アブダクションとデザイン思考(12)TPS(トヨタ生産方式)の理解

(デザイン思考をするための認知バイアスの解除のハードルは高いです)

 

1)TPS(トヨタ生産方式)の概要

 

引き続き、断わりのない引用は、CARWatchの記事(筆者要約)を扱います。

 

<< 引用文献

トヨタ 豊田章男会長にダイハツの認証不正問題について聞く 「174項目をしっかり説明していく。間違えた認証についてはやり直していく」2023/12/22 CARWatch     谷川 潔

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1556735.html

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TPSは次の様に説明されています。



トヨタ は「間違ったことがあれば立ち止まる」と言っています。 

 

この「間違ったことがあれば立ち止まる」というのは、TPS(トヨタ生産方式)ではアンドンという仕組みに反映されており、生産ラインの誰もがアンドンのひもを引く権利を持っています。生産ラインで間違ったことがあればアンドンが引かれ、上司などが集まり、みんなで問題を解決して生産ラインを再開させます。この一人一人がラインを止める権利を持っているというのがTPSの特徴でもあり、TPSをソフトウェア開発に応用したアジャイル開発でも一連のプロセスがスクラムとして提言されています>

 

 アジャイル開発は、TSPとは、無関係ですので、もう少し勉強して欲しいと思いますが、大筋は理解できます。

 

<「ダイハツの認証不正問題では、なぜアンドンは引かれなかったのか?」という質問に豊田会長はTPSの考え方、生産現場でのTPS、事務・技術系現場でのTPSという形で次のように答えた。

 

 生産現場でアンドンが機能します。引っ張っても「だれが止めたんだ! お前の責任だ!」と言われないからです。引っ張らず、不良品を流すことの方が怒られる。引っ張って(ラインを)止めることは、ほめられるのです。 

 

  ところが、認証関連の仕事を止めると怒られます。

 

「Bad News Fast」ではありません。

 

「Bad Newsを持ってこい」と言われますが、本当に持って行ったら、叱られます。

 

 生産現場は「Bad News Fast」がほめられるという実績がものすごくできています。でも、認証関連の仕事の場合はそれがありません。生産現場、技能職職場では「Bad News Fast」が成り立ちます。でも、事技系(事務、技術)が入ってきたときにはだめになります。

 

 工程がはっきり分かっている開発現場は、「Bad News Fast」になります。

 

 工程すらはっきりしない開発現場では、「Bad News Fast」にはなりません。 

 

この違いは上司にあります。

 

トヨタでも事技系のTPS活動をやりはじめたのは、ここ3、4年です。

 

  事技系職場に対しても、工程でものをみて、TPSの「異常管理」をします。

 

 異常だけ管理すればいいのです。それができているのは、技能系職場です。

 

 事技系職場は、何が正常かよく分からず、異常管理ができませんでした。最近は、少し前に進んでいます。 

 

 TPSの第一歩は、工程でものを見て、なにが正常かをはっきりし、異常管理をできるようにすることです。

 

その次は、仕事のプロセス、フロー、サイクルを整理します。

 

 安全、品質、量というのは、私が社長をやる前は全部やれと言われていました。私は順番を付けました。安全、どれもがんばっているけども安全が一番優先です。次に品質です。それで、量を追い、最後は原価です。

 

 ところが社長になる前は、収益、量が優先だったのです。今でも、収益、量を出す人はほめられます、だから上のスタッフには安全と品質をほめろと言っています。 

<< 引用文献

トヨタ 豊田章男会長にダイハツの認証不正問題について聞く 「174項目をしっかり説明していく。間違えた認証についてはやり直していく」2023/12/22 CARWatch     谷川 潔

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1556735.html

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以上の記事には、デザイン思考で考えれば、明らかな間違いがあります。

 

読者は、気が付きましたか。

 

2)デザイン思考の基本

 

デザインは、何かを作るか、何かの問題を解決します。

 

デザインには、解決すべき目的があります。

 

「Bad News Fast」とアンドンは目的ではなく、手段です。

 

工程の目的自動車を作ることです。

 

アンドンの目的は、生産ラインの改善です。

 

TSPが機能している場合には、アンドンが引かれれば、生産ラインの不良率がさがるなどの改善効果が出ているはずです。

 

インタビュアーが、デザイン思考が理解できていれば、このような質疑応答になることはあり得ません。

 

健康のために、人間ドックや健康診断にかかります。

 

一般には、検査結果の問題点がゼロで、健康であることを喜ぶと思います。

 

しかし、問題点がゼロであれば、人間ドックや健康診断にかかっても、かからなくても、健康状態は同じです。

 

つまり、経済学でみれば、(with-withoutの差がない)問題点がゼロの人間ドックや健康診断の便益はゼロです。

 

悪い点が見つかり、早期治療が出来れば、人間ドックや健康診断には、大きな便益があったと判断できます。

 

人間ドックや健康診断にかかる目的は、健康を改善するためです。

 

「Bad News」が見つかって、初めて、便益が生じます。

 

ドキュメンタリズムに洗脳されていると、デザイン思考ができなくなります。

 

自動車の性能試験の不正が繰り返されていますが、そこには、デザイン思考の欠如があります。

 

国会答弁や官房長官の記者会見は、ドキュメンタリズムの塊です。

 

霞が関文学と呼ばれる表現は、内容のない空虚な発言で、典型的なドキュメンタリズムです。

 

ドキュメンタリズムはリアルワールドとは関係がありません。

 

TSPのように、リアルワールドの問題点を1つでも見つけて、改善していけば、問題解決にむけて前進できます。

 

誰かをつるし上げて、辞任させても、後任が、同じような行為を繰り返すので、問題解決は、全く進みません。

 

必要なことは、責任を誰かに押しつけることではなく、問題の改善に対して前進することです。

 

科学は、検証によって仮説を更新します。

 

仮説が更新される場合には、古い仮説は間違っていたことになります。

 

しかし、古い間違った仮説の提案者が非難されることはありません。

 

デザイン思考の有無によって、問題に対する対応の仕方が大きく変化します。

 

3)TSPとデザイン思考

 

TSPは、工程に基づく手法です。

 

工程とは、時間軸方向の設計図に他なりません。

 

つまり、TSPとは、デザイン思考の特殊な場合になります。

 

工程は、帰納法や経験科学では作ることができません。

 

デザイン(工程)は、目的を実現するための手段です。

 

ただし、(本来はあってはならないことですが、)工程のデッドコピーは作ることができます。

 

デザイン思考に基づかない工程や設計図も、デッドコピーであれば、作ることができます。

 

この点は、要注意です。

 

ダイハツには、自動車製造の工程がありました。

 

しかし、労働管理の工程はなく、ドキュメンタリズムが蔓延していました。

 

自動車製造の設計図をゼロから作れば、最初に設計の目的があるので、ドキュメンタリズムにはなり得ません。

 

そう考えると、どこかで、工程や設計図のデッドコピーが紛れ込んだ疑惑があります。

 

イェンイェン・アン氏は、中国経済が停滞期に入った原因について、次のように述べています。



「コピペ」だけで効果が上がる解決策や、労せずしてリッチになれる手段は現実には転がっていない。最良の教訓は往々にして、絶えず変化する状況に正しい原則を適応させ、苦労の末に学んでいくしかない。

<< 引用文献

中国経済の「失敗」は、習近平の「赤い進歩主義」が招いた必然の結果だった 2023/12/23 Newsweek  イェンイェン・アン

https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2023/12/post-103285.php

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ここには、ダイハツ問題と同じデザイン思考の欠如があるように見えます。