科学技術立国の終わり(9月12日改訂版)

1)アダプションと因果モデル

2023年5月2日の東洋経済に、リチャード・カッツ氏は、次の様に書いています。

日本はデジタル分野の専門人材不足が深刻化する「2025年デジタルの崖」に直面する。経済産業省によると、2020年には30万人、2030年にはデジタルサービスの需要次第で45万人から80万人にまで不足が拡大するとされている。後者の場合、日本が必要とする190万人の専門人材を4割も下回ることになる。

経産省は、日本がこの崖を乗り越えなければ、2025年以降、日本のGDPは予測よりも毎年12兆円も低くなると警告している。その損失は、2022年のGDPの2%以上に相当する。

ところが、政府はDXなどという聞こえのいいスローガンを掲げるだけで、この状況を改善するためにほとんど何もしていない。

今回は、「政府はDXなどという聞こえのいいスローガンを掲げるだけで、この状況を改善するためにほとんど何もしない」(結果)に対して、アブダプションで、原因を考えてみます。

 

ここでは、コイン型の命題を考えます。

(原因X)があるので、(結果:2025年デジタルの崖を解消しない)が生ずると考えます。

(原因X)がなくなれば、(結果:2025年デジタルの崖は解消される)が生ずると考えます。

 

そこで、何が原因Xなのかをアブダプションで推定します。

ここで、ドライビングフォースを人間が作っていると仮定します。

そうすると、(2025年デジタルの崖が解消されると困る人=原因X2)が、結果(原因X)を作っていると考えることができます。

 (2025年デジタルの崖が解消されると困る人=原因X2)とは誰でしょうか。

 ヒントは、同じ2023年5月2日の東洋経済のリチャード・カッツ氏の記事の中にあります。

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ある調査によると、デジタル人材の65%の年収が390万円から540万円であり、615万円以上は5%、1000万円は一握りである。また、他の17カ国では、IT技術者の給与が日本より高いという調査結果も出ている。

 つまり、日本のIT技術者は、不当に低い給与で搾取されています。搾取という言葉は、社会主義的なので、IT技術者の労働市場がないと言い換える方がよいでしょう。

2022年5月12日のITmediaによると、「中国通信機器大手ファーウェイ(華為技術)は、2019年6月から、世界から天才少年を招聘すると表明しています。

ファーウェイで天才少年として採用された人材は最低でも約1500万円、最高ランクだと4000万円の年棒で迎えられます。

ファーウェイは2022年4月に、世界に向け『学歴不問、5倍の年収』で天才少年の公募を始めました。20221月にはロシア人2人を採用しています。

日本でも新卒エンジニアに1000万円を超える年収を用意する企業が登場していますが、人材獲得競争で負けています」

 IT技術者の給与が上がると困る人がいます。その人が、(2025年デジタルの崖が解消されると困る人=原因X2)になっていると思われます。以下では、この人を、X2候補と呼ぶことにします。

例えば、日系大手の投資信託の経営トップは7割強が銀行などのグループ会社からの「天下り」です。年功型雇用の内部昇進も、給与が、仕事ではなく、ポストに付きますので、問題が多いのですが、投資信託はそれ以前の世界になっています。

つまり、デジタル人材の労働市場ができれば、グループ会社からの「天下り」は、100%、年功型雇用の内部昇進の恐らく50%が、ポストを去ることになり高給を得られなくなります。なぜなら、これらの人は、実績ではなく、ポストで給与をもらっているからです。

2023年9月9日の日経新聞によると東京証券取引所は、機関投資家が政策株を抱え続ける企業トップの取締役選任に反対しています。

米国のインスティテュ-ショナル・シェアホルダー・サイドビジネスISS)は、保有額が、連結資産の20%以上の場合には、企業トップの取締役選任に反対します。

アメリカのグラスルイスは、10%以上の場合には、企業トップの取締役選任に反対します。

京セラは比率が49%に達しています。

比率が高いと利益相反が起こります。企業トップが、自社の利益を優先しない可能性が生じます。

スキルのあるデジタル人材が高給を得るチャンスはなくなります。

東京証券取引所は、国際的な証券取引所のなかで、大きくランクダウンし、続けています。それが、取引所の改革の原動力になっています。

2023年9月11日のBloombergで、Lisa Du氏は、経営陣との対話を重視するエンゲージメント・ファンドを立ち上げたスパークス・グループの阿部修平社長の話を紹介しています。(筆者要約)

阿部氏によれば、注目を集めたバフェット氏による日本株への投資は、日本が転換期を迎えていることを示すシグナルです。東京証券取引所が株価純資産倍率(PBR)の改善を求めたことで、企業は株主のために価値を高めることを余儀なくされ、賃金や投資を抑えるという旧態依然としたやり方には頼れなくなっているとの認識を示しました。

スパークスは5月、野村証券と共同で個人投資家向けに投資信託を設定しました。この信託は、9月上旬時点で、TOPIXと比較した運用成績はアンダーパフォームしています。

スパークスが成功するかは、不明ですが、新しい経営が試みられていること、それが成功すれば、株価や企業業績が向上する余地は考えられます。

デジタル人材の労働市場ができれば、給与は、ポストに連動しません。この場合には、年功型雇用の順番待ちで、ポストにつくこと自体がナンセンスです。ポストに関係なく、業績をあげれば、給与があがります。監督の給与が一番高くないプロ野球の選手のような世界です。

 年功型雇用で、給与がポストに連動すれば、経営は、エビデンスに基づかない形而上学になります。教養や経営哲学の本が売れている背景です。

 経営がエビデンスに基づく場合には、成功や失敗は予測不可能で、幹部の昇進の速度やポストにつく就任期間を制御できません。年功型雇用を維持すためにには、経営は形而上学でないと困る訳です。経営が形而上学になれば、科学技術を排除します。しかし、正面きって、形而上学の経営をしていますと言えば、年功型雇用は崩壊してしまいます。そこで、年功型雇用を延命するために、カモフラージュが量産されます。

 2)カモフラージュと科学技術立国の終わり

 今回のテーマは、日本は、科学技術立国ではなく、カモフラージュ大国になっているという主旨です。ある経営や政策が、カモフラージュであるか、ないかは、(a)経営や政策が検証可能な因果モデルになっているか、(b)エビデンスを計測して、経営や政策をフィードバックして修正するループが出来ているかを見れば判断できます。

 「2025年デジタルの崖」は、リチャード・カッツ氏が指摘するように、効果が検証可能な政策はなにもしていませんので、カモフラージュと判定できます。

 リスキリングは、日本にしかない単語です。欧米でも、学びなおしはしますが、労働市場があるので、大学の社会人学生は、50年以上前からいます。

 ジョブ型雇用では転職がありますので、失業中に、スキルアップする補助制度があるのは当たりまえです。デジタル技術に対する補助制度があるのも普通です。アメリカや中国に比べれば、EUは、ソフトウェア大国ではありません。EUIT技術者の労働市場は、アメリカの労働市場と繋がっています。失業中に、スキルアップして、新たに、IT技術者になる人の割合は10%以下と思われます。

 こうした現状を考えれば、欧米で、リスキリングが魔法の言葉として、独り歩きしているはずはありません。

「デジタルの崖」が発生する原因は、X2候補が、ジョブ型雇用(技術者の労働市場)を阻止していることが原因であるという因果モデルで、説明可能です。その結果、現在は、高度人材は、海外の労働市場を目指しています。

 ジョブ型雇用(技術者の労働市場)が実現すると、X2候補の多くは、所得が減少するので、阻止をします。ジョブ型雇用(技術者の労働市場)が実現しなければ、リスキングしても、高度な技術を生かして働く場はありません。つまり、リスキリングは、ジョブ型雇用(技術者の労働市場)の実現を阻止するカモフラージュです。

 2023年9月9日の日経新聞によると政府は、優位な技術保護のために貿易制限や外資排除をする計画です。これは、あたかも「優位な技術」が流出したので、日本経済が弱くなったという主張です。技術はある速度では必ず流出します。技術流出を大きく止めるには、コストがかかるので、許容できるある速度で技術が流出する状態が最適な技術管理です。技術優位が無くなった原因は、新しい技術開発ができなくなったからで、「優位な技術」の流出は主要因でありません。

日本の半導体技術は、韓国のサムスンに流出しましたが、現在のサムスンの技術の半分以上は、その後の技術開発と思われます。一方、日本は、技術開発をせずに、円安で乗り切る計画でした。日本の半導体企業が、サムスン以上に技術開発していれば、生き残っていた可能があります。日本の半導体企業が、技術開発ではなく、円安を選んだ背景には、X2候補が暗躍した可能性があります。科学的な経営をすれば、サムスンと同じ道を選んだはずです。

日本の優位な技術流出の防止は、年功型雇用では、X2候補が暗躍して、技術開発が止まっているという事実から目をそらすためのカモフラージュと思われます。2000年代に、労働市場ではなく、非正規採用が拡大したことも、同様に説明できます。

日本のFDIは、北朝鮮以下で、世界で最低です。今後さらに、貿易制限や外資排除といった鎖国政策を進めれば、何が起こるかは自明です。

 外資が大株主になれば、科学的な経営をします。これは、X2候補が、クビになるリスクを高めます。このため過去には、強欲資本主義というカモフラージュのキャンペーンが行われました。

日経新聞は、2023年9月10日の一面で、日本の中小企業の半導体企業が、外資に買収されるリスクがあると主張しています。これは、政府の「優位な技術」の流出防止に賛成する主旨です。この記事は、日経新聞一面の「チャートは語る」シリーズですが、今までの記事は全て帰納法で作られてきたので、異様です。なぜなら、日本の中小企業の半導体企業が、外資に買収されたという事実を示すチャートはないからです。チャートは企業規模を示しているだけです。

「チャートは語る」シリーズは、アブダプションではなく、帰納法で、因果モデルがないので、筆者は評価しません。それにしても、エビデンスをかたるチャートがない「チャートは語る」は、このシリーズではあまり見かけません。

この記事もカモフラージュの可能性が考えられます。本当に、日本の中小企業の半導体企業が、外資に買収されるだけの技術と価値があるのであれば、日本の大手企業が買収しているはずです。

「日本の大手企業は、中小企業の半導体企業を買収していない」(結果)から、原因を推定すれば、考えられる可能性は次のいずれかです。

(S1)日本の中小企業の半導体企業が、外資に買収されるだけの技術と価値はない。

(S2)日本の中小企業の半導体企業が、外資に買収されるだけの技術と価値はあるが、日本の大企業のCEOは適切な経営判断ができない。

いずれの場合でも、日本の中小企業の半導体企業を「優位な技術」の流出防止リストに加えるばき理由はありません。

政府は、生成AIデータの開示を求める法案を成立させる計画です。この法案も、「優位な技術」が流出防止法案も形而上学です。案件が法案を満足しているかをエビデンスに基づいてチェックする手順が示されていません。生成AIと書いても、何が生成AIに該当するか、チェックのコストはいくらになるかが、書かれていません。

中国では、2023年7月1日に、改正された反スパイ法(反间谍法)が実施されていますが、問題は、何がスパイに該当するのかが、不透明な点にあります。

生成AIのデータ開示法案も、同様の問題点を抱えています。今後、アプリの8割以上に、生成AIが組み込まれると思いますが、生成AI法は、アプリが生成AIを使わないように誘導します。全ての生成AIデータを公開しても、マイナンバーカードすら運用できない政府には、そのデータが正しく登録されたのかすらチェックする能力はありません。

2023年9月9日の日経新聞によると、政府は、「行政DXは人手不足は壁」に達していると言っています。デジタル庁は役に経たなかった訳です。

「デジタルの崖」が発生する原因は、X2候補が、ジョブ型雇用(技術者の労働市場)を阻止していることが原因であるという因果モデルで、説明すれば、これは、デジタル化を遅らせてもよい理由を作っているだけです。2022年10月に、共通化の標準仕様を設定しているようです。しかし、弱小自治体であれば、システム開発費用が問題になります。標準化仕様を決めるだけでなく、仕様にあった共通モジュールを開発して、希望する自治体に配布すれば、人手不足の問題は解消に向かったはずです。システム開発を共通化すると、関連業界に流れるお金が減ってしまいます。つまり、人手不足が問題ではなく、関連業界の受注金額が減ることが問題だったので、その解決を行った結果が現状であるとみなすことができます。

生成AIなどの開発言語には、Pyhtonを使いますが、これは、既に準備された多数の公開されたモジュールを使うことで、開発期間を劇的に減らすことができるからです。

政策の効率をエビデンスベースで評価して改善するプロセス(エビデンスに基づく政策決定)があれば、行政DXの遅れはなかったはずです。もちろん、こうなると成績が明確にでるので、ポストで給与をもらって、形而上学を続けることができなくなります。そこで、「行政DXは人手不足は壁にある」というカモフラージュが、発信されます。

 行政DXの遅れは意図して、作りだされていると解釈することができます。

 X2候補が暗躍して、科学が封印され、形而上学が幅を利かせています。

ここまで、徹底して、科学を無視している先進国は日本だけです。

こうして、科学技術立国が息の根を止めるまで、あと一歩になっています。

日本でも、X2候補というダース・ベイダーが、暗躍している気がします。

3)伊東乾氏の指摘

2023年9月11日のJBPressに、大学入試改革について、伊東乾氏は次のよう書いています。(筆者要約)

 世界のデファクト・スタンダードは「キーボード入力」です。

 例えばOECD経済協力開発機構)が全世界の15歳人口に対して学力を評価する共通テスト「PISA」はコンピューター入力、機械学習採点で精緻な解析が施されています。

 極めて情けないことですが、このマークセンス式、元は手回し式の機械計算機などで用いられた「パンチカード」(特許取得は1889年だそうです)から派生したものにほかなりません。

 つまり、21世紀には明らかに時代遅れの「マークセンス方式」に固執し続けてきたのが、我が日本国の過不足ない現状なのです。

 なぜ日本は、日本人は、こういうものを一度導入すると、変えることができないのか。ここでまた、例によってのお経ノリトが登場します。

「解答方式が変化すると、受験生たちが混乱する」

「子供たちが、かわいそう」

「指導する教師の側も、受験産業も、変化を望んでいない。巻き込まないでほしい」

 こうした慣性(惰性)の開き直りがオンパレードとなり、大日本帝国憲法の発布頃から使ってきた130年モノのパンチカード亜流を、ついぞ改められない。

 日本病としか言いようがありません。

ここで、伊東乾氏は、「例のお経ノリト」、「日本病」といいますが、この推論は帰納法です。

もっとも、「例のお経ノリト」と言っているので、伊東乾氏も形而上学であることは薄々感じていると思われます。

注意すべきは、「慣性(惰性)の開き直り」は、カモフラージュの可能性があるという点です。

伊東乾氏は物理学科の卒業生です。

物理学は、20世紀の科学の中心でした。科学哲学者のポパーも物理学をモデルに理論を構築していいます。近代経済学も物理学の微分法方程式を流用しています。

物理学では、帰納(仮説作成)と演繹(仮説検証)というフレームが大きく成功したように見えます。

物理学の法則は、時間が経てば変化する時間の関数ではありません。

また、物理学の法則は、どの母集団にもあまねくあてはまります。

つまり、物理学の思考パターンになれると、Casual Universeの違いが気にならなくなります。

一方、今世紀のデータサイエンスの仮説は、賞味期限のある時間の関数です。仮説を検証するデータは不十分で、検証が十分に終らないうちに、時間が経過して、検証対象の仮説が変化してしまいます。

仮説は、検証されれたCasual Universeの中でしか有効ではありません。

仮説検証は、基本的には、不十分なデータに基づいて、最良の選択をするプロセスにすぎません。

科学者の仕事は、永久に変わらない真理を追求することではなく、その時に、ベストな選択をする会社を運営する経営者に似ています。

帰納法で、「例のお経ノリト」、「日本病」といえば、問題解決を放棄することになってしまいます。

アブダプションを使わないと、問題は解決できません。

X2候補は仮説にすぎないので、間違っているかもしれません。

筆者は、X2候補の仮説が正しいとこだわるつもりはありません。

X2候補の仮説に、対抗する主張として「終身雇用を失くすほうが日本企業は危うい」という人もいます。

しかし、こうした主張は、検証可能な因果モデルになっていません。

つまり、形而上学です。形而上学では、リアルワールドは変わりませんので、検証不可能な仮説は、カモフラージュに過ぎません。カモフラージュは、CUハッキングをして、都合のよい事例ばかり集めていきます。

アブダプションを使って、問題解決を阻害している原因を推定して、原因を取り除いた場合の効果をエビデンスに基づいて検証するという科学の方法なしに、問題解決はできないと考えます。

引用文献

 27カ国中最下位…日本がIT人材足りない根本理由 このままでは最大80万人が不足する事態に 2023/05/02 東洋経済 リチャード・カッツ

https://toyokeizai.net/articles/-/669331

 

 新卒年収4000万円も ファーウェイ「天才少年」を世界で公募開始 2022/05/12 ITmedia

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2205/12/news018.html

 

画期的改革も登場、日本の未来を左右する2025年大学改革の中身 2023/09/11 JBPress 伊東 乾

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/76901?page=4

バフェット氏との会談で拍車、スパークスが20億ドルのファンド設立へ  2023/09/11 Bloomberg Lisa Du

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-09-11/S0SN6ZT0G1KW01?srnd=cojp-v2