システムアプローチとDX(4)~プランBの検討

8)日銀の政策を巡って

 

日銀の政策とセグメントモデルの対応を考えます。

 

8-1)「人口大逆転」

 

グッドハートとプラダンの「人口大逆転」の日銀政策の分析をチェックしてみます。

 

「人口大逆転」は、日銀の金融緩和で、インフレにならない原因は、海外の労働を無視しているからだといいます。

 

要するに、「金融緩和(原因)が、インフレ(結果)を起こす」というのは仮説ですから、仮説が成り立たないことが分かった時点で、その原因を分析して、仮説を修正する必要があります。これは、科学の基本です。

 

ちょっと、話が脱線します。

 

科学技術振興に、大学へ10兆円ファンドを配分する計画です。実は、科学技術基本法の成立以来、科学技術予算は増えていますが、大学の国際ランキングは下がっています。つまり、予算が増えれば、大学のランキングがあがるという仮説は否定されています。

 

科学技術基本法の成立以降の変化は、次のようなものです。

 

(1)学生数が減少して、大学定員が増えた結果、ともかく、大学生が勉強しなくなり、学力が落ちています。就職において、大学の成績が給与に反映されないこと、大学の卒業資格はほぼ出席だけになっていることが、この傾向を強めています。文部科学省が、欧米の大学並みに、落第させると、落第させないように指導しますので、試験の選抜によって学力を上げることはできません。

 

(2)民間の研究開発資金は国際レベルから見れば、見劣りしています。GAFAMのように、研究開発費だけで、年間1兆円以上を投入していますので、政府の補助では対応できません。

 

こうした事実を無視して、10兆円ファンドで補助金を配るのは愚策に思われます。

 

新聞報道によると、補助金をバラまいて、お金が潤沢にあれば、科学の研究成果がでると考えているようです。

 

一方では、10兆円の配分は、既に、引用回数の多い優秀な論文が出ている研究者に重点的にあてるそうです。

 

これは、循環論法で、破綻しています。引用回数の多い優秀な論文が出ていれば、追加の研究費がなくても成果が出せます。

 

「お金が潤沢にあれば、研究成果がでると考え」が正しければ、成果の出ていないところにこそ、成果が出るように研究費を配分すべきです。

 

これは冗談を言っているのではありません。

 

「人口大逆転」は、1960年代と1970年代の日本の高度経済成長は、通産省(現経済産業省)の資本の傾斜配分政策が功を奏したと分析しています。1960年の日本の大学では、引用回数の多い優秀な論文はだせていません。唯一の例外は、紙と鉛筆があればなんとかなった理論物理学で、ノーベル賞受賞者が、この分野に集中したのは、お金がなかったからです。

 

このとき、通産省は、引用回数の多い優秀な論文がなければ、研究費をださないといっていません。研究も傾斜配分方式で、業績がなくとも、通産省が重要と思われる分野につけています。

 

大学について言えば、工学部の定員を大幅に増員して、工業化に必要な人材を育成をしています。現在で言えば、情報科学部を大幅増設するようなものです。

 

中国、香港、シンガポールの大学の国際評価が高くなっていますが、基本的には、1960年代の日本の傾斜配分方式を真似しています。

 

このように、海外の科学技術政策は、科学的な方法で行われていますが、日本の科学技術政策は、科学的でない方法で進められています。

 

IPS細胞のように、成果が見えてきた時点で、実用化のために、研究費と追加投入する方法もありますが、全体の数でみれば、例外と思われます。それは、研究する前から成果が予想できるのは例外で、特に独創的な研究程その傾向が強くなるためです。

 

さて、「金融緩和(原因)と、インフレ(結果)」に話を戻します。

 

「人口大逆転」が指摘しているのは、国内労働力だけでなく、海外労働力も日本経済に寄与しているという発想です。

 

工場を海外に移転して、海外の労働力で、モノをつくれば、国内の人口減少による生産の低下を補うことができるとしています。

 

この「人口大逆転」の視点をセグメントで、考えれば次のようになります。

 

以下、Dは国内、Oは海外を表わすとします。労働者のセグメントは、次に分かれます。

〇は実現できているもの、×が実現できていないものです。

 

〇(D1)国内の平均的な正社員

〇(D2)国内の非正規社員

〇(D3)国内で働く海外研修生

×(D4)国内の高度人材の正規社員

×(D5)国内で働く高度人材の外国人社員

〇(O1)海外で働く平均的な現地社員

×(O2)海外で働く高度人材の現地社員

 

「人口大逆転」は、海外での高齢化の進展により、「(O1)海外で働く平均的な現地社員」が今後、なくなるだろうと予測しています。



「人口大逆転」には、「(D3)国内で働く海外研修生」は出てきませんが、これも、今後、なくなると思われます。

 

こうみると、「金融緩和(原因)と、インフレ(結果)」モデルには、高度人材が登場しません。産業構造は、変わらないというモデルであったことがわかります。

 

なお、「人口大逆転」では、ロボットが、人手不足を解消する効果は限定的であると考えています。確かに介護の現場では、ロボットが人に置き換わるまでには、まだ時間がかかりそうです。しかし、知的作業では、ソフトウェアが人間に急速に置き換わっています。

ソフトウェアはロボットとは呼ばれませんが、ロボットと同じように、人間に置き換わります。

 

この原稿は、Googleドキュメントで描いていますが、完全ではありませんが、人間の文章校正に近い機能がソフトウェアに含まれています。ただし、それを実装するためには、高度人材を確保することが必須になります。

 

また、日本は、少子化と高齢化で世界のトップランナーですから、ロボットやソフトウェアの開発において、世界のトップを目指してもよかったと思いますが、現在は、トップから遅れています。こうした日本に特異な課題について、傾斜配分方式がとられなかった理由は謎です。

 

8-2)野口悠紀雄氏の評価

 

2022年12月日のオンライン版の ダイヤモンドで、野口悠紀雄氏が、日銀の過去10年間の政策の評価をしています。

 

要点をまとめると以下です。

 

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黒田総裁は、2014年3月20日日本商工会議所の講演で、次の趣旨を述べた。

 

(1)賃金が上昇せずに、物価だけが上昇するということは、普通は起こらない。

 

(2)企業の売り上げが伸びて、収益が増加すれば、それに見合って、労働者に支払われる賃金は増加する。

(3)長期間、賃金が増加せず、労働分配率が下がり続けることはない。

 

エビデンスのグラフから、野口悠紀雄氏は次のように結論を出しています。

 

(2)、(3)の「企業の利益が増えれば賃金も上がる」ことは起きなかった。

 

その理由は、円安で輸出数量は増加せず、みかめの円建ての輸出額が増えただけた。これは、国内の鉱工業生産指数が変化しなかったことで確認できる。

 

企業は、円安による輸入価格の上昇を売り上げに転嫁し、最終的には消費者に転嫁した。つまり、所得移転で利益が増えた。

 

したがって、(2)、(3)の「企業利益が増えれば、賃金も増える」という仮説は間違っている。

 

実質賃金の下落は、原価の上昇分を販売価格に転嫁できない中小・零細企業で大きい。

 

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ここでは、中小・零細企業には、市場原理が働かず、系列でしか取引ができない(垂直統合)ことが問題になっています。

 

半導体産業復活の基本戦略」の、「過去30年にわたる日の丸半導体産業凋落」の主要因の2番目が次でした。

 

   (2) 設計と製造の水平分離、いわゆるファブレスファウンドリモデルに移行できなかった失敗

 

この問題は、系列取引をやめない限り、なくならない、根の深い問題であると言えます。

 

引用文献



企業利益が増えても物価上昇でも「上がらない賃金」、日銀は理由の説明を  2022/12/01 ダイヤモンド 野口悠紀雄

https://diamond.jp/ud/authors/58abbd687765611bd06a0000