止する、東京都の学校群制度で競争を排除するレベルから、小学校の運動会から順位のつく競技を排除するレベルにまで変化して、ほほゼロになっています。

 

その法度制度のミームは、弱者救済、差別撤廃、過疎の解消という経済的に実現不可能なユートピアを提唱(建前)して、政治家は、利権に基づいた予算配分(本音)を可能にする点にあります。

 

人権思想は、差別撤廃ではありません。人間には、個体差があり、能力の差があります。体操の選手に数学の問題を解かせたり、数学の専門家をオリンピックの体操選手に仕上げれば、社会は非効率の極みになり、経済が破壊されます。これが、結果の平等の中身です。

 

人権思想は、人間の個体差を認めたうえで、長所を伸ばして、能力を発揮する機会を与えることを求めます。

 

結果の平等を目指して、学校の運動会から順位のつく競技を排除することが、人権無視になっています。飛び級を認めないことは、人権無視です。

 

ダワー氏は、日本に関するアメリカの戦後研究の概観の中で、ヴォーゲル氏の研究は、日本をアメリカの産業モデルにますます似てくる近代化国家として見ることや、日本をアメリカの産業モデルに似せたものとして見ることのいずれかを超える、より大きな動きの一部であるとみなしています。

 

つまり、ダワー氏は、ヴォーゲル氏の研究は、日本は、(DXが進んで労働生産性があがる、筆者注)アメリカの産業モデルにますます似てくる近代化国家ではなく、日本は、(経済学で想定する経済合理性を優先する、筆者注)産業モデルを越えたより大きな(法度制度の、筆者注)で動いているとみなしています。

 

つまり、ダワー氏は、ヴォーゲル氏の研究は、日本経済が、DXに取り残されて、経済が停滞することを予想ししていたと解釈しています。

 

以上は、英語版のウィキペディアに書かれている内容です。

 

日本語版では、ヴォーゲル氏の研究は、「日本人の学習への意欲と読書習慣」が経済成長の原因であったと分析したと書かれていますが、この説明は理解できません。



2)加谷珪一氏

 

加谷珪一氏は、「1990年まで、なぜ、日本経済は成長できたのか」に対する答えとして、「偶然の産物」であると主張しています。(筆者要約)

 

日本の高度成長は、日本人の優秀さと血のにじむような努力がもたらした結果であるという価値観は、広く共有されています。しかし、この価値観は限りなく願望に近いと考えてよいでしょう。なぜなら、日本に限らず、経済成長を実現した国の多くが、何らかの偶然が作用しているケースがほとんどだからです。

 

日本の成長は偶然だったと主張すると、どういうわけか多くの人が怒り出すのですが、成長に偶然が作用したという現実を認めることが、自国を貶めることにはつながりません。それどころか、自分たちは幸運だったという現実を冷静に受け止めることで、獲得した富の重要性を再認識することができ、むしろ戦略的な行動を促します。逆に言えば、幸運であることを自覚できないと、すべてに対して自信過剰になり、判断を誤るケースが増えてくるでしょう。



ゼロから経済を成長させる国というのは、外国からの借金に頼るか、そうでなければ激しいインフレを覚悟する必要があります。インフレを繰り返す国がどのような状況に陥るのかは、何度もハイパーインフレを起こしている中南米のアルゼンチンを見れば明らかでしょう。

 

本来であれば、日本も外国から巨額の借入れを行い、高い金利を支払いつつ、外国資本に金融を左右されるという不安定な状況で経済を再生させる必要がありました。ところが日本経済は偶然にもある時期からそうした状況とは無縁となり、借金に頼ることなく外貨を獲得し、これを使って一気に成長を実現できたのです。その偶然というのは「朝鮮戦争」です。

 

1951年の名目GDPは前年比で何とプラス38%となり、翌1952年はプラス12%、1953年はプラス15%となりました。この数字は高度成長期の中国をはるかに上回る水準であり、特需の影響のすさまじさを物語っています。

<< 引用文献

戦後日本の経済復興と高度成長は「偶然の産物」だったは本当か 2022/09/02 THE GOLD ONLINE 加谷珪一

https://gentosha-go.com/articles/-/45225

 

高度経済成長は「日本人の努力の賜物」ではなく「幸運な偶然」だったと認めよう 2022/09/06 Newsweek 加谷珪一

https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2022/09/post-200.php

>>

 

加谷珪一氏は、日本の高度成長は、「(S8)朝鮮戦争特需」という偶然が原因であったと分析しています。

 

3)問題点の整理



「1990年まで、日本経済が成長できた」原因は、という設問には、問題があります。

 

高度経済成長期と安定経済成長期は分けて考える必要があります。

加谷珪一氏は、高度経済成長期を問題にしています。

 

ヴォーゲル氏の研究は、出版年代から逆算すると、高度経済成長期を主な対象にして分析しています。例えば、1975年にインタビューすれば、インタビューの内容は1975年以前の内容になりますので、高度経済成長期のデータになります。

 

高度経済成長期と安定成長期の日本社会のミームは異なっています。

 

ソニーやホンダは、高度経済成長期に生まれた企業です。

 

ホンダは、浜松に200社あったバイクメーカーの1つです。

 

安定経済性成長期まで、生き残ったバイクメーカーは、ホンダ、ヤマハ、スズキなど数社です。

 

静岡県の県庁所在地は、徳川家康が隠居所に選んだ駿河静岡市)で、法度制度が強くのこっています。浜松市は逆に、法度制度のミームの弱い街です。

 

高度成長期には、ベンチャー企業が育ちますが、ベンチャー企業の発生分布には、偏りがあり、法度制度のミームの強弱が関係していると思われます。

 

安定成長期以降の日本では、ベンチャー企業はほとんど育ちませんでした。

 

これは、安定成長期になって、ミームが変化した可能性を示しています。

 

筆者は、ミームの変化は、田中内閣の日本列島改造(過疎問題重視)であったと考えます。

 

日本列島改造以前は、農村から都市に移動して、農業から工業への産業間移動をすることが所得を増やす方策でした。

 

農業と工業の労働生産性の差は非常に大きいので、産業間人口移動が、経済成長を起こしました。

 

2024年の現在は、工業から、情報産業、あるいは、AI 産業への人口移動があれば、経済成長が起きます。

 

しかし、弱者重視(過疎問題重視)のミームがこれを妨害しています。

 

さて、高度経済成長期に、経済発展した理由は、ヴォーゲル氏の研究や加谷珪一氏の意見で、理解できます。

 

それでは、安定経済成長期には、高度経済成長期には及ばないにしても、なぜ、経済成長を続けることができたのでしょうか。

 

安定経済成長期とその後の30年の経済停滞期の違いは何にあるのでしょうか。

 

こうした場合の分析では、帰納法は無力です。

 

安定経済成長には、(S8)朝鮮戦争特需は終っています。ヴォーゲル氏の(S1)から(S7)の条件も変質しています。特に、教育の劣化と人材育成の失敗は、明確です。

 

日本以外の国の大学では、入学試験に数学は必須です。分数のできない大学生のいる国は、日本以外には、あり得ません。数学ができないことは、論理的な思考ができないことを意味します。DXも、科学技術立国も不可能です。大学の定員の7割が文系である人材育成効果は確実に出ています。

 

政府のHPをみると「行政の連続性が大事だ。海外でも、この基準が使われている」と書かれています。この論理が正しければ、人権無視の明治憲法の元でつくられた法律を改訂しないで使い続けることが正義になります。政策決定が金権政治に基づく利権の政治になっていれば、行政の連続性が大事なので、利権の政治を継続することが正義になります。こうして、変わらない日本こそが正義になっています。

 

数学や論理的な思考が出来ない人の根拠は、パースが推測したように権威の方法です。科学よりも、権威を優先します。明治憲法では、天皇が絶対権威でしたが、現在は、総理大臣などに分散した法度精度が生き残っています。

 

4)追加条件

 

さて、ヴォーゲル氏の(S1)から(S7)の条件以外の条件を考えます。

 

第1の視点は、1990年前後に変化した世界情勢です。

 

冷戦は終了し、社会主義市場経済が出現します。

 

その結果、中国と東欧の労働者が世界経済に参入してきます。

 

1990年以降、中国企業は、安価な製品を輸出して、日本製品と競争になりました。

 

日本企業は、中国企業に負けて撤退しています。

 

ここでは、1990年以降の分析は、あとにおいて、1990年までを考えます。

 

その場合には、中国企業は無視できます。

 

1990年までは、南北問題が顕著で、工業国は、北に偏重していました。

 

日本企業と競合する企業は、欧米にある企業でした。

 

これには、トヨタアメリカのビッグ3の関係が該当します。

 

安定成長期の始めには、1ドルが360円でしたので、安い人件費が輸出競争力を生み出しました。

 

プラザ合意後の変動為替レートになって、この条件は失われています。

 

トヨタは、当初、日本製の自動車を輸出していましたが、現在では、アメリカに現地生産工場を持っています。

 

アメリカで生産したトヨタの自動車の製造コストは、労賃が同じ水準のビッグ3の自動車の製造コストと同じになるはずです。

 

つまり、現地生産工場を考えれば、日本の安い人件費が輸出競争力を生み出すというメカニズムは働かないように思われます。部品か価格の優位性はあるかもしれません。

 

安定経済成長期に、日本企業は、安い人件費以外に輸出競争力の源泉を持っていたのでしょうか。

 

ナショナリズムで言えば、日本は、技術のある科学技術大国になりますが、そのような国が、分数のできない大学生を量産するとは思えません。最近のノーベル賞の受賞者には、日本人が多くいますが、半数は米国で上げた業績です。人口当たり、あるいは、GDP当たりで、基準化して比較すれば、日本の科学技術水準は低いです。

 

日本製品は高品質で、世界を圧倒しましたが、高品質の達成には、労働力の多投入が必要です。多くの国の製品が、日本製品よりも高品質でない理由は、製造コストに占める人件費とのバランスで、製品品質を決めているからです。簡単にいえば、サービス残業のような魔法のツールのない(人権のある)国では、日本製品のような高品質な製品はつくれません。

 

日本製品が、価格以外の競争力があれば、失われた30年にはならなかった、中国製品との競合に負けることはなかったと思われます。

 

ゆとり教育は、独創性を目指した教育でした。日本製品に価格以外の競争力がなければ、国際競争力がなくなることは自覚されていました。

 

2023年は円安で、トヨタは、史上最大の利益をあげました。欧米に工場を持つトヨタですら、利益の根源は、安い労働力(円安)でしかないことがわかります。

 

以上のように考えると、安定経済成長期において、日本製品の競争力の根源は、安い労働力であったと推測されます。

 

2024年現在、フォーブスのトップ100企業に入っている日本企業は、トヨタだけです。

 

日本にも、競争力の根源が安い労働力だけでない企業はあります。

 

しかし、全体としてみれば、フォーブスのトップ100企業が示すように、競争力の根源が安い労働力だけでない企業が経済の趨勢に影響を与えているとは言えません。

 

実際に、プラザ合意をうけて、労働組合は、賃金の引き下げに応じています。これは、労働組合が、人権思想と経済学を理解できていなかった、科学に基づくブリーフの固定化ができなかったことを意味しています。

 

賃金の引き下げの結果、企業は過剰な利益を保留するようになります。その利益は、土地に向かってバブル経済を引き起こします。

 

労働者は、働いても、近隣の土地が買えなくなり、遠隔地の住宅を求めます。

 

2024年現在では、居住者が減って、維持不可能な遠隔地の分譲地が多発しています。

 

これは、科学に基づくブリーフの固定化ができなかった結果の一例です。

 

5)最後の疑問

 

最後の疑問を整理します。

 

人件費を抑えれば、輸出競争力が得られることは、単純な原理です。

 

ただし、欧米では、人件費を抑えることができませんでした。

 

日本には、人件費を抑えるどのような魔法があったのでしょうか。

 

筆者は、人件費を抑える魔法は、次であったと考えます。

 

(C1)法度制度に基づく年功型雇用によって、労働市場がないため、人権を無視した低賃金が実現できた。

 

(C2)人口ボーナス期であったために、経済に占める高齢者の影響が小さかった。平均寿命も短かった。人口―ボーナス期の影響は、将来の人口オーナス期の影響とトレードオフです。



(C3)賦課金方式の年金によって、見かけの年金負担を減らすことができた。この負担減は、将来の負担増とトレードオフです。

 

(C4)赤字国債の発行を続けて、見かけの負担を減らすことができた。この負担減は、将来の負担増とトレードオフです。

 

これらのメカニズムが、人件費を抑える魔法であったと理解できます。

 

(C2)と(C3)は、既に、負担減ではなく、負担増のフェーズに入っています。

 

今後は、(C4)が、負担増になってきます。

 

赤字国債や円安の効果は短期的です。長期的には、これらの政策は経済にマイナスになります。

 

財務省は、均衡財政を主張しています。日本の財政赤字の計算は、裏財政があって、全体を含んでいませんので、評価できません。ただし、赤字国債が1970年から積みあがっていて、財政負担を将来の世代につけ回し続けていることは事実です。

 

また、均衡財政の第1は、増税ではなく、歳出の節約ですが、これには、手がついていないので、均衡財政は増税で生産性を低下させる施策になって、経済を破壊してしまいます。

 

今後は、日本経済は、(C2)と(C3)と(C4)の負担増に耐える必要があります。

 

6)プラグマティズムに向けて

 

ジム・ロジャーズ氏は、真珠湾攻撃を始めた責任を追求すべきであるといいます。

 

加谷 珪一氏は、太平洋戦争の経済を次のように説明しています。(筆者要約)

太平洋戦争開戦当時、日米のGDPには10倍以上の差があり、日本が戦争に費やした費用(日中戦争含む)は、国家予算(日中戦争開戦時における一般会計)の約280倍という途方もない金額でした。当時の経済力で世界最大の資源工業国である米国と全面戦争するのは到底、不可能であり、控えめに言ってもメチャクチャな決断でした。

 

実は、ウクライナ戦争の前のロシアとウクライナGDPにも、10倍以上の差があります。

つまり、ウクライナ戦争は、経済でみれば、ロシアとアメリカ(ネオコン)の代理戦争になっています。

 

2021年 世界GDP国内総生産)ランキング

順位 国名 単位(百万US$)

11位 ロシア 1,710,734

56位 ウクライナ 164,593

 

太平洋戦争のときに、日米のGDP格差を論じることはタブーでした。

 

この状況は、ウクライナ戦争でも、あまり変わっていないように見えます。

 

形而上学の正義で言えば、太平洋戦争と同じように、ウクライナが正しいのですが、プラグマティズムでみれば、戦争は経済力の戦いで、イデオロギーで勝敗が決まる訳ではありません。

 

ジム・ロジャーズ氏が指摘しているように、戦争は、軍事産業にはプラスの経済効果がありますが、国レベルでみれば、対戦国の双方にとって、マイナスの経済効果しかありません。

 

アメリカに加担したドイツの経済は減速していますし、日本も今後、軍備を増強して、ウクライナの負担金を払えば、経済の減速が加速します。



経済学者の成田悠輔氏は、過去、少子高齢化問題をめぐり「唯一の解決策ははっきりしていると思っていて、結局、高齢者の集団自決、集団切腹みたいなことしかない」と発言しました。

 

この発言を批判する人が多いのですが、イデオロギー形而上学の部分をフィルタ―で除去してみるべきです。

 

政府は、年金を切り下げ、業界への補助金を確保し、軍事費を増強する計画です。

 

優先順位は、「大切な利権を確保する業界への補助金>軍事費>高齢者の年金、若年層の所得確保」になっています。

 

つまり、成田悠輔氏の発言は、政府の政策を分かり易く本音で説明したものに過ぎません。

 

成田悠輔氏は経済学者ですから、経済学の方程式を解いて求まる現在の政策の予想される結果を述べているにすぎません。

 

もちろん、法度制度や権威の方法からすれば、成田悠輔氏の発言は、けしからんということになります。

 

成田悠輔氏は、弱者救済(結果の平等)を無視しているという主張です。

 

しかし、弱者救済は、利権の構造を維持して、予算を利権に従って配分するための論理に過ぎません。

 

弱者救済のために、高齢者の年金削減を、業界への補助金や軍事費に優先することはあり得ません。

 

統計学の定義する弱者は、イギリスの場合、所得分布の下位から20%の人を指します。

 

イギリスでは、生活保護をうけないレベルで、収入の少ない人の生活を確保することが所得移転の政策の目的になっています。

 

日本では、統計学では間違いの平均値の議論がなされています。

 

日本経済は、これから、安定成長期に、先の世代につけ回した負債の支払いを行なうことになります。

 

筆者には、それが、可能かわかりません。

 

筆者が、若年層であれば、迷わず日本から脱出する算段を考えるでしょう。

 

日本が、能力のある若年層を引き止められない可能性があります。

 

これから、負債を返還するという仮説が正しければ、これからの日本経済は、間違いなく茨の道です。

 

ジム・ロジャーズ氏は、これから、負債を返還するので、日本経済が復活する可能性はほとんどないといいます。

 

日本経済を復活させる可能性のある道は見えませんが、確実なことは、生産性を異常なまでにあげるしか方法がないということです。

 

生産性をあげるには、DXやAIなどの科学よる以外に方法はありません。

 

ブリーフの固定化が科学の方法でなされれば、その可能性があります。






日本では、ブリーフの固定化に科学の方法が使われていません。権威の方法が使われています。

 

ブリーフの固定化に科学の方法が使われれば、権威は失墜します。

 

科学の方法(データサイエンス)を教えていない大学の学科の卒業証書は、紙屑になります。

 

科学の方法(データサイエンス)を教えていない大学の学科は、廃業します。

 

これは、イデオロギーの問題ではありません。

 

デザイン思考で、仮に、日本の生産性が異常なまで高くなった結果を想定すれば、必要となる前提条件(原因)です。

 

他にも、類似の場合があります。

 

筆者は、読者が、デザイン思考をすることを希望します。

 

ともかく、このレベルのミームと社会変化なしでは、日本経済の復活は不可能と思われます。