履修主義を超えて

1)丸山知事の発言

 

山陽中央新報は次のように伝えています。

文部科学省が4月に実施した全国学力テストについて島根県の丸山達也知事は8月22日、正答率が全国平均で5割しかない設問があり、子どもたちが置き去りになっているとし「義務教育の体を成していない可能性がある」と国を批判しました。

 

 丸山知事が例に挙げた設問は小学6年算数で「椅子4脚の重さは7キロ。この椅子48脚の重さは何キロですか」との内容。正答率が全国55.5%(県48.7%)だったとし「これぐらいの数字を扱う能力を身につけさせられずに義務教育を終わらせたり、社会に出す教育は無責任だ」と述べ、原因分析や児童へのフォローが必要としました。

 

 各学校で教員の長時間労働が常態化している問題を取り上げ「教員は一生懸命やっている。補充できず、欠員が出るほど現場が疲弊しているのに、この正答率ということは失敗。文科省の責任だ」と断言し、学習指導要領の見直しを求めた。

 

 県教委に対しては「解けなかった子どもたちが解けるよう教えるということをやってもらえないだろうかとお願いした」と説明しました。県教委は小中学校を所管する市町村教委への情報共有などを含め、検討中としました。

 

ところで、ここには、履修主義の話は出てきません。

 

文部科学省は履修主義ですから、全国学力テストの成績をあげることを教育の目的としていません。

 

文部科学省は、正答率が全国平均で5割しかない設問があることは問題ではないと考えています。

 

恐らく、教育は人間的な成長を促せばよく、算数が出来るか出来ないかは、些細な違いであるということだと思います。算数の点数は計測可能なエビデンスですが、人間的な成長は計測不可能な形而上学です。つまり、教育は科学ではなく、形而上学であるべきと考えています。

 

筆者は、人間的に成長していても、算数が出来ない人材を企業は採用しないと思いますし、算数が出来ない人材を集めても、科学技術立国はできないと思いますが、それは、人間的な成長に比べれば、とるに足らない事項になっているようです。

 

学習指導要領は、履修主義ですから、細かな内容が書かれています。

 

アメリカの場合には、習得主義ですから、学習指導要領のようなガイドラインには、アバウトな内容しか書かれていません。習得主義の授業の教え方は、ガイドラインで一律に決めるわけにはいきません。

 

習得主義の授業の教え方は、エビデンスに基づいて調整するものであって、国が指示する内容ではありません。

 

2)エビデンス革命の科学的なプロセス

 

エビデンスに基づく場合、事前にどの仮説が正しいかは誰にもわかりません。

 

エビデンス革命の科学的なプロセスでは、まず、因果モデルの仮説を作り、次に、エビデンスに基づく仮説の検証を行います。仮説が上手く検証されない場合には、仮説を修正して、検証作業を繰りかえします。

 

つまり、エビデンス革命の科学的なプロセスでは、何が正しいかはわかりませんが、何が正しいプロセスであるかは分っていることになります。

 

これは、パースが、「ブリーフの固定化法」で、「ブリーフは科学の方法で固定化しましょう」といったことに対応しています。

 

丸山知事が、エビデンス革命の科学的なプロセスを理解していれば、「設問によっては、正答率が全国平均で5割しかない」(結果)に対する原因をアブダプションで推定します。そして、エビデンスに基づいて仮説の検証を行います。仮説が正しければ、原因を取り除けば、正答率が上がることになります。

 

しかし、実際には、科学的なプロセスがありません。

 

中央教育審議会は、権威があるかも知れませんが、科学の方法を理解していない可能性もあります。

 

パースは、「ブリーフの固定化法」で、科学的な方法を、科学の外に拡張することを試みました。その試みは、2000年頃に、データサイエンスによって、科学が拡張されて、達成されています。

 

エビデンス革命の科学的なプロセスが理解できていれば、審議会などの提案は、「因果モデル」と「エビデンスに基づく検証」のステップを含んでいるはずです。

 

提案に、この2つの要素が含まれていない場合、審議会には、科学の方法を理解できている人がいないことになります。パースの言い方をすれば、恐らく、その理論は、科学ではなく、形而上学になっていると思われます。

 

8月25日のFNNによると「定員割れの私大対象に、文科省が3000億円を投じて、大学同士のマッチングシステム」を開発するそうです。

 

これは、因果モデルの命題ではないので、問題解決とは無関係です。

 

 履修主義の大学は、新卒一括採用の年功型雇用によって維持されています。年功型雇用は、社員の能力を評価しないからです。年功型雇用は、労働生産性を低下させます。年功型雇用が、失業率を低く抑えているというメリットはありません。就職氷河期の新卒は、よい就職先につけていませんが、これは、ジョブ型雇用ではないためです。こうしたマイナス面を無視して、雇用統計の数字を論じても、意味がありません。日本の失業率と欧米の失業率は、異質で、比較できません。

 

ジョブ型雇用になれば、リスキリングすれば、収入が増えます。しかし、これは、習得主義の世界です。

 

私大の定員割れ原因は、人口減少ですので、何ら問題はありません。問題があるとしたら、年功型雇用のため、解雇された大学職員の再就職先がないことです。

 

最大の問題は、履修主義を続けると、定員割れの私大レベルのカリキュラムでは、生成AIに全く歯が立たないということです。

 

アメリカでは、既に、AIに仕事を奪われた解雇は始まっています。

 

野口 悠紀雄氏は、日本では、「雇用契約によって守られている正規職員を簡単に解雇することは難しいでしょう。すると生産性の高い人が職を失い、生産性の低い人が雇用され続けるといった事態になりかねない」といいます。

 

しかし、新規採用については、AI以下のレベルの人の採用は、ある時からなくなるはずです。サービス業で、ロボットが普及すれば、人材募集はなくなります。知的産業のダメージは更に大きく、AIが家庭教師や、教員の代わりになれば、AIレベル以下の人材の募集はなくなります。

 

アメリカでAIに仕事を奪われた解雇の場合には、知的レベルがAIより高くとも、コストがAIより高ければ、解雇される事例が出てきています。

 

これは、若年の失業率をたかめ、社会不安の原因になります。

 

2023年の現在でも若年の所得が低い問題があるにもかかわらずです。

 

簡単にいえば、ジョブ型雇用をつかって、労働市場を通じて労働生産性をあげずに、30年間無理をしてきたつけが、爆発する時が近づいています。



引用文献

 

「義務教育の体を成していない」知事が国を批判、いすの算数問題を例に挙げ・ 2023/08/23 山陽中央新報

https://news.yahoo.co.jp/articles/f23cbb2ece3c4e8f4a50c577b01ed68b1e4f42b0

 

大学同士のマッチングシステム開発へ 半数近くが定員割れの私大対象 文科省が支援策に3000億円 2023/08/25 FNNプライムオライン

https://news.yahoo.co.jp/articles/17d74d86191f7dfd58ead08f86e92382957a1bc7

 

ChatGPTがコピーライターの仕事を奪い始めた~日本はAIによる人員削減に適切に対処できないかもしれない 2023/08/20 現代ビジネス 野口 悠紀雄

https://gendai.media/articles/-/114888