政策の対処療法と原因療法

(対処療法と原因療法は、区別する必要があります)

 

1)療法のの違い

 

病気を治すために、原因を取り除く方法が原因療法です。

 

これに対して、症状を緩和する方法が対処療法です。

 

がんの末期症状の患者を原因療法でなおすことはもはやできません。

 

緩和ケアは、対処療法の1種です。

 

鎮痛薬は、モルヒネコデインなどのオピオイド系と、アスピリンなどの非オピオイド系に分けられます。 軽度の痛みには非オピオイド鎮痛薬を使い、中等度の痛みにはそれより効力の強いコデインを加えていき、さらに高度の痛みにはモルヒネを用います。

 

鎮痛剤は、痛みなどの症状を緩和しますが、病気を治療して完治させることはできません。



2)アブダプションと原因療法

 

アブダプションは、結果から原因を推定する推論です。

 

つまり、原因療法の前提には、アブダプションによる推論があります。

 

帰納法と前例主義は、因果モデルを前提としませんので、対処療法を生み出します。

 

対処療法には、症状を緩和する効果がありますが、使い続けると、依存症になって身体を蝕んでしまいます。

 

アブダプションは、帰納法演繹法に次ぐ第3の推論であるとい人もいます。

 

しかし、筆者は、この表現は間違いであると考えます。

 

パースが言うように、帰納法演繹法は、因果モデルの仮説を生み出す推論ではありません。

 

帰納法演繹法は、データを集めて処理する手順を定義しているように見えます。

 

一方、アブダプションは、データ処理の仕方については、何も語りません。

 

つまり、帰納法演繹法と同じカテゴリーで、アブダプションを理解する試みは挫折します。

 

実際、筆者は、最初に、アブダプションに出会って時に、帰納法演繹法と同じカテゴリーで考えたので、全く理解できませんでした。

 

このように考えると、アブダプションを、帰納法演繹法に続く第3の推論を考えることには、無理があります。

 

パースの主張は、因果モデルの仮説をつくる唯一の推論はアブダプションだということになります。

 

なお、演繹法帰納法は何を指すかという点については、非常に問題が多いので、別途論じます。

 

次に、帰納法と前例主義は、因果モデルを前提としませんので、対処療法を生み出す点を考えてみます。

 

3)対処療法の問題

 

3-1)リスキリング

 

海外と比べると、日本では、リスキリングが進んでいないことは事実です。

 

アブダプションでは、リスキリングが進まない原因を考えます。

 

リスキリングに費用がかかることが原因である可能性はあります。

 

しかし、リスキリングによって、収入がほぼ確実に増えるのであれば、借り入れをしてでも、リスキリングを行うはずです。

 

こう考えると、リスキリングが進まないのは、スキルが所得に結びつかないことに原因があることがわかります。

 

実際に、年功型雇用では、ジョブ型雇用のように、スキルは、所得に関係しません。最近の研究では、スキルの半減期は2年(1年で70%に減価)なので、年功型雇用では、スキルを無視して、年齢とポストで給与を決めています。

 

こう考えると、リスキリングに補助金を出す政策には、効果がないことがわかります。

 

補助金を出さないよりも、補助金を出す方がリスキリングが進むだろうという主張はあり得ますが、これは、非科学的な主張で受け入れられません。

 

ボールの運動は、質量と加速度で決まります。実世界では、摩擦があるので、摩擦が小さい方が、減速割合は小さくなります。だからといって、摩擦が、ボールの運動の原因ではありません。科学では、複数の原因の候補に、優先順位をつけて、確からしい原因から、取り上げます。摩擦が、質量や加速度より優先することはありません。

 

リスキリングに補助金を出すよりも、ジョブ型雇用にした方が、リスキリングが進むと思われます。雇用形態を、後回しにしてよい理由はありません。

 

3-2)大学の理系コースの定員の増員

 

文部科学省は、理系コースの定員の増員を決めています。

 

これには、因果モデルがありません。現在は履修主義ですので、、理系コースの定員の増員は、理系人材の増員とは関係がありません。実際に、分数のできない大学生問題は放置されっています。基礎的な数学が出来なければ、プログラミング教育はできません。

 

理系の人材が不足しているというエビデンスはありません。年功型雇用で、スキルが評価されない給与で働く高度なエンジニアはいません。実際に高度人材は海外や外資企業に、流出しています。

 

日本の大学の卒業生が日本で働くとは限りません。理系コースの定員の増員は日本が鎖国をしていない限り、意味のない政策です。

 

市場原理が働けば、定員は、社会のニーズに合わせて変化します。文部科学省が大学の定員に関与する合理的な理由はありません。

 

3-3)少子化対策

 

少子化対策については、婚姻率をあげること、若年層の所得をあげることが最も効果が高いと言われています。少なくとも、結婚した女性は平均で2人の子供をもっています。つまり、子育て支援には、少子化対策の効果はありません。

 

アブダプションで、少子化の原因を考えれば、子育て支援をすることはありえません。



4)まとめ

 

以上のように、政府は、科学的な因果モデルための仮説を作る推論のアブダプションができないか、意図的に科学を無視していることがわかります。

 

アブダプションを使えば、効果のある政策を立てることができます。

 

政府が、前例主義や帰納法のような非科学的な推論を繰り返すのであれば、議論する余地はありません。

 

政策が因果モデルを無視していれば、原因は放置されますので、問題は解決されません。

 

大臣は、話せば分るといいますが、これは、科学を無視した立場で、科学者には、理解はできません。科学では、分るということは因果モデルが有効であることがエビデンスによって確認されたという意味です。話せば分るのであれば、科学はいりません。

 

日本以外の先進国では、エビデンスに基づく政策決定が行われています。

 

教育は履修主義ではなく、習得主義で、習得率があがる教育方法が探索されます。習得率が上がらない場合には、原因を仮定して、対策を行い、エビデンスに基づいて、その効果を確認します。

 

政府が補助金をばらまけば、そこには、天下りポストができます。

 

つまり、政府には政策効果がゼロであっても、補助金をばら撒くインセンティブがあります。政府は、巨大な利害関係者です。

 

政府の政策は、利害関係者が言っている政策なので、話半分は当てになりません。

 

もちろん、日本以外の先進国では、政策決定に利害関係者を外すことが基本ルールです。

 

アメリカは、政権政党が入れかわると、利害関係者が入れ替わり政府に入るといわれています。それでも、数年で、政権政党が切り替わります。

 

岸田首相の7月16日のサウジアラビア訪問に、40社・機関が同行しました。

これらの企業は、政府から、補助金をもらって、天下りを受け入れていると思われます。

 

政府から、補助金を獲得することが企業の優先課題になれば、技術開発は後回しになります。理論上は、補助金も技術開発も進める組合わせがあり得まますが、過去の実績を見ていれば、殆どの企業は両立に失敗しています。

 

つまり、40社は、技術者のスキルが評価されない技術者にとってのブラック企業である確率が高くなります。

 

高度人材は、就職先を選べますので、あえて、ブラック企業に行く人はいないと思われます。

 

アメリカの企業をみれば、この例がわかります。バイデン大統領は、アメリカの企業に、中国にいってほしくありません。しかし、アップルも、テスラも中国にいって、話をつけてきます。シェルは国際企業としても独立性を保つために、天下りは受け入れない方針です。

 

岸田首相は、7月21日の経団連のフォーラムで、生成AIの開発支援を打ち出しています。いまのところ補助金の話は出ていませんが、政府から補助金が入れば、高度人材は、その企業はブラックであると判断して行かなくなると思います。

 

経団連は、新しい資本主義を継承していますので、利害関係者です。その結果、経団連の発言は、科学の因果モデルでは、理解できない怪奇なものになっています。経団連には、アブダプションが使える人はいないように見えます。

 

Metaは、Llama2を一般企業にも利用できるオープンソースで提供する計画です。これは、生成AIの中心は、政府の産業政策とは、別の世界で動いていることを示しています。



筆者は、政府や企業が、科学を無視したブラックな組織であれば、高度人材から見放されることを理解する日がくることを期待しています。