3)トーマス・コール「オックスボー」(1836)(1)
ハドソン・リバー・スクールの代名詞とも言える絵は、コールが書いた「嵐の後、マサチューセッツ州、ノーザンプトン、ホリヨーク山からの眺望 、または、オックスボー」(View from Mount Holyoke, Northampton, Massachusetts, after a Thunderstorm—The Oxbow)(1836 年) で、一般には「オックスボー」(The Oxbow) として知られています。
写真1が、オックスボーです。
オックスボーはとても有名な絵ですが、一筋縄では理解できない絵です。
コールはホルヨーク山からの 2 つの別々のビューをつなぎ合わせ、合成イメージを作成しています。対角線でキャンバスを分割し、左側は、森、壊れた枝、嵐の空、右側は、耕作地と森林伐採された山々の遠景を描いています。アーティストは、イーゼルを岩の露頭の上に置いて真ん中に構えた小さな人物で、仲間を見つめています。
彼は、新しい国がその自然の壮大さを維持することを選択するのか、それとも無限の搾取を続けるのかを尋ねていると解釈する人もいます。
川の三日月は大きなクエスチョン マークを形成していると Barringer が指摘しています。、風景画が描かれてからずっと後になって、マシュー・ベイゲルが遠景の丘の上には、ヘブライ文字のように見える森の伐採跡が見られることに気づきました。伐採跡は、ノア( נگחक )と読めます。逆さまに見ると、 Shaddai(全能者)となります。
つまり、左の暗い画面は、手つかずの自然を表わし、右の明るい画面は、人間によって破壊されている自然を表わしています。
写真2は、オックスボーの習作と思われる油絵です。
写真3は、1832年に鉛筆スケッチです。
さて、写真4は、クリーブランド美術館にあるヴィクトル・ド・グレイリー(Victor de Grailly (フランス、1804–1889) の「ホルヨーク山から見たオックスボー」です。
1804 年にフランスのパリで生まれたヴィクトル・ド・グレイリーは、ウィリアム・ヘンリー・バートレット(William Henry Bartlett)の著書「アメリカの風景」(American Scenery)(ロンドン、1840 年) のエッチングを、彼が心から愛したテーマのインスピレーションの源として使用して、アメリカの風景を描いた多くの絵画を制作しました。 確認はされていませんが、グレイリーは米国に来てハドソン川を訪れたと考えている人もいます。
写真5は、グレイリーが参考にしたと思われるバートレットの「オックスボー」(1835年)です。
グレイリーのオックスボーは、バートレットの構図そのものです。
1835 年、バートレットは初めてアメリカを訪れ、北東部の州の建物、町、風景を描きました。バートレットが制作した精巧な鋼の版画は、ナサニエル・パーカー・ウィリス(Nathaniel Parker Willis )による「アメリカの風景または土地、湖、川、大西洋横断の自然のイラスト」(American Scenery)としてのテキストとともに着色で出版されました。American Sceneryは、1837 年から 1840 年にかけて、ロンドンのGeorge Virtueによって 30部発行されました。
写真4と写真5には、右の平地の建物が入っています。
コールの絵には、建物はありません。
1836年の絵も、1832年の鉛筆スケッチを元に作成した可能性があります。
もっとも、鉛筆スケッチをみると、建物のある部分は、微妙に範囲外に見えます。
1835 年、バートレットの絵には、建物があります。これは、実際にはない建物を書き込んだという可能性があります。これは、風景画のお約束で、風景の中に小さな建物を書き込むことによって、スケール感を出す手法です。河の中の丁度良い場所に船が見えますが、これは、実際にこの位置に船があったのではなく、書き込んだ可能性が高いです。
しかし、1900年の写真6には、建物が見えます。これは、65年後のことなので、バートレットの絵の通りではないかも知れませんが、1835年にも建物はあったと思われます。
マウント ホールヨークの頂上からの眺めは、ニュー イングランドで最も有名な山頂の風景の 1 つで、コネチカット川と周辺の田園地帯をほぼ 360 度見渡せます。
1821 年に、5.5 x 7.3 m のゲスト キャビンが、地元の委員会によってマウント ホールヨークに建設されました。キャビンは、1851 年に、現在も建っているホテル(マウント ホリヨーク サミット ハウス)に取って代わりました。
1835 年のバートレットの絵に書かれているキャビンは、1821年に建てられたものと思われます。
つまり、1821年にはホリヨーク山のキャビンは、既に良い眺望の観光名所でした。それゆえ、バートレットは、キャビンを訪れて、絵を描いたと思われます。
バートレットは、サービス精神にあふれた観光案内です。オックスボーの見えるホルヨーク山の展望台と風景の2つが主題です。絵を見た人が、ホルヨーク山の展望台に行きたくなるように描くことが、バートレットの狙いです。
画面に観光客を登場させる手法は、カスパー・ヴォルフが多用しており、バートレットはその技法を使っています。
これは、簡単に見えますが、かなり高度なテクニックです。
観光案内のパンフレットには、風景が大写しで写っている写真がありますが、風景と一緒に、風景を見るポイントが描かれている写真は少ないです。
例えば、写真6の撮影者の関心は、平野にしかありません。
バートレットは風景を見ている主体を外から客観的に描いています。
コールは、カスパー・ヴォルフやウィリアム・ターナー の影響を受けています。
左側の雲の描写には、ターナーの粗いタッチの影響がみられます。
ヴォルフとターナー の主題は、崇高で荒々しい自然です。オックスボーでいえば、左下の山の近景です。オックスボーでは、山と平野が対比されています。
バートレットとグレイリーのオックスボーとコールのオックスボーを比べれば、違いが分かります。
もう少し丁寧に見れば、写真3の鉛筆スケッチでは、コールの関心の中心は、平野にあるように見えます。
写真2の習作では、バートレットの写真5と同じようにゲスト キャビンの近くから、描かれているように見えます。
写真1では、写真2に左の近景が書き込まれていますので、強調したかったのは、この部分と思われます。
写真1と写真4を比べると、コールは平野を意図的に荒涼とした風景を描いているように見えます。
写真7は、写真1のモノクロ版です。左の近景で明るい部分に水色の枠をつけています。左の近景でも暗い部分はよく見えませんので、主題があれば、このあたりという見当です。
写真7を見ると、コールのオックスボー(写真1)の構図は、尋常でないことがわかります。
オックスボーの構図には次の特徴があります。
(1)画面の3分の1が暗くなっています。主題は、この暗い部分の中の明るい部分にあります。
(2)画面の右上の3分の2は明るくなっています。この部分の最遠景は、空気遠近法でぼかされています。問題は、それより手前の部分です。この部分は、(1)の暗い部分程は書き込まれていません。書いてある対象物(木など)の密度は低いです。しかし、個々の対象物をみれば、ボカシてあるのではなく、それなりに、きっちり書かれています。
(3)画面全体を通じて、右から左に光が当たる構図になっています。
(4)絵の特定の部分が主題であるとは言い切れないように、功名な仕掛けがあります。
オックスボーの構図を分析した理由は、優れた構図であれば、風景写真の撮影に、アイデアを借用しようと考えたからです。
しかし、実際に、(1)から(4)の条件を満たした写真を撮影することは容易ではありません。
今回は、ここまでにします。
引用文献
スイス山岳観光の黄金期と日本人̶その魅力と文化を伝えた人々̶
牧野祐子(スイス政府観光局)関悟志(市立大町山岳博物館学芸員)
Down the Connecticut from Mt. Holyoke, South Hadley, Mass. Library of Congress Prints and Photographs Division Washington, D.C.
https://www.loc.gov/item/2016799382/
South from Mt. Holyoke College, South Hadley, Mass Library of Congress Prints and Photographs Division Washington, D.C.
https://www.loc.gov/resource/det.4a07590/
ファイル:Cole Thomas The Oxbow (The Connecticut River near Northampton 1836).jpg
Sketch for View from Mount Holyoke, Northampton, Massachusetts, after a Thunderstorm (The Oxbow) 1836 Thomas Cole American
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/20639
「Thomas Cole, Sketch, The Oxbow, c.1832」 の出典
A Closer Look at “The Oxbow” by Thomas Cole March 1, 2019 draw paint academy by Dan Scott
https://drawpaintacademy.com/the-oxbow-thomas-cole/
The Oxbow Seen from Mount Holyoke (Q60514016) Victor de Grailly
https://www.wikidata.org/wiki/Q60514016
William Henry Bartlett
https://en.wikipedia.org/wiki/William_Henry_Bartlett
File:Oxbow W H Bartlett 1835.jpg
https://en.wikipedia.org/wiki/File:Oxbow_W_H_Bartlett_1835.jpg
: Colored engraving. WH Bartlett visited the US in 1835 and his works were published in 1837 in London. Source American Scenery
View from Mount Holyoke
https://www.loc.gov/item/2005696343/
Mount Holyoke
https://en.wikipedia.org/wiki/Mount_Holyoke
Mount Holyoke Summit House and Inclined Railway, Hadley, Massachusetts August 29, 2020 by Derek Strahan
The Oxbow from Mount Holyoke, Hadley Mass June 22, 2015 by Derek Strahan
https://lostnewengland.com/2015/06/the-oxbow-from-mount-holyoke-hadley-mass/
Mount Holyoke Halfway House, Hadley, Mass August 18, 2020 by Derek Strahan
https://lostnewengland.com/2020/08/mount-holyoke-halfway-house-hadley-mass/
Mt. Tom Railway and Summit House, Holyoke, Mass. The New York Public Library.
https://digitalcollections.nypl.org/items/510d47d9-9dea-a3d9-e040-e00a18064a99
Aeroplane View, Mt. Tom Summit House, Holyoke, Mass. The New York Public Library.
https://digitalcollections.nypl.org/items/510d47d9-9d44-a3d9-e040-e00a18064a99
トマス・コール (1801-1848)
嵐の後、マサチューセッツ州、ノーザンプトン、ホリヨーク山からの眺望 または ジ・オックスボウ(川の湾曲部) (1836)