護送船団方式のコスト(9)人材とスキルの問題

9)人材とスキルの問題

 

9-1)人手不足と労働市場

 

運転手の不足、ホテルの従業員の不足、中小企業の労働者の不足が問題になっていますが、これは、労働市場の問題です。補助金で解決できる問題ではありません。

 

市場経済が成立して、労働市場があり、労働力が不足する場合には、賃金が上がり、DXによって生産性があがって、労働力不足は解消します。これは市場原理です。

 

市場原理を無視して、補助金で需給バランスを調整できると考えるのは、社会主義です。

 

とはいえ、市場原理は万能ではありません。需要と供給のバランスがとれるという均衡解には、タイムラグの要素が含まれません。

 

人手不足になっても、賃金があがったり、DXが進むまでには、タイムラグがあります。市場原理では、問題が解決されるまでには時間がかかります。

 

タイムラグの非常に大きな現象には、注意を払う必要があります。

 

大きなタイムラグが発生する原因には、スキルの習得に時間がかかることにあります。

 

つまり、スキルの習得に時間がかかる労働者を除けば、労働市場があれば、人出不足の問題は解決します。

 

労働市場があれば、スキルの習得に時間がかかる労働者の不足も緩和されます。たとえば、IT技術者には、高度人材の国際労働市場があります。とはいえ、この方法は、万能ではありません。それは、スキルの習得に時間がかかる労働者は長期的な教育によってしか充足できないからです。

 

一方、歴史を振り返っても、労働市場の問題を、計画経済で解決できたことは、ありません。

 

9-2)2段階のスキル

 

コンピュータのプログラミングを例に取り上げます。

 

プログラム言語は、毎年新しい言語が開発されています。

 

歴史のある言語も、毎年バージョンアップしています。

 

深層学習の基礎開発に多大な貢献したAI研究の第一人者のジェフリー・ヒントン氏は、プログラムコートを慣れたMATLABで書いています。

 

MATLAB言語は、恐らく、アルゴリズムをコードで書く場合には、最小の文字数で表現できます。有償であること、言語の拡張が自由にできないことから、最近では、以前ほど人気がありません。有償ですが、アカデミック・ディスカウントが大きいので、大学関係者はよく使います。

 

生成AIの標準開発言語は、phthonです。弟子が、MATLABのコードを見て、phthonに移植しています。

 

ヒントン氏の関心は、新しいアルゴリズムを考えることで、毎年変わるphthon言語の仕様の変更への対応は、弟子にまかせています。

 

ヒントン氏は、phthonを学んで、自分でコードを書くことができます。

 

しかし、ヒントン氏は、その時間があれば、新しいアルゴリズムを考えることに使いたいと考えています。

 

これから、コンピュータのプログラミングには、2種類のスキルがあることがわかります。

 

第1のスキルは、基礎スキルです。MATLABpythonといった個別のプログラム言語に依存しない共通的なスキルです。このスキルは、1,2のプログラム言語を習得することで得られます。たとえば、MATLABPythonの間に、表現は異なりますが、同じ内容を表わすコマンドがあります。MATLABを習得していれば、pythonにも、同じ機能のコマンドがあるはずだと予想します。プログラム言語は進化しているので、新機能については、この予想は外れますが、8割程度は使えるはずです。

 

第2のスキルは、応用スキルです。これは、最新のpython規約に従ったコーディングができるような能力です。残りの2割に相当します。

 

経済学では、経営スキルは1年で、30%が無効になるといわれています。0.7x0.7=0.49なので、スキルの半減期は2年になります。

 

この場合のスキルは、応用スキルを指していると思われます。

 

経営スキルにも、ストックとフローを理解するための微分方程式や、基本的な変数に関する基礎スキルがあり、それらの価値は時間が経っても減りません。

 

一方では、どの企業の業績がよいか、株価はいくらかと言った知識の価値は、半減期が短いです。

 

データサイエンスには、数学、プログラミング、統計などの基礎スキルがあります。これらを、習得するには、時間がかかります。世の中には、天才や秀才で、テキストをよめば習得できる人います。(注1)しかし、一般には、大学などで時間をかけた習得が必要です。

 

年功型雇用で、転勤を伴うローテーション人事を行う場合のスキルは、応用スキルです。

 

応用スキルの半減期は、2年です。転勤を伴うローテーション人事には、スキル習得の膨大な無駄があります。大企業では、転勤を伴うローテーション人事を維持するために、転勤費用を上乗せするところも出てきています。しかし、一方では、同じ企業が高給でIT人材を募集しています。IT人材を募集するのは、社内人材では、エンジニアの基礎スキルがクリアできなからです。

 

問題点を整理すれば、第1に必要なスキルは、基礎スキルです。応用スキルを学ぶために、転勤すれば、無駄が多く、企業は傾きます。なぜなら、応用スキルの半減期は、2年だからです。

 

なお、生成AIはプログラムコードを書きますが、これは応用スキルのレベルの問題であって、基礎スキルに必要性は変わりません。

 

9-3)2つのスキルとタイムラグ

 

再度、1959年のスノーの「2つの文化と科学革命」に戻ります。

 

スノーは、科学的文化(エンジニアリング)は、人文的文化では理解できないといいました。

 

これは、言い換えれば、人文的文化の基礎スキルと科学的文化(エンジニアリング)の基礎スキルが異なり、相互乗り入れはできないということです。

 

これは2つの文化の基礎スキルに共通性がないことを意味します。

 

IT技術(エンジニアリングの応用スキル)を学習するには、科学的文化(エンジニアリング)の基礎スキルが出来ていることが原則です。

 

ゆとり教育のカリキュラムを指導した人文的文化の著名人は、「自分は、2次方程式を使ったことがない。2次方程式は必要なスキルではない」と主張しました。

 

この主張は、人文的文化の基礎スキルについては、正しいかも知れませんが、科学的文化の基礎スキルについては明らかに間違いです。

 

文系の大学では、入学試験に、数学をかさないところもあります。分数の出来ない大学生でも、2次方程式が解けない大学生でも、人文的文化の基礎スキルには問題はないという判断です。

 

しかし、IT技術(エンジニアリングの応用スキル)の学習には、分数や確率計算、プログラミング(科学的文化の基礎スキル)は必須です。

 

日本の大学定員の65%は、文系であり、人文的文化のスキルを教育していますが、理系の科学的文化のスキルは35%にすぎません。

 

人文的文化の人は、人文的文化のスキルには価値があると主張します。場合によれば、科学的文化の価値は人文的文化のスキルより低いと主張します。

 

よい経営は哲学(形而上学)があればできるといった主張です。

 

書店の平棚や新聞の広告欄には経営哲学の本があふれています。

 

1900年代から航空業界は、再編が進み、航空会社の倒産と新規航空会社の社員募集によって、1世代で、パイロットとフライトアテンダントの給与は半分になりました。この世代交替を2回繰り返した結果、格安航空会社の平均給与は元の4分の1になりました。

 

JAL日本航空)の賃金は、格安航空会社の4倍、並みの航空会社の2倍になり、赤字が止まらなくなりました。

 

稲盛和夫氏が、JAL再生に乗り出します。

 

人文的文化では、稲盛和夫氏が、JAL再生に成功した原因は、「『心』を変え、同じ思いを共有した」経営哲学にあるといいます。

 

しかし、科学的文化で言えば、給与を半分にしたから経営がなりたっただけで、哲学は関係ありません。

 

「『心』を変え、同じ思いを共有」しなければ、JALは倒産したかも知れませんが、その場合には、第2JALを作って、半分の給与で職員を再募集すればよいだけです。

 

これは、アメリカの航空業界の再編で起こったことです。

 

看板がJALのままか、第2JALに変わっているかは、科学的文化では、問題になりません。

 

新聞などのマスコミは、多数派の65%の人文的文化の基礎スキルのある人を対象にしています。

 

マスコミの記事は、人文的文化(形而上学)になっています。

 

科学的文化で書かれた記事は、全体の10%以下になっています。

 

経済学の理解には、ストックとフローを表現する微分方程式の理解が不可欠です。

 

データサイエンスでは、数式だけでなく、実行可能な、サンプルコードを付けて、主張を明確にします。

 

水掛け論に時間をかけるより、実際に計算してみれば、結果がすぐに出ます。

 

論点を整理するには、視点を明確にする必要があります。

 

スノーとトッド氏は、国の経済発展を評価基準にすれば、エンジニアリング(科学的文化)が、人文的文化より、優位であると主張しました。

 

ブータンは、経済発展より、幸福度を優先しています。その結果、その価値観に賛同できない人の流出を起こしています。

 

日本は、ブータンにはなれないと思います。

 

パースは、「ブリーフの固定化法」で、経済発展より広範な問題を取り扱っています。

 

パースは、リアルワールドの問題を解決するためのブリーフの固定化では、科学の方法の優位性があると予測しています。

 

「ブリーフの固定化法」は形而上学ではないので、主張の正しさは、示されません。

 

主張の正しさは、エビデンスをもとに、検証される対象です。

 

観測に基づけば、リアルワールドの問題を解決するためには、形而上学である人文的文化ではなく、エビデンスに基づく科学の方法の優位性は、確かと思われます。

 

9-4)まとめ

 

人材の問題は、スキルの問題とセットです。

 

形而上学の履修主義であれば、内容を理解することより、研修会や講習会に参加することに価値があります。これには、コストがかかります。

 

一方習得主義であれば、研修会や講習会は、自習テキストと動画の視聴で代替できます。リスキリングには、コストはかかりません。

 

これから、現在進行形のリスキリングは、履修主義で、内容の理解に重点がないことがわかります。

 

講習会の講師よりは、You tubeで、アメリカの大学の講義を聞いた方が役に立ちます。

 

数学が怪しいのであれば、カーンアカデミーを使えば良いです。

 

応用スキルに習得はさほど、困難はありません。

 

一方、基礎スキルの習得は非常に困難です。

 

これは、分数のできない大学生がなくならないことからもわかります。

 

義務教育のような基礎的な教育は、公共財です。ここには、税金を投入する価値があります。

 

一方、応用スキルは、公共財ではありません。応用スキルが企業の収益や、個人の所得に結びつくのであれば、企業や個人が、応用スキルの習得に投資しても、リターンが見込めます。つまり、この部分は市場経済に任せるのがベストで、政府が介入すれば、かならず失敗します。

 

現在の人材問題では、応用スキルばかりが、問題視されていますが、本当の問題は、基礎スキルにあります。

 

次には、この点を考えます。