アブダクションとデザイン思考(22)空気の研究

(空気を読むことによって、生ずる問題を考えます)



1)集団の誤謬

 

「民主主義と人権」を読んで、読者は、類似の人権問題に気付きましたでしょうか。

 

例えば、ジャーニーズ問題も、人権問題です。

 

女性天皇、特攻隊、ジェンダーギャップ、ジャーニーズ問題の共通の原因は、人権の無視にあります。

 

ここでは、加害者、被害者、傍観者の3者全てに、人権問題意識や人権の理解がありません。

 

3者のいずれかに、人権の理解があれば、1945年の新憲法の元では、問題は、解決に向かって動くはずです。

 

加害者は、1945年以前同様に、人権無視を続けたいと考えますが、法治国家であれば、新憲法の順守に反対することは困難です。

 

ところが、3者共に、人権問題意識や憲法違反の意識がなければ、人権がなくなります。

 

合成の誤謬は、個々の活動や推論が正しくとも、全体としては、間違いになる場合を指します。

 

ここでは、個々の活動や推論が間違っていても、間違いに気付く人が少ないため、全体としては、間違いが継続されています。

 

ここでは、これに、集団の誤謬という名前をつけることにします。

 

同調圧力や、空気を読むという表現がなされることがあります。

 

リンチは、犯罪者に対する罰則に対する同調圧力が、法律に優先する場合で、法治国家では、あり得ません。

 

同様に、同調圧力や、空気を読むことが、人権無視や、憲法違反に優先すれば、法治国会ではなくなります。

 

権力者は、周囲の人間が忖度して反対しないことを好みます。このため権力者の手先の人は、空気を読むことを強要します。

 

権力者は、現在の利権システムの維持を画策します。このため権力者の手先の人は、前例主義を強要します。

 

権力者は、現在の権力の維持を画策します。このためポストに付随する権威が、科学に優先することを求めます。これが政治主導です。

 

パーティ券の裏金問題では、政治家の所得は課税対象外であることはわかっています。政治家は、議員というポストについていれば、法律や憲法の対象外になっています。ここにあるのは、政治主導です。

 

法治国家では、憲法の対象に例外はなく、政治家の所得の課税逃れは、憲法違反になります。つまり、政治主導とは、憲法違反の言い換えになっています。

 

政治主導によって、科学に基づく、先進国ではありえない政策が、修正されることなく継続します。

 

権力者は、新しい権力の出現を防止して、現在の権力の維持を図ります。イノベーションは阻止され、ジェンダーギャップ、賃金の低下、少子化年金問題などは放置されて、解決することはありません。(注1)

 

利権と忖度は、どの社会にもあります。

 

しかし、加害者、被害者、傍観者の3者全てに、人権問題意識や人権の理解がないという集団の誤謬は、日本以外の先進国では見られません

 

加害者、被害者、傍観者がもっとも目に見えやすいジャーニーズ問題を見れば、集団の誤謬は明白です。

 

ジャーニーズ問題は、英国のマスコミが取り上げて、表面化しています。

 

ジェンダーギャップ、賃金の低下、少子化年金問題にも、同様の集団の誤謬があります。

 

集団の誤謬がなければ、民主主義国では、与党の大多数は、利権中心の政治家になることは考えられません。

 

幕末の黒船、太平洋戦争の敗戦にともなうGHQ支配、ジャーニーズ問題に対する英国のマスコミの場合、既得利権の解体には、集団の誤謬の外からの力が作用しています。

 

集団の誤謬の外から、黒船のような力が作用しなければ問題解決できないということは容易です。

 

しかし、その視点は、集団の誤謬による人権無視を温存する発言であり、許容できません。

 

困難ではありますが、集団の誤謬を解かない限り、問題解決が始まりません。

 

2)特攻隊と人権

 

ウィキペディアから、海軍を例に、特攻隊のステージを整理すると以下になります。

 

ステージ1:1994年10月以前

 

特攻的決死戦法思想は古くからあったが、最高指揮官は攻撃後の生還収容方策手段を講じられる時のみ計画し、命令した。

 

1934年(昭和9年)、第二次ロンドン海軍軍縮会議の予備交渉において日本側代表の一人山本五十六少将(太平洋戦争時の連合艦隊司令長官)は新聞記者に対し「僕が海軍にいる間は、飛行機の体当たり戦術を断行する」「艦長が艦と運命を共にするなら、飛行機も同じだ」と語った。

 

1941年(昭和16年)12月の真珠湾攻撃で出撃した甲標的の部隊が「特別攻撃隊」と命名され、後日広く報道された。1941年11月11日、第六艦隊において、首席参謀松村寛治中佐の発案で、長官の清水光美中将が命名した。その後も甲標的による特別攻撃隊は、1942年4月に「第2次特別攻撃隊」が編成され、オーストラリアのシドニー湾とマダガスカル島のディエゴ・スアレス港への攻撃が行われ、タンカーと宿泊艦を撃沈し戦艦ラミリーズを損傷させた。これらの出撃では生還者がいなかった。 

 

ステージ2:1944年10月以降

 

1944年10月5日、第一航空艦隊司令長官に内定した大西瀧治郎中将は、航空特攻を採用しようと考え、フィリピンに出発する前に海軍省大臣米内光政に現地で特攻を行う承認を得ていた。軍令部総長及川古志郎からは「決して命令はしないように。戦死者の処遇に関しては考慮する。指示はしないが現地の自発的実施には反対しない」という条件で、及川の承認も得た。大西は「中央からは何も指示をしないように」と希望した。

 

日本海軍では、航空機による体当たり攻撃を「神風特別攻撃隊」として統一名で呼称した。神風特別攻撃隊の初出撃は1944年10月21日でした。

 

スタージ3:1945年2月以降

 

ここまで航空特攻は現地部隊の自発による編成の形式をとっていたが、1945年1月19日に陸海軍大本営は「帝国陸海軍作戦計画大綱」の奏上で、天皇に全軍特攻化の説明を行い、1945年2月10日には第5航空艦隊の編成で軍令部、連合艦隊の指示・意向による特攻を主体とした部隊編成が初めて行われた。5航艦司令長官となった宇垣纏中将は長官訓示で全員特攻の決意を全艦隊に徹底させた。フィリピンでの大量損失で大打撃を受けていた海軍航空隊も再編成が進められ、3月上旬までに第5航空艦隊600機、第3航空艦隊800機が準備可能と見込まれていた。 

 

まとめると、

 

ステージ1:最高指揮官は攻撃後の生還収容方策手段を講じられる時のみの特攻

 

ステージ2:指示はしないが現地の自発的実施には反対しない特攻

 

ステージ3:軍令部、連合艦隊の指示・意向による特攻

 

になります。

 

ステージ3は、完全な人権無視、ステージ2は、空気を読ませることで、強要する人権無視、スタージ1も、対象者を選択した人権無視だと思います。

 

スタージ1を、ウィキペディアは、「最高指揮官は攻撃後の生還収容方策手段を講じられる時のみ計画、命令した」と言いますが、山本五十六少将の(太平洋戦争時の連合艦隊司令長官)は新聞記者に対し「僕が海軍にいる間は、飛行機の体当たり戦術を断行する」「艦長が艦と運命を共にするなら、飛行機も同じだ」という発言の場合には、生還収容方策はありませんので、記述が矛盾しています。

 

ステージ2は、空気を読むことによって、特攻を強要しています。

 

筆者は、人権問題は経済問題でもあると考えています。

 

ジェンダーギャップは、人権問題ですが、一方では、有能な人材の発掘をしないこと、経済合理性に基づく、人事管理と企業経営をしないことに繋がります。

 

つまり、人権問題は、日本経済が停滞する原因になっています。

 

1945年の新憲法の制定前なので、1934年の山本五十六少将の特攻をやめないという発言は、その当時の基準では合法ですが、人権宣言を逸脱しています。

 

ここで、特攻隊を取り上げた理由は、日本経済の推移は、太平洋戦争の戦況の推移に対応しているからです。

 

特攻隊のレベルがグレードアップした理由は、戦況が悪化した、あるいは経済状態が悪化したからです。

 

つまり、経済が悪化すると、もともとあった、人権無視が拡大します。

 

特攻のレベルが上がった原因は、既存の社会システムが機能しなくなったからです。

 

3)山本五十六元帥銅像

 

3-1)オックスフォード大学のローズの銅像撤去

 

2020年6月、米国ミネアポリス近郊でおきた白人警官による黒人男性ジョージ・フロイド暴行死亡事件に端を発した一連のデモ(2020年ミネアポリス反人種差別デモ)がその人種差別の起源でもある欧州、英国へと飛び火し、各地で奴隷貿易や白人至上主義に関連した銅像がデモ参加者や暴徒によって引きずりおろされたり、落書きされたり、ブリストル湾に投げ込まれました(エドワード・コルストンの像)。

 

この運動の盛り上がりを受け、オックスフォード大学は構内に設置されていたローズの銅像を撤去する決定を下した。ローズは同大学に多額の寄付をし、奨学生を生むなど少なからぬ貢献をしていた。元英国保守党のダニエル・ハンナンはツイッタ―上で「(奨学金制度による)ローズの寛大さは、何千人もの若者が教育を享受することを可能にしました。ローズの死からわずか5年後に最初の黒人学生が奨学金を得てもいる。恩人をこのように扱う大学にだれが寄付をしますか?」と述べました。

 

3-2) 山本五十六元帥銅像の再建

 

 山本五十六元帥は、人権無視をしました。もちろん、戦前の人は、人権無視を気にしませんでした。更に、人権宣言以前には、人権の概念もありませんでした。徳川家康など、歴史上の人物の9割以上は、人権無視をしていたといえます。

 

アフガニスタンバーミヤン渓谷にあった古代の巨大石仏2体は、2001年3月にイスラム原理主義勢力タリバンによって爆破されました。古い文化財を破壊しても、つまらない気もします。一方では、新たに、人権無視をした人を、偉人として崇めるべきか、銅像を建てるべきかは、評価が分かれています。

 

茨城県阿見町の海軍土浦海軍航空隊(現自衛隊土浦駐屯地)に、昭和18年秋から昭和20年終戦時まで山本元帥の銅像が設置されていました。昭和20年には、米軍に汚されることを恐れ、上半身と下半身の2つに割られて霞ヶ浦に沈められました。

 

「常在戦場の碑」(昭和10年山本五十六元帥揮毫)は、山本五十六元帥が、ブーゲンビルで戦死した昭和18年に、土浦航空隊神社に建立されました。「常在戦場の碑」は、昭和30年に銅像が無くなった山本元帥の銅像の台座の上に移設されました。

 

山本元帥の銅像の上半身は昭和23年に発見され、現在は海上自衛隊第1術科学校広島県江田島市)に保管されています。山本元帥の銅像の下半身は平成14年6月10日、「常在戦場の碑」のすぐ傍の土中から発見されました。

 

海原会は、全国の同窓生から募った浄財をもとに、平成16年1月、雄翔館前に新たな銅像を建立しました。新銅像の製作には、ご長男に写真の提供をいただき最も山本元帥に近いものとなっています。

 

<< 引用文献

山本五十六元帥銅像 海原会

https://yokaren.jp/unagallery/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%85%AD%E5%85%83%E5%B8%A5%E9%8A%85%E5%83%8F/

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3-3)特攻の人権問題

 

さて、山本五十六元帥の人権問題は、どのように扱うべきでしょうか。

 

海原会は、顧問の山岡荘八氏が、「いのちの大樹」に書いた「日本人の死生観」として、次を引用しています。

 

「難しい死生観や戦争の善悪を論ずるよりも、我が身命を捧げることによって愛する肉親や祖国日本を救おうという一念に燃えて、未曽有の国難に殉じていったのであります」

 

<< 引用文献

海原会設立の目的と事業 

https://yokaren.jp/organize/establish/

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「いのちの大樹」は、昭和39年に発足しました「予科練戦没者慰霊碑建立委員会」の顧問だった作家の山岡荘八氏が、昭和42年12月26日に発行した、機関紙「予科練」の第2号に寄稿した記事です。

 

この引用を見る限り、人権問題があるように見えません。

 

しかし、「いのちの大樹」の内容は、海原会の要約とは異なります。

 

一部を引用します。

 

太平洋戦争中の特攻隊員の体当たりは西洋人には自殺とみなされた。ベトナム焼身自殺も彼らには理解できないらしい。幕末維新当時のサムライの切腹は、彼らを戦慄)させたし、日本流の仇討は、彼らには復讐としてしか通じなかった。

 

西洋文明の基底をなす個人主義の生命観は、生命の立体面をより高く評価しようとする東洋的な思考の方法と全く異質な、平面尊重だからである。

 

私はそうした日本人の生命観を「小説徳川家康」の中で「いのちの大樹」と表現した。太陽と地球があるかぎり、生命の樹(き)は枯れない。したがってわれわれは平面的には社会人として横の連絡の中に生きながら、立体的にはこの「いのちの大樹 」の同じ根のうえに茂った葉であり、枝であり、幹であり、こずえであるに過ぎない。

 

したがって私自信が枯死しても、私の生命が死滅したことにはならない。

 

(中略)

 

太平洋戦争のおりに戦場で倒れた若い人々のほとんどが、最後に「おかあさん!」と呼び、「天皇陛下万歳!」と叫んで死んだ。これは実は、日本人的な思考からすれば同質のものなのである。天皇陛下は民族という生命の大樹の中心であり、お母さんは、直接自分に続く枝葉なのである。

<< 引用文献

「いのちの大樹」・・日本人の死生観・・・ 山岡荘八

https://yokaren.jp/wp-content/uploads/2022/07/211d9093e82c38f88d7aa8b91a077135.pdf

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山岡荘八氏は、天皇制礼賛であり、人権思想とは相容れません。

 

この文章を読んで考えてしまいました。

 

戦争で兵隊が死亡するのは、人権のない封建制度でも、人権のある民主主義でも同じです。

 

しかし、人権があれば、兵士の死に方は異なります。

 

太平洋戦争で、日本兵は、犬死しました。最大の死亡原因は、戦闘ではなく、安全な水と食料の不足と病気の蔓延でした。

 

酒井 聡平氏は、硫黄島戦を次のように整理しています。

日米が激突した硫黄島戦で、日本側守備隊2万3千人のうち96%(2万2千人)が死亡しました。2024年現在、まだ、1万人の遺骨が未収集です。

 

一方、米軍側の死者数は約7000人に上りました。

 

米軍側は戦死した兵士の遺体を島内で埋葬。埋葬された遺体はその後、硫黄島を含む小笠原諸島の施政権が日本側に返還(1968年)されるのを前に、全て掘り起こされ、米国本土のアーリントン墓地などに再埋葬された、とされています。(注2)

<< 引用文献

アメリカ軍兵士は7000人死亡…戦没者をめぐる「戦勝国と敗戦国の大きな差」 2024/01/05 現代ビジネス 酒井 聡平

https://gendai.media/articles/-/121120?page=1&imp=0

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酒井 聡平氏は、アメリカ兵と日本兵の未収集遺骨の数の違いの原因は、「戦勝国と敗戦国の差」にあるとしています。

 

しかし、筆者は、未収集遺骨の数の違いの原因は、人権の有無にあると考えます。

 

未収集遺骨が発生する状況では、兵士に人権はありません。兵士に人権があれば、安全な水と食料の不足と病気が蔓延する前に、戦争が終ります。兵士の人権があれば、特攻隊を組む前に戦争が終ります。

 

こう考えると、海原会が、山岡荘八氏を顧問にしていたということに、驚きを禁じえません。

 

戦後、遺骨収集が続けられたことは、人権の尊重ではなく、太平洋戦争中の人権無視の償いと見るべきです。

 

4)特攻隊が蘇る時

 

特攻隊のレベルが上がったのは、戦況が悪化し、経済が破壊され、まともな武器を製造する経済基盤がなくなったことが原因です。

 

特攻の武器より、戦果の上がる武器が製造できれば、特攻隊が募集されることはありません。

 

特攻隊では、戦争に勝てず、敗戦(終戦ではありません)になりました。

 

敗戦とは、社会経済システムの再構築を意味します。

 

敗戦によって、新憲法になり、人権宣言の思想がGHQにより、採択されました。

 

ただし、人権宣言の採用は、GHQが行なったものであり、日本国民がどれだけ、人権思想を理解しているかには、疑問符がつきます。

 

山岡荘八氏の発言とジェンダーギャップの無視をみれば、この疑問は強まります。

 

人権が理解できていれば、ジェンダーギャップは解消します。

 

人権が理解できていれば、非正規雇用はあり得ません。

 

正規雇用は直接は人権問題には見えません。しかし、雇用時の賃金を極端に抑えれば、生活が苦しくなるだけでなく、老後の蓄えができせん。非正規雇用の人は、老後に国民年金だけでは生活が出来ないことが、自明であるにもかかわらず、低い賃金の非正規雇用を増やすことは、人命軽視であり、人権無視です。これには、政府と大企業が加担していた可能性があります。少なくとも、この点について、説明責任があります。

 

アメリカのように、小さい政府を目指し、年金と医療費は、自己責任で、税金を抑えるのであれば、そこには、人権があります。

 

しかし、日本の税制はすでに高負担ですから、アメリカ流の解釈はできません。

 

人権無視があれば、戦争が起これば、特攻隊が蘇ります。

 

人権無視とは、人命を尊重しない考え方だからです。

 

人権思想は、主権が、国民にあるので、国民は、自ら何をすべきかを考えて、複数のシナリオから、ベストなシナリオを選択する必要があります。これは、脳のエネルギーを消費するので、脳の負荷が大きくなります。

 

一方、封建制度では、国民は自ら何をすべきかを考えることは禁止され、上からの指示に従うことだけが許されます。これは、一見すると他人に命令されることになるので、不愉快に感じると思われがちですが、実際には、人間は、脳への負荷を減らすために、他人からの指示に従う傾向があります。この傾向があるため、封建制度が、温存することは難しくありません。

 

流行に従う、空気を読む、同調する、前例を参考にする、前任者の話を聞く、権威者の話を聞く、成功例をコピーするなどは、脳への負荷を減らすために、他人からの指示に従う生存戦略です。他人からの指示に従う生存戦略は、探せばどこかに正解が見つかるはずなので、自分で考えることを放棄する生存戦略です。

 

逆に、自ら何をすべきかを考えて、複数のシナリオから、ベストなシナリオを選択している場合には、デザイン思考で、シナリオを独自にデザインしていることになります。

 

これは、自然に身に付くものではなく、教育によって身につける必要があります。

 

教育の目的は、デザイン思考で、自分で考える力をつけることであり、探せばどこかに正解が見つかるはずであるという暗記や教養主義は本来の教育を逸脱しています。

 

バイオリニストのシモン・ゴールドベルク(Szymon Goldberg)氏は、名教師のカール・フレッシュ(Carl Flesch)氏の元で学んだときのことを次のように述べています。

フレッシュが一番教えたかったことは、多くのひとは演奏するときに、自分がひきたい理想のかたちの音楽を演奏するのではなく、自分がどこまでひけるかということが先にきてしまうので、自分の理想のかたちではなく、自分の限度のところで止まってしまう傾向に陥らないようにということでした。それを超えるため、フレッシュはまず最初に自分のひきかたを真似させて、それができるようになってから、初めて生徒に自由をあたえ、自由なひきかたをさせるようにしたのです。ですから、最初の二、三年間は、先生のシステムに合わせた方法で学ばされ、とても厳しい内容のものでしたが、その後になると、まったく逆の教えかたになりました。多くのひとの場合、自分の先生のもとを離れると、自分でどうしたらよいのかわからなくなってしまうものですが、フレッシュに学んだ生徒は、先生のもとを離れても、自分がどうしたらよいのかが自分自身でわかるように育てられていったのです。それがフレッシュの教えかたの偉大なところでした。

<< 引用文献

シモン・ゴールトベルク、自らの生涯を語る

http://classic.music.coocan.jp/wf/item/simongoldberg.htm

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「自分がどうしたらよいのかが自分自身でわかる」というのは、デザイン思考の能力です。

 

このように、人権宣言とデザイン思考と教育には、切り離せない関係があります。

 

注1:

独裁政権の元でも、形式的な選挙が行なわれます。

 

アパルトヘイト政策のもとでも、黒人の権利を守るとして、スワジランドが独立しています。

 

こうした民主主義ウォッシングや人権ウォッシングの政策は、反対勢力を抑えるために使われます。

 

日本政府のジェンダーギャップ政策も、基本的に、ウォッシングレベルと判断できます。



注2:

 

南日本新聞は 「厚労省によると、見つかっていない米兵の遺骨はわずか95人にとどまる」と伝えています。

 

なお、厚労省戦没者遺骨の身元特定のためDNA鑑定を始めたのは、2003年度からで、アメリカより遅れています。

 

南日本新聞に対して、遺骨収集に詳しい帝京大学の浜井和史准教授(日本現代史)は、次のように述べています。

日本政府には戦没者遺骨を徹底捜索し、身元を特定して遺族の元に返すという責任意識と義務感が欠落してきた。背景には、戦況が悪化した戦中から戦後初期にかけ、遺骨代わりに「空の遺骨箱」を遺族に届けることで処理済みとした経緯がある。

 

「責任意識と義務感」は、人権になります。

 

遺骨の入っていない「空の遺骨箱」は、遺骨箱ではありません。ここには、ドキュメンタリズムがあります。

 

<< 引用文献

〈戦後76年 遺骨は語る〉硫黄島で戦死の米兵7000人。不明はわずか95人。研究者は指摘する。「日本政府には遺族の元に返す責任感が欠落してきた」 2021/08/14 南日本新聞

https://373news.com/_news/storyid/141884/

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