テクニシャンと積算体系~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(ヒストリアンの評価基準が進歩を止めています)

 

1)EPAのEnvironmental Modeling Community

 

英国では、RAPID3.、で、生態系データベースを構築しています。

 

日本には、生態系データベースはありません。

 

EUでは、グリッドで世界中をカバーした土壌データベースを開発して公開しています。

 

精度はともかく、日本では、土壌の部分的なデータはありますが、全土カバーしたデータはありませんでした。

 

これは、少し前の話なので、現在であれば、改善されているかもしれません。

 

米国のEPA環境省)は、20年以上まえから、Basins(Better Assessment Science Integrating Point and Non-point Sources )という流域流出モデルを作成して公開しています。最新版は4.5です。

 

米国では、1972年にCWA(水質改善法、Cleal Water Act)ができ、日最大許容負荷量. (TMDL: Total Maximum Daily Load) プログラムによって州政府は 「釣りができて泳げる」 水質. レベルを達成する対策を検討することになっています。これは、ビジョンですが、米国では、50年かけて、TMDLプログラムの実現に向けて進歩しています。

 

現在、Basinsは、次のコンポーネントを含むEnvironmental Modeling Communityに拡大されています。

・Environmental Modeling Community

ーGroundwater Models

Surface Water Models

ーFood Chain Models

ーMultimedia Model

ーTMDL Models and Tools

 

EPAはこの他に、Storm Water Management Model(the Water Supply and Water Resources Division of the U.S. Environmental Protection Agency's National Risk Management Research Laboratory 、共同研究開発契約(CRADA)に基づく、CDM Incのコンサルティング会社の支援あり)の開発も続けています。

 

欧米の流域モデルに関心のある研究者は、日本にもいますので、こうしたモデルを紹介して評価しているヒストリーの論文は多数あります。

 

Basinsは、GISデータを使います。GISデータを使ったモデルでは、モデルの構造(計算式)よりも、GISデータの質(量と精度)が結果を左右します。

 

つまり、RAPID3で言及したようなGISデータ整備のレベルが結果を左右します。

 

Basinは、Better Assessment Science Integrating Point and Non-point Sources(水質の点源と非点源を統合するより良いアセスメント科学)を目的としていますので、生態系サービスは含みませんが、Food Chain Modelsによって、生態系サービスの間接的な影響を含んでいます。つまり、生態系データベースが整備されれば、それを活用するための準備ができています。

 

引用文献

 

Environmental Modeling Community of Practice 

https://www.epa.gov/ceam

 

BASINS Framework and Features EPA

https://www.epa.gov/ceam/basins-framework-and-features



2)GISデータベースとテクニシャン

 

「RAPID3.0と生態系復元」では、「2021年から2030年まで国連生態系復元の10年」にまともに、科学的に貢献するには、生態系のGISデータがなければ、スタート地点に付けないと申し上げました。

 

これは、DXの遅れの一部ですが、日本には、生態系のGISデータの前提となるRHS(River Habitat Survey in Britain and Ireland)も、SVAP(Stream Visual Asessement Protocol)も、まだ、ありませんので、DX予算を増やせば、問題が解決する訳ではありません。

 

そこで、生態系のGISデータベースが遅れている原因を考えます。もちろん、以下は、仮説にすぎませんが、科学的方法では仮説を作ることがスタートになります。

 

生態系のGISデータベースを作成する作業量は膨大です。これは、全てを予算手当できませんので、アプリを使って、ボランティアの参加を求めます。それでも。データベースの構築やメンテナンスには膨大な労力がかかります。この作業は、ほとんどがルーチンワークで、新しい方法を開発するような独創性が求められるものではありません。こうした仕事をするには、テクニシャンが必要です。つまり、生態系のGISデータベースが作れない原因には、テクニシャンが処遇されない問題が考えられます。

 

大学関係者以外には、ほとんど注目されていませんが、1980年代頃まで、日本の大学には、テクニシャンがいました。国の研究機関は、研究所ではなく、試験場でした。これは、必要とされるルーチーンワークをこなすために設置されたからです。1980年頃から大学は、定員削減をうけ、テクニシャンの定員を削除しました。国の試験場は、研究所になり、ルーチンワークより、論文を作成することが求められています。

 

それでは、テクニシャンは不要になったのでしょうか。

大規模病院にいけば、医師と看護師以外に、多数のテクニシャンが働いています。技術進歩によってテクニシャンのニーズは高まっています。採血して血液の分析は、大型病院であれば、分析機器を自前でもっていますが、個人経営の小病院では、採血は、分析会社にアウトソーシングしています。

 

病院では、医師、看護師、分析技師(テクニシャン)のジョブが分かれています。医師は、権限上は、看護師のできることはなんでもできます。しかし、実務が少ない分野では、スキルは、看護師に劣ります。筆者が、入院した時に、医師が、点滴用の針をさした結果、その部位が張れてしまい、看護師に、差しなおしてもらったことがあります。いずれにしても、病院は、ジョブ型雇用が実現している数少ない例です。2017年のデータでは、1000人当たりの医師数は、2.4人で、看護師数は、11.3人、医師は、両者合計の17.5%になっています。

 

2022/06/07の日経新聞の1面に、国の事業の2020年度の民間委託は、コロナウィルス関係を手がけた大手広告代理店と大手コンサルティング会社(13グループ)が、21%(前年は11%)をしめ、金額は、前年度の4倍になっています。日経新聞の論調は、これら大手の契約は、1社入札や随意契約が多く、透明性に欠けるというものです。

 

ここには、2つの問題があります。

 

(1)アイデアから、すべてアウトソーシングしている可能性があります。

 

本来、政策を考えるのは、国(公務員)であって、アウトソーシングは、アイデアに基づく作業のはずです。アイデアも、アウトソーシングする方法もありますが、その場合には、公務員は不要になりますので、定員を1割程度まで、削減できるはずです。したがって、その前提は、採択されていないと考えます。

 

 問題を解決するアイデアは、本来は、ビジョン(科学の仮説)なのですが、発注者がヒストリアンであれば、ヒストリーを集めてくることが期待されています。科学理論に基づけば、ヒストリアンでは、問題解決できないことは自明です。なので、ヒストリアンの報告書を作成するコンサルタントは、成果の上がらない、問題解決のできない政策を提案している報告書であることを知っているはずです。この点で、コンサルタントには、倫理上の責任が生じています。もちろん、発注者の意向に反する報告書を作成すると、ビジネスが出来なくなりますので、コンサツタレントの立場はわかります。しかし、かりに、不本意な報告書を作成するのであれば、スポンサーなしの独自研究の報告書を公開して、あるべき社会や政策のビジョンを提示する社会的な責任があると考えます。SDGsの運用の課題です。

 

(2)テクニシャンの処遇

 

2番目はテクニシャンの処遇の問題ですが、これは、積算体系に関係するので、4)の項目で扱います。

 

3)テクニシャンとエンジニア

 

欧米では、テクニシャンとエンジニア、テクニシャンとサイエンテイストは、医師と看護師のように、明確に分かれています。なお、これは、所得の区分ではありません。そのことは、4)で扱います。

 

生態学の英語の文献を読んで、研究デザインをするためには、ある程度の語学力とそれなりの専門知識が必要です。医師と看護師でいえば、看護師は治療できますが、治療法を決定するのは医師です。

 

医師は、国家資格ですが、その前提で、大学の医学部を卒業することが前提になっています。

 

一方、日本では、テクニシャンとエンジニア、テクニシャンとサイエンティストの区部は曖昧ですが、欧米では、分かれています。これは、医学部のように教育カリキュラムと、博士の学位審査で分けられます。

日本の医学部では、国家試験の合格率が話題になりますが、欧米の大学では、入学者に比べ卒業できる人数は,

80%あれば、高い方で、50%程度まで下がることもあります。博士の場合には、研究計画書が受理されて初めて、審査がスタートします。つまり、エンジニアとサイエンティストは、狭き門であり、博士はさらに、難しいです。

 

発展途上国の場合には、博士は、単なるブランドです。それは、研究業績を評価できるだけの専門家がだれもいないので、ブランドで判断するしかないからです。銀行員がスーツを着るのは、スーツを判断基準にする人が多いからです。IT企業では、業績は常に評価されますので、スーツは不要になります。

 

日本が高度成長を遂げたあと、発展途上国の専門家はブランドであった時代から、専門家は、エンジニアとサイエンティストの時代に切り替えるべきでしたが、日本は、専門家の養成に失敗しています。

 

 2021/12/14のETtimesで、 湯之上隆氏は、日本の半導体製造装置のシェア問題を次のように分析しています。

 

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 まず、欧米人は、理論が先にある。そして、開発初期に徹底的に議論を尽くして方針を一本化する。その上で、規格、ルール、ストーリー、ロジックをつくる。逆の言い方をすると、欧米人の技術者は手先が不器用で実験が下手である(というより技術者は一切実験をせず、テクニシャンと呼ばれる職種に任せる文化がある)。

 

 一方、日本人の技術者は、優れた感覚と経験を基に、直感的に手を動かして実験を行う。また、決められた枠組みの中で最適化することを非常に得意としている。しかし、規格やルールを作るのは苦手である。

 

 このように、日本人と欧米人では、発想や行動様式がまったく異なる。それが、装置などのシェアの高低につながっていると推測できる。

 

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これを見ると、日本は、テクニシャンだらけであり、そのことが、日本の半導体製造装置のシェアの低下の原因であることがわかります。

 

このあと、湯之上隆氏は、テクニシャ中心の日本の方法が、日本の特徴なので、それを磨くべきだと結論づけるのですが、筆者は賛成できません。

 

それは、ここにある問題が、未だに、生態系データベースが構築できない原因であり、テクニシャンでない専門家(エンジニアとサイエンティスト)が軽視されている理由でもあると考えるからです。

 

湯之上隆氏が、日本人が苦手としている「規格やルールを作る」を作らないと、データベースはできません。

また、規格やルールを作る」をつくることは、科学そのものです。

 

生態系復元学会(Society for Ecological Restoration、本部は米国)は、会員が70カ国にいる国際的な学会ですが、学会のミッションは、生物多様性条約のようなルールを各国の国内法に整備すること、生態系サービスを評価する国際的な基準をつくることです。2022年時点で、13の法律に影響を与えたといっています。国連生態系復元の10年の設立にも、深くかかわっています。

日本では生態学の研究者は、フィールドを走り回る昆虫少年のようにイメージされていますが、これは、テクニシャンのイメージです。

 

ここ20年で、日本の半導体製造装置のシェアは劇的に低下しました。

 

生態学研究における日本の研究成果も、低下しています。

 

日本には、生態系復元学会(Society for Ecological Restoration)のように、生態系復元について、国際的な発信をしている学会はありません。

 

Society for Ecological Restoration

https://www.ser.org/

 

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」は、次のように書いています。

 

「大企業、中小企業、IT企業で求める人材が異なる中、デジタル実装を進め、地域が抱える課題の解決を牽引するデジタル人材について、現在の100万人から、本年度末までに年間25万人、2024年度末までに年間45万人育成できる体制を段階的に構築し、2026年度までに合計330万人を確保する」

 

ここで言っている330万人のデジタル人材とは、テクニシャンのことを指していると思われます。

地域が抱える課題の解決を牽引するデジタル人材は、テクニシャンではなく、エンジニアです。

 

テクニシャンは、OJTで養成できますが、エンジニアとサイエンティストは、専門教育を受けないと養成できません。もちろん、リアルの大学である必要はありませんが。

 

4)ジョブ型雇用と積算体系

 

大手広告代理店と大手コンサルティング会社の中には、人件費を水増ししたという指摘を受けた会社もあります。ここで、言いたいことは、コンサルタントの積算は、人月単位で計算されているということです。

 

文章を書いたり、作曲するのと同じように、プログラムを作ったり、報告書を作成する仕事にも、クリエイターの部分があります。

 

文筆業でいえば、食べていける条件は、文章が再利用される回数に関わります。

 

依頼原稿で、マス埋めをすれば、最低限の費用は支払われますが、この方法では、書くことを止めた時点で、収入はなくなるので、生きていくためには、ともかく、書き続けなければならなくなります。

 

コンサルタントの人件費の積算は、1マスいくらの、この世界です。

 

プログラムや、報告書であれば、ある程度はモジュール化できます。

 

例えば、A町の都市計画書を作成したコンサルタントが、B町の都市計画書の作成を受注した場合、数値だけを入れ替えて、体裁を整えれば、最小の労力で、仕上げることができ、利益率は最大になります。

これが、ゼロから計画書を作れば、利益率は下がり、最悪、赤字になります。

 

プログラムのコーディングで言えば、効率のよい言語とモジュールを使えば、コードの長さが、10分の1位にできます。しかしこうすると、収入が10分の1に下がってしまいます。

 

建設工事で、材料費を3割カットする工法を採用したとします.。こうすれば、CO2の排出量も減ります。

しかし、積算は、基本的には、材料費に比例するので、こうすると、収入が減ってしまいます。

 

現在の公共支出の積算体系は、単価かける時間、単価かける量が基本です。ここでは、技術進歩は前提とされていません。部分的には、補正されている分野もありますが、大きな変化はありません。

 

「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」で、「330万人を確保」というのは、積算体系の発想です。

 

テクニシャンと、エンジニア、あるいはサイエンティストとの給与(処遇)の問題は、ジョブ型雇用で、出来高払いにならないと解消されません。公共支出の積算体系は、出来高払いではありません。

 

このため作業時間の水増しで、支払い金額が増えると不正になります。

 

公共支出の積算体系は、出来高の中身の質が理解できない素人でも、単価表をみれば積算できます。

 

これでは、仕事の質は問われませんし、スペシャリストは要らないことになります。

そして、専門家とはOJTで、テクニシャンを養成すればよいことになります。

 

ジョブ型雇用で、アウトカムズの質やビジョンを評価しようとすれば、評価する人には、評価される人以上に、専門知識が必要になります。実際に、欧米では、博士は高い給与で就職できています。

これは、ジョブ型雇用だからです。

 

ジョブ型雇用では、博士をもっていないテクニシャンも、仕事を速く正確にこなせれば、博士を持っているエンジニアより高い給与を得ることができます。

 

日本では、年功型雇用を続けた結果、テクニシャンの給与が上げられず、テクニシャンを廃止して、全員をエンジニア、あるいはサイエンティストにしてしまいました。エンジニア、あるいはサイエンティストには医師のような国家試験はありませんので、看護師の資格を全員医師に格上げするようなことができたのです。

 

しかし、ラベルだけ、エンジニア、あるいはサイエンティストにしても、中身は伴いません。この方法は、ジョブ型雇用の欧米では、アウトカムズやビジョンに問題が生じるので、軌道修正がなされ、実現できません。しかし、年功型雇用では、給与は年齢に比例するので、テクニシャンのラベルをつけなおしても、組織が維持されます。

 

この問題は、エンジニア、あるいはサイエンティストだけに留まりません。

 

企業経営についても、欧米では、ビジネススクールで、専門教育を受けた専門家が、経営を担当します。経営をするためには、OJTでは無理で、専門教育が必要です。経営者は、科学者ではないかもしれませんが、少なくとも、経営エンジニアとしてのトレーニングをうけています。

 

日本の企業には、OJTで育った経営テクニシャンはいますが、経営エンジニアはいませんので、企業は、医師が治療方法(治療ビジョン)を決めるような、ビジョンの作成ができません。何かがあると、直ぐに、ヒストリアンになって、過去の成功事例を引用します。

 

このように、ヒストリアンの評価基準は、年功型雇用と積算体系に深く入り込んで、科学的な経営や技術革新の障害になっています。

 

引用文献




医師・看護師の国際比較

http://honkawa2.sakura.ne.jp/1930.html

 

半導体製造装置と材料、日本のシェアはなぜ高い? ~「日本人特有の気質」が生み出す競争力 2021/12/14 ET times 湯之上隆, 亀和田忠司

https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2112/14/news034.html