ソリューション・デザイン(6)

(6)一番つまらない話

(Q:「開けゴマ」を信じていますか)

 

1)ベストセラーのビジネス書

 

ビジネス書のベストセラーを見ていると、概ね、次のようなキーワードが含まれています。

 

「生き方」、「経営哲学」、「習慣」、「教養」、「伝える技術」

 

「HOW TO」も若干ありますが、「直ぐに使えて役立つEXCEL」といった感じで、簡単に使えるといったものが多いです。

 

ここには、数学や数式は出てきません。統計もデータサイエンスも出てきません。

 

経営に必要な素質は、教養、コミュニケーション技術、生き方の哲学、習慣のような人文的文化の素質で十分であるように見えます。

 

1959年に、スノーは、「二つの文化と科学革命」の中で、経済発展には、数学のような科学的文化が必要であると主張していますが、それに、真向から反対するキーワードになっています。

 

大量生産で、労働者がグループを作って活動する時には、コミュニケーション技術が大切かも知れません。企業によっては、経営者や幹部は、忘年会や社員旅行が必要なコミュニケーションであると考えています。

 

軍隊では、チームプレイに齟齬(そご)があると、けが人がでますので、コミュニケーションは大切です。サッカーなどの球技は、軍隊のトレーニング用に発達してきた歴史があります。

 

デジタル企業では、製品に含める通信や指示のコミュニケーションは、プログラムで書きます。

 

この場合には、忘年会や社員旅行の効果はありません。

 

管理職に必要なコミュニケーションは、部下やプログラマーに正確な要求仕様を伝えることです。忘年会で、お酒をのませて、「あとは、よろしく」といっても仕事は回りません。

 

デジタル時代の戦争は、ドローンや誘導ミサイルにプログラムで指令を出して操作することです。デジタル時代の兵士は、サッカーの試合で、隣の人に上手にパスを出すことができなくとも、全く問題はありません。

 

スノーが、科学的文化の重要性を指摘したのは、1959年でしたが、デジタル時代になって、その指摘は、より強く当てはまるようになっています。

 

一般教養を身に着けても、プログラマーに正確に要求仕様を伝えるスキルはできません。

 

プログラマーに正確に要求仕様を伝えるには、プログラムで何ができ、何ができないのか、利用可能なデータは何か、現時点で、再利用可能なモジュールにどんなものがあるかといったことを理解しておく必要があります。そのためには、プログラムを書く必要はありませんが、理解に要する時間を節約するのであれば、簡単なサンプルプログラムを組むことがすすめられます。

 

ベストセラーになっているビジネス書を読むと、「開けゴマ」のように、呪文を唱えると問題が解決するという偏見を強化するだけだと思われます。

 

大臣等が、休暇中に、読書をするために、書店によることがあります。マスコミが、どのような本を買いましたかと聞いた時には、本のタイトルが新聞にのることがあります。タイトルは、上記のビジネス書に文学書が加わった教養書です。数学や統計の本を読みますという話を聞いたことはありません。

 

読書によって、「呪文を唱えると問題が解決するという偏見を強化」しておけば、「デジタル庁」、「こども家庭庁」という呪文を唱えれば、問題が解決すると確信するのは当然な気がします。

 

要求仕様書がデタラメで使いものにならなかった例が、接触確認アプリ(COCOA)です。

 

COCOA」について、デジタル庁と厚生労働省が報告書では次の点が指摘されています。

 

<==

 

アプリを検討する初期段階からデジタル技術の専門家と感染症対策の専門家などが密にコミュニケーションをとり、速やかに対応する必要があった。

 

==>

 

河野デジタル相は、「政治のリーダーシップが欠如」していたと発言しています。

 

「コミュニケーション」や「リーダーシップ」が原因であると考えるのは、要求仕様書が書けなかった能力不足には問題がなく、人文的文化で、問題解決ができるという主張です。これでは、同じ間違いが起こります。

 

岸田首相は、国会で、子供予算について、内容は予算がついてから、検討すると述べています。これは、プログラムで言えば、現時点では、仕様書ができていないことを示しています。



つまり、子供予算も、COCOAと同じタイプの失敗を繰り返す可能性が高いことがわかります。

 

2023年2月24日の読売新聞によると、北海道銀行では、勤務中の自由な服装を認めるようです。服装で、利子が変わる訳ではありませんから、当然ですが、ジョブ評価が出来るまでの道のりは長そうです。

 

銀行員のスーツも、「開けゴマ」の一種です。中身がわからなければ、外見で信用してもらうという発想です。

 

2)微分の話

 

大抵の人は、「開けゴマ」と唱えても効果がないことを自分は知っていると思っています。

 

しかし、「開けゴマ」といっても、直ぐに、洞窟の扉が開くとは限りません。

 

自動ドアは、近づく(開けゴマ)と数秒以内に、開きます。

 

歩行者用信号機は、ボタンを押す(開けゴマ)と2分以内に、信号の色がかわります。

 

銀行間送金は、午後に送金(開けゴマ)すれば、翌日に、送り先銀行に入金されます。

 

タイムラグは、ケースバイケースです。

 

しかし、哲学者のヒュームが指摘したように、余りにタイムラグが大きくなると、因果関係をチェックすることは出来なくなります。

 

日銀は、大規模金融緩和(開けゴマ)をしました。10年たって、インフレになりましたが、誰も目にも、その原因は、金融緩和ではなく、輸入品の価格高騰にありました。

 

10年間、インフレになり(洞窟の扉が開き)ませんでした。

 

しかし、日銀は未だに、金融緩和(開けゴマ)の効果があるといっています。

 

入力に対して出力にタイムラグがある反応は、微分方程式で描けます。

 

数式が明示されればベストですが、数式が明示されていなくとも、微分方程式で考えていれば、予想されるタイムラグ、変化量(微分量)等が想定され、何時頃、出力が大きく変わるか予想できます。これはモデルなので、ずれることはありますが、タイムラグ、変化量といった概念で、問題をとらえます。

 

こうした用語が出てこない場合には、微分方程式が理解されていない、微分方程式で世界を見ていないことになります。

 

つまり、「開けゴマ」を信じている訳です。

 

政府は、クラウドサービス開発に半額の補助金を出すことに決めました。

 

微分がわかってれば、この政策には効果がないことは自明です。

 

問題は、クラウドの設備を建設することではありません。

 

ビッグテックより速く、整備を拡充していく必要があります。

 

問題は変化速度です。

 

ビッグテックがクラウドを初めたばかりのころであれば、半額の補助金の効果があったかも知れませんが、現在では、半額の補助金では、ビッグテックの拡充速度に追いつくことは不可能です。

 

ビッグテックのクラウドサービスとは異質の利便性の高いサービスが出来れば、逆転のチャンスがあると思いますが、現在の延長線では無理です。

 

NHKがネット事業に参入すべきか検討しているようです。

 

合理的な参入時期は、微分方程式がわからないと理解できません。

 

恐らく、議論は空回りしていると思われます。

 

担当者が、微分方程式を理解していないと、変化量の話は通じません。

 

これは、1959年のスノーが、「人文的文化と科学的文化の間には、越えられないギャップがある」と指摘したギャップそのものです。

 

3)「東ロボくん」と人間の能力

 

国立情報学研究所新井紀子教授は、2011年に「ロボットは東大に入れるのか」と名付けられた人工知能プロジェクト(通称「東ロボくん」)を立ち上げています。

 

「東ロボくん」の言語能力は、チャットGPTの自然言語理解にくらべるとだいぶ落ちます。

 

  2023年2月20日のAI新聞に湯川鶴章氏は、自然言語処理の有力34モデルの性能を比較の結果を紹介していますが、「東ロボくん」を含む日本のモデルは入っていません。 

 

新井 紀子氏は、「AI.vs.教科書が読めない子どもたち」の中で、「私たちの多くは、AIには肩代わりできない種類の仕事を不足なくうまくやっていけるだけの読解力や常識、あるいは柔軟性や発想力を十分に備えていない」といっています。新井 紀子氏は反語をつかっていますが、ここでは、単純な文に書き換えています。

 

これは、画像認識について、「猫と正義」で述べたことと同じです。

 

新井 紀子氏の本について、色々なところで、書評やコメントを見ることができます。

 

その内容は、驚くべきものです。

 

例をあげます。

 

「必要なのは、そうした『人間にしかできないこと』を積み重ねていくことだ」

 

「AIは意味の理解に不得意であり、データや合理的思考では割り切れない分野に向いていないので、今後、人文学文化がますます重視される」

 

これは、1959年のスノーの「二つの文化と科学革命」の再来です。日本の人文科学者は、「二つの文化と科学革命」を、人文的文化と科学的文化のギャップを埋めることの大切さを指摘した本であると曲解しています。

 

科学的文化の理解がなくとも、人文的文化でギャップを埋めれば何でも理解できるという主張です。言い換えれば、「俺(人文的文化)が一番偉い」という主張です。

 

スノーは、「ギャップは埋められない。人文的文化は科学的文化の代りにはならないので、エンジニア教育をしないと経済的に国が滅びる」と主張しています。

 

新井 紀子氏は、2023年の時点で、既に、AIに勝てない人が多数いるといっています。

 

新井 紀子氏は、数学者ですから、チューリング・テストは良く知っています。

 

言い換えれば、新井 紀子氏は、チューリング・テストの基準で見れば、「AIに勝てない人が多数いる」と言わざる得ないといっています。

 

ところが、書評やコメントの多くは、「今のところ人間がAIより優秀だ」、「人間は意味を理解できるが、AIは意味を理解できないので人文的文化が大切だ」といっています。

 

人間が意味を理解しているか否かをテストする客観的な基準は、チューリング・テストしかありません。

 

新井 紀子氏は、「教科書が読めない子どもたち」や「私たちの多く」を論じています。現時点で、AIに勝てる人もいます。

 

ところが、書評やコメントでは、「教科書が読めない子どもたち」や「私たちの多く」を「人間」に読みかえています。

 

ここには、バイナリーバイアスがあります。

 

タイトルは「AI対教科書が読めない子どもたち」ですが、バイナリーバイアスがあると、これは、「AI対人間」に読み違えられるリスクを抱えています。

 

4)A:「開けゴマ」を信じない方法

 

「開けゴマ」を信じないためには、スノーが1959年にいったように、科学的文化を身につけるしか方法がありません。

 

2023年に合わせて、追加すれば、特に、データサイエンスを身につけるべきです。

 

引用文献

 

接触確認アプリ「COCOA」“課題あった” デジタル庁など報告書 2023/02/17 NHK

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230217/k10013983151000.html

 

勤務中の自由な服装認めた銀行、Tシャツ・スニーカーも可能…女性行員「気持ちが上がる」 2023/02/24 読売新聞

https://news.yahoo.co.jp/articles/c9686d88a2dc442acea256ea70f522f38f1896d5

 

ChatGPTだけが言語AIじゃない。米大学が有力34モデルの性能を比較  2023/02/20 AI新聞 湯川鶴章

https://community.exawizards.com/aishinbun/chatgpt%e3%81%a0%e3%81%91%e3%81%8c%e8%a8%80%e8%aa%9eai%e3%81%98%e3%82%83%e3%81%aa%e3%81%84%e3%80%82%e7%b1%b3%e5%a4%a7%e5%ad%a6%e3%81%8c%e6%9c%89%e5%8a%9b34%e3%83%a2%e3%83%87%e3%83%ab%e3%81%ae%e6%80%a7/