エビデンス革命

エビデンス革命のエッセンスを説明します)

 

1)データとアルゴリズム

エビデンスに基づく科学については、一般には、RCTの説明がなされます。

RCTを使う理由は、データのサンプリングバイアスを排除するためです。

つまり、データのサンプリングバイアスが無視できる場合には、RCTにこだわる必要はありません。

ここでは、データサイエンスの考え方という別の切り口から説明を試みます。

データサイエンスでは、処理のアルゴリズムとデータを分離します。

アルゴリズムだけでは、結論がわかりません。

データは、リアルワールドの一部であり、言語表現ではありません。

根拠(エビデンス、データ)に基づくというエビデンスベースの意味はここにあります。

データとアルゴリズムが分離されていない手続きは科学とはみなされません。

2)具体例

2-1)弁護士と生成AI

2023年8月1日に法務省大臣官房司法法制部より、「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」と題するガイドラインが公表されました。 

 

このガイドラインは、現行の弁護士法第72条とAIの関係を論じています

AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第 72 条との関係についてhttps://www.moj.go.jp/content/001400675.pdf

https://www.moj.go.jp/content/001400674.pdf

これは、エビデンスを必要としない形而上学レベルの議論になります。

つまり、現在の弁護士法第72条とのAI関係を論じているものであって、AIと弁護士ビジネスのすみ分けを論じてはいません。

AIと弁護士ビジネスのすみ分けを科学的方法で論じれば、チューリングテストにいきつきます。

同じデータをインプットして、処理系AのアウトプットをOA、処理系BのアウトプットをOBとします。

チューリングテストで、OAとOBに差がなければ、処理系Aは処理系Bに代替可能と判断します。

人間の弁護士も、生成AIも、ともに、ある確率でエラーを起こします。

このエラー確率に優位な差が見られない場合には、弁護士は、生成AIで代替可能です。

現在の弁護士法の運用の問題は、形而上学です。

これに対して、デジタル社会へのレジームシフトに合わせて、法律をどのように改定すれば、国民が幸福になるかは、科学の問題です。

生成AIが発達しても、弁護士法に触れるので、利用を限定するというブリーフの固定化は可能です。しかし、その国の労働生産性は、問題のない範囲で弁護士法を改定して、生成AIを利用する国に比べて低くなり、国民は貧しくなります。生成AIが、チューリングテストに合格していれば、人間か、生成AIかで、弁護の結果に有意な差がないにもかかわらずです。

2-2)自動車の車検

ビッグモータ―不正問題に端を発して、そもそも、日本は車検にコストをかけすぎではないかという議論もでています。

最近の自動車は、壊れないので、海外並みに、車検のチェックを減らしても問題はないという意見もあります。

エビデンス革命で考えれば、アルゴリズムとデータ(エビデンス)は分離する必要があります。

車検は、以前は、2年毎でしたが、初回だけ、3年に伸びています。

その根拠は、政治的な力関係で、科学の方法に基づいていません。

車検の検査項目を増やしり、車検の間隔を伸ばした場合、故障が発生する確率は高くなります。しかし、どんなに、検査項目をふやし、車検の間隔を短くしても、故障が発生する確率はゼロにはなりません。1回の故障が発生することによる経済的な不利益をZとします。検査を増やしたことによる費用の増分をΔY,検査を増やしたことによる故障の発生確率の変化をΔXとします。そうすると、点検項目をふやすことが合理的な条件は、以下で記述できます。

ΔY< Z * ΔX

X,Y,Zの変数は、実測に基づきます。自動車の製造コスト、経済費用によって変化します。

つまり、車検の点検項目をどこまで、簡略化できるかは、データに基づいて判断する必要があります。

一方、ここで示したような判定のアルゴリズムは、データに依存せず、改定する必要がありません。

車検の点検項目、点検間隔は、このようなデータに基づいて決められていませんので、科学の方法をとっていません。科学の方法をとらない場合には、無駄な仕事にお金を払って、労働生産性が下がりますので、国民は貧しくなります。

3)まとめ

AIなどのIT技術をどこまで使うかという問題を、データに基づかない形而上学で個別に議論することは、国民を貧しくします。

共通のアルゴリズムを決めて、あとは、データに基づく意思決定をすることが、エビデンス革命のエッセンスだと考えます。

形而上学は、検証されないので、利益誘導の論理になります。既得利権を温存して、労働生産性をあげないため、日本人は、どんどん貧しくなります。

こうした場合には、リスキリングや、産業構造の転換といった、表面的にもっともらしいキーワードが流布します。しかし、こうした発言は、発言者が、発言者以外の誰かが、リスキリングや、産業構造の転換をしてくれれば、発言者が現状のままでいられるという願望をしめしたものにすぎません。

エビデンス革命は科学の方法です。エビデンス革命は、権威の方法や形而上学で、利益を得ている人を失職させます。なので、政治的な反対勢力があります。

しかし、科学の方法を使わないと、労働生産性が上がらないので、日本が、貧困から抜け出すことはできません。