アブダクションとデザイン思考(18)ジョブ型雇用と政策評価モデル

1)政策評価モデル

 

政策選択あるいは経営選択の政策評価モデルは、重要な課題なので、詳しく説明します。

 

研究者は縦割りに専門を限定している人が多いですが、設計に使えるものは、何でもつかうというデザイン思考では、縦割りの専門は、禁止です。

 

縦割りのタコツボに入っていれば、外部から非難されるリスクはなくなりますが、研究は社会から隔絶され、役に立たなくなります。役にたたない研究でもかまわないという主張をする人もいます。そのような学問は可能ですが、その場合には、税金を使うべきではありません。

 

つまり、賃金や研究費の一部に、税金が投入されているのであれば、研究者は、納税者に対する説明責任があります。

 

バブルの頃のように、金余りで、納税者が、研究者が何をしてもかまわないと考えている時代は、直接役にたたないことを研究してもかまわないかも知れませんが、生活困窮している人が増えれば、説明責任のレベルもことなります。直接役に立たない研究がどこまで許容されるかは、筆者の関与することではありません。これは、納税者の決めることであり、納税者に対する説明が大切になります。

 

典型的な例は、博物館や美術館の維持管理です。現在の法律では、収益的な活動が大きく制限されていますが、直接役に立たない分野がどこまで許容されるかを納税者が決めるというルールからすれば、問題があります。直接役に立たない推し活をする人も多くいますので、少なくとも、博物館や美術館が、推し活と同じレベルで競争が可能な環境を整備すべきであると考えます。

 

前置きが長くなりましたが、少子化問題の例を再度取り上げます。

 

少子化問題では、出生数(目的変数、結果)が問題であり、考えられる説明変数(原因)は、婚姻率と出生率です。従って、研究者は、次のようなモデルを考えます。

 

出生数 <= 出産可能な年齢層の女性の人口 x 婚姻率 X 出生率

 

これは、恒等式です。

 

出生率は、結婚年齢の関数です。結婚後の出産可能期間と1年あたりの出生率に分解することができます。

 

出生数 <= 出産可能な年齢層の女性の人口 x 婚姻率 X 出産可能期間 X 1年あたりの出生率

 

これも、恒等式です。

 

問題は、婚姻率、出産可能期間(結婚年齢)、 1年あたりの出生率は、何が原因で決まるかという点になります。

 

考えられる原因の候補には、若年層の可処分所得、学歴、住宅の広さ、支援者(親)の所得等が考えられます。これらを説明変数(原因)として、目的変数(結果)の婚姻率、出産可能期間(結婚年齢)、 1年あたりの出生率を推定する少子化モデルを作れば、少子化の原因がわかります。

 

原因のパラメータを変化させれば、結果がかわるはずです。

 

これが、データサイエンスの基本的なアプローチです。

 

さて、既存の研究で解明されている少子化モデルには、どのようなものがあるのでしょうか。

 

内閣府経済社会総合研究所の「少子化対策出生率に関する研究のサーベイ」を見ると、驚くべきことに、少子化モデルは作成されていません。

 

研究のサーベイですから、海外を含めて文献を調べています。

 

この研究方法は、前例主義で、帰納法です。

 

研究のサーベイをしても構いませんが、問題解決には、政策評価モデルである少子化モデルがあれば十分なので、サーベイは不必要です。

 

これは、新しい建築を建てるときに、海外の建築事例集を見れば、ヒントにはなりますが、必要なことは、これから建てる建築の設計図を書くことであり、前例や帰納法は不要なことと同じです。

 

阿藤誠の論文も基本的に、「少子化対策出生率に関する研究のサーベイ」と変わりません。

 

阿藤誠氏は、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)名誉所長なので、社人研のアプローチも、阿藤誠氏と同じと思われます。

 

筆者は、社人研の人口予測モデルには、少子化モデルが既に組み込まれているとばかり思っていましたが、それは、勘違いのようです。



<< 引用文献

少子化対策出生率に関する研究のサーベイ 2022 内閣府経済社会総合研究所

https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/e_rnote/e_rnote070/e_rnote066_01.pdf

 

少子化問題を考える 医療と社会 Vol. 27 № 1 2017 阿藤誠

https://www.jstage.jst.go.jp/article/iken/27/1/27_5/_pdf

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まとめますと、日本の少子化対策の専門家は、デザイン思考アプローチを採用しておらず、前例主義と帰納法(トレンド分析)が主流になっています。 

 

デザイン思考で、少子化モデルをつくれば、例えば、政策Aと政策Bを比較して、どちらが、人口減少の歯止めに効果があるかが判断できます。

 

しかし、前例主義と帰納法(トレンド分析)では、この問題に答えを出すことができません。

学問的には、少子化モデルの精度が議論になります。

 

しかし、ある政治学者が言っているような、声の大きい人の多い政策が採択される現状の政策選択の方式より、まともです。

 

簡単な線形モデルには、限界がありますが、カルマンフィルターを使って、パラメータを随時更新すれば、大きな問題がないことがわかっています。

 

2)ジョブ型雇用のデザイン

 

アブダクションとデザイン思考の主題の1つは、ジョブ型雇用の成果評価問題です。

 

日本では、ジョブ型雇用は、自動車のセールスマンのように、成果主義は、結果主義と考えられがちです。

 

しかし、この方式では、経営者、あるいは、政策決定者の成果を評価することはできません。結果が出るまでのタイムラグが大きく、結果がでるまでに使われるコストが大きければ、やり直しをすることは不可能です。

 

この問題に対する筆者の回答は、デザイン思考で、経営や政策の設計図を評価することが成果主義の主な部分であるという仮説です。

 

これは、言い換えれば、科学的な経営や政策が行なわれているか否かという判定条件です。

 

科学のリテラシーがあり、デザイン思考で、成果評価ができれば、ジョブ型雇用ができます。

 

逆に言えば、科学のリテラシーのある世界では、年功型雇用は維持できません。

 

非科学的な指示をだす上司のいる職場は、科学のリテラシーのある人間には、耐えがたい環境になるはずです。

 

少子化モデルは、経営や政策の設計図は何かに対する具体例になっています。

 

3)コンサルティング・ファームの課題

 

少子化モデルを作成することは、難しくはありません。

 

社人研に、少子化モデルが作れる人材が何人いるかわかりませんが、IT技術者を抱えているコンサルティング・ファームであれば、少子化モデルを作ることのできる人材は、豊富にいます。

 

そうなると、少子化モデルが作られない理由は、発注者側の都合にあると推測できます。

 

これは、少子化モデルに限りません。

 

全ての政策選択において、少子化モデルと同様の政策評価モデルを作成して、政策選択することは可能です。

 

しかし、政策因果モデルは拒否されています。

 

つまり、発注者(=政策立案者、経営の決定権を持っている人)が、科学的なリテラシーがないか、科学的な政策決定は都合が悪いと考えていることを意味します。

 

仮に、科学的な政策決定は都合が悪いと考える原因が、既得利権の維持にあるのであれば、日本は変わらない、先進国からずり落ちる政策を選択していることになります。

 

つまり、現在日本で起こっていることは、期待した政策が実現しないためではなく、期待通りに政策が実現した結果であると考えられます。

 

大学や学術会議などのアカデミック・ソサエティは、既得利権の維持をサポートする御用学者であり、学問の自由は存在しないことになります。