(帰納法には大きな弊害があります)
1)帰納法と時系列の課題
日経新聞は、最近「チャートは語る」というシリーズの記事を1面に掲載しています。
このシリーズでは、チャートから、トレンドを読み取っていますので、典型的な帰納法になります。
2023年7月16日の記事では、公務員の30代の転職者が多いことが示されています。
ところで、時系列のトレンド変化は因果モデルではありません。
トレンドには、推定される原因とその変化は示されていません。
データから、トレンドを導きだす方法は、客観的(誰が行っても同じになる)ので、科学の方法であると勘違いしている人が多数います。
科学の仮説は、コイン型の命題ですので、トレンドのように帰納法で得られることはありません。
「公務員の30代の転職者」は、以前より増えています。
これは、、年功型雇用から、ジョブ型雇用への転換であると見なせば、望ましい変化になります。
公務員は、未来永劫年功型雇用を続けるべきであると見なせば、問題が起きていることになります。
どちらの立場に、合理性があるかは、帰納法では出てきません。
2)帰納法と人工物の課題
帰納法を物理学ような、自然の法則を探求する方法であるとイメージすれば、間違いをおかします。
仮に、公務員の30代の転職者が増えた原因に401kのような退職金制度が影響している場合、変化の原因は、人間が作り出しています。
物理学の法則のように、人間の引き起こした変化が原因にならない事象はほとんどありません。
可能世界で表現すれば、どの可能世界が起こったかは、人間が決めていることになります。
少子化の原因は、若年層の所得の減少の可能性があります。若年層の所得の減少の原因は、非正規雇用の拡大と円安の可能性があります。もしも、労働市場があれば、正規雇用よりも非正規雇用の賃金の方が高くなります。
これは、結果から原因を推定する推論で、パースのアブダプションです。
小泉政権の改革は、掛け声だおれで、ジョブに基づく労働市場を作ることはなく、ポストで、給与がきまる年功型雇用を温存しました。所得が、労働生産性できまるジョブ型雇用の労働市場(これは日本以外では前提です)が出来ていれば、DXは進んで、賃金が上がり、出生率は下がらなかったはずです。
つまり、少子化の原因は与党の労働政策にあったことになります。
もちろん、仮説は、どこかで間違っている可能性があります。
アブダプションでつくる仮説は、「風が吹けば桶屋が儲かる」方式ですから、間違いがあちこちに入り混みます。仮説は、1つずつ、チェックする必要があります。
アブダプションを批判する人は、アブダプションでつくる仮説には、間違いが多い点を取り上げます。しかし、間違いが多くない仮説をつくる方法はありません。
上記のような因果モデルは、帰納法からは絶対に出てきません。
前例主義や帰納法は間違いだらけです。データから導き出されたルールは、データが人工物の場合には、全く意味がありません。帰納法で作られるルールは、単純な命題であって、コイン型の命題ではないため、因果モデルにはなりません。
アブダプションは、結果から原因を推定して、コイン型の命題を作成します。
この命題が正しい場合には、原因を取り除けば、結果は起りません。
教育問題や貧困問題を研究している研究者や学会があります。そこでは、実態を調査して、帰納法による論文を作成しています。しかし、帰納法は、科学の因果モデルではありません。つまり、専門家は問題解決の方法を知りません。しかも、教育問題や貧困問題の現象は、人工物です。実態の原因は、人間が作りだしています。研究方法を変えなければ、問題解決はできません。
これから、アブダプションを使っていない学会は、問題解決ができないことがわかります。
もちろん、現状の実態を知りたいこともあります。
しかし、過去のデータを検索して、要約するのであれば、生成AIで十分です。
補足:
筆者は、日本の労働市場は怪しいと思っていましたが、次のような例がでてきました。
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「お気持ち」で時給を決めてきた日本
正直に話してくれたが、日本の時給の決め方は「どんぶり勘定」「その時の経営者の気分」「人を見て決める」「周りに合わせる」が横行してきたのは事実だろう。厳正な人事考課とは名ばかりでそれこそ「さじ加減」「お気持ち」で決めてしまう。人事評価の不満要因が「基準の不明確さ」であることは多くの労働者アンケートでも上位だが、この国の永遠の課題(というか多くは直す気がない)のままではないかと思わされる。
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原価計算をしないで経営しているわけでです。年功型雇用では、賃金は、ポストについて、ジョブにつきませんので、リスリングすれば、学習費用が持ち出しになって赤字になるだけです。
パートタイマーの賃金も、「お気持ち」で決めてきたといいます。それであれば、人手不足ではなく、時給が低いだけに思われます。
全国各地でコストコ「高時給求人」の衝撃広がる 群馬の経営者は「時給1500円は無理」と嘆息 2023/07/18 Newsポストセブン
https://www.news-postseven.com/archives/20230718_1887878.html?DETAIL
3)シャープの赤字
シャープが、2600億円の赤字になり、株主総会で紛糾しました。
あるマスコミは、「いったい誰が責任を取るのか」と書いていますは、これは、帰納法の発想です。
マイナンバーカードでも、野党やマスコミは、「いったい誰が責任を取るのか」と書きますが、これは不毛です。
赤字になるか否かは、事前に予測不可能です。
問題は、赤字額ではありません。問題は、赤字に至る意思決定に、より改善すべき点があったのではないかという点にあります。
対策は、因果モデルを作って、問題の原因を取り除くことになります。
因果モデルが検証できるだけのデータはありませんが、アブダプションを使って、原因を取り除く対策を考えます。この因果モデルは間違っている可能性も高いので、対策をすすめながら、エビデンスをもとに、因果モデルを修正していきます。
シャープ 社長兼CEOの呉柏勲(Robert Wu)氏は、7月4日、社内イントラネットを通じて、従業員向けのCEOメッセージを発信しました。CSNETJapanから一部を引用します。(筆者要約)
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「2022年度大幅赤字となったSDPは、回復基調にあるパネル価格の動向を注視し、投資を最小化しつつ、赤字幅の縮小に取り組む。同時に、顧客ニーズや市況の先行きなどを見定め、今後の方針を具体化する」
新技術開発強化で事業をトランスフォーメーション
「2022年度は、コストダウンや効率化による利益改善を目指す『節流』に取り組んできたが、今後、事業拡大による利益創出へと軸足を移していく『開源』を進める。新製品投入時期の前倒しや、海外事業の拡大、高付加価値商材の販売強化で、売上げの拡大に取り組む」
「中長期的には、新規事業の早期具体化や、新たな技術、製品の開発強化を推進し、事業のトランスフォーメーションを実現する。これに向け、新たな経営体制を構築した」
業務執行体制では、呉社長兼CEOと副社長の沖津雅浩氏に加えて、7月1日付で副社長に昇格したCFOの陳信旭氏の3人が中心となり、事業拡大を牽引する。沖津副社長はブランド事業を中心にサポートし、陳副社長はイノベーショングループを指揮する。
新たな社外取締役として、胡立民氏と陳士駿氏が参画する。新規事業の立上げや企業経営に関する豊富な経験、幅広い知識を生かし、「開源」の取り組みを中心に、さまざまな観点からアドバイスを受ける。
2023年度から、各BUに新規事業専門組織を設置し、さまざまな革新デバイスを融合して、One SHARPによって新事業の創造を目指すDevice Business Committeeを新設する。6月21日付で、ディスプレイ技術や半導体技術を応用し、新たなデバイスの開発や技術革新を実現し、商品事業の成長に寄与するPanel-Semicon研究所を新設した。7月1日付で、イノベーショングループ傘下に、Innovation Incubation Committeeを設置し、同組織が中心となって、新たな事業への挑戦を加速する。
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このように、呉柏勲氏の対応にはアブダプションが多用されています。
これと、政府のマイナンバーカード問題への対応を比べれば、違いは明白です。
それにしても、「各BUに新規事業専門組織を設置」しなければならないということは、シャープのイノベーションの力が、極端に低下していることを示しています。
引用文献
シャープ「2600億円巨額赤字」に株主の怒り爆発 2023/07/02 東洋経済 梅垣 勇人
https://toyokeizai.net/articles/-/682938?display=b
シャープ、新組織で挑む「開源」の加速--大幅赤字SDPの今後の方針 2023/07/05 CNETJapen
https://news.yahoo.co.jp/articles/353e166c695f1378b21ffaa5c36d90659e71a4e4