(8)数学と科学的方法が必須である
(Q:問題解決には、数学と科学的方法が必須な理由を説明できますか)
1)数学の必要性
ソリューション・デザインには、数学は必須です。
数学なしのソリューション・デザインは、考える計画はありません。
その理由は簡単で、世界中の企業が、デジタル社会の競争に生き残るために、使えるツールは何でも使っているからです。
生成AIは、そうしたツールの一部です。基礎は、データサイエンスやDXにあります。
さらに、データサイエンスやDXの基礎は、数学やプログラミングにあります。
ここで、数学とプログラミングを並列にした理由を説明します。
数学では、問題を数式で書きます。
数学では、積分記号、ギリシア文字など、キーボードにない記号を多用します。
これは、デジタル文書では、不便なので、変換ルールをきめて、キーボードにある記号に置き換えると便利です。
プログラム言語を使えば、この変換が簡単にできます。
プログラム言語化された数式は、ソルバーを使って、右辺に値を入れれば、左辺に計算結果が出てきます。
つまり、プログラム言語がされた数式は、計算できる数学公式集になっています。
学生時代に、数学の試験問題で、途中の計算を間違えて、正解に到達せずに、減点された人も多いと思いますが、ソルバー付きのプログラム言語化された数式を使えば、計算間違いはありません。現在では、学生時代を思い出して、数学を毛嫌いする理由はありません。
問題を解くためには、プログラム言語化された数式があれば、元の数学記号で書かれた数式は不要です。最近では、数学記号で書かれた数式を省いて、プログラム言語化された数式だけを扱うテキストもあります。
さて、話を戻します。
問題解決に必要は知識を、基礎から、応用の順に並べると次の順になっています。(注1)
数学とプログラミング=>データ・サイエンス、DX=>生成AI
日本には、生成AIを開発しているベンチャーは皆無です。少なくとも、トップ30には、1つも入っていません。
生成AIを開発するには、データ・サイエンスとDXを活用できていることがスタート地点になります。
日本に、国際水準で見て、データ・サイエンスとDXが十分に活用できている企業は少ししかありません。DXの平均点は、先進国で最下位です。
これから、生成AIを開発する能力のある企業がないことがわかります。
この場合には、補助金では問題は解決できません。
日本に、国際水準で見て、数学とプログラミングができる経営者は極めて少ないです。
つまり、経営者は、データ・サイエンスとDXを活用できるスタート地点にはついていません。
この場合にも、補助金では問題解決できません。
そうなった理由は、スノーの「二つの文化と科学革命」の指摘を無視して、エンジニア教育(科学的文化の教育)を行わなかったからです。
数学を使わない文系を量産して、人文的文化で、自然科学の問題が解決できると考えたからです。
新聞の新刊本の宣伝を見ても、教養や歴史を学べば問題解決できるという本がベストセラーになっていましす。
これらの本には、科学的なエビデンスはありませんので、科学的文化でみれば、効果がないと結論づけられます。
しかし、数学や自然科学ができない経営者は、問題解決を人文的文化に求めます。
人文的文化には、エビデンスに基づく検証のプロセスがありませんので、間違いが繰り返されます。
ジム・ロジャーズ氏は、「捨てられる日本(2023)」の中で、日本の政治家は「過去の過ちを認めず、政策を転換しない」といっています。
野口由紀雄氏は、「2040年の日本(2023)」の中で、「政治や行政(政治家と官僚:筆者注)は、今後2、3年のことしか考えていない」といっています。
自然科学の検証プロセスがあれば、そのようなことは起こり得ません。
「数学は不要」、「数式を使わないで理解できる」といった本が売れていますが、筆者は、無駄な努力であると思います。
世界的企業のCEOは、数学がバリバリにできます。
アストリートで言えば、鍛えられた筋肉(数学脳)をもっています。
高齢になって(日本の企業のトップは高齢です)、ジムにいって筋トレ(数学脳のトレーニング)をすることは、健康法としては、お薦めできます。
しかし、その程度のトレーニングではアストリートに勝てません。
国際企業との企業間競争に勝って生き残るためには、CEOを科学的文化の持ち主に入れ替えるしか方法がありません。
文系と理系という犯罪的なカリキュラムを半世紀以上続けてしまった原因は、スノーの「二つの文化と科学革命」の指摘を無視したことにあります。
2023年にカリキュラムを変えても、高等等学校(3年)大学(4年)のタイムラグを考えれば、7年かかります。
2023年にカリキュラムは変えられないので、最短でみても、10年かかります。
その10年の間に、世界はデジタル社会へのレジームシフトを進めていきます。
改革は間に合うのでしょうか。
2)レジームシフトの図式解法
こうして文章で書いていても、どこまで理解されるか不安が残ります。
そこで、経済学の入門教科書で使われている図式解法を参考にしてみます。
図1は、レジームシフトの概念図です。
ここでは、ガソリン車からEVへの転換をイメージしています。
2020年に、日本の自動車企業は、ガソリン車(HBを含む)の生産で、世界のトップにありました。2022年でも、トップレベルにありましたので、ここでは、2023年までトップレベルであるとして、作図しています。
2020年に、中国の自動車企業は、EVを生産しています。輸出統計によれば、2020年の中国の自動車輸出は、ドイツに迫っています。ここでは、EVの生産が、2023年まで順調に伸びたというイメージの図を書いています。
2020年に、日本の自動車メーカーもEVを生産していますが、その台数は少ないです。2022年の台数の少ないので、ここでは、2023年の台数も少ないというイメージで図を書いています。
2023年時点で、ガソリン車の生産台数では、日本の自動車メーカーが世界トップレベルです。
ヒストリアンの視点でいえば、2023年の売り上げや利益を見て、日本の自動車メーカーは安泰であると考えます。
EVとガソリン車の違いはなんでしょうか。
ガソリン車は、エンジンの技術が必要です。
EVは、電気製品なので、パソコンと同じように、部品を集めてきて、組み立てればできると言われています。
このことは、EVがローテクであることを意味しません。
現在では、パソコンのハードウェアのメーカーが問題にされることはありません。
問題は、ソフトウェアにあります。
EVの性能は、ソフトウェアの性能できまります。
2021年9月8日のロイターに、白水徳彦氏は次のように書いています。
<==
デジタル化と電動化の波が押し寄せる自動車産業は、単に車を作って売るだけの時代から、自動で走る車両がインターネットで互いにつながり、そのネットワークの中で様々なサービスを展開して稼ぐ時代に変わろうとしている。
==>
自動車の競争力の根源は、エンジンから、ソフトウェアに変わります。
マイクロソフトの、つくっているパソコンは売れていませんが、マイクロソフトは、WindowsOS、オフィスとクラウドサービスで稼いでいます。
EVのハードウェアからは儲けはでないと思われます。
その場合、生成AIをつくれるレベルのソフトウェア技術がないことは致命的な欠陥になるかも知れません。
さて、図1の右半分2023から2025を考えます。
中国のEVが、過去と同じ速度で増加したと仮定します。
日本のEVが、中国を追い越すためには、(3)の点線のような変化が必要です。
自動車の総生産台数がほぼ一定と仮定すると、ガソリン車の生産は、(1)の点線のように、急激に減らす必要があります。
中国の(2)の点線の変化は、ジョブ型雇用で成り立っています。
日本が(3)の点線の変化を実現するには、中国以上の急激に、ジョブの組み換えをする必要があります。つまり、スーパージョブ型雇用のような急激な変化が必要です。
仮に、それをしても、日本には、「生成AIをつくれるレベルのソフトウェア技術がない」という欠陥があります。この部分は、文系と理系の教育の分離にルーツがありますので、その改善が必要ですが、仮に、それをしても、全く間に合いません。つまり、特急料金に相当する高い賃金を払ってでも、外国人の高度人材を連れて来るしか解決策はありません。
トヨタは、2018年に、外国人の高度人材によるウーブン・プラネット・ホールディングス株式会社を設立しています。
フジフィルムは、フイルムから、医薬品に切り替えを行って生き残りました。
同じような変化がおこると仮定すれば、自動車をつくっているトヨタはなくなって、ウーブン・プラネット・ホールディングスに切り替わることになります。
自動車をつくっているトヨタは、2023年も春闘を行っています。経団連傘下の企業の多くも春闘を行っています。
株式会社の株主としては、自動車をつくっているトヨタがなくなって、自動車のソフトウェアをつくるウーブン・プラネット・ホールディングスに切り替わっても、何の問題もありません。ウーブン・プラネット・ホールディングスに、日本人がほとんどいなくとも全く問題はありません。
日本政府はエンジニア教育を軽視してきましたので、ウーブン・プラネット・ホールディングスのような企業で、ソフトウェアを作って働ける日本人は少ないと思います。
ウーブン・プラネット・ホールディングスは、外国人の高度人材を連れて来ていますが、逆に、多くの日本企業では、日本人の高度人材の頭脳流出(brain drain)が止まりません。春闘では、頭脳流出(brain drain)を止められないのです。
問題は、自動車の生産台数ではなく、生産台数の変化速度です。
筆者は、図1から、春闘ができるのは、正気を失っていると感じます。
ここでは、どのシナリオが正しいかを問題にしてはいません。
問題を、数学(微分)で考えて、変化量を適切に設定できない計画は実現できないのです。
3)アベノミクスの数学
アベノミクスは次の3本の矢からなっていました。
(1)金融政策:極度の金融緩和で短期金利をマイナスにし、消費者や企業にとって借金と消費をしやすくする
(2)財政出動:インフラ整備などへの政府支出の増加や、企業に対する税制優遇の実施などで、経済にお金を注ぎ込む
(3) 構造改革:企業改革、働く女性の増加、労働の自由化、労働現場への移民受け入れなどで、ビジネスをめぐる負担を軽くし、経済成長を促す
「 構造改革」には、レジームシフトがありません。つまり、産業間労働移動によって、労働生産性をあげるという発想はありません。そもそも、デジタル社会へのレジームシフトという視点が欠如しているように見えます。
とはいえ、欧米で進んでいる「構造改革」は、産業間労働移動による労働生産性向上です。リスキリングは、その代表的なキーワードです。
なので、ここでは、「構造改革」は、産業間労働移動による労働生産性向上が含まれると仮定します。
「金融政策」の効果はあっても数から十数%と思われます。
「財政出動」は、経済変動をならす効果はありますが、経済成長効果はありません。
1964年頃であれば、人口も物流も増えていて、社会基盤が不足していましたので、高速道路や新幹線に経済効果はあったと思われます。現在では、人口も物流も減っていますので、基本的になマイナスの効果になります。
「構造改革」をレジームシフトと考えれば、その効果は対数的に効いてきます。簡単に言えば、10倍(1000%)はあり得ます。これは、GAFAMの労働生産性や企業評価額をみれば確認できます。
という訳で、この程度の数学ができれば、3本の矢の効果は、最初から予想できます。
このような数量評価がなされていませんし、経済効果をエビデンスで計測して確認していませんので、ここには、人文的文化のまやかしがあると思われます。
4)A:数学と科学的方法が必要な理由
数学は、経営戦略をたて、ソフトウェアを作るために必須の条件です。
今回は、科学的方法には、あまり言及しませんでしたが、科学的方法は、仮説のエラーを修正するために必須です。全ての仮説には間違いが含まれていますので、修正しながら進む必要があります。
この点が頭に入っていれば、人文的文化の弊害を見破ることは容易です。
人文的文化の人は、自分は正解を知っていると主張します。それが、間違いが繰り返される原因です。
ロシアでは、プーチン大統領が、「大ロシアへの回帰は正しい」と主張しています。
中国では、習近平首席が、「中国共産党の社会主義は正しい」と主張しています。
日本では、歴代の政府が「政権党の政策は正しい」と主張しています。
「政権党の政策は正しい」という主張は、ロシアや中国に比べると目立ちませんが、人文的文化は、科学的文化を超えると主張している点では同じです。
「政権正統の政策」は既得利権を守って、選挙の票を確保することですが、思想的には、伝統重視で、変化を排除しています。
現在は、デジタル社会へのレジームシフトの最中ですから、変化を排除すれば、生産性があがらず(これは、国際的には相対的な生産性の低下になります)、一人当たりGDPは、急落していくことになります。
つまり、日本が貧しくなる理由はここにあります。
検証をともなう科学的方法が採用されれば、これは回避できます。
逆にいえば、科学的方法が採用されれば、今の政権政党は維持できなくなります。
注1:
ある問題の原因がわかれば、問題解決に一歩近づきます。結果から原因を推定する問題は、逆問題と呼ばれます。この例は、ソリューション・デザインにおいては、逆問題を解くことが重要であることを示しています。
以下では、社会的な問題を解くための逆問題を社会的逆問題と呼ぶことにします。
引用文献
特別リポート:変わる自動車業界の勢力図、テスラに挑む吉利の勝算 2021/09/08 ロイター 白水徳彦
https://jp.reuters.com/article/autos-geely-lishufu-idJPKBN2G40AA