(2種類の帰納法があります)
1)帰納法の間違い
基本的に、帰納法は間違った推論(仮説作成法)です。
正確にいえば、推論(仮説作成法)自体には、正しい推論と間違った推論の区別
はありません。
推論の正しさは、仮説の検証をして、初めて判断できます。
仮説の検証は、実験計画法に基づく手順(RCT)で行います。
実験計画法が使えない場合には、次善の代替手法を使います。
これが、データサイエンスの基本です。
この科学のルールは、今世紀に入って確立しました。
この科学のルールは、データ(情報)を対象にしているので、20世紀の自然科学のように、対象は、質量のあるモノに限定されません。
20世紀には、人文科学と社会科学でしか扱えなかった多くの対象が、今世紀に入って、従来の人文科学と社会科学の手法で扱うよりも、データサイエンスの手法で扱う方が、効率的で、科学的に正しい結論に達するようになりました。
これは、不都合な真実なので、認めたくない人が多くいます。
ジム・グレイ氏は、「第4のパラダイム」を提唱しましたが、「第4のパラダイム」とは、20世紀には、人文科学と社会科学でしか扱えなかった多くの対象が、データサイエンスの対象として、解決可能な問題になったことを意味します。
データサイエンティストが、「人文科学と社会科学でしか扱えなかった多くの対象が、データサイエンスの対象として、解決可能な問題になった」と発言すれば、多くの学部と学科からなる大学(University)では、紛争になります。
大学(University)には、各学部学科には、独自の研究手法・研究成果・社会的な価値があり、相互不可侵の原則があります。このルールを破ると、大学から追放される可能性があるので、「人文科学と社会科学でしか扱えなかった多くの対象が、データサイエンスの対象として、解決可能な問題になった」と大学で発言するデータサイエンティストはいません。
転職の少ない年功型雇用が、この傾向を強化しています。
学問的な真理より、人間関係と食い扶持(たてまえ)が、優先しています。
ただし、データサイエンスが進歩すれば、真理とたてまえのギャップは次第に耐えられないほど大きくなっていくと思われます。
永久に、現状を続けることは不可能です。
生成AIが人間を超えるかは不明です。
しかし、人間と互角な仕事ができるコンピュータのジョブが拡大しています。
日常の世界では、同じ仕事を人間がするか、コンピュータがするかは、選択の問題です。
しかし、学問の世界は、オリジナリティが優先します。
コンピュータにも、人間にも解ける問題の解法には、オリジナリティがない可能性があります。
簡単に言えば、A博士が、10年かけて、法則Bを発見したとします。
同じ法則を、C博士が、DというAIを開発して、同じ法則Bを、1時間で見つける場合もあります。
求めるべき成果は、法則Bです。手段の選択は自由ですが、DというAIが、A博士より、効率的に、法則を発見できるのであれば、この場合に、選ぶべき手法は、C博士の、AIを開発するという手法になります。
こうなると、A博士のようなアプローチの研究は、不要になります。
つまり、人間の仕事が、コンピュータに奪われるリスクは、一般の仕事より、学問の世界の方が、はるかに高いのです。
なお、これは、コンピュータの利用が始まって以来のトレンドであり、AIに固有の問題ではありません。(注1)
2)帰納法は、どこで間違えるか
伝統的に、人文科学と社会科学は、帰納法を使います。
帰納法は、仮説を導き出した対象のデータ(Casual Universe)に対しては、成立します。
これは、間違いありません。
しかし、帰納法をつかって仮説を作成する目的は、仮説を導き出した対象のデータ(Casual Universe)以外に、仮説を適用したいからです。
帰納法は、仮説の検証手法ではありませんので、この点については、仮説が正しい保証は全くありません。
これは、従来の帰納法を使った人文科学と社会科学の研究手法に、重大な欠陥があったことを意味します。
エビデンスに基づく、データサイエンスの科学の視点からいえば、「その通り」です。
分かり易い例で言えば、歴史は繰り返さないということです。
データサイエンスは、データから、法則(繰り返す部分)を抽出する手法です。
データサイエンスは、統計的手法を、注意深く使えば、データから法則(繰り返す部分)が抽出できると考えます。
この法則のなかには、適用可能は時期が限定されている(賞味期限のある)ものもあります。
データは、ビッグデータになり、抽出作業は、コンピュータを使わないとできません。
人間の脳のメモリーはあまり大きくないので、コンピュータの処理は、原理的に、人間を越えます。
マスコミは、AIが、人間を越えたことを記事にしますが、これは、人間が犬に噛み付いたようなまれな現象ではなく、犬が人間に噛みつくようなありふれた現象なので、記事になる理由はありません。
同様に考えれば、データサイエンスの研究が、20世紀の人文科学と社会科学を超える現象が、毎日のように起こっています。
データサイエンスの一部になった人文科学と社会科学もあります。
これらの研究成果は、データサイエンスの形式で発表され、データサイエンスの研究者の社会では共有されています。
この成果は、20世紀の人文科学と社会科学の形式には、変換不可能なので、データサイエンティストは、20世紀の人文科学と社会科学には関心がありません。
生気論を除けば、20世紀の人文科学と社会科学を高等教育で扱う価値はないと思われます。
帰納法は、歴史が繰り返さない場合には、無効です。
3)歴史は繰り返すか
それでは、歴史が繰り返す場合はあるのでしょうか。
ある仮説が、歴史上のどの時期をとっても反例が見つからない場合、その仮説について、歴史は繰り返すと言えます。
帰納法で作成した仮説が、歴史上のどの時期をとっても反例が見つからない場合、帰納法は有効な推論になります。
無条件帰納法の仮説は、歴史はくり返すことを主張しています。
1980 年 5 月 21 日の保守党女性会議での演説で、マーガレット・サッチャー氏は、市場原理に代る経済成長法はないというTINA(There is no alternative)の概念を訴えました。
TINAは、無条件帰納法のひとつです。
無条件ではありませんが、80%は使えそうな、準無条件帰納法もあります。
投資家のジム・ロジャーズ氏は、無条件帰納法と準無条件帰納法のプロです。
投資に無条件帰納法をつかう場合には、株式市場ができて以来の全データで仮説の検証をします。
これは、帰納法ですが、どこかの前例をコピーして使う方法とは、大きく異なります。
注1:
以前、小学校では、ツルカメ算を教えていました。
中学に入って、変数をならって、連立方程式を解けば、ツルカメ算は、不要です。
現在の小学校のカリキュラムには、ツルカメ算はなくなりましたが、問題はありません。
ツルカメ算は、変数と方程式を使わないで、問題を解くための特殊な工夫です。
連立方程式を解く方が、一般的なので、特殊な方法の理解はいりません。
現在、大学の専門課程(3、4年)で、類似の問題が生じています。
現在のスマホとパソコンは、昔のスパコン以上の能力があります。
プログラミングとコンピュータは、変数と方程式に相当します。
大学の専門課程のカリキュラムでは、コンピュータの使用は前提ではありません。
学生に電卓を使わせます。
プログラムであれば、例題のプログラムをコピーして、必要な箇所を修正すれば、30秒くらいで解ける問題を電卓をつかって、30分くらいかけて解かせています。
これは、ツルカメ算と同じレベルの前時代の教育です。
頭を使わないで、手を使わせています。
この方法では、高度人材を潰してしまいます。
この問題をクリアするには、学生は、専門教育の前に、プログラミングとコンピュータを習得している必要があります。
最近の大学生は、入学時に、ノートパソコンを購入することが多いので、その場合には、1年次のカリキュラムにプログラミングとコンピュータの学習をとりいれることも可能です。
東京大学の山肩洋子氏の発表をみると、「Pythonプログラミング入門」では「授業形式 自宅で教材による予習を前提とした反転授業」を進めています。
教材は、「Jupyter notebook形式」です。
「Jupyter notebook形式」を使っているので、「プログラムであれば、例題のプログラムをコピーして、必要な箇所を修正すれば、30秒くらいで解け」ます。
これは、アメリカの大学では、標準的な授業の方法になると思います。
「Pythonプログラミング入門」は、よくできたカリキュラムですが、対象は、3年次なので、大学の専門課程(3、4年)には、間に合いません。
東京大学は、教えなくてもできる学生が多いこと、教員の数が充実していることから、このレベルの反転授業ができますが、日本の大学で、このレベルの反転授業ができるところは少ない、あるいは、ほとんどないと思います。
理系でこのレベルですので、文系で起こっていることは、想像を絶する状態と推定されます。
クレームがないのは、文系の教員には、何が起こっているか理解できないからではないでしょうか。
<< 引用文献
コロナ禍における数理・データサイエンス・AI教育の取組:オンライン講義や教材活用など
第3回ワークショップ~コロナ禍における数理・データサイエンス・AI教育の取組:オンライン講義や教材活用など~東京大学における取組 山肩洋子http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/block_kanto.html
http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/pdf/ws3_lecturenote04.pdf
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