アブダクションとデザイン思考(3)成果と設計図

1)成果とは何か

 

年功型雇用の限界が見えてきて、ジョブ型雇用をする企業が増えています。

 

ジョブ型雇用は、成果主義に基づきます。

 

自動車のセールスマンであれば、毎月の販売台数が成果になります。

 

住宅のメーカーのセールスマンであれば、、毎月の新規建築契約戸数が成果になります。

 

プロ野球のバッターであれば、打率やホームランの数が、成果になります。

 

プロのテニスプレーヤーであれば、4大大会の優勝数や、世界ランキングが成果になります。

 

トレーダーであれば、運用実績(資産の増加率)が、成果になります。

 

このような世界では、何が成果であるかについての合意が出来ています。

 

成果の高い人は、高い所得を得ます。

 

一方では、成果の出ない人は、失業して、転職します。

 

ただし、成果の評価には、成果のバラツキとサンプリングバイアスが問題になります。

 

プロ野球のバッターの成績は、試合ごとに変動します。

 

シーズンが進めば、速報値が更新されますが、最終的な評価は、シーズン終了時の平均値です。

トレーダーであれば、景気のバラツキがありますので、評価は、2、3年の運用実績のバラツキをならした値で行なわれます。

 

とはいえ、膨大な損失を出してしまえば、トレーダーは、1日でクビになることもあります。

 

バラツキをならす評価期間は、速報値の成果の関数になっています。

 

サンプリングバイアスの補正は、統計学の基本ですが、一般には、支持されません。

 

サンプリングバイアスを考えれば、テニスの4大大会の優勝や、オリンピックの金メダルよりも、世界ランキングの方が選手の実力を反映しています。

 

この点、データサイエンティストは、サンプリングバイアスの大きなテニスの4大大会の優勝や、オリンピックの金メダルには、関心がありません。

 

マスコミは、テニスの4大大会の優勝や、オリンピックの金メダルの話ばかりをするので、あまりのリテラシー欠如に、データサイエンティストは、うんざりしていると思います。

 

このような報道は、フェイクニュースとは呼ばれないかも知れませんが、認知バイアスを増幅する報道です。

 

スポーツニュースを見ている人は、サンプリングバイアスを気にしないための洗脳を毎日うけています。

 

2)設計図

 

デザイン思考は、設計図をつくるための推論です。

 

デザイン思考の成果は設計図です。

 

建築を例に考えます。

 

成果としての建築物は、建物が建設されて始めて、この世の中に現れます。

 

建築家は、設計図を読むことができますが、一般の人(素人)は設計図をよむことができません。

 

素人には、建築家は、実体としての建築を作る人に見えます。

 

しかし、設計図の段階でも、建築の評価は可能です。

 

建築には、絶対的な正解はありませんが、良い建築と悪い建築の差は歴然としています。

 

部材の強度が足りなくて、小さな地震や台風で壊れてしまう建築は論外です。

 

自然換気の建物であれば、各部屋には、窓が少なくとも2以上なければ、換気がよく効きません。

 

建築家は、設計をみれば、実体の建築物がなくとも、建築の評価ができます。

 

これは、評価するためには、必ずしも実体(建築物)としての成果を必要としないことを意味します。

 

もちろん、手抜き施工で、設計図通り建設されない場合もあります。

 

鉄筋が設計図通りにはいっていなければ、建て直しになることもあります。

 

手抜き施工は問題ですが、設計図がなければ、手抜きであることも判定できません。

 

3)楽譜

 

作曲家の場合を考察します。

 

作曲家は楽譜を書きます。

 

実演のコストの大きなオーケストラやオペラのような楽譜では、楽譜が出版されても、実演されないことがあります。

 

実演の可能性が低ければ、楽譜が出版されないこともあります。

 

シューベルトには、生前は、演奏されなかった作品(楽譜)が多数あります。

 

今まで演奏されなかった作品には、価値(成果)がないとは判断されません。

 

ただし、作品(楽譜)の価値を評価するためには、楽譜の読める専門家が必要です。

 

4)科学

 

科学は、因果モデルの仮説を作って検証します。

 

アインシュタイン相対性理論(仮説)は、検証されるまでに、長い時間がかかりました。

 

検証されるまで、アインシュタイン相対性理論(仮説)が生き延びた理由は、物理学の専門家が、相対性理論という仮説(新しい物理学の設計図)を高く評価したからです。

 

科学では、仮説は検証されるまでは、正しいか、間違っているか、わからない状態にあると判断されます。

 

結果的には、アインシュタイン相対性理論は、検証されて、正しいと評価されました。

 

検証されて、正しいと評価されなかった仮説も多くあるはずですが、エーテル仮説などの種数の例外を除いて、その多くは歴史から消えてしまいます。

 

正しいか、間違っているか、わからない状態にあるアインシュタイン相対性理論は、どうして物理の専門家から評価されたのでしょうか。

 

アインシュタインは、相対性理論に至るまでに、幾つかの仮説をつくって捨てています。

 

これは、物理の専門家が仮説をつくる基本的なプロセス(デザイン思考)です。

 

デザイン思考をしている物理の専門家から見て、アインシュタイン相対性理論という設計図は、とても出来が良い(革新的で、かつ、成功する見込みが高い)と評価されたと考えられます。

 

このように、科学を構築するプロセスには、デザイン思考が欠かせません。

 

定評のある科学公式を暗記して、変数に値を代入して、結果の数値を得ることと、科学を構築するプロセスであるデザイン思考を学習することは全く異なります。

 

5)まとめ

 

デザイン思考の特徴は、設計図を例にして考えれば、容易に理解できます。

 

随分前から、ビジネスにおける戦略や課題解決に対して、「正解のない時代」 「答えのない時代」と言われてきました。

 

中央教育審議会(2016)は、次のように言っています。

 

いかに進化した人工知能でも、それが行っているのは与えられた目的の中での処理

であるが、人間は、感性を豊かに働かせながら、どのような未来を創っていくのか、ど

のように社会や人生をよりよいものにしていくのかという目的を自ら考え出すことが

できる。このために必要な力を成長の中で育んでいるのが、人間の学習である。(注1)

<< 引用文献 新しい学習指導要領の考え方

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2017/09/28/1396716_1.pdf

>>



しかし、ここには、科学的なデザイン思考の欠如が見られます。

 

「学習指導要領」は、本来望ましい学習の設計図になるはずです。

 

設計図を書く時には、幾つかの草稿をつくって、ブラッシュアップします。

 

建設期間と予算制約の前提があれば、その中で、優先順位をつけ、重要性のひくいパーツは、省略します。

 

設計図には、理念だけでなく、対象物を作り上げるための部品、方法、品質管理などが記載されています。

 

帰納法をつかえば、問題点の指摘はできます。

 

しかし、問題点を指摘しても、問題解決はできません。

 

デザイン思考は、因果モデルをつかって、問題点を解決する方法を検討します。

 

デザイン思考の優れている点は、設計図の段階で、評価ができる点にあります。

 

半導体がたりないので、税金を投入して、半導体を作ることは、問題解決方法の1つの提案です。

 

しかし、半導体が作れない原因が、高度人材の不足にあるのであれば、人材育成といった別の問題解決のための設計図を書くことになります。

 

デザイン思考は、こうした複数の設計を比べて評価して、もっとも優れている(説得力のある)デザインを採択するプロセスです。

 

デザイン思考の欠如は、経済や政治の低迷の原因になります。

 

注1:

 

「いかに進化した人工知能でも、それが行っているのは与えられた目的の中での処理」という表現は、科学的には、間違った表現になっています。

 

人工知能は目的を理解できません。

 

評価関数を設定するのは、人間です。

 

教育を、デザインするには、認知科学に基づく学習のモデルが必要です。