交換レンズビジネスの経営問題

(今回は読者に考えてもらう問題です)

 

OMDS(旧オリンパス)のレンズを例に、経営戦略をどのように設定すべきか(あるいは、日本のカメラメーカーはどのように設定しているか)という疑問です。

 

なお、このテーマは、日本の家電メーカーが、白物家電の輸出競争力を失ったことへの反省でもあります。



以下に、MFTの17㎜のレンズを例に、交換レンズの経営戦略を考えます。

 

MFTの17㎜のレンズを、発売年代順に説明します。

 

(1)M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8 20千円 2009年 製造中止

 

(2)LUMIX G 20mm/F1.7 30千円 2009年 

 

(3)M.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8 45千円 2013年

   最短撮影距離 0.25m

 

(4)16mm F1.4 DC DN | Contemporary  45千円  2017年

最短撮影距離 0.25m

 

(5)M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PRO 150千円 2018年

最短撮影距離 0.2m

 

(6)TTArtisan 17mm F1.4 19千円  2021年

   最短撮影距離 0.2m

 

(1)は、OMDSの最初の17㎜の単焦点レンズです。これは、パンケーキと呼ばれる小型のレンズで、普通に写りますが、大きな特徴はありません。製造中止です。

 

(3)は、OMDSの2番目の17㎜の単焦点レンズです。これは、12-40㎜F2.8のズームレンズを発売したため、(1)には、単焦点レンズとしてのメリットがなくなったため、F値を下げて作りなおしたレンズです。

 

MFTは公開規格なので、パナソニックの(2)のレンズもOMDSのカメラで使えます。画角が少し異なるので、完全に競合する訳ではありませんが、(1)は、(2)に比べて、スペックも、写りが良くなったので、(1)売れませんでした。(3)では、スペックと写りを(2)レベルにあげています。

 

(4)は、サイドパーティのシグマのAPS-C用のレンズをMFTマウントに変更したものです。16mm F1.4は、その当時はスペックがずば抜けていて、解像度の高いレンズです。ただし、大型で重くなります。光学特性には、問題はありません。

 

シグマは、現在、MFT用のレンズを3本だけ発売しています。2023年に、シグマはMFTのレンズは利潤がでないので、今後の発売計画はないといいました。シグマは、2023年にAPS-C用の新しいレンズを発売しました。16mm F1.4と同じように、マウント部分をMFTにすれば、ほとんど、追加コストをかけずに、MFTのレンズになるはずですが、シグマは、それをしていませんでした。

 

また、シグマは、OMDS用のレンズをOEMで製造しています。詳細は、企業秘密ですが、特許の申請データをみれば、確認できます。



(5)は、OMDSとしては、3本目の17㎜のレンズです。解像度は、発売当時のMFTのレンズのレコードを更新しています。ボケは大変きれいですが、1、2段絞ると、他のレンズとの差がなくなります。問題は、2018年以前のレンズは、日本製でしたが、このレンズはベトナム製だということです。



ジム・ロジャーズ氏は、この点を問題にしています。日本企業は、工場を海外に移転して、製造コストを下げている。しかし、海外工場と日本工場の品質は異なる。海外生産の工業製品に対して、日本ブランドだからという理由で高いお金を払う人は減るはずだといいます。

 

OMDSはレンズ生産をベトナムに移転しました。それにもかかわらず、日本製のレンズと同じ値付けをしています。

 

ジム・ロジャーズ氏は、これは、顧客離れを起こすといいます。

 

(6)は、中国製レンズです。

 

テストチャートの撮影比較や、等倍に拡大すれば、日本製に比べて、弱点はあります。しかし、普通に撮影している範囲では、明らかに差がわかることはありません。

 

市川泰憲氏は、次のように書いています。

操作感が良好で、良く写るのは当然のこととして、とにかく価格が安いのです。それも光学ガラスには高屈折率低分散ガラス、非球面レンズまで使い、さらに白梨地仕上げの金属製となれば、昨今の各社最新レンズのうたい文句と変わる部分はありません。もちろんAFに非連動という問題は残りますが、最近はマニュアルでのピント合わせも気にならないという若者世代もいるので、話は難しいです。操作上のマニュアルフォーカスは致し方ないとして、画質はこれといって不満はないのです。

 

中華レンズの設計には、退職した日本人のエンジニアも参加しています。

 

また、確認はとれていませんが、シグマがカメラメーカーのOEMのレンズを製造しているように、中国企業が、日本のカメラメーカーのレンズをOEM生産しているという噂もあります。

 

現時点で、中国企業が、日本のカメラメーカーのレンズをOEM生産していなくとも、将来の経営の選択肢としては、中国企業OEM生産のレンズは、あり得ます。

 

しかし、その場合の日本メーカーのレンズの適正な値付けは、中国企業とほぼ同じになるはずです。

 

市川泰憲氏の解説は、2021年でした。2024年現在では、オートフォーカスの中国製レンズも登場しています。MFとの価格差は、1万円未満です。つまり、「操作上のマニュアルフォーカスは致し方ない」は、次第に解消されてきています。

 

2024年現在の日本のカメラメーカーは、高性能高価格なレンズを中心に、製造販売しています。しかし、オーバースペックに対して、顧客が、対価を払って購入するかは不明です。

 

高価なオーバースペックで日本企業が撤退した例には、半導体、ディスプレイのバックライトなどがあります。

 

ハイレゾオーディオは、人間の耳が聞き分けられないオーバースペックなので、売れると考えることには無理があります。

 

レンズの市場は特殊です。

 

一般に、同時に使うカメラは2台までです。同じ画角のレンズは1本あれば足ります。

 

150千円のM.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PROが、45千円のM.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8の3倍性能が良い訳ではありません。

レンズの製造コストの最大部分は、設計費と言われています。

 

高い値付けをすれば、それだけ売れるレンズの本数は減ります。

 

仮に、M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PROを100千円で売れば、1本当たりの利益は減りますが、販売本数は増えます。

 

日本製レンズは、10年に1回程度の設計見直し(改良)ですが、中国製レンズでは、隔年に、設計見直し(改良)をしている場合もあります。

 

ネットのレンズの情報は、利害関係者の発信が多いので、日本では、高いレンズは性能が良いという公式見解が通っています。

 

しかし、同じ画角のレンズは1本あれば足りるので、(6)のような安価で性能のよいレンズが出て来ると、同じ画角のレンズのマーケットは小さくなってしまいます。

 

つまり、販売戦略の見直しが必要になります。

 

2021年に、市川泰憲氏は次のようにも書いています。

あるレンズ専業メーカーの役員を務めた方と話していたら、写真レンズだからまだ大丈夫な感じがしますが、工業用のセキュリティー分野のレンズは、かつては日本が圧倒的なシェアを持っていたのに、わずか4年ほどの間に中国企業に席巻されてしまったのが今だというのです。セキュリティー用レンズに対して、写真用は規模が小さいからビジネスとしてはうま味が少ないから参入はほどほどではないだろうか、それだけに写真用のレンズ分野に参入するためにはそれなりの志が必要だというのです。

<< 引用用文献

超廉価なTTArtisanレンズ3本セットを使ってみました 2021/10/29 写真にこだわる  市川泰憲

https://ilovephoto.hatenablog.com/entry/2021/10/29/230637

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中国製レンズが、「光学ガラスには高屈折率低分散ガラス、非球面レンズまで使」うことができる背景には、工業用のセキュリティー分野のレンズを持っていることがあります。

 

高屈折率低分散ガラスと非球面レンズの製造原価は、中国の方が安いと思われます。

 

日本のカメラメーカーはどのような経営戦略をとるべきでしょうか。

 

白物家電の失敗の焼きなおしにならない方法を考えてください。