前回は、カモフラージュという概念で、幾つかのおかしな政策を見破ることができるのではないかという提案をしました。
今回は、リチャード・カッツ氏の記事を参考にこの問題を彫り下げてみます。
1)公約のカモフラージュ
リチャード・カッツ氏の記事の要点は以下です。(筆者の要約)
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2003年に小泉純一郎首相は民間企業の女性管理職の割合を30%に引き上げると宣言した。
2013年に安倍晋三元首相は同じく2020年を期限にその割合30%の約束を繰り返した。
2015年に安倍晋三元首相は同じく2020年を期限にその割合15%の約束をした。
2023年に岸田文雄首相は2030年を期限に企業の役員の30%以上を女性にすると宣言した。
岸田首相は、安倍元首相や小泉首相と同様、目標を現実にするための効果的な対策を立てずに、高い目標を発表する癖がある。委員会を設置して対策を練ると言っているが、スタートアップ企業の創出、出生率の向上、所得の偏在の是正、原発の再稼働など、他の大きな課題に関しても同じことを行っており、実際の成果はほとんどない。
岸田首相の目標は、前任者たちの目標よりもはるかに低い。対象は経営者だけで、すべての管理職ではない。さらに、対象は、上場する一流企業だけである。
今のところ、「空約束」は、岸田首相にとってはうまくいっている。同首相の世論調査の評価は、政権を維持するのに十分なほど高い。だから、岸田首相には政策を変える動機がない。
もし政府が女性管理職を増やしたい、賃金を平等にしたいと考えているなら、まずは賃金や昇進に関する男女差別を違法とする法律を施行することだ。そして、昇進の平等は問題の一部に過ぎない。
「ジェンダーギャップ報告書」によると、政府や企業における指導的役割で日本は146カ国中、133位、同様の仕事に対する賃金の平等性で75位(2020年の67位よりさらに悪い)だった。
このような「差別」はすべて、日本の労働基準法とは相反する。同法の文言は「使用者は、労働者 が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない」と明確に規定している。
さらに、1985年に施行された男女雇用機会均等法は、昇進に関して女性を差別すること、あるいは性別に中立であるように見えるが結果的には差別となる基準を使用することを禁じている。だが、これらの法律は日常的に無視されており、執行を義務付けられている政府機関もない。被害者は時間とお金をかけて法廷で救済を求めなければならない。さらに悪いことに、このような場合、集団訴訟は利用できない。
このような訴訟でつねに企業の代理人を務めるある弁護士によると、同氏のクライアントは日常的に、職務内容に手を加えることで「同一労働同一賃金」の原則を回避し、実際には同一労働ではないと主張しているという。このような場合、裁判官はほぼつねに雇用主を支持する。また、苦情を受けて政府機関が法律違反を認定した場合でも、是正命令が出されるだけで罰則はない。
ちなみに、同じ差別禁止法が非正規労働者にも適用されるが、その場合も強制力はない。
法律違反の罰則が必要だ。
解決策は、厚生労働省に法律違反の調査と罰則を義務付けることだ。日本には労働基準監督官がおり、個々の企業の慣行を調査している。しかし、ほとんどの場合、過剰な残業や残業代の未払いといった違反に焦点を当てている。同一労働同一賃金の問題は契約紛争であり、彼らの管轄外である。さらに、この問題を真剣に調査するには検査官の数が少なすぎる。
岸田首相が本気であれば、こうした検査官に給与や昇進に関する差別を調査するよう義務づけ、違反した場合には厚生労働省が厳しい罰金と公表によって罰則を科すようにするだろう。
岸田首相は、目標と対策を一致させたことがないので、これ以上の成果は期待できない。
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筆者がカモフラージュとよんでいるところは、カッツ氏の用語では、「空約束」、「目標と対策の不一致」、「法律違反の罰則の欠如(違法状態の蔓延)」になります。
2)違法と破綻
「法律違反の罰則の欠如(違法状態の蔓延)」は、先進国としてはあるまじきことです。
カッツ氏の主な主題は、ジェンダーキャップですが、そこには、女性は非正規採用が多いという実態が反映してます。
非正規採用と正規採用がの賃金は、同一労働、同一賃金でない違法状態になっています。
カッツ氏は、次の様にも言っています。
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男女雇用機会均等法の差別禁止条項への反動もあり、企業は「ママさんコース」と呼ばれる女性中心の「一般職」と男性中心の「総合職」の2つのコースを設けた。45歳になると、管理職の年収は一般職の2.5倍近くになる。
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つまり、年功型雇用は、ジェンダー差別を含む身分制度になっています。身分制度では、スキルがあっても、給与が増えませんので、だれも、スキルを磨かず、日本の技術は地に落ちています。
そうした企業になると、CEOは、リスキリングとか、ジェンダーギャップ解消とか、SDGsといって、カモフラージュを張ります。
SDGsには、ジェンダーギャップ解消も含まれますので、年功型雇用をしている企業は、基本的に、SDGsにアウトなはずです。
9月11日、経団連が「令和6年度税制改正に関する提言」を公表しました。そのなかで、岸田政権が進める「異次元の少子化対策」などの財源としての消費税について言及しました。消費税が「社会保障財源としての重要性が高く、中長期的な視点からは、その引上げは有力な選択肢の1つである」としました。
これは、少子化対策などの財源として社会保険料が引き上げられた場合、会社員の本人負担分だけではなく企業負担分も大きくなる点を配慮していると思われます。
しかし、消費税増税の効果は限定的です。
現在の社会保険料負担は、異様に高くなっていて、ほぼ限界に達しています。
社会保険料負担が増えた原因は2つ考えられます。
第1は、消費税や所得税の税率が低いことです。
第2は、消費税や所得税が払えないほど所得の低い人が多いことです。
経団連は、第1の原因だけを主張しますが、賃金の国際比較でみれば、第2の要因が大きいことがわかります。
簡単に言えば、経団連は、「非正規採用と正規採用がの賃金は、同一労働、同一賃金でない違法状態を放置」しました。低賃金で、安い製品を作ることを目指し、技術開発を怠りました。
非正規得採用の低賃金の人は、十分な税を納めるだけの所得がありません。その赤字は、企業の社会保険料の増額に反映されます。ですから、社会保険料が増えた原因には、非正規採用を拡大したという自業自得の部分もあります。経団連の発言は、こうした部分を無視しています。
経団連は、今のところ、年功型雇用と春闘を維持する計画です。つまり、「非正規採用と正規採用がの賃金は、同一労働、同一賃金でない違法状態を放置」する計画です。
経団連は、産業構造の入れ替えや、産業間の労働移動が大切であるといいますが、これは、カモフラージュと思われます。カッツ流にいえば、「空約束」になります。
なぜなら、産業間の労働移動が大切であるのであれば、年功型雇用を廃止するはずだからです。
「空約束」(形而上学)であれば、都合の良いことを何でも言えます。しかし、問題は放置されるので、政権交代の時に、劇的な変化が起こることになります。
本来の選挙であれば、適切な政策を公約にあげる候補が選ばれます。
しかし、「空約束」が乱発されれば、ともかく、現状を変えてくれれば、その先は、どうでもよい候補が選ばれる状態に進んで行きます。これは、不安定な状態で問題が多いのですが、やむを得ないかも知れません。
引用文献
法律も無意味「女性が出世できない国、ニッポン」 2023/06/23 東洋経済 リチャード・カッツ