水に色をつける話~水と生物多様性の未来(2)

(WFが、DPPに組み込まれることで、水に色をつけることが可能になります)

 

マネーロンダリングという言葉があります。これは、不法に取得したお金の出所を隠すことで、不法に取得したお金を使いやすくする手法です。これが、可能であるのは、お札や銀行の通帳上のお金には、色がついていないためです。

 

水に色を付けることはできないとも言われますが、逆に言えば、水に色をつける工夫は昔からなされてきました。例えば、違法な地下水の組み上げは、地盤沈下を引き起こします。汚れた水を未処理で流せば、環境破壊を起こします。後者では、河川で見えるのは、自流で希釈された水であって、汚れた水が筏のようにそのまま流れてくる訳ではありません。なので、水に色をつけることは難しいわけです。

 

1)ウォーターフットプリント

 

現在、水に色をつける工夫としては、ウォーターフットプリント(WF)があります。

 

2021/03/23のWWF JAPANによる「日本が世界の水環境に及ぼす影響を明らかにする『ウォーターフットプリント』」の解説を以下に、引用します。

 

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ウォーターフットプリント(WF)とは

ウォーターフットプリント(WF)は、水を利用して行なわれている、あらゆる製品の材料の栽培や生産、製造や加工、輸送、流通、消費、廃棄そしてリサイクルまでの「ライフサイクル」全体を視野に入れ、水環境の影響を定量的に評価するためのものです。

環境への影響の大きさ、すなわちフットプリントの大小は、m3という単位の水の量で表します。

この評価は、同じ流域で水資源を利用している複数の国が、どのように水資源に依存しているのか、その関係を理解すると同時に、汚染や水の枯渇といったリスクの評価に活用できるものです。

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WWF JAPANは、「オランダで設立された非営利組織ウォーターフットプリントネットワーク(WFN)では、グリーン、ブルー、グレーの3つの種類のウォーターフットプリントを設定しています」といいます。

 

以下に、WFNの定義を引用します。

 

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Green water footprint is water from precipitation that is stored in the root zone of the soil and evaporated, transpired or incorporated by plants. It is particularly relevant for agricultural, horticultural and forestry products.

 

グリーンウォーターフットプリントは、土壌の根域に貯蔵され、植物によって蒸発、蒸散、または取り込まれる降水からの水です。 これは、農産物、園芸製品、林業製品に特に関係があります。

 

Blue water footprint is water that has been sourced from surface or groundwater resources and is either evaporated, incorporated into a product or taken from one body of water and returned to another, or returned at a different time. Irrigated agriculture, industry and domestic water use can each have a blue water footprint.

 

ブルーウォーターフットプリントは、地表水または地下水資源から供給され、蒸発するか、製品に組み込まれるか、ある水域から取り出されて別の水域に戻されるか、別の時間に戻される水です。 灌漑された農業、産業、および家庭用水の使用は、それぞれ青いウォーターフットプリントを持つ可能性があります。

 

Grey water footprint is the amount of freshwater required to assimilate pollutants to meet specific water quality standards. The grey water footprint considers point-source pollution discharged to a freshwater resource directly through a pipe or indirectly through runoff or leaching from the soil, impervious surfaces, or other diffuse sources.

 

グレイウォーターフットプリントは、特定の水質基準を満たすために汚染物質を吸収するために必要な淡水の量です。 灰色のウォーターフットプリントは、パイプを介して直接、または土壌、不浸透性の表面、またはその他の拡散源からの流出または浸出を介して間接的に淡水資源に排出される点源汚染を考慮しています。



Components of agricultural water footprint: green, blue and grey (from SAB Miller and WWF, 2009) 

 

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WFNは、最後に出典は「SAB Miller and WW」であるといっています。

出典の擦り合わせのような状態になっています。

 

WWFは、膨大な人数のPhdを抱えていますので、英文のWWFの文章、パンフレットの用語は、正確に使い分けられています。WWF JAPANの日本語の用語の正確さは、日本の官庁の用語の使用に比べると、かなりよいですが、それでも、英文のWWFとは、差があります。

ですから、WWFという場合は、英語版のWWFを指すことにして、特に、日本語版の場合には、WWF JAPANの日本語版と明記して、区別します。

 

WFは、非常に複雑な概念です。

 

WFは、WFNの引用にありますように、農業用水のWFから、拡張した概念です。

 

グリーン水とブルー水は、水源(INPUT)に関する概念ですが、グレー水は、排水(OUTPUT)ではありません。特定の水質基準を満たすために汚染物質を吸収するために必要な淡水の量です。つまり、仮想水の一種になっています。

 

WWF JAPANの解説記事では、WFの試算が示されていますが、グレー水は除かれています。グレー水の評価は難しいのです。



WWF JAPANの解説ページ、あるいは、2014年の矢野 伸二郎 ,花崎 直太 ,伊坪 徳宏 ,沖 大幹の論文をみていただけるとわかりまが、これまでの、WFは、ある分野、あるエリアを対象に、大くくりで、WFを検討するものでした。

 

たとえば、読者が、スーパーで、トマトを購入するときに、そのトマトのWFを問題にすることはありません。これは、水に色がついていないからです。

 

しかし、この状況は大きく変化しつつあります。

 

あと数年で、トマトのパッケージにあるQRコードに、スマホをかざせば、WFプリントが表示される時代がくる可能性があります。

 

アプリの利用者は、購入許容範囲負荷の値を事前にプリセットしておけば、水質負荷の少ない、グレー水の少ない製品を選ぶことも可能になります。

 

次に、この点を見ておきます。



2)CE(循環型経済)

 

WWF Japanは、「製品の材料の栽培や生産、製造や加工、輸送、流通、消費、廃棄そしてリサイクルまでの『ライフサイクル』全体を視野に入れ」といっています。

 

この考え方は、Circular Economy(CE)政策と呼ばれます。「循環経済」や「循環型経済」と訳すこともありますが、本家のEUでは、CEと呼んでいるので、そのまま、CEで使われることが多くなっていますので、以下では、CEを使います。



欧州委は2020年3月11日、EU全域でサーキュラーエコノミーを加速させるための新計画「New Circular Economy Action Plan(新循環型経済行動計画)」を公表しています。

 

ISOは、Circular EconomyのISOの作成について、2018年9月 投票を行い、賛成26、反対6、棄権8で、ISO/TC323の設置が決定しています。なお、この投票で、日本は反対しています。議長国フランスは将来的なマネジメントシステム標準を志向するとしています。

なお、英国とフランスには、既に、国内規格があります。

 

英国の国内規格(UK: BS 8001 (2017) Framework for implementing the principles of the circular economy in organizations. Guide)

フランスの国内規格(Pr XP X30-901 (2018) Circular economy -management system of circular economy project -Requirements and guidelines

 

日本では、2021 年 2 月 26 日に、一般社団法人 循環経済協会(非営利型法人)ができていますが、実質的には、ハリタ金属株式会社が唯一の大きなスポンサーで、大きなムーブメントにはなっていません。



3)DPP(デジタル製品パスポート)

 

2022/05/11の European Policy CenterのStefan Sipka氏のDPPの解説を引用します。

 

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デジタル製品パスポート(DPP; Digital Product Passport)は、EUのサーキュラーエコノミーへの移行を可能にすることができ、最近の持続可能な製品イニシアチブは、長い道のりの政策フレームワークを提供します。

 

特別な注意を払う価値のあるデジタルツールの1つは、デジタル製品パスポート(DPP)です。DPPの一般的な認識と知識は限られたままですが、進行中の開発はCEに強力な推進力を提供する可能性があります。2022年3月30日、CEの新しい立法パッケージの一環として、EUはSustainable Products Initiative(SPI)を立ち上げ、DPPの大規模な導入の準備を整えました。公的機関、企業、消費者、市民社会の関係者など、関連する利害関係者間の情報伝達を改善するには、DPPに関する包括的なポリシーフレームワークを持つことが重要です。

 

タグ(QRコードなど)をスキャンすることで、生産者、消費者、廃棄物処理業者、法執行機関は、他の利害関係者の関連情報や対象を絞った情報に簡単にアクセスでき、場合によってはアップロードすることもできます。これには複数の利点があります。たとえば、情報に簡単にアクセスできるため、消費者はより多くのサーキュラー製品を購入したり、使用済みデバイスの修理方法を修理業者に知らせたりすることができます。

 

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4)水の未来

 

つまり、WF+CE+DPPは、水の未来を変えてしまいます。

 

WFの色の概念区分は、現在のエコシステムエコロジーの成果を十分に反映しているとはいえません。

 

牡蠣は汽水域で育ちます。牡蠣には、強力な窒素の除去機能があります。

つまり、グレイ水でいえば、通常のグレイ水をマイナスの水の放出と考えれば、プラスの水を放出していると考えることもできます。

牡蠣は、海水では生育できないので、汽水にするために淡水を必要としています。

牡蠣を再生可能な範囲で、収穫して販売するのであれば、トマトと同じようなWFを考えることができるかもしれません。

しかし、再生可能な範囲を越えて収穫した牡蠣と、再生可能な範囲で収穫した牡蠣に、同じWFをつけるのは、不合理です。

 

今までのWFは、HeyらのThe Fourth Paradigm: Data-Intensive Scientific Discoveryに準拠すれば、第3のパラダイムの計算科学に属しています。

 

DPPに対応するためには、第4のパラダイムのデータサイエンスに、シフトする必要があります。

 

今後、WFの概念には、大幅な見直しが必須と思われます。

 

2022年には、熊本県でアサリの産地偽装問題がおこりましたが、DPPは問題にはされませんでした。しかし、この問題は、DPPの特殊な場合にすぎません。

 

政府は、DXを促進するといっています。明示されてはいませんが、政府のいうDXとは、取り敢えず、デジタルで繋がるレベルを指しているように思われます。しかし、日本以外の世界は、すでに、デジタルで繋がるレベルは卒業していて、論点は、デジタルを何に使うかに移っています。

 

政府や、マスコミの考えは、一番レベルの低い企業や人にレベルを合わせて、そこが、落ちこぼれない内容に、税金を投入する方法です。この方法では、変化の速度は最低レベルになります。データサイエンスでいえば、対象の企業や人の確率分布を無視した非科学的な政策です。30年間、この方法を続けた結果が、現在の日本だと思われます。

 

日本は、ISOのCircular Economyに、反対した数少ない国です。

 

今の政策で、WF+CE+DPPに対応できる企業は少ないと思われます。

 

どのようなビジョンを考えても、かなりの企業はドロップアウトすると考えられます。

 

水の未来のシナリオは、労働生産性が低い、水利用効率が悪い、環境負荷が高い企業を淘汰して、より性能の良い企業に入れ替えられるかで、大きく変化します。




引用文献




What is a water footprint? Water Footprint  Network

https://waterfootprint.org/en/water-footprint/what-is-water-footprint/

 

日本が世界の水環境に及ぼす影響を明らかにする「ウォーターフットプリント」2021/03/23 WWF JAPAN

https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4586.html



全球水資源モデルを用いて水源の違いを考慮した水資源への影響に関する特性化係数の開発

Journal of Life Cycle Assessment, Japan, Journal of Life Cycle Assessment, Vol.10 N o.3 J u ly 2014矢野 伸二郎 ,花崎 直太 ,伊坪 徳宏 ,沖 大幹

https://www.jstage.jst.go.jp/article/lca/10/3/10_327/_pdf/-char/ja

 

Digital product passports: What does the Sustainable Products Initiative bring? 2022/05/11 Europian Policy Center Stefan Sipka 

https://www.epc.eu/en/Publications/Digital-product-passports-What-does-the-Sustainable-Products-Initiati~484018

 

Digital product passports (DPP): what, how, and why? 2022/04/20 Circularise Chris Stretton

https://www.circularise.com/blog/digital-product-passports-dpp-what-how-and-why

 

ISO/TC323(サーキュラーエコノミー)規格

https://www.jemai.or.jp/standard/tc323.html