人工物が増加する世界の問題解決法~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(地球上では、人工物が増加し続けています。その結果、問題解決は設計によらざるをえなくなります)

 

ラッセルの七面鳥の補助定理の人工物のレンマは以下でした。

 

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人工物のレンマ(ラッセルの七面鳥の定理):

 

 人工物に帰納法を適用すると、正しい結論が得られません。

 

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ここで、気になるトレンドは、地球上のオブジェクトに占める人工物の割合が増えていることです。

 

つまり、人工物のレンマが当てはまる対象のオブジェクトが毎年増加し続けています。

 

1)天然物の科学

 

物理学は、前世紀の自然科学で、圧倒的な成功をおさめています。

 

その結果、多くの学問分野が、物理学をモデルにした研究手法を導入しています。

 

物理学は、天然物を対象とした科学です。

 

物理学をモデルにした研究手法は、結果的に、天然物を対象とした研究手法を導入しています。

 

2)天然物と人工物の違い

 

天然物と人工物の違いを考えます。

 

犬は、完全な天然物の野獣ではなく、家畜ですが、大まかには、天然物と思われます。

 

犬と付き合うには、観察して、その性質に合わせて付き合うしかありません。

 

犬は、動物の中で、例外的に、トレーニングによって、学習させることができますが、野獣は、餌を使って芸をさせることができるだけで、まともな学習はできません。

 

つまり、天然物の野獣は、人間が関与して、学習によって行動変容できる余地はほとんどありません。

 

天然物は、帰納法で性質を理解してwise useすることが基本的な付き合い方です。

 

最近では、ペット用に、ロボット犬を販売しています。

 

ロボット犬が、うまく芸を覚えてくれない場合には、メーカーに、プログラムの改良を求めることで問題が解決できます。

 

人工物が問題を起こした場合には、帰納法で性質を理解するという物理学の手法ではなく、設計をしなおすという工学の手法を使わないと問題は、解決できません。

 

3)何が人工物か

 

オブジェクトが、人工物の場合には、人工物のレンマが当てはまり、帰納法は有効ではなくなるので、人工物の設計を改良するという工学的な手法を使わないと問題解決ができないことがわかりました。

 

次に、何が人工物かという問題を考えます。

 

3-1)外来生物

 

外来生物は、人工物ではありません。

 

しかし、外来生物という生物種はありません。

 

オブジェクトである問題は、生物ではなく、外来生物の侵入というイベントです。

 

外来生物の侵入は、国際的な物流の増加という人工物の一部です。外来生物は、ペットとして持ち込まれる場合もありますが、輸入する農産物に付着して持ち込まれる場合もあります。あるいは、船のバラスト水に含まれて持ち込まれることもあります。これらは、経済学でいう外部不経済です。外部不経済を取り除く対策が必要になります。

 

問題解決には、国際的な物流を設計しなおせば良い訳です。

 

外来生物の調査は、生物学のテーマで、国際的な物流の設計は、経済学のテーマかもしれません。しかし、問題解決の視点から見れば、専門分野の縦割りにこだわるべきではありません。現在は、いったん、侵入した外来生物を捕獲する対策がとられていますが、これは、原因療法ではなく、対処療法にすぎません。

 

バラスト水にフィルタ―をつけるのは工学的な対策です。

 

問題解決には、国際的な物流の設計を修正することが求められます。

 

3-2)アオコ

 

閉鎖性水域で、アオコの発生が問題になることがあります。これも、外来生物の侵入と同じように考えることができます。アオコ自体は、自然物ですが、問題は、アオコの異常発生という人工的な現象です。メタボリズム(生物のエネルギー収支、物質収支、エネルギー循環、物質循環)からすれば、原因は、栄養塩類(窒素、リン)の循環です。閉鎖性水域を意図的に、富栄養化させることはありませんので、この場合も外部不経済の問題です。下水処理場で、栄養塩類をいくらか取り除くことができます。

 

栄養塩類の循環は、水循環と同じように自然界に存在する循環のひとつです。現在ある栄養塩類の循環は、肥料、洗剤の利用、河川改修による河畔帯や湿地の喪失の影響を受けています。つまり、アオコの原因は栄養塩類の循環を大きく変えた様々な人工物にあります。問題の解決は、人工物の設計を改善しなければ無理です。

 

3-3)漁獲量

 

漁獲量は、漁獲という人工的な働きで得られるので人工物です。漁獲量がとても少ない場合には、漁獲という行為が資源量に与える影響は、無視できるかもしれませんが、撹乱が大きくなると無視できません。また、資源量は、物質循環の一部なので、アオコと同じように、物質循環の設計を改善しなければ、資源量は回復しません。

 

漁獲量の減少問題の研究は、50年以上続けられていますが、資源の回復に成功していません。これは、帰納法で問題解決ができるという誤った前提に従っているためです。

 

3−4)まとめ

 

犬のロボットは、設計図に従って製作されますので、人工物であることに異議を唱える人はいないでしょう。

 

漁獲量は、漁獲という人間の介入がなければ、ゼロなので、設計図はありませんが、人工物と考えて問題はなさそうです。

 

外来生物の侵入のうち、ペットとして生物を持ち込んだ行為は、人工物と思われます。

 

一方、外部不経済も、人間の介入がなければ、発生していないのですが、上の例と同じに扱って良いのかは疑問符が付きます。



今回は、この辺りに問題のキーがあるというところで、検討を中断しておきます。

 

4)デジタルシフトの世界

 

ある国が、デジタルシフトを完了した状況を考えます。

 

デジタルシフトが扱う対象(オブジェクト)は人工物で、多くはデジタル化されて、クラウド上にある情報です。

 

メタバースは典型的な人工物の例です。

 

人工物のレンマによれば、人工物には、ヒストリアンの帰納法は有効ではありません。

 

つまり、デジタルシフトが完了した場合を考えると、そこまでの移行をけん引できるのはビジョンだけです。

 

ある国が、ヒストリアンを温存して、ビジョナリストを追放し続ければ、その国は、デジタルシフトには移行できず、世界の進歩から取り残されます。

 

すこし、回りくどいので、言い換えましょう。

 

労働生産性が上がらない、賃金が上がらないので、DXをすすめたいと考えている経営者は多いはずです。その時に、どこかで、デジタルシフトに成功した事例を探してきてコピーして、使ってみようとする経営者も多いと思われます。これは、典型的なヒストリアンの発想です。

 

ところが、デジタルシフト後の世界は、人工物なので、この方法では成功しません。これは、A社が、デジタルシフトに成功しているので、B社は、そのやり方をコピーする方法です。どうして、失敗するかは、人工物を例に考えてみればわかります。

 

例えば、自動車を考えます。B社が、A社の自動車をリバースエンジニアリングして、設計図を作成して、その通りに自動車をつくれるかといえば、それは、無理です。従業員のスキルも、生産ラインも違いますので、無理をして同じことをしようとしても、不良品ができるだけです。

 

B社は、リバースエンジニアリングを参考に止めて、ビジョンを作って、その中で自社向けに自動車の設計図を引き直す必要があります。

 

人工物の性質は、設計で決まります。帰納法で求められる本来の性質はありません。