護送船団方式のコスト(1)消費税は上げられるか(改訂版)

護送船団方式は日本経済にプラスか、マイナスか、どちらでしょうか)

 

改定:中福祉・中負担を加えて、改定しました。

1-1)保守と革新

 

「消費税は上げる」べきであるという議論が、30年間繰り返されています。

 

その論点は、簡単で、2つの政策選択の問題にあります。

 

大きな政府=高負担・高福祉政策

 

小さな政府=低負担・低福祉政策

 

大きな政府の政策は、EUの諸国が採っている政策で、例えば、英国の年金の最低額は、日本の2倍くらいあります。

 

小さな政府の政策は、アメリカが採っている政策で、医療保険は不十分で、年金は、確定拠出年金(401k)で、個人が積み立てます。ちなみに、アメリカでは、年齢差別の定年はありません。個人年金が、老後の生活に十分な額になれば、退職を考えます。退職が早い場合は、FIRE(Financial Independence, Retire Early)と呼ばれます。

 

アメリカでは、民主党(革新)は大きな政府の政策を、共和党(保守)は、小さな政府の政策を掲げてきました。

 

民主党大きな政府の政策が破綻して、トランプ前大統領は、共和党に、大きな政府の政策を持ち込んで、当選したので、最近では、2分法では整理できなくなっています。

 

1-2)日本の保守(1990年まで)

 

日本の自民党は、保守と言われますが、小さな政府の政策ではありません。

 

自民党は、支援団体に、補助金等をキャッシュバックすることで、票を得ます。支援団体は、補助金等の優遇措置を得、見返りに、投票の協力と政党への寄付をします。官僚は、補助金等をキャッシュバックに便乗して、天下りポストを得ます。これが、護送船団方式です。

 

ここには、企業の倒産はなく、生産性の向上もありませんので、所得は下がり続けます。なぜなら、市場経済が働いている資本主義の国では、市場によって、生産性の低い企業は淘汰されるので、中期的には、平均的な生産性は向上し、所得が向上します。つまり、護送船団方式は、リスキリングやDXを破壊して、生産性の向上を阻害している原因になっています。

 

さて、護送船団方式の問題点は、この方式は、リアルワールドを無視した補助金のループで完結していることです。護送船団方式は、リアルワールドを無視した形而上学になっていますので、リアルワールドで、どのような大きな問題が発生しても破綻することはありません。一方、護送船団方式は、リアルワールドの問題の解決には、関心がありません。これが、官僚の無謬主義です。

 

政府の政策は、補助金をどの選挙支援団体に、キャッシュバックするかという議論に尽きています。さすがに、補助金をどの選挙支援団体に、キャッシュバックするかという議論だけでは表に出せませんので、DX、リスキリング、新しい資本主義といったカモフラージュが登場します。

 

日本では、護送船団方式によって、労働市場がありません。与党は、カモフラージュとして資本主義を標榜していますが、労働市場がないので、資本主義になっていない可能性が高いです。日本には、労働市場がありませんとは書けないので、代りに、年功型雇用というカモフラージュをつかっています。

 

日本には、労働市場がないため、生産性の向上がなく、所得は下がり続けます。この問題が、表面化するのを回避するために、強欲資本主義というキャンペーンが行われます。つまり、日本は(強欲)資本主義でなくてよかったという主張です。

 

しかし、労働市場のある(強欲)資本主義では、同一労働同一賃金になりますので、日本が、「強欲」でないと主張するには無理があります。

 

1990年にソ連が崩壊するまで、国立大学の経済学の教員に半分はマルクス経済学を研究していました。社会主義は進歩的知識人のアイドルであり、野党の社会党は、社会主義を標榜していました。

 

自由民主党は資本主義のイデオロギーの政党であり、社会党は、社会主義イデオロギーの政党であり、冷戦下では、イデオロギーが世界を左右すると考えられていました。

 

1990年にソ連が崩壊するまでに、中国では、マルキシズムイデオロギーによって、大躍進時代に2000万人、文化大革命時代に700万人が、飢餓または殺戮で死亡しました。正確な数字は不明ですが、歴史上最大級の飢餓または殺戮が起こりました。その原因は、イデオロギーが、リアルワールドとは切りはなされた形而上学だからです。形而上学は、リアルワールドのフィードバックをうけませんので、暴走すると止まらなくなります。この反省から、鄧小平氏が、生産性の向上が、イデオロギーに優先するという猫理論を提唱しています。

 

日本の少子化は、年功型雇用という形而上学が原因にみえます。リアルワールドとは切りはなされた形而上学は、リアルワールドのフィードバックをうけませんので、暴走すると止まらなくなります。少子化対策の予算は、結婚資金のたりない個人ではなく、選挙を支援してくれる業界の補助金です。ここには、リアルワールドのフィードバックはありません。そこにある構造は、大躍進時代や文化大革命時代と、同じです。

 

護送船団方式の前提は、「お金(補助金)があれば、モノをつくれる。モノをつくれば売れる」というものです。これは、敗戦で、民間部門の資金が不足していた時代には、有効なモデルでした。1985年頃に、生産施設が過剰になったこと、ソ連崩壊と中国の市場経済化によって、世界中にで競合する生産施設ができたことで、護送船団方式のモデルは、破綻しています。

 

自由民主党が、資本主義のイデオロギーの政党であるというのは、カモフラージュに過ぎなかったと思われます。

 

田中角栄氏は、建設業界の護送船団方式を熟知して、官僚をコントロールしました。田中角栄氏が、中国との国交回復をしたときには、社会主義者として話ができたと言われています。

 

マルクス経済学と社会党は、自由民主党が、資本主義のイデオロギーの政党であるというカモフラージュに必要な装置であったとも考えられます。

 

1-3)日本の保守(1990年以降)

 

1990年以降、自由民主党は、2回政権を失いますが、護送船団方式は、温存しました。

 

自由民主党が、資本主義のイデオロギーの政党であるというのは、カモフラージュでした。

 

なぜなら、自由民主党は、小さな政府の政策をする政党ではありません。

 

護送船団方式は、労働市場を破壊した年功型雇用になっていますので、小さな政府の政策はできません。

 

国際的スタンダードで言えば、自由民主党は、保守の条件を満たしていません。

 

野党が、大きな政府を標榜しても、与党が、小さな政府ではないため、選挙には勝てません。

 

野党は、エビデンスには関心がなく、形而上学の世界に生きています。

 

2つの政策選択の問題に戻ります。

 

大きな政府=高負担・高福祉政策

 

小さな政府=低負担・低福祉政策

 

この公式は、国際的スタンダードですが、日本にはあてはまりません。

 

厚生労働白書は、次のよう書いています。(筆者要約)

1961年にすべての国民が医療保険及び年金による保障を受けられる「国民皆保険・皆年金」がスタートします。国民皆保険・皆年金を中核とする日本の社会保障制度は高度経済成長を背景に拡充を続け、1973年は、「福祉元年」と呼ばれました。

 

加谷 珪一氏は、日本は、中福祉・中負担であるといいます。

 

上と同じ図式に書けば次になります。

 

中サイズの政府=中福祉・中負担

 

「福祉元年」の「国民皆保険・皆年金」は、決定的な問題点を抱えていました。

 

(問題点1)厚生労働白書が言うように、「高度経済成長」が前提になっています。

 

(問題点2)「年功型雇用、高齢化、少子化」に対応できる制度になっていない。

 

経済成長が、停止した1990年以降、年金額(福祉)は減少し、負担は増加し続けています。差分を図式で書けば次になります。

 

中サイズの政府=Δ中福祉(ー)・Δ中負担(+)

 

これは、負担する側から見れば、承認できる政策ではありません。

 

大きな政府でも、小さな政府でも、リターン(福祉)は、負担に対応しています。

 

しかし、中サイズの政府では、リターン(福祉)は、負担に対応していません。

 

アメリカでは、民主党(革新)は大きな政府の政策を、共和党(保守)は、小さな政府の政策を掲げてきました。

 

中サイズの政府の政策を掲げている政党は、世界中を見回しても、見つかりません。

 

これは、中サイズの政府の政策が、ナッシュ均衡ではないためと考えます。

 

ゲーム理論でいえば、富裕層のプレーヤーは、小さな政府の政策を選びます。

 

貧困層のプレーヤーは、大きな政府の政策を選びます。

 

アメリカは特殊で、富裕層になれるというアメリカン・ドリームを求めた移民で構成される国なので、現時点で、富裕層でない人にも、小さな政府の政策を支持する人がいます。小さな政府の政策に反対するのであれば、EUに戻れという発想です。

 

一億総中流のような社会主義の状態であれば、中サイズの政府の政策が選択されますが、そのような国は、1990年頃の日本を除いて、歴史上、出現していません。

 

これが、中サイズの政府の政策は、これを支持するプレーヤーがいませんので、ナッシュ均衡ではありません。

 

「現在の日本の政策選択はどうなっているのか」、これが、政策議論のスタート地点になります。

 

筆者は、現在の日本は、次の「逆立ちした政府」になっていると考えます。

 

逆立ちした政府=高負担・低福祉政策

 

これは、上記の次の差分表示を書き換えたものと解釈することもできます。

 

中サイズの政府=Δ中福祉(ー)・Δ中負担(+)

 

高負担であっても、高福祉が得られるのであれば、それは、合理的な政策選択です。

 

2023年現在の日本は、既に、高負担になっています。

 

しかし、低福祉です。年金は、インフレで切り下げられます。不足分は、自分で資産運用しろといいます。

 

これを見ると、政府は、中サイズの政府の政策から、小さい政府の政策に切りかえるといっています。それならば、負担を減らせと言う主張が出て来ることは当然です。

 

年金は切り下げても、国産半導体製造のための産業振興補助金は確保します。AIの技術開発のために、1000から2000億円の予算を投じています。しかし、アマゾン1社で、生成AIに投入する金額は5900億円です。2000億円の予算に競争優位になる効果はありません。これらの予算の効果は疑問です。

 

小さい政府の政策の基本は夜警国家ですから、産業振興はしません。

 

見かけの消費税率は高くありませんが、社会保険料を含めれば、サラリーマンの負担率は、50%近くなっています。計算方法がよく理解できないのですが、将来生じる国債の負担も加算すると負担率70%を超えるという試算もあります。

 

ここでの議論は、高負担か、低負担かです。

 

同じ高負担でも、社会保険料を引き下げて、最低賃金と消費税を上げるという組み合わせも可能です。しかし、労働市場がないので、賃金が上がりません。こうした議論の前には、労働市場の確立、つまり、年功型雇用の放棄が前提になります。

 

EU(ドイツ、フランス)のデータを見ると、負担率の上限は、60%なので、日本の50%に比べれば、あと10%のノリシロがあります。しかし、EUは、高福祉で、リターンも大きい点が、日本とちがいます。年功型雇用ではなく、労働市場があるため、若年層の収入は高くなっています。負担率を60%にする場合には、負担の上限とリターンの保証を明示する必要があります。これは、大きい政府の政策になります。

 

とりあえず、現在の負担システムで考えれば、既に、高負担なので、消費税を上げる余地はないと思われます。

 

これ以上、消費税を上げると内需が破壊されてしまいます。

 

経団連は、消費税をあげろといいますが、サラリーマンにとっては、社会保険料が引き上がるよりも、消費税が上がる方が、負担が小さくなります。なぜなら、社会保険料は、給与所得者を中心に負担が発生するのに対して、消費税は、全国民で負担するからです。つまり、消費税の増税は、サラリーマンや大企業の経営者にとって、社会保険料より、お得です。にもかかわらず、経団連は、ここまで、消費税の増税に賛成せずにきたのですから、今更、消費税の増税といっても、理解されないと考えます。

 

高負担・低福祉政策のからくりは、予算の低い効率です。

 

予算の効率化の手法は、証拠に基づいた政策決定(EBPM、EBM、Evidence-based policy making)として、既に、国際標準として確立されています。

 

EBPMを採用すると、護送船団方式が温存できません。

 

今後、DXやリスキリングと同じような証拠に基づいた政策決定ウォシングが出てくると思われます。

 

既に、部分的に導入されている証拠に基づいた政策決定事業では、証拠を、証拠にならないアンケートに置き換えられるようなウォシングが多発しています。

 

2025年大阪・関西万博の建設費用が当初の1250億円から1000億円増加しています。

 

証拠に基づいた政策決定がなれていれば、2025年大阪・関西万博は、早い段階で、コストに見合う便益が得られないので、撤退していたはすです。1250億円のB/Cで計算された事業は、2250億円になれば、赤字のはずです。民間企業であれば、造れば赤字の商品は生産しません。それが、できないことは、予算の効率が無視されていることを示しています。

 

証拠に基づいた政策決定がなされていれば、東京オリンピックの赤字の繰り返しは避けられました。それが、不都合な人がいる訳です。

 

財務省は、産業振興などの補助金という放蕩息子のいいなりで、おこづかい(税収)を増やせといっています。それは、無理だと思います。証拠に基づいた政策決定が入れば、省庁は再編されます。護送船団方式は崩壊します。財務省は、護送船団方式を維持したがっています。

 

財務省の矢野康治事務次官が、「このままでは国家財政が破綻する」という記事を2021年に月刊誌に寄稿しました。

 

加谷 珪一氏は、次のように、批判しています。

日本の財政については「破綻の危機に瀕している」「全く問題ない」という両極端な意見が対立しており、神学論争のような状況である。極論ばかりを戦わせ、歩み寄りが見られないという状況も、ある種の現実逃避である。日本の財政破綻よりも短期的で重大な問題があり、これに対処するためにも財政の健全化が必要だ。

 

加谷 珪一氏の指摘の「神学論争」というキーワードが示すように、財務省の政策は、形而上学になっています。財務省の政策が形而上学になる理由は、護送船団方式を最優先にするためです。

 

護送船団方式は、逆立ちした政府を生み出すので、持続できません。若年層は、そのことを理解していますでの、公務員の希望者は激減しています。

 

1-4)政策選択の方向

 

3つの政策選択の問題に戻ります。

 

逆立ちした政府=高負担・低福祉政策

 

大きな政府=高負担・高福祉政策

 

小さな政府=低負担・低福祉政策

 

これから、何をすべきでしょうか。

 

政党は、逆立ちした政府を、大きな政府、または、小さな政府に戻す軌道修正案を出すべきと考えます。ナッシュ均衡を無視した政策は、持続できません。

 

引用文献



「五公五民」と嘆きの声…日本の「税金・社会保障の“負担感”」はなぜこんなに大きいのか? その意外な理由 2023/03/08 現代ビジネス 加谷 珪一

https://gendai.media/list/author/keiichikaya

 

検証:企業が負担する社会保障コスト—少子高齢化時代に果たす役割を睨んでの国際比較 2006/09

https://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_9/world_01.html

 

社会保障費用統計 令和3年度社会保障費用統計 

https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0004009080

 

矢野事務次官・論文で再燃した「財政破綻」論争は根本的に間違っている 2021/10/26 Newsweek  加谷 珪一

https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2021/10/post-162.php

 

時代のニーズに対応した社会保障制度の発展を振り返る H23 厚生労働白書

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/11/dl/01-02.pdf