ALPS処理水の議論の非科学性

(科学の方法と権威の方法は、区別すべきです)

 

1)政府の説明

 

7月16日の福島民友新聞は次のように報道しています。

 

 

岸田文雄首相は、東京電力福島第1原発で発生する処理水の海洋放出計画を巡り、今月中にも全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長と面会する方針を固めた。放出に伴う安全性の確保と風評被害対策を徹底するとの政府方針をトップとして直接伝え、理解を要請する。面会結果も踏まえ「夏ごろ」としている放出開始の時期を判断する構えだ。政府関係者が15日、明らかにした。

 

 坂本氏は14日、西村康稔経済産業相から放出計画に関する国際原子力機関IAEA)の包括報告書について説明を受けた後、報道陣に「安心が得られない限り反対の立場を崩すわけにはいかない」と話す一方で「(計画の)科学的な安全に関しては一定程度理解できた」との見解を示した。

 

海洋放出については、国際原子力機関IAEA)が「国際的な安全基準に合致」すると評価した報告書を公表。日本政府は、これをもとに国内外への説明を加速させ、放出に向けた詰めの準備を進めている。

 

 

筆者は、坂本氏が「(計画の)科学的な安全に関しては一定程度理解できた」という意味が理解できません。

 

IAEAは、海洋放出のオペレーションについては何もいっていません。

 

オペレーションとは、「処理水の放出スケジュール」のことです。

 

毎日、トリチウム濃度がいくらのALPS処理水を何トン、海に放出するかという計画です。

 

この放流計画は、日本政府と東京電力が決めるもので、IAEAは、安全基準を超えていないかをモニタリングする立場にあります。ISEAがオペレーション(放流計画)を作る訳ではありません。

 

筆者がいくら検索しても、「処理水の放出スケジュール」はわかりませんでした。



2)経過

 

筆者は、トリチウムの濃度は低いので、処理水を放流しても、問題はないと考えています。

 

とはいえ、「処理水の放出スケジュール」を見ないで、結論をだす訳にはいきません。

 

ですから、、坂本氏が「(計画の)科学的な安全に関しては一定程度理解できた」という意味が何を指しているのかが、理解できなくなります。これは、マスコミ報道なので、坂本氏本人の発言は、別にあるのかもしれません。

 

政府が今まで、処理水を放流しなかった理由(放流を延期し続けた理由)は、放射能の人体へのリスクという科学的な面からは理解不可能です。

 

筆者は、科学的なリスクマネジメントが出来ていれば、処理水はもっと早く放出されていたと考えます。

 

政府は、風評被害を恐れたか、科学的なリスクマネジメントが不可能だと考えてた可能性があります。

 

政府はは2021年4月、福島第一原子力発電所に保管されているALPS処理水の取扱いに関する基本方針を発表し、国内規制当局の承認を条件としてALPS処理水を原発周辺海に放出することにしました。政府は、ALPS処理水の放出に関連する計画と活動の安全生性と透明性を保証するために、計画と活動の監視とレビューをIAEAに要請しました。

 

つまり、2021年4月になって、政府は単独の外交努力を諦めて、IAEAに協力を要請しています。

 

2021年4月までは、政府は、IAEAなしで、処理水を放流をする計画でした。

 

筆者は、トリチウムの濃度を考えれば、早期に放流して問題は、なかったと思います。

 

早期に放流しなかった結果、表に出ている以外の問題があるのではないかという疑念が生じてしまいます。

 

ALPS処理は、トリチウムには効果はゼロですので、トリチウム以外に問題があったのではないかという疑念が生じます。

 

トリチウム半減期は、12年なので、事故から12年が経過していますので、タンクの中のトリチウムの濃度は半減しているはずです。

 

つまり、リスクは下がっているはずすが、何故か、この話は出てきません。

 

放流を延期し続けた結果、疑惑が深まっています。

 

3)IAEAの説明

 

IAEAは政府の要請に従って、ALPS 処理水の海洋放出に対するチームを作成して、2年間活動を続けています。

 

2023年7月4日に、ISEAは、包括報告書を出しています。

 

IAEAは、いいました。

 

 

包括報告書の目的は、今後数十年に亘って ALPS 処理水を太平洋に放出するとの計画されたオペレーションが、関連する国際安全基準 に合致しているか否かを評価するための技術的レビューについての IAEA の最終的な結論及 び所見を提示することです。

 



7月4日にWEBで総括報告書(英文)は、公開されています。

 

日本語に訳されているのは、前書きの部分だけです。

 

オペレーション(処理水の放出スケジュール)は、ゆっくり放出すれば、インパクトは希釈されますが、急速に放出すれば、インパクトは大きくなります。

 

包括報告書には、オペレーションによって放出される処理水のリスクが書かれています。

 

このリスク評価と「処理水の放出スケジュール」の関係はよくわかりません。

 

恐らく、ALPS 処理水をそのまま暴露したという最悪の条件でのリスク評価と思いますが、確信はありません。

 

IAEAは、通常のガイドラインである放水口付近の海水を採取して、今後もリスク評価を継続すると思われます。

 

実際の魚等に生物濃縮されるリスクは、常識の範囲では、考えられませんが、心配であれば、魚等をサンプル採取すべきと思います。しかし、こうした案件は、IAEAガイドラインの外になっていると思われます。

 

最大の問題は、総括報告書(英文)が、7月19日現在まだ、和訳されていないことです。

 

総括報告書(英文)は、140ページありますが、機械翻訳を併用して、複数人で翻訳すれば、2、3日にで、日本語に訳せます。

 

何故か、この努力は行われていません。

 

総括報告書(英文)には、処理水タンクの水を基準にしたリスク評価の表がのっています。

 

例えば、次のよう記載があります。

 



表 3.8 は、摂取線量に対する放射性核種の相対的な寄与が 3 つの線源期間間で異なることを示していますが、いずれの場合も線量は非常に低く、年間 0.05 mSv の線量制約よりも 1000 倍以上低いです。 炭素 14、129I、および 55Fe は、内部線量と総線量に最も大きく寄与します。 これは子供や幼児にも当てはまります。

 

トリチウムは通常、合計実効線量の数パーセントに過ぎません。 トリチウムによる影響が最も大きいのは、水泳中の海水の不注意による摂取(大人と子供)によるものです。 東京電力は、水泳中の海水の消費量を控えめに 0.2 リットル/時間と想定していることに注意してください。

 

 

IAEAは、問題のないレベルではあるが、「東京電力が、水泳中の海水の消費量を控えめに 0.2 リットル/時間と想定している」ことに注意喚起しています。

 

総括報告書(英文)の中で、エビデンスに基づく科学的な記載は、処理タンク水の放射性物質のリスク評価の表の部分だけです。

 

この部分は全く和訳されていませんし、議論にもなっていません。

 

4)まとめ

 

ALPS処理水の議論では、中国と韓国は、IAEAの総括報告書(英文)の科学的評価を無視していると政府とマスコミは書いています。

 

しかし、全文和訳がないことから、政府とマスコミは、IAEAの総括報告書(英文)を読んでいないと思われます。

 

ここにあるのは、権威の方法であって、科学の方法ではありません。

 

水戸黄門の印籠の代りに、ISEAの総括報告書を使っているイメージです。

 

岸田文雄首相が、全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長と会っても、会わなくとも、ALPS処理水のリスクに変化はありません。

 

岸田文雄首相が、全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長に会うことは誠意を示す上では、大切かもしれませんが、科学の方法ではありません。

 

つまり、政府は、科学の方法ではなく、権威の方法によって、ALPS処理水の放出問題の解決をはかっています。

 

権威の方法は日本国内でしか通用しません。

 

したがって、中国と韓国では反発が起きます。

 

科学の方法で、外国を説得するのであれば、IAEAの総括報告書(英文)の中国語、韓国語翻訳版をだす、オペレーション(処理水の放出スケジュール)を公開するなど、まだ出来ることがあります。

 

もちろん、そうした対応をしても、中国と韓国では反発がおきる可能性は高いと思います。

 

しかし、IAEAの総括報告書(英文)の科学的評価を無視していると主張するのであれば、こうした科学的なプロセスを無視することはできません。

 

政治は、権威の方法に依存しますので、権威の方法を多用します。筆者は、それを、否定しません。しかし、「IAEAの総括報告書(英文)の科学的評価を無視している」と科学の方法を標榜して、実際には権威の方法を振り回せば、科学的リテラシーを疑われます。

 

日本は、科学技術立国からは遠いところにいます。

 

引用文献

 

岸田首相、全漁連会長と面会へ 月内にも、処理水放出の理解要請 2023/07/16 福島民友新聞

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6469526



福島第一 ALPS 処理水放出 - ALPS 処理水放出に対する IAEA 安全性審査のタイムライン

Fukushima Daiichi ALPS Treated Water Discharge - Timeline of IAEA Safety Reviews for ALPS-Treated Water Discharge

https://www.iaea.org/interactive/timeline/104850

 

Fukushima Daiichi ALPS Treated Water Discharge - Comprehensive Report

https://www.iaea.org/topics/response/fukushima-daiichi-alps-treated-water-discharge-comprehensive-reports

日本語

https://www.iaea.org/sites/default/files/23/07/final_alps_es_japanese_for_iaea_website.pdf

 

Fukushima Daiichi ALPS Treated Water Discharge

https://www.iaea.org/topics/response/fukushima-daiichi-nuclear-accident/fukushima-daiichi-alps-treated-water-discharge