(技術進歩と超過利潤の関係を論じます)
1)強欲資本主義と超過利潤
超過利潤の考え方は重要なので、技術進歩の関係を補足しておきます。
アメリカの税制改正は、GAFAMの超過利潤を念頭に置いていますが、納税額が最大になるのは、バフェット氏が運営するファンドのバークシャー・ハサウェイになると推定されています。バフェット氏は、過去に自身の納税額が不当に低いと言っています。株式の運用利益そのものは、超過利潤には当たりませんが、株式運用に対する納税額が制度のトリック(節税)によって想定より低く抑えられれば、そこには、超過利潤が発生します。ファンドは、株主の利益を優先しますので、超過利潤であっても、利益が出れば、節税します。この場合には、節税に問題があるのではなく、節税できるような税制を作っている国に問題があるので、税制を正常化すべきということになります。
超過利潤は正常な市場を破壊しますので、これを放置すると努力して稼ぐより、超過利潤を得る方がお得である社会になり、人々は努力しなくなります。
経済学の考える資本主義は、市場経済です。超過利潤が放置されれば、市場が機能しなくなり、本来の資本主義のメカニズムが失われます。これは、本来の資本主義ではありませんが、強欲資本主義と呼ぶことができるかも知れません。
ただし、強欲資本主義を主張する人の多くは、自身が超過利潤を得ていて、その超過利潤を失わないために、強欲資本主義という印象操作をしているように思われます。
バフェット氏の例であげたように、超過利潤の発生は、企業に問題があって生じる訳ではありません。国の制度に問題(抜け穴)があることが問題です。
つまり強欲資本主義の推進者は、国であって企業ではありません。
株式会社で、経営者が、株主の利益を確保しないことは、背任になります。
これは違法行為なので、期待してはいけません。
スタンダード石油の会社分割の時代であれば、強欲な企業はあったと思いますが、現在の企業は、制度の穴による超過利潤は一時的なもので、時間がたてば、制度改正によってなくなるという前提で経営していると思われます。
2)超過利潤に両得なし
政治には利権がつきものです。利権とは、超過利潤を財源にして機能します。組み合わせで言えば、「(1)超過利潤、(2)イノベーション、(3)超過利潤+イノベーション、(4)超過利潤もイノベーションもなし」の4つがありますが、過去の実績から見れば、(3)は、ほぼあり得ないと思います。
ここでは、これに、「超過利潤に両得なし」と名前をつけます。
これは、筆者の好まないヒストリアンの経験則ですが、今のところ、これを否定するエビデンスは少ないです。
「超過利潤に両得なし」の例をあげてみます。
(1)バブル対策
1990年代にバブルがはじけて、土地を担保にしていた銀行は大きな負債を抱えます。
それまで、日本の銀行は、護送船団方式と呼ばれる財務省の天下りを受け入れ、財務省の指示で経営する方針でした。1989年(平成元年)の世界の企業の時価総額ランキングは次のようになっています。
表1 1989年(平成元年)の世界時価総額ランキング
1:NTT
2:日本興業銀行
3:住友銀行
4:富士銀行
5:第一勧業銀行
6:IBM
7:三菱銀行
8:エクソン
9:東京電力
10:ロイヤルダッチシェル
ベスト10には、銀行が、5行入っていますが、1989年は、バブルがはじける前ですから、時価総額の多くの部分は、土地が担保でした。
ヒストリアンは、この表を見て日本経済が強かった時代があると判断しますが、この時価総額は、土地バブルの超過利潤が含まれていて、それは、直後に爆発しますので、「日本経済が強かった」と単純に考えることはできません。バブルがはじけて、この超過利潤は、銀行の負債に転嫁します。そのまま放置すれば、銀行は倒産します。この時に、財務省、あるいは、政府のとった対策は次の通りです。
(a)資金の投入(無利子の貸付か、贈与と思います)
(b)預金の低金利政策(預金金利を低く抑えることで、本来は預金者に払うべき利子を負債の返済に当てる)
この2つのルートを通じて、実質的に投入された金額は、正確には分析されていないようです。この2つのルートを通じて、投入された金額は、銀行の経営努力によって得られたものではないので、超過利潤です。
バブルの負債の償還は、小泉・竹中改革までかかっていますので、15年くらいかかっています。
小泉・竹中改革が完了した2005年には、(a)はありませんが、(b)は、2022年の現在も続いています。
アメリカのリーマンショックも不動産バブルでした。アメリカ政府も、リーマン以外の金融機関を破綻させないために、膨大な貸付を行いますが、それらは、およそ3年で、清算されています。つまり、超過利潤による金融機関の救済が、市場経済に与える影響を最小限にする努力が払われています。
日本経済は、30年間の停滞に入っていますが、「超過利潤に両得なし」の法則からすれば、いまだに、預金金利を低いままにして、超過利潤を温存すれば、イノベーションがとまり、経済停滞するのは当然と思われます。それは、2020年現在の日本の主要銀行の世界時価総額ランキングに現れています。
ポイントは、1989年と2020年現在の日本の主要銀行の世界時価総額ランキングの変化というエビデンスを何で説明するかというエビデンスベースの思考法です。
(2)法人税の減税
安倍政権下で法人税の減税が行われました。
法人税の減税の理論は、日本の企業の法人税が高いと、技術開発投資が減って、国際競争力が保てなくなる、あるいは、企業の海外移転がとまらないというものであったと思います。
後者については、円安で、工場が回帰していますので、円ドルレートにくらべれば、法人税の影響は、無視できるほど小さいことがわかります。
前者については、法人税の減税によって得られた利益は、超過利潤ですから、「超過利潤に両得なし」の法則からすれば、新規投資やイノベーションは起こらないことになります。
実際に企業は、内部留保を増やしただけです。これは、「超過利潤に両得なし」の法則からすれば、予想通りの結果にすぎません。
(3)その他
例をあげるとキリがないので、キーワードだけあげておきます。
ふるさと減税、GoToイートなどの超過利潤を生み出す政策は、新規投資やイノベーションを阻害して、市場経済を破壊してしまいます。
3)技術進歩と超過利潤
技術進歩によっても超過利潤が生じます。
3−1)建設積算の例
公共事業の建設工事は、積算単価に基づいて、費用が算出されます。
そこには、技術進歩によるコストダウンがあります。
ブロックの例で説明します。
レンガを積む場合には、レンガとレンガの間に漆喰のような接着剤を並べる必要があります。ピースが小さければ、手間は多くなり、ピースが大きければ、手間は少なくなります。
このためレンガより、ピースの大きなブロックの方が面積あたりの工事単価は安くなります。
最近では、ブロックを3つ繋いだ連結ブロックを使います。
この場合は、面積当たりの工事費はブロックの3分の1になります。
工事積算が、こうした技術進歩を反映していないと、そこには、超過利潤が生じます。
レンガの積算で工事費を受け取って、実際には、連結ブロックを使えば、超過利潤が生じます。
これを避けるために、積算単価は、見直しがなされます。
技術進歩があれば、超過利潤が生じますが、それは、見直しがなされるまでの間であって、見直しによって、超過利潤はなくなります。
ここでのポイントは、積算単価が、技術進歩を反映したものになると、従来のレンガ積み工法を採用していた企業は赤字になるため、イノベーションをするか、退出するかの選択を迫られることです。
これは、「超過利潤に両得なし」の法則の補助定理と考えられます。
超過利潤の補助定理:「技術進歩で超過利潤がマイナスになれば、イノベーションが必ず起こります」
マイナスの超過利潤は経済学にはない概念ですが、導入すると説明が簡単になります。
3−2)特許の例
アメリカの特許法は、最初は期限のないものでした。この方式では、独占的な利益が継続して、技術開発の障害になりました。現在の特許法は期限付きです。
これは、期限を過ぎた特許による利潤は、超過利潤であって認めないという解釈に対応しています。
3-3)DXの例
少し前までは、事務処理は、手書きの書類を封筒で郵送するしか方法がありませんでした。
現在は、ネットワークを使えば、劇的なコストダウンが可能です。
ネットワークが利用可能な時代に、書きの書類を封筒で郵送することは、技術進歩に対する超過利潤を得ていることになります。
ここで、超過利潤の補助定理を使えば、DXを進めるためには、超過利潤を回収して、事務経費を圧縮すればよいことになります。
これは、DXが遅れている企業は、技術進歩に対する超過利潤を不当に受け取り続けていることに対応します。
この場合、超過利潤を回収することで、健全な市場経済を実現できます。
そのためには、DXが遅れている企業には、超過利潤を回収するために課税をすればよいことになります。
超過利潤の補助定理が正しければ、これが、合理的で、効果のある政策であり、現在のDXのための補助金をばら撒く政策は、超過利潤を増幅させ、市場経済を破壊し、イノベーションを阻止する政策になります。
「超過利潤に両得なし」の法則からみれば、マイナンバーカードが普及しない理由も説明できます。
3-4)ファーウェイ
2019年12月のウォール・ストリート・ジャーナル紙の推計は以下です。
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2008年から 2018年の間に、中国政府は最大750億ドルの補助金、信用枠、減税などの資金援助をファーウェイに提供しました。その結果同社は、ライバルより30%安い価格を武器に世界最大の通信機器企業にのし上がっています。
支援の最大の部分である約460億ドル(*1)は、州の貸し手からの融資、与信枠、およびその他の支援によるものです。同社は、2008年から 2018年の間に、テクノロジー セクターを促進する州のインセンティブにより、250億ドルもの税金を節約しました。他の支援の中でも、16 億ドル(*2)の助成金と20億ドルの土地割引を享受しました。
*1 中国の政策銀行からの信用供与:306億ドル、中国政府の融資、輸出信用、その他の金融形態:157億ドル
*2 ファーウェイへの政府補助金が平均1億5000万ドル(0.7から2.4億ドル)/年、合計16億ドル、1998年から2018年までの期間、 無条件および研究条件付きの助成金を含む
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つまり、日本の法人税減税は、日本の通信機器企業の新規投資を呼び起こさなかった一方で、中国のファーウェイは、補助金と減税によって、ライバルより30%安い価格を武器に世界最大の通信機器企業にのし上がっています。
しかし、それはさておいて、日本の法人税減税は、内部留保を増やしただけで、投資をう無かったことに比べれば、中国の産業育成政策は、大きな成功を得ています。
中国では、「超過利潤に両得なし」の法則がなりたたないのでしょうか。
十分なデータがありませんが、現時点では次の違いがあったと推測しています。
(1)減税は、投資が始まった後で開始された。
(2)政府補助金のように毎年投入される資金は、途中経過をチェックして、フィードバックをしている。
(3)政府の意向に反して、投資しない場合には、罰則がある。
3-5)天下り
天下りの課題も、超過利潤で説明できます。天下りで受け入れる人件費分を、受注額に上乗せするのは超過利潤になります。その分、受注額が余分にかかる税金の無駄遣いが生じます。
無駄遣いをしておいて、財政赤字が増え、年金にあてる税金が不足するので、増税したいと言われても、有権者は納得できないことになります。
この問題は、ジョブ型雇用で、ポストに給与が付なくなれば、解消されます。
天下りしても実質働いている場合には、受注額に人件費を上乗せする必要はなく、超過利潤はなくなります。
この場合には、天下りと転職の違いはなくなります。
そこまで、禁止すべきではありません。
超過利潤に注目すれば、この違いを整理できます。
4)まとめ
筆者は、提案がすべて正しいという気持ちはありません。
ここでは、政府の政策決定の手順を検討しているのであって、内容を検討している訳ではありません。
筆者の主張は、もっと、データサイエンスを使うべきだ、エビデンスに基づく、プトコルと効果の検証と政策の修正のフィードバックループを構成すべきだという点にあります。
検討の内容は、プロセス(アーキテクチャ)を説明するサンプルだと、理解してください。
この本は、データサイエンスのメガネでみえる世界の説明です。
デジタル社会へのレジームシフトには、イノベーション、それも、不連続なイノベーションが必要です。
それには、超過利潤の解消問題は避けて通れないと思います。