1)成果主義の失敗
ジョブ型雇用は、成果主義です。
この「成果とは何か」が課題です。
溝上憲文氏は、次のように言っています。
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キヤノンは2001年に現在のジョブ型の原型ともいえる賃金制度を導入し、諸手当だけではなく、定期昇給制度廃止も打ち出した。他の企業で、定昇抑制や廃止の動きも加速した。
ただし、成果主義ブームといっても、何をもって成果するのかという定義や評価基準の不明確さが露呈。評価する上司のやり方の稚拙さもあいまって現場が混乱し、相次いで成果主義の修正が発生し、当時は“成果主義”の失敗と呼ばれた。それでも「能力給」は残ったが、一度廃止した年齢給や定昇が復活することは少なかった。
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<< 引用文献
「竹中平蔵氏のせいなのか」ボーナスも退職金もダダ下がり…正社員の待遇悪化"真の黒幕" 2022/02/16 President 溝上 憲文
https://president.jp/articles/-/54703?page=1
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「何をもって成果するのかという定義や評価基準の不明確さが露呈」が、問題点です。
一方、欧米では、成果主義のジョブ型雇用が一般的で、「何をもって成果するのかという定義や評価基準の不明確さ」が問題になることはありません。
これは、前例として、欧米の成果主義をコピーしてみたけれど、日本では、まともに、機能しなかったことを意味します。
「前例主義で、先行事例の形式をコピーしても、機能はコピーできない」とまとめることができます。
ここで、アブダプションを使えば、「機能をコピーするには、どうしたらよいか」、あるいは、「機能(結果)を実現するために必要な要素(原因)は何か」という設問が導かれます。
あるいは、デザイン思考であれば、「機能を実現するシステムの設計は何か」という設問が導かれます。
ところが、日本企業の幹部は、前例主義(帰納法)でしか推論ができないので、溝上憲文氏がいう「現場が混乱し、相次いで成果主義の修正が発生し、当時は“成果主義”の失敗」が生じます。
日本企業の幹部は、デザイン思考ができないことが、経営上の大問題であるという自覚意識がありません。
2)ジョブ型雇用とデザイン思考
ジョブ型雇用の給与評価は、能力と成果です。
能力は、学歴や資格で評価されます。過去の成果は、能力の一部を反映していますが、技術革新の速度の早い分野では、過去の成果の賞味期限は、5年程度でしょう。
成果を売り上げのようなアウトカムズにおけば、能力は評価されません。
成果を売り上げのようなアウトカムズにおくと、企業経営は傾きます。
その理由は、中長期的なビジョンが評価されず、短期的に成果の出るコストカットなどに経営が集中してしまうからです。
ここで、デザイン思考を考えます。
デザイン思考は、設計図をつくる思考です。
デザイン思考を取り入れた場合、ジョブ型雇用の給与評価は次になります。
(V1)学歴・資格・転職前のポストなどで評価される能力
(V2)デザイン思考能力(設計図)の評価
(V3)売り上げなどのアウトカムズの評価
半導体の専門家の湯之上隆氏は、日本の半導体が凋落した原因を、次のように説明しています。
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日本人と欧米人の発想と行動様式の違い
日本人と欧米人の装置開発などの差を論じてきた。ここには、日本人と欧米人の発想や行動様式の違いが大きく関係していると考えられる。
まず、欧米人は、理論が先にある。そして、開発初期に徹底的に議論を尽くして方針を一本化する。その上で、規格、ルール、ストーリー、ロジックをつくる。逆の言い方をすると、欧米人の技術者は手先が不器用で実験が下手である(というより技術者は一切実験をせず、テクニシャンと呼ばれる職種に任せる文化がある)。
一方、日本人の技術者は、優れた感覚と経験を基に、直感的に手を動かして実験を行う。また、決められた枠組みの中で最適化することを非常に得意としている。しかし、規格やルールを作るのは苦手である。
このように、日本人と欧米人では、発想や行動様式がまったく異なる。それが、装置などのシェアの高低につながっていると推測できる。
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<< 引用文献
半導体製造装置と材料、日本のシェアはなぜ高い? ~「日本人特有の気質」が生み出す競争力 2021/12/14 ET times 湯之上隆, 亀和田忠司
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2112/14/news034.html
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この中の「欧米人は、理論が先にある。そして、開発初期に徹底的に議論を尽くして方針を一本化する。その上で、規格、ルール、ストーリー、ロジックをつくる」は、デザイン思考そのものです。
「開発初期に徹底的に議論を尽くして」は、「(V2)デザイン思考能力(設計図)の評価
」に相当します。
つまり、日本企業の経営者が、科学的なデザイン思考をできなかったことが、日本の半導体が凋落した原因とみることができます。
3)半導体の事例
湯之上隆氏の説明で、半導体の経営の問題点を追跡して見ます。(筆者要約)
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半導体のシェア低下を食い止めようと、主として経産省が主導し、国家プロジェクト、コンソーシアム(共同企業体)、エルピーダやルネサスなどの合弁会社を設立したが、全て失敗した。
失敗の主たる原因は、診断の間違いにある。人は、病気の症状が出たら、病院に行って医師の診察を受ける。
日本の半導体産業も、各社のトップ、産業界、経産省、政府などが、病気の診断を行い、それに基づいて処方箋を作成し、実際に処方した。しかし、全て失敗した。その理由は、診断が間違っていて、その処方箋が的を射ていなかったからです。
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<< 引用文献
経産省が出てきた時点でアウト…日立の元技術者が「日本の半導体の凋落原因」として国会で陳述したこと 2023/05/15 President 湯之上隆
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「失敗の主たる原因は、診断の間違い」という指摘は、因果モデルの間違いです。
因果モデルの原因推定は、アブダプションになり、処方箋、治療デザインの設計図になります。
湯之上隆氏は、「診断の間違い」と指摘していますが、「各社のトップ、産業界、経産省、政府など」が、デザイン思考できたとは思えません。前例主義の帰納法で、良さそうな政策事例のコピーをしただけのように思われます。
湯之上隆氏は、「2021年現在、報酬が10倍違うため、現役の技術者や研究者は海外に出ていく。それに対する解はない」といっています。
<< 引用文献
日本の半導体産業の凋落の原因と対策メモ 2021/06/21 衆議院科学技術特別委員会 湯之上隆
https://earthgenic.net/2021/06/02/semicon/
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湯之上隆氏は、2023年9月に、「ラピダスが2nmを量産できない理由」を次のように説明しています。(筆者要約)
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ラピダスが2nmを量産できない理由
第1に、2nmの開発と量産に必要な優秀な技術者が500人と熟練の生産技術者が1,000人は、日本にいないので、ラピダスは集められない。
第2に、2nmの開発と量産に必要なオランダのASMLの最先端露光装置のEUVの導入するが
20224年末になるうえに、EUVを使いこなす人材がいない。
第3に、ファウンドリのラピダスに生産委託するファブレスが存在しない。ラピダスの標榜する「2027年生産の2nmのロジック半導体」は、どこからも、受託していない。
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<< 引用文献
日本が世界半導体産業ではたすべき役割とは 日本の製造装置のシェア低下が止まらない(後)2023/09/19 NetIB-News 湯之上隆
https://www.data-max.co.jp/article/66443
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筆者は、湯之上隆氏の指摘する個別の内容の正確さを判断できるだけの知識を待ちませんが、湯之上隆氏の指摘は、ラピダスの半導体製造に関する因果モデル(設計図)の欠陥に関する事項になっています。
これは、ラピダスのスタートにあたって、「理論が先にある。そして、開発初期に(開発デザインの設計図を、筆者注)徹底的に議論を尽くして方針を一本化する。その上で、規格、ルール、ストーリー、ロジックをつくる」ことができていないことを示しています。
つまり、科学的なデザイン思考がなされていません。
4)まとめ
デザイン思考を取り入れた場合、ジョブ型雇用の給与評価は次になりました。
(V1)学歴・資格・転職前のポストなどで評価される能力
(V2)デザイン思考能力(設計図)の評価
(V3)売り上げなどのアウトカムズの評価
「(V2)デザイン思考能力(設計図)の評価」をすれば、アウトカムズが出て来る前に、提案者の能力と成果としての設計図が評価できます。
成果主義で、「何をもって成果するのかという定義や評価基準の不明確さが露呈」したことは、日本企業には、デザイン思考のできる人間がいないことを示しています。
「開発初期に(開発デザインの設計図を、筆者注)徹底的に議論を尽くして方針を一本化する」プロセスは、成果としてのデザイン評価のプロセスです。
デザイン思考からみれば、「日本の半導体が凋落した原因」は、科学的なデザイン思考の欠如にあり、その原因は、科学教育(エンジニア教育)の失敗にあります。
設計図を楽譜に考えれば、モーツアルトもベートーベンも、先人の楽譜を参考にしながら、作曲のスキルを身につけました。そこでは、作曲のルールを理解する必要があります。しかし、膨大な先人の作曲した楽曲を暗記する必要はありません。
デザイン思考の教育トレーニングとは、このような学習方法になると思われます。