アブダクションとデザイン思考(8)TINAの課題(2023/12/19改訂版)

(TINAは、経済政策のデザインに必須の概念です)

 

1)TINA

 

「市場に代替する仕組みは存在しない(There is No Alternative to Market、TINA)」はサッチャーの有名な言葉です。

 

自動車は、ハンドルから手を離してもアクセルをふめば、ハンドルは直進に戻るように作られています。

 

この機能があるおかげで、自動車のハンドル操作では、常に、直進からのズレだけを気にすれば済みます。

 

TINAは、市場には、需給バランスの均衡に戻る力が働くことを意味しています。

 

市場の機能があれば、経済政策は、市場に少しだけ補正をかける点だけを配慮すれば、あとは、市場が自動運転してくれます。

 

市場を破壊してしまうと、需給バランスの均衡に戻る力がなくなってしまいます。

 

そうなると、経済は制御不可能になってしまいます。

 

経済政策は、デザイン思考で、作成します。

 

そのデザインの難易度は、市場の自律機能がある場合と、市場経済が機能していない場合で、全く異なります。

 

市場経済が機能しなくなると、すべての事項を設計書に書きこんで、制御しなくてはならなくなります。

 

独裁政治であれば、権威者が、部下を集めて、分担設計させた膨大な設計図を作って、それを使うことも可能です。

 

しかし、民主主義では、設計図は、議会で承認される必要があります。

 

議会で承認できる内容はエッセンスだけです。

 

つまり、民主主義では、市場経済の自立性を無視した設計では、経済の制御が不可能になります。

 

2)市場への介入と利害関係者

 

TINAは、市場経済では、公平な競争が発生して、技術進歩(生産性の向上)が起こると考えます。

 

健全な市場がなく公平な競争が発生しない場合には、技術開発に投資をしても、投資を回収できない可能性があります。

 

例えば、コストを10%削減する技術開発をしても、競合企業が、コストの20%相当の補助金をもらえば、価格競争に負けてしまいます。

 

こうした場合には、技術開発にコストをかけるよりも、補助金申請の条件を満たす努力をするか、政治家を通じて、補助金をもらえるように画策する方が合理的な行動になります。

 

受験生で言えば、献金で裏口合格できるのであれば、受験勉強はしないといった例になります。

 

もちろん、技術開発を怠れば、企業は、補助金とは関係のない国際競争力を失い、中期的には、株主利益を損ないます。つまり、経営者が株主利益に反する経営をするリスクがあります。

 

TINAは、このような問題を回避する方法です。

 

健全な市場を実現するためには、利害関係者が市場に介入しないように、市場の監視人からは、利害関係者を排除します。

 

 藤井聡氏は、パーティ券の裏金問題に関連して、「企業を優遇して、技術開発を促す政策は、外国では減税が主体で、補助金が主体なのは日本だけである」(筆者要約)といいます。

<< 引用文献

自民党「裏金問題」の本質は「未記載」ではない…!企業との癒着による政権与党の「腐敗」その追及は国民の責務である 2023/12/19 現代ビジネス 藤井 聡

https://gendai.media/articles/-/121045

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TINAの基準に基づけば、特定の企業を選別して、補助金を配布する方法は、自由な競争を阻害して技術開発を停滞させます。

 

一方、一律におこなわれる減税では、そのような問題は発生しません。

 

TINAの基準は、市場を通じて、できるだけ公平な競争を実現することですから、違法が合法かは問題ではありません。

公平な競争の実現を妨げるリスクは、出来る限り排除する方針です。

 

これは、合法であっても、利害関係者の関与を排除するルールです。

 

スウェーデンでは、政治の個人献金は電子決済サービスで行い、すべての明細が公表されます。政治家は、給与・ローンも公開され、贈収賄は極めて難しくなっています。

 

<< 引用文献

政治資金の透明性確保 スウェーデンの不正対策/政治資金の透明化に向け 現状の課題と効果的方法 2023/12/14 テレビ朝日 大下容子ワイド!スクランブル

https://datazoo.jp/n/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E8%B3%87%E9%87%91%E3%81%AE%E9%80%8F%E6%98%8E%E6%80%A7%E7%A2%BA%E4%BF%9D+%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%B8%8D%E6%AD%A3%E5%AF%BE%E7%AD%96-%E6%94%BF%E6%B2%BB%E8%B3%87%E9%87%91%E3%81%AE%E9%80%8F%E6%98%8E%E5%8C%96%E3%81%AB%E5%90%91%E3%81%91+%E7%8F%BE%E7%8A%B6%E3%81%AE%E8%AA%B2%E9%A1%8C%E3%81%A8%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E7%9A%84%E6%96%B9%E6%B3%95/21978932

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スウェーデンなどの先進事例(前例)を紹介する専門家は多くいますが、そのノウハウを使って、日本のあるべき制度設計の提案をするデザイン思考ができる専門家は極めて少ないです。

 

スウェーデンの方法が、日本でもそのまま活用できるのか、日本に合わせて設計するのであれば、どこを変えるべきかを論じて欲しいと思います。

 

3)市場はあるか

 

政府は、来年4月から一部地域で タクシー会社が運行管理前提でライドシェアを解禁する計画です。

 

タクシーの運転手やトラックの運転手がたりない原因は、労働市場を無視しているからです。

 

賃金が安いので、誰も、運転手になりません。

 

アメリカでは、労働市場があるので、トラック運転手の年収は1000万円を越えます。

 

日本の3倍くらいです。

 

製薬が不足し、大工が不足する原因も市場経済を無視しているからです。

 

製薬不足に対しては、薬価を1つずつ決めています。

 

しかし、市場経済であれば、不足の割合に応じて薬価は自動的に変動します。

 

不足の割合の高い薬ほど、価格上昇が大きいので、製薬会社は、優先して増産します。

 

薬価を1つずつ決めていく方式では、こうした制御はできません。

 

価格が変動しないと、製薬会社は、どの薬が、一番不足しているかという情報を得ることができません。

 

ライドシェアが有効に機能する原因は、市場原理にあります。

 

市場原理のなくなったライドシェアには、運転手不足の解消機能はありません。

 

幼児教育から大学まで進む「無償化」が進んでいます。

 

教育は公共財なので、公的負担が原則です。

 

この点では、授業料の無償化には、合理性があります。

 

しかし、最近では、無償化の対象を、学校納付金(入学金、PTA会費、寄附金など)、修学旅行費、図書・学用品、ランドセル、制服代などにまで広げている自治体もあります。

 

親が貧困で、これらの費用を賄えない場合があります。

 

その場合の解決法は2つあります。

 

1つは、授業料以外に、これらの費用も、無償化する方法です。

 

もうひとつは、最低賃金を上げる方法です。

 

TINAは、後者になります。

 

授業料以外の費用を無償化するには、膨大な間接経費がかかります。

 

その費用を節約できる点で、最低賃金を上げる方法の方が経済性が優れています。

 

そもそも、授業料以外の費用の支払いに困難な貧困世帯がふえた原因は、可処分所得の減少にあります。

 

因果モデルで考えれば、対策は、問題発生の原因を取り除くことです。

 

最低賃金をあげても、授業料以外の費用の支払いに困難な貧困世帯はゼロにはなりません。

その場合には、例外的に、授業料以外の費用の支払いの補助をすべきでしょう。

 

賃金をあげずに、授業料以外の費用の支払いなどの支出を増やせば、働いている人の税負担が増えます。働くと、損をしている気分になります。

 

TINAは、市場経済で問題解決が可能な部分は、できるだけ、市場原理を使うべきという主張です。

 

市場を追放してしまえば、働く気力がなくなってしまいます。

 

働いても、働かなくても同じ収入が得られるのであれば、努力するのは、馬鹿げていると宣伝していることになってしまいます。

 

これも、社会主義が経済発展しない原因のひとつです。

 

湯之上隆氏は、日本の半導体エンジニアは海外に行けば、給与は10倍になるといいます。

<< 引用文献
日本の半導体産業の凋落の原因と対策メモ  2021/06/21 衆議院科学技術特別委員会 湯之上隆
https://earthgenic.net/2021/06/02/semicon/
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能力があって働けば、高収入が得られ、税負担も軽ければ、高度人材は、海外に移住するか、ネットで、海外の仕事を請け負うようになります。

 

これが、日本の現状です。