エビデンス革命と帰納

1)帰納は検証ではない

 

台湾の真似をして半導体をつくるプロジェクトが動いています。

 

その場合の推論を例に帰納を考えます。

 

台湾で、「技術者が半導体製造の活動をすれば(原因)、その結果、半導体が出来る(結果)」

 

これは、「技術者が半導体製造の活動をすれば、半導体が出来る」という仮説です。

 

この仮説を帰納で作るプロセスを考えます。

 

ある企業のある技術者集団が半導体製造の活動ををしたというインスタンス(サンプル)があります。煩雑になるので、ここでは、技術者集団を技術者と呼ぶことにします。

 

このインスタンスをいくつか集めます。集めたインスタンスのすべてで、「技術者が半導体製造の活動をすれば、半導体が出来る」という仮説が確認できれば、「技術者が半導体製造の活動をすれば、半導体が出来る」という仮説命題ができる、これが、帰納です。

 

この仮説命題は、集めたインスタンスというCasual Universe(サンプルの集合)では成立が確認されています。そこで、ある技術者というインスタンスを、技術者というオブジェクトに置き換えます。この段階では、Casual Universeは、サンプルの集合に限定されます。

 

筆者は、帰納には、オブジェクトのCasual Universeの拡張が含まれないと考えます。

 

英語版のウィキペディア帰納の説明では、帰納には、拡張されたCasual Universe(サンプルの集合)である母集団の推論が含まれることになっています。

 

帰納は、サンプルから、母集団の推論を導くという説明です。

 

しかし、筆者は、技術者といったオブジェクトで構成される仮説命題は、Casual Universeとセットであると考えます。

 

これは、エビデンスに基づいて仮説を検証する場合、その検証は、特定のCasual Universeに限定された有効性を持つことに対応します。

 

たとえば、台湾の技術者のサンプルを対象に、「技術者が半導体製造の活動をすれば、半導体が出来る」という仮説命題を作ります。

 

ウィキペディア帰納の説明では、次のステップでは、サンプルに対する命題を母集団に対する命題に拡張します。

 

これは、調査サンプルの技術者(Casual Universe)に対する命題を、例えば、台湾の技術者(母集団、拡張されたCasual Universe)に対する命題に拡張することを意味します。

 

この拡張は任意です。帰納は、拡張については何も情報を与えません。

 

したがって、筆者は、拡張は、帰納には含まれないと考えます。

 

仮説命題の検証結果は、検証対象のCasual Universeに対してのみ有効です。

 

仮説命題の検証は、演繹を使って行います。

 

Casual Universeが、スタートの調査サンプルの技術者であれば、形式的には演繹になりますが、演繹をするまでもなく、仮説命題は検証されます。

 

Casual Universeを、2020年代の台湾の技術者、2000年以降の台湾の技術者、2000年以降の世界の技術者といったように拡張することもできます。

 

仮説命題の検証は、Casual Universeとセットなので、Casual Universeを拡張するたびに、仮説検証をやり直す必要があります。Casual Universeを拡張し続ければ、必ずどこかで破綻します。例えば、1900から1910年の台湾の技術者をCasual Universeにすれば、そのころには、半導体エンジニアがいませんので、仮説命題は成り立ちません。また、Casual Universeを広くとれば、ランダム化試験のようなバイアスのないサンプリングは困難になり、調査コストが膨らむので、調査は実現できなくなります。これを避けるために、通常は、Casual Universeを狭くとり、頻繁に、仮説命題の検証を繰り返します。

 

さて、ここでは、2020年代の台湾の技術者をCasual Universeに取り、「技術者が半導体製造の活動をすれば、半導体が出来る」という仮説命題が検証されていると仮定します。

 

この仮説命題のCasual Universeには、2020年代の日本の技術者は含まれていません。

 

したがって、2020年代の日本で、「技術者が半導体製造の活動をすれば、半導体が出来る」という仮説命題は検証される必要があります。

 

2020年代の日本で、「技術者が半導体製造の活動をすれば、半導体が出来る」という仮説命題に基づいて、半導体製造を試みることは可能ですが、その場合には、仮説命題は成立しない可能性がありますので、常にモニタリングを行い、仮説命題が成立しない場合には、問題点の方法を改善しなければ、期待される結果(半導体が出来る)は得られません。

 

随分、長々と説明しましたが、簡単に言えば、前例主義の仮説命題をCasual Universeを無視して採択すれば、失敗は、約束されていると見なすべきです。仮説命題の採択は自由ですが、Casual Universeの違いを考えれば、エビデンスの検証なしに、正しいと判断できる命題はありませんので、全ての仮説命題には、エビデンスに基づく検証と軌道修正が必要です。

 

これが、エビデンス革命の意味です。

 

2)MRJの計画の例

 

MRJ計画も同様に扱えます。

 

帰納で得られた仮説命題Aは、アメリカでは、「技術者がジェット機製造の活動をすれば、ジェット機が出来る」というものです。

 

MRJ計画では、この仮説命題Aを、日本でも、「技術者がジェット機製造の活動をすれば、ジェット機が出来る」という仮説命題Bに置き換えています。

 

仮説命題の文言は同じですが、Casual Universeが異なりますので、別の命題として扱う必要があります。

 

三菱航空機の元社長の川井昭陽氏は、MRJの計画が破綻した原因は「FAA(アメリカ連邦航空局)が発行した型式証明がとれなかった」ことだといっています。

(以下の川井昭陽氏の発言は筆者の要約です)

 

これを参考に仮説命題を修正します。

 

帰納で得られた仮説命題Aは、アメリカでは、「技術者がジェット機製造の活動をすれば、FAAの型式証明がとれる」というものです。

 

MRJ計画では、この仮説命題Aを、日本でも、「技術者がジェット機製造の活動をすれば、FAAの型式証明がとれる」という仮説命題Bに置き換えています。

 

仮説命題Bは検証が必要です。

 

仮説命題Aと仮説命題Bが、異なることは、川井昭陽氏も理解しています。

 

仮説命題Aのインスタンスは、「FAA以上の実力を持っている人がボーイングの技術者(当時はOB)は、初飛行から、1年で、ボーイング777の型式証明を取得した」ことです。

 

そこで、MRJでは、ボーイングのOBを雇用しています。

 

川井昭陽氏は、「三菱航空機の技術者たちは、自分のやり方でやり続け、ボーイングのOBたちの指示に従いませんでした。その当時の技術者はうぬぼれがあったのではないかという気がします。謙虚さに欠けていたと思います」と言ってます。

 

川井昭陽氏の説明には、混乱が見られます。例えば、「安全性を証明した型式証明がとれなくても、飛行機としてはいい飛行機がある」といった説明です。評価関数(結果)は、1つなので、型式証明がとれない飛行機は良い飛行機ではありません。「型式証明をとる」ことが目的(結果)であれば、「MRJの計画が破綻した原因は、型式証明がとれなかった」ことには、なりません。因果モデルが混乱しています。

 

また、ボーイングのOBの雇用は、開発がかなり進んで、行き詰ったあとに行っています。それまでは、日本でも、「技術者がジェット機製造の活動をすれば、FAAの型式証明がとれる」という仮説命題Bを無条件に採択していたように見えます。

 

エビデンス革命に従って、仮説Bがエビデンスによる検証と軌道修正が必要な仮説命題であるとして、モニタリングされていれば、問題は回避できたはずです。

 

川井昭陽氏の次の発言は、人文的文化で原因を説明しています。

 

「私がいろいろなことを言っても、日本人技術者は、ボーイングのOBのすごさが分かっていないので、教えをちゃんと聞かず、『自分のやり方でやります』とはっきり言いました。その当時の技術者はうぬぼれがあったのではないかという気がしています」

 

しかし、失敗の原因は、うぬぼれをもちださなくとも、仮説命題Bを検証し、問題があれば、修正するエビデンス革命を無視したことで、科学的に説明できます。

 

突然、自分たちの数倍の給与のボーイングのOBが来て、指示をするわけですから、日本人技術者が、「自分のやり方でやります」と言うのが普通です。年功型雇用でなければ、日本人技術者は転職していたと思われます。ボーイングのOBの指示に従えば給与を2倍にしてくれるといった条件でも出さなければ、日本人技術者が、指示に従わないのは当然です。これは、日本人の技術者が、技術開発が科学的なプロジェクト管理に従っていないと感じていることを意味します。

 

事業費は約1兆円と約15年が無駄になりましたので、エビデンス革命の価値は大きいといえます。

 

引用文献

 

MRJ計画失敗、技術者が「謙虚さに欠けていた」 元社長が激白 破綻の原因はたった1枚の書類 2023/08/22 テレビ愛知

https://news.yahoo.co.jp/articles/77ab20d8d15d3c2daf7e9b67d4b893305b92922c