帰納法と演繹法をめぐる考察(1)

帰納法の欠陥について

現代において、科学は、間違いのない推論ができる根拠と考えられています。科学は、事象ではなく、事象から抽出したルールであると考えられています。これは、データサイエンスの表現で言えば、科学はデータではなく、アルゴリズムであるということになります。

データサイエンスという表現は、データから、ルールを抽出するというイメージがあります。一般に、事象から、ルール(仮説、推論)を抽出する過程は、帰納法と呼ばれます。つまり、科学が広まってから、最も重要な推論は帰納法によって達成できるというドグマが出来上がっています。しかし、これは、ドグマであって、正しくないという主張が今回の検討事項です。

例えば、コロナウィルスが広がると、データを集めて、分析し、そこから、結論を出そうとします。専門家の委員会は、専門家のノウハウで、優れた推論が得られるだろうという予想があります。しかし、実際には、日本国内からは、Googleの感染予測モデルのような結果はでてきません。その理由も考えてみたいと思います。

エコシステムの交代と帰納法のバイアス

最初に、ここのところ検討してきたエコシステムの交代の場合を考えてみます。古いエコシステムが新しいエコシステムに交代する場合に、帰納法は、無力です。理由は簡単で、集まるデータは、基本的には、古いエコシステムの上にのっているからです。そのデータから得られたルールは古いエコシステムの上でしか、当てはまりません。これは、IT業界では、広く認識されています。

例えば、新製品を販売する前に、マーケット調査をすることが良くあります。既に、試作品がある場合には、それをユーザーに使って、問題点を指摘してもらい、販売前に、製品の改善をすることもあります。しかし、IC関係の部品では、量産効果が大きいので、この手法はつかえません。よく知られている例は、アップルがiPhoneを売り出すときの販売戦略です。スマホは、単体のハードウェアだけでは、あまり価値はありません。クラウド上のサービスとセットで、初めて価値が出てきます。スマホには、IC部品が多用されていますので、その点で、試作品をユーザーに使ってもらうことは難しいのですが、仮にそれが可能であっても、クラウド上のサービスが伴わない状態での、利用評価には意味がありません。こうした場合には、帰納的な手法は役にたちません。(注1)これは、自動車が出てくる前に、馬車の調査をしても、その結果が、エコシステムが変化するとまったく使えないことと同じです。

しかし、カーネマン流にいえば、ファスト回路を使っている限りは、ヒューリスティックに強く依存しますので、古いエコシステムから抜けだすことは困難です。手帳にスケジュールをいっぱい入れて、忙しい状態になりますと、ファスト回路全開になって、スロー回路は停止してしまいます。こうなると、エコシステムの切り替えができなくなり、取り残されてしまいます。米国の大手のIT企業は、職員の就業環境がよく、また、全般に、ゆったりした労働時間管理を組んでいます。これは、職員を遊ばせているのではなく、新しいエコシステムを生み出して、それで、ビジネスを行うためには、常に、クリエイティブなスロー回路が使えるように人事管理をしないと、会社がつぶれてしまうからです。おそらく、この逆を行っているのが、霞が関の官庁で、サービス残業がひと月に100時間を超えることもあるような世界では、ファスト回路全開になって、スロー回路は停止してしまいます。米国のIT企業で、こうした人事管理をすれば、直ぐに会社がつぶれてしまいます。霞が関は、つぶれないので、人事管理システムがかわりません。つまり、帰納法、すなわち、前例主義の世界になってしまいます。

帰納法は、ファスト回路と相性が良く、逆に、演繹法を使うためには、スロー回路をつかわないといけません。つまり、ほおっておけば、帰納法だらけになってしまう可能性が高いわけです。ここでは、そのことを、「帰納法のバイアス」と呼ぶことにします。

帰納法のバイアスは、いろいろな面でみられます。例えば、自動車の自動運転についても、人間の運転手が、AIにとって代わられると考えます。これも、人間の運転によって得られた帰納的なイメージの中に自動運転のイメージを押し込んで理解しようとするわけです。昨年末に、袴田事件最高裁判決がでましたが、最高裁にいって、審議して結果ができるまで、数十年かかっています。これは人間の裁判官は、食事したり、睡眠をとるからです。AIの裁判官であれば、食事も睡眠もいりませんし、並列処理で、同時に複数のデータの処理ができます。仮に、裁判の主要な部分(全部である必要はありません)が、人間の裁判官とAI裁判官のチームで処理されれば、判決が出るまでの時間が、劇的に減るはずです。こうした場合でも、一般には、裁判官の仕事が、AIにとって代わられるかどうかという帰納的な基準で判断されます。しかし、お気づきと思いますが、IT業界に生き残るためには、演繹的な思考ができないとダメなわけです。

しかし、現実には、帰納法のバイアスが広まっています。

次回は、その歴史的な背景を考えてみます。

 

注1:

スマホが出始めたときに、携帯電話を作っていた日本の家電メーカーは、スマホをハードウェアとしてしか評価できなかったのではないかと思われます。そのことが、日本の家電メーカーが、スマホに乗り遅れた理由の一つと思われます。また、官庁や、大企業が行う、社内のITの進捗度調査も、例えば、FAXをE-mailに置き換えるといった、代替機能の抽出が主体ですので、この視点では、クラウドのメリットはでてきません。帰納的な調査は、古いエコシステムを温存する役にしかたちません。