アブダクションとデザイン思考(7)経営の設計図

(企業経営でも、デザイン思考は重要です)

 

1)経営の設計図と設計思想

 

デザイン思考は設計図を作ります。

 

この設計図は、物質としてのモノに限りません。

 

制度設計も、デザインです。

 

組織の設計もデザインです。

 

ジョブ型雇用では、ジョブディスクリプションを作ります。

これは、上位のデザインのパーツになっているはずです。

 

つまり、ジョブ型雇用をするためには、デザイン思考で、経営の設計図が書けることが前提にあります。

 

2)実績か、設計図か

 

成果主義で、実績を重視する人もいます。

 

しかし、これには、問題があります。

 

企業の幹部の場合、売り上げや利益は、成果ではありません。

 

どんなに優秀な経営者であっても、リーマンショックの後や、パンデミックの時に、業績を伸ばすことは困難です。

 

一方は、景気が良くて、さしたる努力をせずに、業績が伸ばせるような時期もあります。

 

このような変動を考えれば、売り上げや利益を、成果と考えるよりも、経営の設計図を成果と考える方が合理的です。

 

合理的な設計図を作成して、長期にわたって、計画的に、設計図に従った経営を進める力が実力です。

 

もちろん、経営環境は変化しますので、必要であれば、設計を随時見直すことになります。

 

どんなに優秀な学生でも。大学受験で不合格になる可能性があります。

 

未来に何が起こるかは誰も予言できません。

 

一方では、難関大学に合格する確率を高めることは可能です。

 

難関大学に合格する学生は、中学1年の時から、大学受験対策をしています。

 

つまり、大学受験の6年前から、目標を決めて、計画をたてて準備しています。

 

ここには、大学受験対策の設計図があり、設計図に従って、学習を進めます。

 

逆に、成績の悪い学生ほど、計画(設計図)がなく、受験の準備をしていません。

 

アンジェラ・ダックワース 氏は、人生の成功は、「やり抜く力 GRIT(グリット)」で決まると主張しています。

 

これは、デザイン思考で言えば、設計図をつくって、それに、従って、準備することに対応します。

 

設計図は、時間的に余裕のあるときに、作成して、長期に渡って、遂行する必要があります。

 

この逆をいっているのが、政府の少子化対策です。

 

少子化が起こることは、30年以上前から、予測されていました。

 

30年間、対策の設計図を作らず、2023年になっても、設計図のない対策をしています。

 

これは、政府には、デザイン思考ができる人材がいないことを示しています。

 

筆者には、個別の少子化対策の政策の是非よりも、デザイン思考ができる人材がいないことの方が深刻な問題に見えます。

 

3)ビジネススクールのカリキュラム

 

ビジネススクールのカリキュラムは、ケーススタディではなく、ケースメソッドです。

 

ケーススタディは、過去の成功、あるいは、失敗した企業のデータを使って学習します。

 

これは、帰納法であり、該当する企業が、成功、あるいは、失敗したという結果のデータがあります。

 

ケースメソッドは、現在問題になっている企業経営をとりあげて、経営の設計図をつくります。場合によっては、学生の間で、コンペをします。

 

ここには、参照できる結果はありません。

 

しかし、設計図を詳しく見れば、改善すべき問題点が見つかります。

 

設計を学ぶには、設計図を書いて、改善するしか方法がありません。

 

唯一の正解はありませんが、比較すれば、より良い解答(設計図)があります。

 

科学は、仮説と検証で出来ています。

 

科学は複数の仮説を比較して、検証の結果を参考にして、仮説を更新します。

 

つまり、ケースメソッドは、科学の方法に対応しています。

 

アメリカでは、難関ビジネススクールの卒業生は、短期間で、企業幹部になります。

 

これは、経営の設計図をかく能力が評価されているためです。

 

4)キッシンジャーと人文科学

 

キッシンジャーは、世界秩序の設計図を作成して、設計図にしたがって、新しい世界のパワーバランスを構築しました。

これは、デザイン思考です。

 

この能力を鍛えるには、ケースメソッドが必要です。

 

ウクライナ戦争で、その道の専門家がマスコミにでてきますが、発言は、ケーススタディばかりで、デザイン思考で、問題解決の方法を提案する人は皆無です。

 

2023年12月時点で、ウクライナでは、戦闘員と武器の調達に、支障が生じています。



エマニュエル・トッド氏は、「米国が十分な武器や弾薬を物理的にウクライナ軍に提供できないことが明らかになった」といいます。

 

<< 引用文献

勝敗はすでに決しているのに、空約束の軍事支援で、米国はウクライナに戦争継続を強いている E・トッド氏インタビュー 2023/11/09 文芸春秋

https://bunshun.jp/articles/-/66859

>>

 

これは、デザイン思考です。戦争を行なうための材料である武器や弾薬がなければ、戦争というシステムは維持できません。

 

デザイン思考ができない学問は、問題解決の役にはたたないのではないでしょうか。



5)化学メーカーの経営設計

 

日本の大手化学メーカーは、三井化学住友化学旭化成三菱ケミカルGの4社です。



三菱ケミカルGの社長は、2021年4月からベルギー出身でロケット社CEOのジョンマーク・ギルソン氏です。

ギルソン氏は、サステナビリティの視点の経営を重視しています。化学産業は高付加価値化が課題ですが、ウェルビーイング(健康、栄養など)、コネクティビティ(通信、デジタルなど)、サステナビリティをキーワードに顧客に最高の価値を提供できる企業を目指しています。石油化学関連の分野は利益が出ていますが、この経営方針に合わないとして、売却する方向で経営を進めています。

 

シェルのような石油メーカーは、CO2問題で、今度、大きな賠償を求める裁判を起こされるリスクがあります。

 

ギルソン氏は、そのようなリスクをとってまで、石油化学部部門を抱えるメリットはないと判断したと思われます。

 

一方、住友化学の汎用的な石油化学製品を中心とするエッセンシャルケミカルズ事業は、上記が444億円の赤字で、通期予想を従来の70億円の赤字から750億円の赤字に引き下げています。

 

上期実績と通期予想ともに最終赤字額は過去最悪です。岩田圭一社長は11月1日の決算会見で「創業以来の危機的状況であると重く受け止めている」と述べ、自身と十倉会長の役員報酬を一部返上することを明らかにしています。

 

<< 引用文献

住友化学の最悪決算招いた経団連会長の経営判断 2023/11/15 東洋経済

https://toyokeizai.net/articles/-/714873

>>

 

こうした場合、売り上げや利益の実績を議論することには、さしたる価値はないと考えます。

 

デザイン思考に基づけば、三井化学住友化学旭化成三菱ケミカルGの4社の経営の設計図を比べて、点検すべきです。

 

三菱ケミカルGは、石油化学製品を切り離しにかかっていますが、住友化学は、石油化学製品を中心に抱えていますので、経営の設計図は、大きく異なります。

 

「創業以来の危機的状況」であっても、設計図に出口戦略が描かれていれば、問題は深くありません。しかし、そうでない場合には、問題は深刻になります。

 

将来に何が起こるかはわかりませんので、将来の状況に応じた複数のシナリオに対応する複数の設計図を事前に準備しておく方法もあります。