SDGsと労働市場(20231207改訂版)

(人権問題のSDGsを考えます)

 

1)持続可能性

 

SDGsは、持続可能性を問題にしています。

 

SDGsは、環境問題に限定される概念ではありません。

 

SDGsは、人権問題も取扱います。

 

人権問題の持続可能性とは何でしょうか。

 

労働には、機械との代替性があります。

 

どこまで、代替性があるかについては、議論がありますが、機械は人間の労働を分析して模倣しますので、時間が経過すると、代替性のない部分が減少していきます。

 

AIも、人間の頭脳労働を分析して模倣しますので、時間が経過すると、AIと代替性のない頭脳労働は減少していきます。

 

現状を見て、AIが人間に追いつくか否かという議論は不毛です。

 

同様に、人間独自の頭脳労働があるという主張も不毛です。

 

IT技術者は、このような不毛な議論に参加することはありません。

 

問題は、IT技術者は、何をすべきかという点に集約されます。

 

さて、話を戻します。

 

労働の機械代替性の典型例は、家畜で見られます。

 

馬車は自動車に、入れ替わりました。

 

伝書バトは、Eメールに入れ替わりました。

 

その結果、伝書バトはいなくなりました。

 

生物の倫理を問題にする人もいますが、人間の倫理より、家畜の倫理を優先にする人は少ないと思われます。

 

伝書バトはいなくなりましたので、伝書バトの生息は、持続可能ではありませんでした。

 

一方、人間の生存が持続可能でなければ、これは、大きな人権問題になります。

 

機械化によって、工場労働者が、機械に置き換わったときには、失業者が出て、ラッダイト運動が起こりました。

 

機械化によって、生産性があがるので、社会全体は豊かになります。

 

問題は、生産性の向上によって得られた利益を、どのように社会的に再配分するかということと、失業した工場労働者の新しい仕事(持続性)です。

 

生産性の向上が小さい場合には、社会的再配分はおこりません。これが、ひとり当たりGDPの低い発展途上国で起こっている現状です。

 

労働者の生存は持続可能ではなくなり、平均寿命が短くなります。

 

人権問題のSDGsは端的に言えば、平均寿命の問題です。

 

生産性の向上が大きくなると、社会的再配分がおこります。

 

これは、治安の改善、労働者のスキルなどが上がる経済効果が、社会的再配分を上回るためと説明できます。

 

あるいは、経済発展は、お金が回ることで、起こります。

 

労働者の収入が増えると、ものが売れるので、さらに、経済が発展します。

 

これは、フォードが考えた経済モデルで、ある程度は実証されています。

 

このような経済発展は、内需中心の経済と呼ばれます。

 

労働者に無制限に給与を払う経営者はいませんが、逆に、労働者の賃金を極端に抑えるとお金が回らなくなり、経済が停滞します。

 

典型は北朝鮮で、SDGsに疑問がつきます。

 

最適な配分率は、経済モデルの上では、計算で求められます。

 

2)労働市場

 

真偽の程は確認できませんが、特定の国や、地域で強制労働で生産された原材料が輸出されているとして、人権団体が問題にしています。

 

これは、経済学で見れば、労働市場の外で、労働力が供給されていることになります。

 

特定の産業に対する補助金の必要性を議論する人がいます。

 

たとえば、アメリカでは、半導体工場の建設に補助金を出したので、日本でも出すべきだといった議論です。

 

これは、前例主義の間違った推論です。前提となる社会経済条件の違いを無視して、同様の補助金をつけても成功は出来ません。

 

日本でも、産業補助金は有効かも知れませんが、それは、独自のデザイン思考に基づいて検討される必要があります。前例主義は因果モデルで否定された間違った推論です。

 

特定の産業に対する助成金には、財源が必要なので、特定の産業に対する補助金の影響は限定的です。

 

労働市場の外の労働力には、財源は不要です。

 

例えば、強制労働をさせるためには、財源は不要です。

 

労働を強制させるために、銃をもった私兵を雇うかも知れませんが、コストは小さく、無視できます。

 

国内のメーカーが、アンダーシャツを1枚1000円で販売していたと仮定します。

 

強制労働で作ったシャツが、輸入されて1枚500円で販売されたと仮定します。

 

輸入当初、2種類のシャツには、品質の違いがありますが、時間がたって、品質改善をすれば、差は縮まります。

 

そうなると、国内のメーカーは、アンダーシャツの価格を1枚500円にしなければ、売れなくなります。労賃以外の条件が同じであれば、これは、国内のメーカーが労働者の賃金を、強制労働と同じレベルにまで下げなければ、成り立たないことを意味します。

 

つまり、労働市場が不完全な国からの製品輸入は、失業輸入になります。

 

この問題に対応するために、WTOがあります。

 

不正行為に対して、もっとも、コストをかけている機関は、IAEAです。

 

これに比べ、WTOは、小さい費用しかかけられませんので、チェック機能は実際には、機能しません。

 

ITを使ったモニタリングとトレーサビリティを使えば、改善は可能ですが、時間と費用がかかります。

 

結局、労働市場のない国から製品を輸入すると、失業輸入になってしまいます。

 

この点で、WTOは限界に達しています。

 

自由貿易は、世界的な労働市場があり、輸送費が無視できれば、世界中の賃金が、同一労働同一賃金になり、世界が、トータルで豊かになる計算です。

 

輸送費が無視できる高度人材については、世界的な労働市場が形成されつつあります。

 

一方、中級以下の人材の労働市場問題を抱えています。

 

内戦などで、労働市場が破壊されると、短期間の膨大な数の移民が生じて、受け入れが困難になります。

 

労働市場の取引は、商品市場に比べると複雑で時間がかかります。

 

受入国の言葉ができない移民はそのままでは、労働市場に組み込めませんので、外国語教育をします。外国語の教育に失敗すると、収入が得られなくなるので、生活保護が必要になります。

 

EUの移民の受け入れ制限や、アメリカの国内工場生産への回帰は、労働市場については、国際分業論が簡単にはあてはまらないことに対する軌道修正になっています。

 

EUや、アメリカが自由貿易主義を放棄したか否かは不明ですが、今までのような急速な自由化では、労働市場が機能しない場合が多いことがわかって、対応をしている状況と思われます。

 

3)周庭(アグネス・チョウ)の無事

 

西谷 格氏は、周庭氏の近況について、次の様に述べています。(筆者要約)

「香港の民主の女神」と呼ばれた周庭(アグネス・チョウ)さんの無事が確認され、現在はカナダに留学していることが分かった。

 

中国製品は私たちの生活に深く浸透していて、もはや中国なしでは衣食住が成り立たないほどである。日本経済は多かれ少なかれ「中国依存」をしている状態だ。チャイナ・フリーの生活なんて、金持ちにしかできない。

 

中国依存によって生じる「経済的利益」と「香港の民主」を天秤にかけた結果、日本も欧米も、前者を選んだ。そういう判断を下したのは、私であり、あなたである。

 

2014年に香港で民主化運動「雨傘革命」が発生した際、私は当時17歳だった周庭さんに日本人記者として初めてインタビューをした。この10年の間に起きた香港の激変を見ると、中国という巨大な国家権力の前では、強固な信念も崇高な理念も不撓不屈の精神も、まったく無力だった。

 

彼女は恐らくもう二度と香港の土を踏むことなく、事実上の亡命宣言をした。代償は、あまりにも大きい。



自分たちの生活を犠牲にしてまで、よその土地の民主主義を守ることなどできない。世界の人々がそう思うのはまったく無理からぬことだし、中国はそれを見越して香港に対し無法な強権を振るうことに成功した。Stand with Hong Kongを貫けず香港を見捨てたことを、私たちはいつか後悔するかもしれない。

 

ここには、日本の労働市場に対する不利益の視点はありません。

 

中国に労働市場がなければ、日本の労働者の賃金は、国際競争上は、中国の労働者の賃金レベルまで下がります。それが、「チャイナ・フリーの生活なんて、金持ちにしかできない」状況の意味です。

 

中国では、大躍進と文化大革命で、大勢の人が餓死しました。

 

人権無視をして低賃金で働かされた中国の労働者がいるとすれば、老後に十分な年金が支払われるとは思えません。恐らく、今後、中国の労働者の多くが高齢化すれば、大躍進や文化大革命に近い情況が待っています。

 

日本の労働者の賃金も、中国並みに下がっています。

 

その場合には、日本の高齢者の生活を、中国並みに、切りつめるか、社会保障でカバーするかの2択になります。

 

後者の選択をするくらいなら、現役で働いている時代の賃金をあげるべきです。

 

低賃金で働いて、企業の利益が増えて、株価が上がれば、課税によって、社会保障の費用を株主から徴収することができます。

 

しかし、この方法は、低賃金の労働者にとっても、費用を徴収される株主にとっても、面白くありません。また、中間マージンが大きいので、非効率です。

 

中国のSDGs問題は、それができない原因を作っています。

 

4)まとめ

 

「特定の国や、地域で強制労働で生産された原材料を輸入」している場合には、強制労働で働かされる人の人権問題があります。

 

しかし、問題はそれに止まらず、輸入国の労働者を失業させたり、賃金を押し下げている可能性があります。

 

会社には、窓際族と呼ばれる働かないおじさんがいる場合があります。

 

この働かない人の給与は、働いている人が払っています。

 

その結果、所得移転が起こり、働いている人の給与は下がってしまいます。

 

これは、現在、働いている人が、将来働けなくなる可能性もあるので、お互い様だという主張もあります。

 

しかし、現在働いている人(本人)が、将来、仕事がなくなった場合には、給与や雇用の確保は不要であるから、所得移転には、反対であるという意思表示もできます。

 

失業保険の目的は、将来、仕事がなくなった場合に、転職先をみつける間の繋ぎ資金です。

 

失業保険に入っていれば、最低限の保証はありますし、所得移転分は、将来の失業の可能性を考えて、貯蓄または、株式運用する計画を立てることもできます。

 

このような場合には、本人の承諾なしに、働かないおじさんに所得移転をすることは、財産権の侵害にあたり、人権侵害にあたる可能性があります。

 

もちろん、本人が、所得移転に合意している場合には、問題はありませんが、意思確認をしないで、強制的に所得移転することには、問題があります。

 

極端な話、本人が、歳をとって、働けないおじさんになった頃には、会社が倒産してなくなっている可能性があります。そのリスクを考えれば、「所得移転に合意」する判断には、合理性がありません。

 

労働市場の問題は、現在の資本主義をゆるがす根幹問題なのです。

 

引用文献

 

周庭(アグネス・チョウ)の無事を喜ぶ資格など私たちにあるのだろうか? 2023/12/04 Newsweek 西谷 格

https://www.newsweekjapan.jp/nishitani/2023/12/post-8.php