カメラやレンズの価格は、「設計費用+組み立て費用+材料費+流通費用」から構成されます。
材料費は、新素材の開発で少しずつ下がります。
とはいえ、「組み立て費用+材料費+流通費用」はカメラやレンズの売れる台数に比例します。
一方、設計費用は、カメラやレンズの売れる台数に関係しません。
簡単に言えば、想定する販売数で設計費用を割って、カメラやレンズ1台の価格に割り戻します。
この想定する販売数が損益分岐点になります。
シグマのようなサイドパーティは、マウントを変えて、同じ設計のレンズを販売できるので、損益分岐点はの販売数を大きくとれます。
ソニーから、α6700が出ましたが、価格があがっています。
円安の影響もありますが、設計費用の損益分岐点の販売台数を小さめにとっているためと思われます。
カメラメーカーは、通常は、安全を見て損益分岐点を設定します。
しかし、かなり無理をしても設計費をかけた例外があります。
それが、パナソニックが、2008年10月31日に発売したMTF1号機のLUMIX DMC-G1です。その後のセンサーの進歩がありますので、2023年時点で、LUMIX DMC-G1を使うメリットはありません。
問題はレンズです。
シグマの大曾根氏は次のようにいっています。
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LUMIX DMC-G1(以下G1)はクイックリターンミラーを廃止し、いわゆるショートフランジバック化を実現する。これにより、特に広角から標準辺りの光学設計の自由度が大幅に上がった。
しかし、ミラーレス化によるレンズ設計の進化はそれだけに留まらなかった。G1と同時に発売された標準ズーム「LUMIX G VARIO 14-45mm/F3.5-5.6 ASPH./MEGA O.I.S.」は単にフランジバックが短いだけでなく、フォーカス駆動にステッピングモーターを採用し、さらに、スケール目盛を廃止してマニュアルリングをバイワイヤ(電動化)とした。加えて、ズーミングによるフォーカスレンズの位置や移動量の変化を、カムによる機械補正式からソフトウェアによるモーター駆動補正式に変えたのである。これによってフルタイムマニュアル機構、インナーフォーカスカム機構がなくなり、一気にレンズの内部構造がシンプルになったのである。
このレンズはある意味、交換レンズの歴史を変えたといっていいだろう。初めて分解したときのあの驚きは、今でも鮮明に覚えている。
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LUMIX DMC-G1が出た時に、MFT規格用のレンズは、G1のレンズキットに付属する「14-45mm F3.5-5.6」と望遠用「45-200mm/F4.0-5.6/MEGA O.I.S.」の2本だけでした。
つまり、カメラのサンプル画像はすべて、この2本で撮影しています。
サンプル画像が悪いと、カメラが売れなくなります。パナソニックは、LUMIX DMC-G1が売れないと、カメラが売れないだけでなく、MFTマウントが立ち行かなくなると考えて、コストを度外視した設計費用をかけました。なお、2008年には、オリンパスは、MFTのカメラをまだ出していません。
シグマの大曾根氏の「このレンズはある意味、交換レンズの歴史を変えた」という表現はこのことを物語っています。
望遠用「45-200mm/F4.0-5.6/MEGA O.I.S.」も、換算400㎜ですから、驚くべきスペックです。望遠端には、無理があったと思われますが、MFTでしか撮れない写真をアピールしています。
2008年設計のこの2本のレンズは、現在は中古しかありませんが、2009年に出た「7-14mm」、「20mm」の2本は、15年たった2023年でも現役です。設計変更はなされていません。
2009年にでたもうひとつレンズの 14-140mm F4-5.8(460g)は、2011年に 14-140mm F3.5-5.6 (265g)に軽量化されています。これは、2010年のM.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm F4-5.6(265g)に対抗した変更と思われます。
2009年発売のLUMIX G 20mm F1.7 ASPHは、外装が変わったII型になって現役です。
このレンズは、NDレンズを使っていない上、MFTのレンズ周辺の性能は今ひとつです。しかし、主題は、フレームの中央にあるので、作品つくりにはこのレンズで、問題はありません。
周辺の解像度や色収差は少ない方がよいですが、その弱点が、作品に影響することはありません。周辺の解像度や色収差を改善すると、トレードオフとして、レンズのサイズ(重量)と価格があがってしまいます。解像度の高いオリンパスの12-100F4より、14-140mmF3.5-5.6 の方が使いやすいという人もいます。スタジオでないフィールドの撮影では、このバランスの問題が起こります。
パナソニックのMFTの現役の良いレンズで、価格の安いものは、2013年のLUMIX DMC-GM1(173g)の発売までに設計されたもの、特に2011年以前に集中している気がします。
レンズの設計は、コンピュータの利用で各段に進歩していますが、最後は試作品で検討します。
そう考えると、公開データはありませんが、レンズ価格にしめるレンズの設計費用はかなり大きいと思われます。
実売価格2.7万円で、CーAFが使えない20mm F1.7 IIはかって、神レンズと呼ばれていたこともあります。
筆者は、2.7万円のレンスが神レンズと聞いたときには、信じがたいと思いました。しかし、このレンズは、MTFの初めての単焦点レンズなので、「14-45mm F3.5-5.6」と同様に、尋常でない設計費用が投入されてたと思います。
現在のMFTでは、これだけの設計費用は投入できないと思われます。
ちなみに、定価は、14-45mm F3.5-5.6(36,750円)に対して、20mm F1.7(52,500円)なので、パナソニックとしては、決して廉価レンズとして、設計していないことがわかります。
ニコンとキヤノンは、マウントを変えましたが、その結果、レンズの価格は軒並み上がっています。これは、マウントが変わるとレンズをゼロから設計するため、設計費用がかさむためです。
ソニーが、Eマウントのカメラを出した時には、良いレンズはありませんでした。ソニーは、無理をせずに、Eマウントを公開して、サイドパーティのレンズを充実させています。フルサイズセンサー用のGレンズは性能はよいですが、価格も高いです。これは、損益分岐点の販売数を小さめにとっていることを意味します。
富士フィルムは、Xマウントを始めた時には、ズームレンズではなく、単焦点レンズを中心に普及を図りました。これは、設計チームのサイズを制限してレンズの設計費用を抑えるビジネスモデルです。
以下詳しくみていきます。
Xマウウントは、2012年2月18日のFUJIFILM X-Pro1が最初のモデルです。
2012年11月17日のFUJIFILM X-E1に、最初のズームレンズがセットで販売されます。
パナソニックと違って、入門用の標準ズームは、XFとXCにわかれ、XCは3回作りなおしています。
つまり、レンズのラインアップ整備の考え方が違います。
ちなみに、交換レンズ1号のXF35mmF1.4はXシリーズの最高傑作という評価もあります。富士フイルムユーザー必携の神レンズという評価もあります。描写性能を最優先して全群繰り出しの設計にしたから、駆動部分が大きく重いため、とにかくAFが遅く、うるさいことでも知られています。
その後、XF33mmF1.4 R LM WRがでていますが、画角が少し違うので、現役です。
このあたりの経緯は、20mm F1.7に、似ています。
XF35mmF1.4 R 2012年2月18日発売
XF18mmF2R 2012年2月18日発売
XF60mmF2.4 R Macro 012年2月18日発売
XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS 2012年11月17日 発売
XF14mmF2.8 R 2012年12月 発売
XC16-50mmF3.5-5.6 OIS 2013年10月12日 発売
XF16-55mmF2.8 R LM WR 2015年 2月26日 発売
XC16-50mmF3.5-5.6 OIS II 2015年 6月25日 発売
XC15-45mmF3.5-5.6 OIS PZ 2018年 3月15日 発売
XF16-80mmF4 R OIS WR 2019年 9月26日 発売
こうしてみると、2008年にパナソニックが行ったような損益分岐点を無視して設計費用をかけるビジネスモデルは、特殊なことがわかります。
つまり20mm F1.7 IIには、神レンズと呼ばれるだけの理由があります。